戦国異伝供書
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第百六話 八万の大軍その七
河越城の軍勢も敵軍に攻め入った、最早敵軍は大混乱に陥っていてまともな動きが出来なくなっていた。しかも。
「山内殿が裏切られたぞ!」
「扇谷殿ご翻意!」
「公方様は北条につかれた!」
風聞が流れかつ風魔の者達もそれを流した、それでだった。
どの家の軍勢も乱れてだ、そうしてだった。
まともに動けなくなった、それを見て山内上杉家の主である上杉憲政はその気品のある口髭を生やした顔を顰めさせて言った。
「まさかな」
「はい、これはです」
「北条家でしょうか」
「あの家が攻めて来たのでしょうか」
「和を申し出てきて」
「かかったか」
北条家のその策にというのだ。
「これは」
「かも知れませぬな」
「この事態は」
「扇谷や公方様のことも気になります」
「裏切られたでしょうか」
「わからぬ、しかしな」
それでもというのだ。
「こうなってはな」
「はい、これ以上戦の場にいますと」
「そうしていてはですな」
「どうなるかわかりませぬな」
「とても」
「だからな」
それでというのだ。
「ここはじゃ」
「はい、それでは」
「これよりですな」
「上野まで、ですな」
「領地まで下がりますな」
「そうしますな」
「退きの法螺貝を鳴らすのじゃ」
領地まで下がるそれをというのだ。
「よいな」
「はい、それでは」
「すぐに鳴らしてです」
「全軍下がらせましょう」
「こえより」
「わしは今すぐにじゃ」
憲政は馬に乗った、そうして周りの者達に言った。
「退く、だが兵達はな」
「果たしてどれだけの者が下がれるか」
「わかりませぬな」
「どうしても」
「この有様では」
「しかしこれ以上戦の場にいればじゃ」
それではというのだ。
「兵をどれだけ失うかわからぬ」
「ですな」
「今は何がどうなっているかわかりませぬ」
「北条の軍勢が攻めてきている様ですが」
「それすらもわかりませぬ」
「扇谷殿が裏切ったとも言われていますし」
「公方様もと言われていますし」
「この暗がりの中じゃ」
その中で声だけが聞こえている、時折白いものが見えるがそれが北条家のものであるのかも彼等には混乱のあまりわからなくなっている。
それでだ、憲政の周りの者達も言うのだった。
「はい、これではです」
「最早です」
「何がどうなっているかわかりませぬ」
「それではです」
「下がるしかありませぬ」
「それではな」
憲政はこう言ってだった。
僅かな供の者達を連れて法螺貝を鳴らさせると一目散に逃げた、そして山内上杉の兵達も何とか逃げはじめた。
古河公方の足利晴氏も何とか逃げた、だが。
扇谷上杉家の主上杉朝定はというと。
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