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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第87話『高難易度』

崖の壁面の、人1人が入るくらいの小さな窪みに、その赤いスタンプ台は鎮座していた。地上からざっと5mの高さはあるだろうか。どう頑張ったって手が届くとは思えない。


「これがコンプが難しい理由か…」

「さすがというか、やっぱりというか…」


こんな性格の悪い仕掛けをするのは、この中学校以外に存在しないだろう。仕掛けるのはいいが、せめて難易度を上げるくらいに留めておいて欲しい。これでは難易度が振り切れているではないか。


「これどうする…?」

「登るしかないんじゃない?」

「登るったって、ロッククライミングとは訳が違う。俺でもさすがに無理だよ」


莉奈の提案に大地は反対する。確かに見る限り、崖の壁面に取っ手になりそうな箇所は少ない。これではいくら大地でも登りようがないだろう。


「ボクなら氷で足場を作れるけど…」

「ダメだよ結月、人前で魔術は使えない」

「だよね…」


それならばと、結月は晴登にこっそり耳打ちしてくるが、当然魔術の使用は許可できない。彼女もそれはわかっていたようだから、最初からダメ元の案だったのだろう。
皆にこの秘密を明かせれば、どれだけ楽だろうか。しかし、一般人を安易に踏み込ませられる領域でないことは、晴登も承知している。


「それじゃあ、このスタンプは諦めるしか・・・」

「──なら、僕が行ってみるよ」

「え、柊君!?」


なんとそんな状況で名乗りを上げたのは、まさかの狐太郎だった。控えめに手を挙げているが、それでも彼が自己主張するのは珍しい。


「けどいくら柊君でも、これはさすがに…」

「僕だって役に立ちたいんだ。用紙貸して」

「う、うん…」


晴登は言われるがままに、狐太郎に用紙を手渡した。彼はそれを丸めて、パーカーのポケットに突っ込む。
しかし、いくら彼の運動能力が優れてるとはいえ、大地が無理と判断したものを果たして成し遂げられるのだろうか。
だが、こんなにやる気を見せている彼を止めることはできなかった。


「ふぅ……」


彼は大きく息をつき、崖に近い背の高い1本の木を見据える。集中しているのが、傍から見ても感じられた。

すると次の瞬間、強く踏み出したかと思うと、木の幹を四足で駆け上り始める。彼は重力を物ともせずにぐんぐん上り、ついにてっぺんの枝の先に器用に渡ると、そのまま崖に向かってジャンプした。そして、スタンプ台の設置されている窪みに華麗に着地する。


「「なっ…!?」」


その流れるような一連の動作に、晴登たちは口をあんぐりと開けて驚愕した。何だあの素早くて軽い身のこなしは。フードも相まって、まるで忍者の様だ。


「よっ…と。やったよ! 96番のスタンプ押してきたよ!」

「え、あ、ありがとう。凄いね、柊君…」

「身体動かすのは得意だから。役に立てて嬉しいな」


褒められたことに、フードの下ではにかみながら狐太郎は答えた。こんな表情をされてしまうと、あの高さから難なく飛び降りて着地したことを誰もツッコめない。


「はは…こりゃ俺の負けだな」


大地が苦笑いしながら呟いた。だが仕方ない。ビーチで見せた大ジャンプといい、彼の動きはもはや"人間業"ではない。口にはできないが、彼の体質と何かしら関係があるのではないだろうか。そう思えてしまう。


「一体何者なんだ、柊君…?」


そんな僅かな疑問が晴登の頭の中に浮かんだが、次の瞬間にはもう忘れていた。






太陽が真上を過ぎた。午前中は寄り道をしすぎて結局頂上に辿り着かなかったので、一度麓に戻って昼食を終えた晴登一行は、再び頂上を目指す。もちろん、道は変えるつもりだ。


「けどまたあったな、高難易度スタンプ」

「これは…鍵がかかってるのか?」


現在集めたスタンプは29個。そして30個目というところで、またしても特別仕様のスタンプに出会ってしまった。スタンプ台は普通に木の下にあったのだが、肝心のスタンプが透明なケースに閉じ込められている。そしてそれは、チェーンの様な金属で開かないように仕組まれていた。


「鍵というか、この鎖みたいなやつが絡まってるって感じだね」

「解くのには時間がかかりそうですね…」

「ねぇハルト、ボクなら壊せそうだけど…」

「だからダメだって」


莉奈と優菜が解析している横で、結月が脳筋な意見を耳打ちしてくる。今回は氷の力というよりは鬼の力を利用するつもりなのだろうが、それも魔術に変わりはないので、もちろん却下だ。


