狐火
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第四章
「信長公に悪戯なぞして」
「馬糞を饅頭と称して食べさせた時はかなり追いかけられました」
「しかし助かったか」
「何とか」
「悪戯も相手を見てすることじゃな」
「それがまた楽しいので」
女房狐はこのことは笑って述べる。
「それで亭主を叩きのめしたのは」
「浮気か」
「浮気をしてそれで逃げてここにいましたから」
「それでか」
「そういうことです。ではこれから稲葉山に戻ります」
「道中気をつけてな」
吉兵衛はこう言いながら店の者達に顔を向けこんなことも言った。
「折角だから握り飯でも出そう」
「ですね。それでは」
「揚げもあったな」
「はい」
番頭が主の言葉に応える。
「あります」
「ではそれを出そう」
こう番頭と話してそれから女房狐に向きなおって言う。
「弁当として持って行ってくれ」
「重ね重ね有り難うございます」
「いい。何はともあれ騒ぎは終わった」
居座っていた亭主狐がいなくなる、それでだった。
「ではまたな」
「はい、それでは」
女房狐は頭を深々と下げて礼を述べた。そしてその握り飯と揚げを受け取ってから亭主狐を引き摺って店を後にした。
外に出ればもう夜だが狐は火になって周囲を照らしながら稲葉山に向かった。吉兵衛はその火を見送って店の者達に話した。
「あれが狐火じゃ」
「あれがですか」
「話にある」
「うむ。わしもはじめて見たが」
青白い火が名古屋の町を後にしていく。それを見送りながら店の者達に話す。
「中々面白いものだろう」
「ですね。あまり強くはない火で」
「妙に愛嬌のある感じですね」
まさに狐の様に、妖しいが憎めないものがあった。
吉兵衛も店の者達もその狐火を見送って話す。
「狐というものはどうしてもな」
「そうですね。悪戯もしますが」
「どうにも嫌いになれません」
「何処となく親しみがあって」
「可愛いものですな」
「そうだな。いい動物だ」
吉兵衛は優しい笑顔で最後にこう言った。狐火はもう点の様になっていた、そして遂に姿を消して稲葉山に去ったのだった。
狐火 完
2012・9・24
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