提督はBarにいる。
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夏の肉の日メニュー・2020
「お~ぅ、今帰ったぞー」
「た、ただいまデェ~……ス」
鎮守府の正面玄関を開けて、帰宅を告げる。するとバタバタと建物の奥の方から足音がやって来る。姿を現したのは今回置いてきぼりを喰らった加賀。階段を一足跳びで駆け下りて来たかと思ったら、そのままの勢いでタックル気味に抱き付いてきた。
「うおっ……とと、そんなに寂しかったか?」
まぁ、その程度で倒れ込む程、俺の足腰はまだ弱っちゃいない。加賀は返答する事も無く、グリグリと俺の腹に顔を押しつけている。苦しくない?それ。
「提督達が出発する前の晩に、深酒し過ぎて見送り出来なかったのがショックだったみたいですよ?」
「ご主人様の帰りが待ちきれなくてキュンキュン鳴いてる子犬みたいだったもんね」
「お~、翔鶴に瑞鶴。ただいま」
「「お帰りなさい」」
あぁ、こうして出迎えられると漸く帰ってきたんだなと実感する。
「ところで、提督さんの横で生まれたての子馬みたいになっちゃってる金剛さんはどしたの?」
「何だか腰砕けの様に見えますけど……」
「あ~、3泊4日の内で観光してたのって1日だけなんだよ」
「「あっ……(察し)」」
残る2日はホテルに籠って何してたんだって?ナニしてたんだよ言わせんな恥ずかしい。飯もルームサービスで頼んで、風呂と(気絶して)寝てる間以外はず~っと、な?解るだろ?
「天国と地獄が同居したカオスな空間デシタ……」
「「うわぁ」」
プルプルしながら何とか立っている金剛が、恍惚と絶望の入り交じった何とも言えない表情で呟く。その表情を見て鶴姉妹はドン引きしている。
「全くもう、艦娘を陸で大破させてどうするんです?」
「肉体的にはバケツで何とかなるけど、メンタルの方はなぁ……」
「お、腹黒に淫ピ。鎮守府に異常は無かったか?」
「「そのアダ名はやめーや」」
仲の良い鎮守府の屋台骨を支えるコンビ、明石と大淀も顔を見せる。付き合いも長いから、ほとんど罵り合いのようなやり取りもいつもの事で慣れっこだ。
「それにしても、私の予想よりお帰りが早かったですね。何か問題でもありましたか?」
「いや、問題はねぇさ。だが、明日の仕込みをせんとウチの連中なら文句が出そうだと思ってな」
「あぁ、明日は29日ですものね」
そう、毎月29日にウチの店で開催している『肉の日』。その日は一日同じメニューしか出さないが、普段よりも手間のかかる肉料理を提供するという駄洒落から生まれた企画ではあるが、毎月ウチの連中は開店前から並ぶほど楽しみにしている。それを大規模作戦ごときでブッチしたら、士気にシャレにならんレベルで影響しやがるからな、ウチの場合。
「大淀ぉ、帰りの時間に間に合うように発注したんだが……『アレ』届いてるか?」
「届いてますよ。しかし何ですかアレ、豚バラ肉ばっかりそれも数百kg単位で」
「ん?今回の肉の日メニューは真空パックすりゃあ冷凍もイケるんでな。どうせなら遠征してる連中にも陣中見舞いを、と思ってな」
「そういう事は早めに連絡しといて下さいよ。全く……解りました、今回の肉の代金は半分鎮守府の予算から捻出します」
「お、悪いねぇ」
「絶対に思ってませんよね?それ。ところで何を作るんです?」
大淀にそう尋ねられ、俺はニヤリと笑う。
「俺の中華の師匠直伝のーー……東坡肉(トンポーロー)だ」
読者諸兄は『豚肉を使ったご馳走』と言われると何を想像するだろうか?トンカツ?豚のしょうが焼き?豚の角煮?俺が真っ先に思い浮かべるのは俺が学生バイトしていた中華屋の東坡肉だ。手間がかかるから事前の予約が必要な上に、月に20食しか出さないってんで、幻なんて呼ばれてた料理。でもその美味しさは格別で、しっかり作り込まれた醤油ダレの染み込んだトロットロのバラ肉は、白飯にも酒にも合う。俺からしてみれば正に最強の豚肉料理だ。店の秘伝の味だから、婿に来るなら教えてやると店の親父さんに言われたんだが、どうにか頼み込んで教えてもらったんだ。親父さんは亡くなったと風の噂で聞いたが……その内、墓参りでもいくか。
「提督、何をひたってるんです?」
