戦国異伝供書
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第百二話 家臣にしたい者その十
「あっという間に今に至ったが」
「思い返しますと」
「本当に何かとあった」
「ですな、まことに」
「そう考えると義母上がおられてな」
「今の兄上がおられる」
「幼い頃に何かと教えて頂いた」
元就はその頃のことも思い出した、思えば遥かな昔のことだ。まだ鉄砲も天下に入っていない頃である。
「そう思うとな」
「ご恩を返さずにいられな」
「だからじゃ」
それでというのだ。
「これよりな」
「杉大方様のところに赴かれて」
「お礼を述べたい」
「それでは」
「行って来る」
こう言ってだった、元就は実際にだった。
杉大方のところに茶を持って来た、それで深々と頭を下げて言った。
「上方よりの茶です」
「またその様な高価なものを」
「ははは、今ではこうした茶もです」
すっかり髪が白くなり顔も皺だらけになった義母に話した。
「もうです」
「安くなり、ですか」
「我等も力がついたので」
「西国の十国を治める様になってですか」
「こうした茶もです」
まさにというのだ。
「普通に手に入る様になったので」
「それで、ですか」
「特にです」
「高いものではないですか」
「はい、ですから」
それ故にというのだ。
「ご心配には及びませぬ」
「そうなのですね」
「はい、それでは」
「これよりですね」
「それがしが煎れますので」
「茶をですね」
「お楽しみ下さい」
「それでは」
元就の言葉を受けてだ、杉大方は一呼吸置いてから元就に話した。
「松寿殿もです」
「それがしもですか」
「飲まれて下さい」
「そうさせて頂いて宜しいのですか」
「煎れて下さるのですから」
元就がというのだ。
「ですから」
「そうですか、では」
「はい、ご一緒に」
「そこまで言われるのでしたな」
元就は義母の言葉に喜びそうしてだった。
自分が煎れた茶を彼女に出し自分の分も煎れた、そうして共に茶を飲みそのうえであらためて言った。
「こうして普通に茶が飲んで頂く」
「その様になりたかったのですね」
「義母上に」
「そうでしたね」
「それが果たせてです」
「満足されていますか」
「もう充分です、義母上が今の様な暮らしをされるなら」
それでというのだ。
「それがしはです」
「もう何もですか」
「望みませぬ、ただ」
「ただとは」
「酒よりもですな」
茶を飲みつつ言うのだった。
「茶はよいですな」
「松寿殿にとってはですか」
「はい、母上に飲んで頂ければと思っていましたが」
それがというのだ。
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