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黄泉ブックタワー

作者:どっぐす
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第一章 それは秋葉原にそびえ立つ魔本の塔
  第4話 断られた

 友達がいない。
 アカリがそう言うと、青年は怪訝な顔をした。

「なんでいないんだよ。今お前、普通に俺と話してるよな。話すことは苦手じゃなさそうに見えるぞ」
「あんた年下に見えるし。それに人間じゃないし」
「関係あんのか?」
「たぶんけっこうある。で、どう? この願いなら『できない』ってことはないよね?」

「んー。人間でもできることをやるのはちょっとなあ」
「あっそ。嫌ならこの話は白紙だね」
「あ、ちょっと待てって。わかったわかった。やる。やるから」

 またアカリが席を立とうとすると、青年は慌てたように了承した。

「じゃあ、それでよろしくね。ただついてこればいいだけだし、何もしなくていいからね。友達代行サービスの何もしない版みたいな感じで」

 旅行というのは思いつきであり、特段強い願いだったわけではない。
 だが、学生のときには一緒に行ける友人がいなかったせいで、旅行に行っていない。心残りではあった。

 最近は気分も鬱気味だし、この機会に現実逃避でもしよう。対価である『本をたくさん読む』というのは実行できる気があまりしないけれども、まあ頑張りますということにすればいい――アカリはそう考えたのである。

「ああ。わかった。気は進まないけどいいぜ」

 口ではそう言っているが、青年は直前までの気乗りしない表情を、すでに引っこめていた。

「俺はミナトって名前だ。ミ・ナ・ト。これで契約成立だ。よろしくな」

 青年――ミナトはニコッと笑った。
 名前の部分の強調ぶりから、どうやら願いを聞いて名前を教えることで契約が成立するようである。



 店の外に出ると、ふたたびモワっとした暑さを感じるとともに、例の塔が目に入ってしまった。
 どす黒いその姿。何度まばたきしても消えない。
 やはり幻でなく現実。そう思い知らされる。

「ほんっと気持ち悪いというか。禍々しいっていうの? まるで悪魔の塔みたいだね」
「悪魔の塔だぞ? 俺らは悪魔の一種だって言っただろ」

 笑うミナト。
 褐色の肌、黒い髪、黒いタンクトップ。塔と同じ黒系統の姿でも、受ける印象はだいぶ違う。こちらは爽やかだ。

「そうだ。ちょっと塔の中を見せてやろうか? まあ中の半分以上は書庫だから、アカリにとってあまり面白いところはないかもしれないけどな」
「へぇっ?」

 まさかの提案に、アカリは変な声が出る。

「私、飛べないけど。どうやって行くの。一階から入れるの?」
「一階からは無理だ。空からだな。俺の体につかまってくれれば」
「絶対嫌です」
「なんでだよ」
「だって悪魔の一種なんでしょ? 汚そうじゃない。そのタンクトップとか洗ってるの?」
「当たり前だろ。俺ちゃんと自分で洗ってるぞ」

 ミナトはドヤ顔で親指を一回立てると、頼んでもいないのにわざわざクルっと一回転した……が、真っ黒なタンクトップを外で見せられても、アカリの目からはよくわからない。

 ただ、背中で羽が生えていた部分には、切れ込みが入っていることが判明した。どうりで羽を生やしたときに破れなかったわけである。

「じゃあ……あ、そうだ。ねえ、ちゃんとお風呂は入ってるの?」
「それも当たり前だろ。塔の中には風呂もある」
「え? その年でお姉さんと入ってるの?」
「……」
「……」

「なめてんのかコラ」
「気づくの遅!」
「うるせー。俺は一人っ子だよ! ていうか、悪魔は悪魔でも、本魔は本を扱うから清潔なんだ。人間と違ってあまり汗かかないしな」
「あっそ。本当であることを期待します。一緒に旅に行く人が不潔なのは嫌だしね」

 なんとなく、からかってはみたが。
 彼の顔や体の露出部分には、ここまで一滴の汗も見ておらず、肌のテカリもまったくない。アカリは、この褐色青年の言うことが嘘だとは思わなかった。

「本当だよ。たぶん俺、人間よりもきれい好きだと思うぞ。ほら、スマホだっていつも拭いてるから液晶画面も――」
「あ!」

 目の前に差し出されたスマートフォンのロック画面を見て、アカリは時間をすっかり忘れていたことに気づいた。

「どうした?」
「やばい。もう時間だった。会社に戻らないと」
「ああ、昼休みが終わるのか。じゃあ旅行の日にちだけ教えてくれよ。あんまり先だと俺も困るんで、なるべく早めに行けると助かる」

「うーん、有休の申請をするから、今ここで確定ってわけにはいかないけど。来週の水曜日と木曜日あたりは?」
「来週かよ!」
「そりゃそうだよ。そんなに急に有休取ったら怒られちゃう」

「んー、そうか。じゃあ火曜日と水曜日にしてもらえないか? 木曜日は俺の誕生日だからな」
「悪魔のくせに誕生日にイベントやる文化でもあるの? まあ別にいいけど。じゃあ、今日中に上司に申請するから。明日の昼に、またここであんたに報告ってことでいい?」
「わかった。んじゃ仕事頑張れよ!」

 笑顔で手を振るミナトに、アカリは「嫌なことは頑張らない主義なの」と言い捨て、会社へと急いだ。

 汗だくで会社に戻ったときには、午後の始業を微妙に過ぎてしまっていた。
 先輩社員から小言を頂戴したことは言うまでもない。 
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