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戦国異伝供書

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第百三話 緑から白へその七

「しかしみだりにはです」
「腹を切るものではないか」
「左様です」
 こう言うのだった。
「命は一つ、生き恥を晒すものではないですが」
「それでもか」
「命は一つなので」
 だからだというのだ。
「くれぐれもです」
「みだりに腹を切ると言わぬことじゃな」
「そうです、腹は然るべき時にです」
「切るものか」
「そのこともご承知下さい」
「わかった」 
 伊豆千代は家老の言葉に確かな顔で答えた。
「ではな」
「はい、その様にです」
「していこう」 
 こう家老に答えそうしてだった。
 伊豆千代は以後常に気構えをしていてそれで堂々としている様になりかつみだりに腹を切るとは言わなくなった。そして弟達にも言うのだった。
「お主達もやがて北条家の柱となる」
「兄上をお助けして」
「そうしてですな」
「うむ、だからな」
 それ故にというのだ。
「わしの様に気構えをしてな」
「みだりに腹を切る等と言わぬ」
「そうであるべきですな」
「まずは」
「そうじゃ、鉄砲の音を聞く様なことでも」
 それでもというのだ。
「やはりな」
「前以て気構えをしておき」
「そうしてですか」
「ことにあたるべきです」
「そしてな」
 そのうえでというのだ。
「腹を切ることもな」
「せぬことですな」
「出来るだけ」
「それで、ですな」
「お家の為にですな」
「宜しく頼む、それでじゃ」
 伊豆千代は弟達にさらに話した。
「我等は決して争うものではないな」
「全くですな」
「若し兄弟で争えば」
「その時はですな」
「家は忽ちのうちに弱まる」
 そうなるというのだ。
「だからよいな」
「我等は常にですな」
「争わぬ様にして」
「そしてですな」
「常に一つであるべきじゃ」
 こう言うのだった。
「これはわしが思うことじゃ、両上杉を見るのじゃ」
「我等の敵のあの家ですな」
「山内と扇谷に分かれて争っていますな」
「我等には共にあたりますが」
「そうでない時は常に争っています」
「両家が争っているから我等は大きくなれるが」
 それでもというのだ。
「逆に言えばああして争っているとじゃ」
「あの様にですな」
「弱くなりますな」
「そうなりますな」
「そうじゃ」
 まさにというのだ。
「だからな」
「それで、ですな」
「あの両家を悪い意味で手本にして」
「そうしてですな」
「我等は一つになることじゃ」
 両上杉家の様にはというのだ。 
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