ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第51話 若気の驕り
前書き
連休中に少しだけ書き進めました。
ですが、どうにも戦闘まで話をテンポよく進めることができません。
ボロディン家の話やキャゼルヌの結婚式とかあるので、エル・ファシルが遠いです。
宇宙歴七八九年一月二七日~ ハイネセン 宇宙艦隊司令部
第四四機動集団司令部では賄いの昼食が出るらしい。
妙というか、変な噂が宇宙艦隊司令部の一部で流れている。もちろん根も葉もある話なので、否定するつもりもない。恐らく毎日米やスパイスを抱えて登庁するブライトウェル嬢が目撃され、爺様指揮下に入った独立部隊の下級指揮官達が爺様とご相伴して、そこから漏れていった可能性が高い。
軍人という職業は、基本的には頭を使う肉体労働者で、陸戦総監部のように日がな一日ずっと鎧をまとってトマホークを振るってるわけでもないが、当司令部を訪れる人間の胃袋は一般人の平均よりも大きいのは確かだ。しかも作るのはうら若い女の子とあって、噂を聞きつけ何のかんの口実を設けては、訪れてくる軍関係者がそこそこいる。
「……あの子、どこかで見覚えがあると思ったら、あのリンチの娘じゃないか」
関係者の中でも少しだけ耳聡な人物……例えば目の前にいる新任の情報参謀マルコス=モンティージャ中佐などは、トルティージャを俺のお代わり分も含めて平らげた後でこっそりと耳打ちしてくる。それに対する俺の返答もほとんど決まっている。
「ええ、仰る通り彼女はアーサー=リンチ少将の一人娘です。ですが何か問題でしょうか?」
「……いや問題ではないんだが……う~ん」
一八〇センチになった俺の、顎ぐらいの高さしかない浅黒い肌で小柄なモンティージャ中佐は、俺に同じ質問をぶつけてきた他の軍人達と同じような、なんとも言えないといった困惑の表情を浮かべる。彼女の作った昼飯を平らげてしまったという負い目もほんの少しはあるかもしれないが、大抵は別の心配だろう。だから俺の次の言葉も定型だ。
「モンティージャ中佐は、親の罪が子供に伝染するとお考えでいらっしゃいますか?」
俺の問いかけに、大抵の人は罰が悪そうな表情を見せて引き下がるか、頭を掻いてごまかす。それで打ち合わせ中にそっと出される食後のコーヒーを前に、彼女に「なかなか美味しかった」などとお世辞を言ってくれるのだが……
「もちろん。そう考えている」
一見すると『豊臣秀吉のテンプレか?』と言わんばかりの人懐こい外皮をしたラテン系青年の情報将校は、想像以上の答えを俺に返してきた。
「君はそう考えないのか……なるほど情報部でも噂になるわけだ」
「バグダッシュ大尉、からでしょうか?」
「いやブロンズ准将閣下からだよ。聡い君のことだから彼女がここに配属されたのも、新設部隊の設立目的もだいたいは想像しているだろう?」
俺が無言で頷くと、モンティージャ中佐の目つきが丸い物から糸のように細くなる。
「この種のウイルスは実にしぶとい。特に伝染範囲が広い場合はね。君は第四四機動集団内部に集団免疫を作ろうと画策しているようだが、汚染源に最も近い関係にある人物が最も汚染されているのは世の真理だ」
「彼女もそうなると?」
「一度でも住んでいる世界全体からの抗体反応を受ければ、人間の良心などたやすく粉砕される。ましてや一五歳、それも高級軍人の娘。発生源が近親であるがゆえに、精神の再建はたいてい即効性の高い『憎悪』でなされる」
それはあまりにも一方的な見方だ、とは言い切れない。犯罪者の家族が周囲からの圧力で崩壊し、その行き着く先が非合法な組織などという事例は、地球時代でも日常茶飯事だ。だからと言って一五歳の少女が市中に放り出されるよりはまだマシな軍内であっても、孤立状態にあっていいという話ではない。それこそ予防措置が必要であって、中佐が考えている予防措置が俺の考えとは全く違うというのはわかる。
「だが個人的には実に痛快で面白い。優しすぎて、隙だらけなのが難点だな」
そう言うと、モンティージャ中佐は目付きを糸からどんぐりへと戻した。今後も当然のように警戒するが、少なくとも軍外とは違って年齢相応の少女に対する程度にするという中佐の言外の回答に、俺は頷いてさらに突っ込んでみた。
「もし彼女が『闇落ち』みたいなことになったらどう対処されるんですか?」
「一度も銃を握ったことのない少女の制圧などわけないさ。それこそ情報部の伝統芸というやつだよ」
そう言うと中佐はバグダッシュとよく似た気持ちのいいサムズアップを俺に見えるのだった。
その一方でつまらない反応をしてくれたのが、補給参謀となったのがギー=カステル中佐で、四つ年上の二九歳。フランス系の血を色濃く残す彫りが深く整った容姿と長身の持ち主だ。