そこで声を掛けられて現実に引き戻される。いかんいかん、これからアホほど仕込みをしないといかんのだった。惚けてる暇はない。
「うっし、やるか!」
さぁて、調理開始だ。
《激ウマ!檀さん仕込みの東坡肉》※分量:作りやすい量
・豚バラ肉:1kg
・玉ねぎ:2個
・にんにく:まるごと2個
・生姜:2個
・長ネギ:1/2本
・醤油:100cc
・酒:500cc
・砂糖:50g
・水飴:50g
・ラード:適量(多めの方が良い)
・味噌:少々
・八角:お好みで
さて、東坡肉を豚の角煮と勘違いしている奴がたまにいるが両者は全く別の料理だ。角煮は下茹でするか焼き目を付けてからじっくり煮込む料理だが、東坡肉は下茹で、焼き付け、そして最後に蒸すという工程の入る蒸し料理なんだな実は。まずは下拵えの下茹でから。ニンニクを包丁の腹を使って軽く潰し、玉ねぎはざく切りにする。豚バラ肉を鍋に入れて玉ねぎ、ニンニクを入れて水をヒタヒタ位まで入れる。ここでポイントになるのは鍋の大きさ。肉を入れてほとんど隙間が出来ない位の鍋を選ぶのが大事。こうしないと長時間煮ている間に肉が煮崩れる恐れがあるからな。そしてポイント2つ目、肉の脂身は必ず上向きにして煮る事。これは後から理由を説明する。ここに酒を250cc程加えて火にかけて煮る。
「大体どのくらい煮るのかしら?」
手伝いを名乗り出た加賀が尋ねてくる。
「ん~、まぁ大体2時間位だな。アクを取りつつ、水かさが
減ってきたら足しながらだけどな」
「随分とじっくり煮込むのね」
「じっくり煮込む事で肉の余分な脂を落としつつ、玉ねぎと酒で臭みを取り、ニンニクの香りを肉の奥深くまで染み込ませるのさ」
その間に下味用のタレを作っておく。肉が収まるサイズのボウル(または丼)に、皮ごとスライスした生姜、皮を剥いたニンニク、醤油、酒を加えて軽く混ぜておく。これで下味用のタレは完成。甘めの味付けが良い場合は酒の代わりにみりんを使うと良いだろう。豚肉が煮えたら湯を切り、十分に冷ましてから醤油タレに浸ける。肉全体を浸けるんじゃなく、脂身を下にして脂身だけ漬け込む様なイメージでやるといいだろう。30分も浸けておけば十分に味が染みるぞ。あ、茹で汁は捨てないように注意な。後から使うから。
味が染みたらフライパンに多めのラードを熱し、脂身に焼き色を付けていく。師匠の店だとフライヤー一杯のラードで素揚げみたいにしてたが、一般家庭でそれは難しいし、馴れないとくどく感じたりするからな。脂身にこんがりと焼き目が付いたらOKだ。
ここまで来たら最終行程、蒸していくぞ。焼き色を付けたバラ肉を食べやすい大きさに切り分け、耐熱容器に浸けタレ、バラ肉の茹で汁、ぶつ切りにした長ネギ、追加の生姜とニンニク、水飴、砂糖、隠し味に味噌少々を入れて蒸し器に入れる。
「蒸し時間は?」
「ん?適当」
「大雑把なのね」
最低1時間は蒸せば十分に柔らかくなるが、蒸せば蒸しただけ柔らかくなるからな。師匠曰く『丸一日蒸してたっていい』らしい。それに、今回載せたレシピだって、師匠が作ってるのを盗み見て、分量を書き出してるからな。一度作ってみて、量の微調整はしてくれ。俺はこの量で作ってみて、美味かったからこれで作ってるが。
~3時間後~
とりあえず3時間ほど蒸してみた。どれどれ……うん、脂身はプルンプルン、肉も箸でボロボロに解れる位に柔らかい。こんなもんで良いだろう。
「一丁上がりだ。ホレ、味見」
手伝いを名乗り出た一同に、試しに作った分を食わせる。
「うんまっ!」
「甘じょっぱい味付けが絶妙~!」
「ご飯に乗せたら丼で3杯は行けますね」
「酒にも合うわぁ~♪」
と大騒ぎだ。
「ほれほれ、味に浸ってねぇでドンドン作るぞ!遠征先の連中にも届けるんだからよ」
『はぁ~い』
渋々、と言った様子で返事を返してくる艦娘達。やれやれ、舌を肥えさせ過ぎたかな……(今更)
後書き
因みに今回作った東坡肉のタレ、取っておいて煮込みに使うとアホみたいに美味しい煮物が出来ます。オススメは鶏肉と大根、そこに茹で玉子とかたまりませんよ!
あ、後シンプルにぶつ切りにした豆腐だけなんてのも……あぁ、思い出しただけで涎が( ̄¬ ̄)
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