ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第6部 贖罪の炎宝石
第6章 出撃
「ねえ、本当にこれで魔法学院に帰るつもり」
ルイズは不満をぶつけるようにウルキオラに放った。
ここは城の裏にある大きい倉庫の中。
ウルキオラはその倉庫の中にある『鉄の馬』、車の運転席のドアを開いた。
「俺はこれを魔法学院に持ち帰り、コルベールに見せなくてはならない。それに、馬なんかよりも断然早く着く」
「こんな箱みたいなのがー?」
ルイズは怪訝に満ちた表情をした。
「そうだな…お前にも分かるように言うなら、これは風竜が空を飛ぶ速さの倍のスピードで地を這うことができる」
ウルキオラの言葉に、ルイズの隣にいたシエスタが「えっ!」と驚いた声を出した。
「風竜の倍のスピードで走るのですか?すごいです!」
「にわかには信じられないはね…」
ルイズは不機嫌そうに答えた。
「嫌ならお前は馬で帰れ」
「あ…あんたはほんとに主人の気遣うってことを知らないの!」
ルイズはずかずかとウルキオラに迫る。
「嫌だから乗るな、気遣っているだろう」
ウルキオラは「何を言っているんだこいつは?」といった表情でルイズを見た。
「あーもう!そういうことじゃなくて、私が言いたいのは…」
ウルキオラに畳みかけてやろうと思った矢先、それはある人物によって遮られた。
「帰る準備はできたかね?」
その言葉に、ルイズとシエスタはがばっと振り向いた。
「お、お父様、お母様…それに、エレオノール姉様にカトレアお姉様まで…」
ルイズは驚いたように言葉を発した。
「見送りならいらんといったはずだ」
ウルキオラはそれでも単調な言葉を発した。
「わが娘、カトレアの命を救ってくれた御仁を見送らんわけにはいかんだろう」
「その礼なら、これを貰ってかたがついているだろう」
二人の会話に割って入るようにカリーヌが口を開いた。
「たとえそうでも、それが人として、貴族としての礼儀というものですわ」
カリーヌは少し口角をあげながら言った。
「…なるほど。俺にはわからん礼儀だな」
ウルキオラは少し考えたように言葉を放つと、車の運転席に座り、ドアを閉めた。
本当に礼儀の儀の字もないウルキオラの行動に、エレオノールが反応した。
「あなたはヴァリエール家がどういう…」
「よい、エレオノール」
「父さま…!」
「彼は破面…元より貴族に、人間に礼儀を表す種族ではない」
公爵の言葉に、エレオノールは黙ってしまった。
「ルイズよ…」
公爵は小さく呟くように言った。
ルイズは公爵の方へと向き直り、「はい」と短く返した。
「彼は強い。それこそ、この儂が会い、見てきたものの中で一番の強者だ」
ルイズは噛みしめるように公爵の言葉を耳にしている。
「だが、戦争というものはどれだけ強くとも、予期せぬことで危機に立たされることがある。そして、彼が、ウルキオラがいくら強いといっても、それよりも強いものが存在しないとも限らない」
「そ、それは…」
ルイズは一瞬反論しようとした。
ウルキオラより強いものなどいるはずもない。
そう信じたかった。
しかし、なんの確証もない、いわば自らの希望的観測を口にするわけにはいかなかった。
何より、ウルキオラ自身が、自分より強いものがいるということを話していたのをルイズは知っていたのだ。
「天狗にならず、常に冷静に物事をとらえるのだ。決して死んではならんぞ!」
公爵の語り出しとは打って変わったような大きな威厳のある声に、ルイズは驚き目を見開いた。
だが、そこに公爵の、父の愛情を感じ取ったルイズはピシッと背筋を伸ばした。
「わかりましたわ。父さま」
カリーヌもまた、いつもとは違う、優しい表情でルイズに語りかけた。
「気を付けていくのですよ。ルイズ」
ルイズはそのことが、心の底から嬉しかった。
幼少期から、両親に事あるごとに苦言を呈されてきたルイズは、ずっと認めてもらいたいと努力を重ねてきた。
それが実るまでには、いや実際のところはまだ実っているわけではないが、長い時間を要したのだ。
たとえ、そのほとんどがウルキオラの手によるものだったとしても、ルイズにとってはうれしかったのだ。
「ヴァリエール家の名に恥じぬよう、全力で戦ってまいります」