一学年下になるキャゼルヌ曰く『典型的な秀才で、問題がなければ中将。後方支援本部次長や本部下補給計画部部長くらいにはなれるだろう。与えられた職権範囲で対処できる問題は手際よく片すことができる。だがそれを超えた時の融通が利かない。まぁ彼の手に余るような事態などそうあるものでもないが』と珍しく苦々しい表情で言っていた。褒めるのが下手なわけでもないキャゼルヌがこうも言いにくいということは、何か問題があるのかと言えば、やはりその通りで。
「彼女に昼食を作らせている理由は何だね?」
初対面で一回り(この時代に干支はないんだが)以上は年下の少女が香辛料の薫り高いジャンバラヤを持ってきたところで、冷たい視線を俺に浴びせてくる。
「この部隊に配属される以前に、彼女とはいささか面識がありまして。その時ご馳走になった彼女の料理が実に美味でして」
「正確に答えたまえ。君も知っている通り、彼女はあのリンチの娘だ」
「はい中佐。仰る通りですが?」
「我が部隊に無用な誤解を避けるうえで、配慮する必要があるのではないかね?」
どこかで聞いたことのあるようなセリフではあったが、言っているカステル中佐がネグロポンティ氏と同属異系か知りたくなって、俺は魔術師のセリフをまるまるパクって応じた。
「我が自由の国では親の罪が子に伝染するとは過分にして知りませんでしたが?」
「そういうことを言っているわけではない」
「それ以外には聞こえませんが……」
「……彼女の存在、そして彼女に食事を作らせていること自体が評判になれば、司令部の風紀を乱す或いは乱れていると周囲に誤解されないかということだ」
「存在のことを言うのでしたら、彼女をこの司令部に配属させたのは統合作戦本部人事部軍属課ですので、そちらにお問い合わせください。司令部直属の軍属従卒任務として、『司令部の機能を十全に運用しうる為に、軍職権外での補助任務を全うする』ことが求められております。昼食を司令部内でとれるように差配したのは小官で、ビュコック司令官もご了解済みです」
虎の威を借りる技はマーロヴィアで散々鍛えられたので、中佐は俺に対して細く整った眉を吊り上げて俺を威圧しようとしても柳に風だ。
だいたい従卒が食事を作ったくらいで風紀を乱すなんて、昨今憲兵隊でも言わないような風紀委員みたいなセリフを言うとは、キャゼルヌが言う融通の利かなさ以上に、自己保身に対する意識が強そうに見える。ブライトウェル嬢に対する意識の持ちようも、モンティージャ中佐のように明確な考え方の上に立っているわけでもない。
ただ彼がどのような考え方にしても、年長の一軍人の自己保身から一五歳の少女に対してつらく当たるようなことは、例え世間が許しても第四四機動集団司令部と俺が許すわけにはいかない。とはいえ、彼が不安や不満を持って今後勤務されても困る。モンティージャ中佐が辛く当たることはしないだろうと分かるだけに、もう一人の中佐にもそうなってもらいたいと思って俺はあえて下手に出て別側面から攻勢をかけた。
「大変失礼ながら、カステル中佐は……もしかして香辛料が苦手でいらっしゃいますか?」
「……いや、そうではないが」
「確かに彼女のジャンバラヤは美味なのですが、やはり料理の都合上香辛料が強いのは致し方なく……どうでしょう、中佐。まだ一五歳の彼女の未来もお考えいただいて、ぜひ今後『も』彼女の料理を評価していただければ」
ブライトウェル嬢がまだ『未成年』という点を強調して、俺はあえて中佐に年長者の余裕を見せるよう促した。案の定というか、苦々しいというよりはバツが悪いと思ったのか、渋い顔をして「よかろう」と応えて言った。
「どうやら彼女は味付けというモノを調味料に頼る悪い癖があるようだ。それは矯正されなくてはならない。それには貴官も同意してくれるな?」
……どうやら中佐は本気で香辛料が苦手だったのかもしれない。それとも地球時代から続く血がなせる業なのだろうか。この三日後。司令部全員が揃っての昼食時、人数分の見事なトマトファルシが並べられたので、まずは良しとしたい。
勿論「トマトファルシはフランス料理ではなくてバスク料理なんですが」と俺は中佐に言うことはなかったが。
◆
そして宿題の期限である二七日午後。俺はモンシャルマン准将を通じて爺様に部隊編制の最終案を提出すると、一時間もせずしてファイフェルを通じて司令官公室に呼び出された。遅れて宿題を出して教官の前に引きずり出された生徒のような気分で立っていると、先生役の爺様の機嫌はかなり良かった。
「まぁ六五点というところじゃな。部隊構成を均等三分割した割には、部隊間の火力と機動力に差がない。合格点と言いたいところじゃが、ジュニアに聞きたい」
そう言うと爺様は俺が提出した編成表の紙の束をポンポンと叩いて言った。
「第八七〇九哨戒隊をそのまま旗艦司令部の直轄隊とした理由は何かね?」
