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幸福な役者

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第三章

 その悪についてはライモンディも知っていてこう述べるのだ。
「そう言われてもおかしくないですよね」
「そう、本当にね」
「それでその後は」
「ジェルモンだからね」
「あれで怖いって言われることはないですね」
「普通はないね」
 こちらの役は全く違う、よき父親だからだ。
「あの役でそう言われることは」
「とにかくギャップが凄いですね」
「全くだよ。さて、イヤーゴの後は何て言われるかな」
「それもまた楽しみですか」
「かなりね。じゃあ三ヶ月後ね」
「頑張っていきましょう」
 二人は楽屋で笑顔で言い合った。そのうえで今の役を演じ歌っていった。
 そしてその三ヶ月後、遂にこの日が来た。
 ミラノスカラ座の楽屋において彼はイヤーゴの服を着てからそのうえで傍らにいるライモンディにこんなことを言った。 
 スカラ座だけあって楽屋でも豪華だ。彼はその楽屋の中でこう言ったのである。
「スカラ座はね」
「結構きついですからね」
「そう、お座敷のところがね」
「目と耳の肥えたお客さんが多いからね」
「ちょっと間違えるとね」
 そのことを話すのだった。
「凄まじいブーイングが来るからね」
「普通に歌手とか音楽監督とか追い出しますし」
「ここは特別だよ」
 スカラ座には魔物がいるとさえ言われている。それ程までにこの歌劇場のお座敷というのはいわくつきの場所なのだ。
「そうした意味でも凄い場所だから」
「油断せずにいきますか」
「イヤーゴ、思いきり歌うよ」
 こう言って舞台に赴く。そして歌いきってからだった。
 カーテンコール、そのお座敷からも万雷の拍手と歓声を受ける。問題は次の日の新聞の一面の記事だった。
 マッチェリーニは滞在先のホテルでその新聞の記事を読みながらライモンディに対して笑ってこう言った。
「凄い書かれ方だよ」
「悪魔そのものって書かれてますね」
 ライモンディもその記事を横から見て言う。
「凄いですね、何か」
「予想はしていたけれどね」
「それでもですね」
「いい感じだよ」
「いいのですか」
「イヤーゴは悪役だよ」 
 シェークスピアの原作でもそうだがヴェルディのオペラでもそれは同じだ。
「悪役は憎まれてこそだからね」
「だから悪魔と呼ばれてもなんですね」
「うん、いいんだよ」
 こうライモンディに言うのである。
「これでね」
「では」
「だから満足しているんだよ」
 実際に満足している顔で言う彼だった。
「いい感じだよ。それでね」
「次の役ですね」
「椿姫のジェルモンだけれど」
 今度はこの役だった。 
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