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泣くことはない

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第五章

 だから身構える、今回は許しておけないと思ったからだ。 
 色々な考えの人間が見ている中ですみれは彼の前まで来た、そしてだった。
「さあ、言うか?」
「また怒鳴る?」
「思い上がるなとかふざけるなとか」
「あの娘に近寄ると許さないとか」
「そんなこと言うのかしら」
「今回も」
 皆は注目していた。そしてだった。
 すみれは頭を深々と下げた、それから彼に言った。
「今まで色々酷いこと言って御免なさい」
「えっ、御免なさいって」
「ひょっとして謝罪?」
「謝ったの?」
「そうしたの?」
 皆これには目が点になった。どんな考えの人間もだ。
 頭を下げたすみれを見てさらに言う。
「竹達が謝るって」
「しかもあれだけ言ってた相手に」
「嘘でしょ、あんなに頭を下げて」
「これって一体」
「何があったのかしら」
 皆呆然となる。だが、だった。
 すみれは頭を下げてから上げてまた言った。
「もう二度と言わないから、本当に御免なさい」
「・・・・・・・・・」
 相手はすみれが自分のところに来たのを見て最初は観念した顔になっていた、もう言われることに諦めていたのだ。
 だがすみれば頭を下げたのを見て呆然となった。それからだった。
 我に戻って怒った顔になって立ち上がってこう叫んだ。
「絶対に許さない!僕の前に二度と来ないでくれるかな!」
「そうだよ、御前ずっと思ってたけれどな」
「ずっとあんたの剣幕に押されて言えなかったけれど」
「御前こいつに何もされてなかったよな」
「それであそこまで言うって何だよ」
 彼に同情的だった面々がここで言ってきた。すぐに彼のところに来て咎める顔で言ってくる。
「何人も引き連れていつも言って」
「やり過ぎだよ」
「あんた何様?」
「謝って済む問題じゃないだろ」
「だよなあ。本当にな」
「全くだよ」
 すみれが責めるのを面白がって見ていた面々も形勢逆転と見てすみれを批判しだした。
「あいつ最低だよな」
「関係ない奴の外見だけで文句言ってな」
「竹達って寮の中でも言い触らしてたのよ」
「何だよ、女って怖いな」
「あいつだけ特別なのよ」
「凄く残酷だから」
 人格攻撃は今度は彼女に回ってきた。
「敵には容赦ないから」
「ああ、確かにそうだよな」
「だからいつもあそこまで言うんだな」
「容赦しない奴だな」
「あんなのとよく付き合えたわよね、あの彼」
「全くだよ」
「謝って済む問題かよ」
 こうした言葉が次々と浴びせかけられる。すみれは背中からも横からも受けた。そうして彼はすみれに対してこう怒鳴った。
「謝って済む問題じゃないから!絶対に許さない!」
「・・・・・・・・・」
 今度はすみれが項垂れた。そして。
 最後にもう一度頭を下げてそのクラスを後にした。それからだった。
 今度はすみれが批判された。失恋の原因も何処からか漏れてだった。
 いつも聞こえる様に陰口を言われた。部活のマネージャーも辞めることになった。
 友達も殆どいなくなった。だが泣くことはなかった。
 一人でいる彼女のところにある日先輩が来た。下校中に隣に来てくれたのだ。
 背が高く胸が目立つ、癖の強い茶色の髪をした垂れ目の先輩だ、その先輩がこう一人でいるすみれに対して言ってきたのだ。
「辛いわよね」
「はい」
 すみれは俯いて答えた。
「とても」
「こうなった理由はわかるわよね」
「私が自分でしたことです」
 俯いたまま先輩にまた答えた。
「全部」
「そうよ。相手の彼は許してくれなかったわね」
「二度と貌を見たくないって言われました」
 すみれは貌をあげることができなかった。その時の彼の怒りに満ちた顔と周囲の批判する声が忘れられなかった。 
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