やはりその質問か、と俺は胸の中で嘆息した。ある意図をもって構成される中途半端な哨戒隊を解体せず、そのまま直轄隊として運用することの意図を理解した上での質問だ。
「お答えします。第八七〇九哨戒隊の前任地と特殊な経歴を踏まえ直轄隊として運用した方が良いと考えた次第です」
「他の部隊に再配属されたら、各所で弾除け扱いされるとジュニアは考えるんじゃな?」
「ゆえに旗艦の傍に集団でいればまず問題ないと考えました」
「旗艦ごと吹き飛ばすアホウがおるやもしれんぞ?」
「尋常でない処分を覚悟の上で撃ってくるのですから、そうなったらさすがにお手上げです」
「ハハハハッ。よかろう。部隊構成はこのままでいく。細かいところの修正と代将の人事については、儂とモンシャルマンで手配しておこう」
爺様はそう言うと、編成表を決済済みの書箱に移して大きく溜息をつき、一呼吸置いた後で両手を組んでその上に顎を乗せると、俺に鋭い視線を向けて言った。
「出撃が決まった。四月一五日までには戦域にて状況を開始。一ケ月でエル・ファシル星系を奪回せよとのことじゃ。独立部隊の編成が終了次第、合同訓練を公表し、訓練終了後にエル・ファシル星系へと向かう」
「承知いたしました」
「各独立部隊との合同訓練は三月中旬を見込んでおる。回数にも時間にも余裕はない。第四四機動集団自身の訓練計画とその実施に関して、ジュニアは訓練計画を立案し、二月一五日までに儂へ提出せよ。それを参謀長が修正し査閲部に提出する。それと並行して……エル・ファシル星系奪還作戦の作戦骨子と戦略評価を纏めてもらいたい。情報閲覧権限は参謀長と同格。情報・補給参謀にもその旨は伝える。期限は三月一日までじゃ」
爺様の一言に、司令部公室の空気は一気に張り詰めた。黙って立っているファイフェルの、喉を唾が流れる音すら聞こえそうだった。『半個艦隊』による星系奪還作戦。独立部隊を含め五〇万近い将兵の生死を賭けた作戦の骨格と、作戦の成否の物差しとなる戦略評価を、採用の可否はともかく一介の少佐に計画させるということだ。そうなると別の疑問が浮かんでくる。
「機動集団次席指揮官であるジョン=プロウライト准将閣下のご意見はいかがなのでしょうか?」
「最終的には彼を含めた他の独立部隊の指揮官・参謀による合同会議で決定する。が、その前にジュニアには現在の第四四機動集団司令部としての意見骨子を作ってもらいたい」
爺様の口調は極めて峻厳だった。
「貴官の意見は意見じゃ。全てを採用しようなど儂は微塵も思っておらん。じゃがいずれにしても判断を下すのは儂であって、プロウライトではない。その事を肝に銘じろ」
当然の疑問であり、そして答えもわかっている質問だった。俺はうかつにも老虎の尻尾を踏んでしまった。職権を超えた前世日本の空気読みをしてしまったことを後悔し、俺は小さくした唇を噛んだが、それを爺様の鋭い視線は見逃してはくれなかった。
「そういう気配りをするなとは言わん。じゃがそれはモンシャルマンの仕事であって、貴官の仕事ではない」
「は、申し訳ございません」
「自分には出来ると思っているからそういう疑問を持ったんじゃろうが、一度も帝国軍と直接戦ったこともない小僧に、まともな作戦や評価が出来ると思っておるのか? 思い上がりも甚だしいぞ!」
ドンッと爺様の右拳が執務机に振り下ろされた。決済箱が振動で机の上で小さな驚きを見せる。怒られて当然のことで俺は爺様に何も答えられず直立不動のまま指一本動かせなかったし、なぜか爺様の左後ろに立つファイフェルの顔色は白を通り越して青くなっている。
僅かな空調の音だけが爺様の執務室に流れたのはどのくらいか。執務室の時計は俺の左側の壁にかかっているが、爺様の顔から視線を動かすことすらできないのでわからない。恐らく数分だったのだろうが、三〇分以上にも感じられた沈黙は、爺様の方から破られた。
「ジュニア、帝国軍は追っかければ逃げる海賊とは指揮も武装も何もかも次元が違う存在じゃ。それをしっかりとわきまえて作戦と戦略評価を作成せよ」
「は、肝に銘じます」
「ファイフェルの休日は貴官に預ける。それと軍属契約の許す範囲であの嬢ちゃんの残業時間も付ける。わかったな」
「承知いたしました。微力を尽くします」
俺がそう答えた後、士官学校に入学してから最高と思われる精度での敬礼を爺様にすると、爺様は面倒くさい表情で座ったまま敬礼すると、ハエでも追い払うかのような手ぶりで俺に出ていくように示し、席から立ち上がって俺に背中を向ける。
その背中に俺は最敬礼した後、顔を上げた時、目に入ったのは殆ど死後硬直のような有様のファイフェルの立ち姿だった。
後書き
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