「ふっふっふ」

「ど、どうしたの暁君?」

「どうやら俺の出番らしいな」


そんな時、伸太郎がいきなり不敵に笑い始めたかと思うと、珍しく自信に満ち満ちた様子で言った。まさか先程の狐太郎みたいに、この難題を解決できるのだろうか。


「ちょっと失礼」


そう言ってスタンプ台の前に屈んだ伸太郎は、チェーンをガチャガチャといじり始めた。晴登たちはその様子を固唾を呑んで見守る。
かなり複雑に絡み合ってたはずだが、果たして・・・


「──うし、取れた」

「すごっ!?」

「ふっ、こんなの知恵の輪と大差ねぇよ。俺がどれだけやり込んだと思ってる」

「それは知らないけど・・・でもこれでスタンプゲットだ! ありがとう暁君!」

「お、おう、どういたしまして…」


狼狽える伸太郎をよそに、晴登は入手したスタンプを押す。今回は91番だ。
ちなみに、さっき96番のスタンプ欄を見た時に気づいたのだが、用紙の90番から100番の枠のみ、他の黒い枠と違ってうっすらと赤みがかっていた。今まで理由はわからなかったが、もしかするとこれは、入手が困難なスタンプということを表しているのではないだろうか。
となると、狐太郎や伸太郎の様に特別な才能を持った人のいないチームは、コンプリートには至れないということになる。これが俗に言う、"満点防止"というやつだろう。面白いじゃないか。


「それじゃ、次に行こうか!」

「ねぇ、ちょっと待って。さっきのチェーンって元に戻さなくていいのかな?」

「あ、確かに…」


ここで狐太郎が慧眼な発言。それはまさに盲点だった。
彼の言う通り、ここでチェーンを戻さないと、次にここに来たチームは何の苦労もなく91番のスタンプを入手できることになってしまう。それは望ましくない。


「じゃあ早く戻さないと。暁君、お願い・・・って、さすが、もう戻してたんだね」

「え? 俺は何もしてないぞ…?」

「え!? じゃ、じゃあ何で閉まってるの…?!」


振り返ると、そこにはケースにチェーンが絡まった、初めの状態のスタンプ台があった。伸太郎が戻していないのであれば、当然誰も戻していないだろう。つまり、これは勝手に戻ったということに・・・


「……先行こうか」

「……そうだな」


何だか寒気を感じた晴登は、この場から早く離れようと促す。きっとそういう仕掛けなんだろう、そういうことにしておこう、うん。






さらに2時間が経過しただろうか。制限時間の半分はとっくに過ぎたが、未だに集めたスタンプは48個と、目標には遠く及ばない。


「やっぱり上に登るだけじゃダメなのかなぁ」

「もうすぐ頂上ですし、着いてから考えましょう」


辺りの木々が少なくなったきたため、直に当たる日光を手で遮りながら、晴登は目の前の頂上を見据える。あと一息という距離だ。そんな時、


「あれ、他のチームがいるな」

「皆考えることは一緒ってか」


晴登たちとは違う道から頂上に向かう、4人チームが見えた。中々出会わないから忘れかけていたが、やはりちゃんと他のチームもいる。とはいえ、スタンプの取り合いになる訳じゃないから、あまり気にする必要はないのだが。