そういって、一度ペコっと頭を下げると、車のへと足を運んだ。
そんなルイズをみて、シエスタも慌てたように一礼して、車の中へと入っていった。
『ドルルゥゥンッ!』
車のエンジンが呻くように鳴り響く。
一体何時ぶりであろうか。
長い間、倉庫の中で眠っていた車が、陽光煌めく草原へとタイヤを進める。
そんな車が視界から消えるまで、ヴァリエール一家はじっと見守り、見送った。
「感動的なものだ」
公爵が放った言葉を、3人は黙って聞いていた。
「儂が生まれ、物心がついた時からあったあの『鉄の馬』が、ただのガラクタだと思ったあれが、まさか本当に馬のように走る日が来るとは」
「ええ、まったくですわ」
カリーヌもまた、黄昏るように車が走っているであろう彼方を見つめながら言った。
「私もぜひ、乗ってみたかったですわ」
カトレアが屈託のない笑顔を浮かべる。
「あんな得体のしれないもの、御免被るわ」
エレオノールは嫌見たらしく、だが、どこか寂し気な表情で口を開いた。
「そうか?…わしは乗ってみたいものだな」
公爵の、どこか童心に帰ったかのような口調に、エレオノールは思わず目を見開く。
公爵は歩いて倉庫から出る。
車の残していったタイヤ痕を見つめながら、ふっと笑った。
「あれは、わしにも操作ができるのかな?…いやはや、乗ってみたいものだ」
年末はウィンの月の第一週、マンの曜日はハルケギニアの歴史に残る日となった。
空にかかる二つの月が重なる日の翌日であり、アルビオンがもっともハルケギニア大陸に近づくこの日、トリスタニアとゲルマニア連合軍6万を乗せた大艦隊が、アルビオン侵攻のため、ラ・ロシェールを出航する運びとなったからである。
トリステイン、ゲルマニア大小合わせて、参加隻数は五百を数えた。
そのうちの六十が戦列艦であり、残りは兵や補給物資を運ぶガレオン船である。
女王アンリエッタと枢機卿マザリーニはラ・ロシェールの港、世界樹桟橋の頂点に立ち、出航する艦隊を見送った。
もやいを解かれたフネたちが一斉に空へと浮かび上がるさまは、まさに壮観といえた。
「まるで、種子が風に吹かれて一斉に舞うようですな」と、枢機卿が感想をもらす。
「大陸を塗りかえる種子です」
「白の国を、青に塗り替える種子ですな」
トリステインの王家の旗は、青地に白の百合模様である。
「負けられませんな」とマザリーニがつぶやいた。
「負けるつもりはありませぬ」
ド・ポワチエ将軍は大胆と慎重を兼ね備えた名将です。彼ならやってくれるでしょう」
アンリエッタは彼が、名将と呼ぶには程遠い存在であることを知っていた。
しかし、王軍には人材がいないのだ。
彼より優れた将軍は、歴史の向こうにしか存在しなかった。
「するべき戦でしたかな」
小さな声で、マザリーニがつぶやく。
「なぜそのようなことを?」
「アルビオンを空から封鎖する手もありました。慎重を期せば、そちらが正攻と思えます」
「泥沼になりますわ」
表情を変えずに、アンリエッタは呟く。
「そうですな。白黒をつける勇気も必要ですな。わたしは歳をとったのかもしれませぬ」
マザリーニは白くなった髭をなでて、
「この度の戦、『虚無』と『魔人」を得てなお、負けたらなんとします?陛下』
機密に関する事柄を、さらっと言ってのけた。
ルイズの『虚無』と、その使い魔である『魔人』ことウルキオラを知るものは少ない。
アンリエッタ、そして枢機卿……、王軍の将軍が数名。
「この身を焼くことで罪が赦されるのなら、喜んで贖罪の業火に身をゆだねましょう」
じっと空をみつめて、アンリエッタは呟く。
「ご安心を。陛下一人で行かせはしませぬ。その際はこの老骨もお供するとしましょう」
その頃、魔法学院。
己の『炎』を平和的に利用するために、コルベールがたどり着いたのは、『動力』であった。
熱の力を……、何かを動かす力に変換させる。
そんな思想を抱いているコルベールにとって、ゼロ戦、そして過日ウルキオラが乗って帰ってきた『くるま』にくっついていた『えんじん』はまさに彼が求める『動力』の具現化した姿であった。
過日、彼はさっそく、ウルキオラがもってきた『くるま』、簡略固有名称を『らんえぼ』の研究を始めた。
実に面白いものであった。