「って、あのチームよく見ると・・・」

「…ん? おぉ、三浦じゃないか! 奇遇だな」


平らに整備された頂上に着くと、向こうのチームもこちらに気づいたようだ。しかもそのメンバーには、晴登の班の班員である男子が2人ともいた。


「どうだ、スタンプラリーの調子は?」

「まぁ普通かな」

「普通ってどのくらいだよ。でもこっちは結構集まってるぞ。優勝も夢じゃないな」

「そ、そうなの?」


他のチームの状況を初めて聞いて、ようやく晴登の中に焦りが生まれる。ペースとしては悪くないと思っていたが、やはり上には上がいるということか。


「つっても、このチームは男子ばっかだからな。お前のチームみたいに女子がいないから──」


そこまで言いかけて、男子はそれ以上の言葉を紡ぐのを止める。そして何かをじっと見つめたまま動かない。


「どうしたの…?」

「何で三浦が戸部さんと組んでるんだ…?」

「あっ」


忘れていた。そういえば彼こそが優菜と組みたがっていたのだった。どうしたものか、やはり謝るべきだろうか。


「いや、これには訳が・・・」

「皆まで言うな。最初から可能性は無いようなもんだったのさ…」


力なく答える彼に、晴登はそれ以上何も言えなかった。
すると彼はそのまま、元来た道を引き返していく。


「お、おい待てよ」


同じチームの男子が彼を追いかけ、そして彼らは頂上からいなくなった。
やっぱり、悪いことしちゃったかな。後で謝っておこう。


「何だったんだ、アイツら?」

「気にしなくていいんじゃないか? それより、あそこにスタンプがあるぞ。それも3つも」

「あの人たち、押さずに帰っちゃったけどいいのかな…」


大地の疑問に伸太郎が適当に返し、狐太郎は心配そうに呟く。確かに、これを放置して帰るのはもったいない。
とはいえ、晴登たちまで見逃す訳にはいかないので、彼らには申し訳ないが頂戴するとしよう。


「31、32、33の3つか。いくら頂上とはいえ、結構なボーナスだな」

「苦労した甲斐があったじゃん。ラッキーラッキー」


大地と莉奈の言う通り、これは予想外の収穫だ。もしかしたら、他にもこんなボーナスがあるかもしれない。まだ諦めるには早そうだ。


「この調子で行こう! 次はあの道だ!」


テンションが上がった晴登は、勢いで道を選ぶ。今ならたくさん見つけられる気がするぞ…!


「…? この匂いって…?」

「どうしたの、結月?」


晴登が意気込む背後で、結月がボソッと呟く。その様子が気になり、晴登は問うた。


「今、雨の匂いがしたような…」

「こんなに晴れてるのに? 気のせいじゃない?」

「それならいいけど…」


彼女は空を見上げながら、不思議そうに首を傾げている。だがこんなに晴れているというのに、雨が降るとは到底信じられない。いくら「山の天気が変わりやすい」ってよく言われるはいえ──






「ねぇ、ちょっと空が暗くなってない?」

「ホントですね。一雨来そうです」


マジか。結月の言う通り、本当に降りそうな雲行きになってきた。一体どこから現れたというのだ、あの雲は。

今晴登たちは、山の中でも比較的高い、見晴らしのいい場所にいる。そのため雲の様子にもいち早く気づいた訳だが・・・


「──って、言ってるそばから降ってきたぞ!」

「とりあえず、木の下に入ろう!」


ポツポツと雫が降り始めたかと思うと、次第に夕立の様な大雨になった。たまらず晴登たちは、全員で雨宿りできる場所を探す。しかし、見晴らしのいい場所が災いしてか、それが叶いそうな立派な木は中々見当たらない。どこに行っても水滴が入り込んでくる。


「もっと安全に雨宿りできそうなとこはないのか? 洞窟とか・・・」

「こんなに強い雨じゃ、見つけるのが大変そう…」


さっきまであんなに晴れていたのだから、当然誰も傘や合羽は持ち合わせていない。おかげで頭から足までずぶ濡れだ。いくら夏でも、これでは風邪を引く可能性もある。


「くそっ、足元がぬかるんできた…! 皆、気をつけ──」

「きゃっ!?」

「戸部さん!!」


雨で地面がぬかるんできたことを晴登が報告しようとした矢先、優菜が足を滑らせる。しかも運の悪いことに、バランスを崩した先は崖になっていた。
近くにいた晴登は慌てて優菜の手を掴み、引き戻そうと踏ん張る。が、


「ぐ、滑る…!」

「おい、晴登──」


人1人を不安定な地面の上で支えることは、予想以上に困難だった。大地の助けが入る前に、晴登もぬかるみに足を取られ、優菜と共に崖に吸い込まれる。


「うわあぁぁぁ!!!!」
「きゃあぁぁぁ!!!!」


「晴登ぉ!!」
「優菜ちゃん!!」


大地と莉奈が絶叫する中、晴登と優菜はそのまま崖の下の森林へと落ちていった。
 
 

 
後書き
ラストでいきなり裏切ってくスタイル、大好きですよ。今回は少し唐突すぎたかもですけど。どうも、波羅月です。

高難易度と聞くと某ソシャゲを思い出しますけども、ピッタリなタイトルだと思ってます。敵はスタンプのみに非ず、ってね(スタンプラリーとは)。

さて、崖から落ちてしまった2人の運命や如何に。ハラハラドキドキな展開ですね。次回のお楽しみです。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! では! 
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