内燃機関である『えんじん』もさることながら、走行時の衝撃を吸収し、走行姿勢を安定させる『さすぺんしょん』、エンジンの回転数を走行に合わせた回転数に合わせる『とらんすみっしょん』、すべてがコルベールの研究欲を大きく駆り立てた。
この『らんえぼ』という『くるま』の基本的な構造や仕組みをウルキオラから根ほり葉ほり聞いたコルベールは、研究室でそれを事細かに書き留めていた。
そんなことをしていると、研究室の前にウルキオラが現れた。
コルベールは両手を広げた。
「おお、ウルキオラくん、出発かね」
出発の準備が出来上がったウルキオラであった。
といっても、いつもと変わらない。
斬魄刀を腰に差し、デルフを背に差す、いつもの姿であった。
「ああ」とウルキオラはうなずいた。
今朝がたアルビオンに向け、艦隊が出航した。
ゼロ戦を搭載するには、フネが航行中である必要があるため、出航を待っての出陣となったのであった。
それから、コルベールは言おうか言うまいか、迷ったような仕草を見せた後、口を開いた。
「ほんとは……」
「…なんだ?」
「ほんとは、友人を戦場になど送り込みたくはないのだ」
苦しそうな言葉であった。
「…友人?」
「ああ、なんというか、不愉快かね?」
ウルキオラは押し黙った。
友人という言葉の意味を理解していないからだ。
「友人とは、なんだ?」
「えっ?」
「俺には、友人と呼べるものがいたことがない。いや、そもそも、友人の意味すら分からん」
コルベールは、驚いたように口をポカーンと開けていたが、少しして、ふっと笑った。
「そうだな…。なんといえばよいのか…志、目標を同じくする者、とでもいうのか…」
「志?目標?…それが同じならば友人なのか?」
ウルキオラにはよく理解できなかった。
「いや、それだけではない…難しい質問だね」
コルベールは困ったように頭をかいた。
「ただ、言えることは、失いたくない存在…であることは間違いない。失うと悲しく、まるで胸に穴が開いたような感覚になる」
ウルキオラの瞳孔が少し開いた。
その感覚…に近いものをウルキオラは経験したことがある。
ウェールズが死んだとき、失ったときに感じたあの感覚だ。
それが正解かはわからないが、友人の一端をつかんだような気がした。
「なるほど、失いたくない存在か」
「すまないね、うまく説明できなくて。少しは理解してもらえたかな?」
コルベールは鼻息を漏らし、少し安堵した表情を見せた。
「失いたくない存在が友人であるならば、コルベール、確かにお前は俺にとって友人なのかもしれんな」
「ウルキオラくん……ありがとう」
コルベールは、驚いたように目を見開くと、それをかみしめるようにして礼を言った。
「なぜ礼を言う?」
「あ、ああ!すまん!」と眼鏡をかけなおした。。
「別にいいが…」
コルベールは真顔になった。
「なあ、ウルキオラくん……、実は、その……」
「なんだ?」
その瞬間、ルイズが姿を見せた。
「遅い」と、ウルキオラがつぶやく。
「仕方ないじゃない。女の子は準備がいろいろあるのよ!」
「戦争へ赴くんだぞ?女の準備など必要はない」
ルイズはつんっと顔をそらすとウルキオラを無視して翼によじ登り、コックピットに入り込んだ。
そんなルイズを横目に、ウルキオラはコルベールに視線を移す。
「さっき、何を言いかけていた?」
「い、いや、何でもない、うん」
「そうか、ならいい」
ウルキオラはゼロ戦に乗り込んだ。
エンジンを始動させ、飛翔の準備を進める。
うねりを上げるエンジンの音の中、コルベールは叫んだ。
「ウルキオラ くん!ミス・ヴァリエール!」
ウルキオラは視線だけをコルベールに向けた。
「死ぬなよ!死ぬな!みっともなくたっていい。卑怯者と呼ばれてもかまわない!ただ死ぬな!絶対に死ぬなよ!絶対かえって来いよ!」
コルベールの言葉に、ウルキオラはふっと微笑した。
そうして、片手をあげ、コルベールの言葉に反応を示した。
スロットルを開く。
ゼロ戦が滑走をはじめ、ぶわっと浮き上がり、ぐんぐん上昇していった。
徐々に小さくなり、空の向こうへと消えていく。
ゼロ戦が空の向こうに消えて見えなくなっても、コルベールはじっと、見送り続けた。
ページ上へ戻る