竜のもうひとつの瞳
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第七十三話
東軍に組したいって連中が続々と集まってるらしく、政宗様を初めとした伊達の家臣達は城の一室へと案内された。
ちなみに足軽達は兵の詰め所でお世話になってます。
通された一室には他国の武将もいて、ちょっとした寄り合い所みたいになっていたりする。
身分的には差がありそうだけど、政宗様はこういうのを気にするタイプじゃないから適当に腰を下ろして休もうとしてる。
「……あれ?」
ふと、目に入った少しパサついた茶色い髪の男の人に目がいく。
何となくその後姿に見覚えがあって失礼と思いながらもじっと見ていれば、向こうがこちらの視線に気付いて振り返ってきた。
「幸村君!?」
思わずそんなことを言うと、伊達の面々が一斉にそっちを見る。
真田幸村、と政宗様でさえもそんなことを言うから、何で真田がここにいるんだって話になってる。
こんなこっちの反応に、彼は少しばかり頭が痛そうな顔をして
「……よく間違えられるのですが、それほど似ておりますか?」
なんて私達に尋ねてきた。
「は?」
幸村君似のその人が、私の反応を見て静かに溜息を吐く。
「私は、徳川家家臣真田信之と申します。皆様方は奥州伊達家とお見受けいたしますが」
「……アンタ、真田幸村じゃねぇのか?」
つい政宗様がそんなことを尋ねると、信之さんは本当に頭が痛いとばかりにこめかみを押さえている。
「幸村は私の弟に当たります」
なるほど幸村君は弟かぁ~、双子みたいにそっくりだわ。
あ、でもやっぱりちょっと顔の造りが違うような。
っていうか甲斐でお世話になってたのに一度も姿を見なかったような気がするけど。
……ちょっと待てよ、そういえばこの人、甲斐で幸村君と喧嘩してなかったっけ?
しかも今、徳川家家臣って言ったよね?
真田の人間なら武田家に仕えてるはずだってのに、何でここで家臣やってるわけよ。
「失礼を承知でお聞きしたいのですが、真田家は武田に仕えていたのでは」
「そうなのですが……いろいろと思うところがありまして、徳川家に仕えることとなりました。
武田からも徳川に仕官した者は少なくはございません」
少なくはございませんって……おいおい、ちょっと待ってよ。だって、武田にはさぁ幸村君がいるわけじゃないの。
この人にしてみれば幸村君は弟なわけだし。
「……弟さんが武田にいるのにですか?」
「まぁ……幸村と戦うことになるのは辛くはありますが、互いが決めたこと……これも致し方ないかと」
どうも甲斐を離れたのは幸村君が後継に立つのを反対してる連中っぽいな。
どの段階で武田を抜けたのかは知らないけどもさ、武田の内部はかなりスカスカになってるって見てもおかしくないかもねぇ……。
「しかし、幸村君とそっくりですねぇ……。御父上に似たのですか?」
「いや、私も幸村も母上に似たのですよ。父は強面でしたからなぁ」
へぇ~、お母さん似ねぇ~……ん? お母さん似? それってちょっとおかしくない?
「あれ? 幸村君は確か、妾の子だったと本人から聞いた覚えがあるのですが」
そんなことを言うと、信之さんは少しばかり渋い顔をしてみせる。
この事情を知らなかった政宗様や小十郎も少しだけ驚いた顔をしていた。
「……母が幸村を嫌っておりましてな。遠ざける為にそのような嘘を教えてきたのです」
母親に嫌われてるって……何でまた。
そんな言葉を聞いて政宗様も眉間に皺を寄せてるし、なんか結構な事情が隠れてると見て間違いなさそう。
「私には婆娑羅の力が宿らなかったのですが、幸村は生まれて間もなく炎の力に目覚め……
幸村を抱いていた母がその力に飲まれて全身に大火傷を負ってしまったのです。
それからというものの、幸村を物の怪のように扱うようになり、見かねた父が幸村を母から遠ざけ……」
妾の子なんだと教えてきたわけか。それに尾ひれが付いて、邪魔だから出て行ったとかそんなことを言われるようになって……。
不幸な事故ではあるけど、なんか可哀想だなぁ。幸村君もさぁ。
そんな境遇に育っておいて、どうしてあんなに真っ直ぐ育ったんだろう。
うちの小十郎や政宗様とは大違いだよ。だって、幸村君の対極にいるような性格してるもん、二人とも。
そう考えて政宗様や小十郎をじっと見ていたら、二人が私の言いたい事が分かったのかかなり渋い顔をしていた。
「……悪かったな、どうせ俺は捻くれてるよ」
「あら、分かっちゃいました?」
まぁ、少し露骨だったか。反応が。
でも本当、何処で育て方間違っちゃったんだかねぇ……。
しばらく幸村君の話で盛り上がっていると、家康さんとホンダムが部屋に入って来た。
どうも織田の話を小十郎がしてくれたらしくて、その件で話が聞きたいと言われた。
とりあえず私が知っていることを包み隠さず話してみると、家康さんは眉間に皺を寄せて何かを考えているようだった。
「……お市殿の身柄なのだが、こちらで預からせてもらっても良いだろうか」
「戦に利用するつもり、というのならばお断りですが」
きっぱりとそう言えば、家康さんはとんでもない、と手を振る。
お市は私の膝を枕にして眠っていて、何処か穏やかな表情を見せている。
「豊臣が狙っているというのならば、こちらで保護した方が良いのではないかと思ってな。
……聞けば、景継殿を追って戦場にまで足を運んでしまうとか……ワシは今回前線には立たずに本陣に詰めるつもりだ。
景継殿よりかは危険は少ない」
確かにそう言われるとその通りだ。お市を連れて戦場を駆け回るわけにもいかないし、奥州でお市を守れるだけの人員を確保するのは難しい。
小田原の敗戦、あの痛手がまだ残っていて、十分な人員を揃えられないまま出陣してしまったという経緯が実はある。
まぁ、これも蓋を開けてみると政宗様が石田にやられたことに怒り狂って奔走したってのがあるみたいで、
小十郎もあえて何も言わずに諌める機会を待って動いたところがあるらしい。
政宗様が頭に血が昇ってるのが分かってたからそういう作戦に切り替えたみたいだけど……
ひょっとして、あの刀を素手で受け止めたのもやったのかしら。甲斐で。
預かってくれるのならこっちも願ったりだけど……お市がそれを納得してくれるかどうか。
とりあえず本人と話をしてみないとどうにもならないか。
「お市、起きて」
軽く身体を揺すると、お市がゆっくりと身体を起こした。お市はじっと家康さんを見て、柔らかく笑う。
「お市、これから私達は戦に行かなきゃならないの。
でもね、そんな危ないところにお市を一緒に連れて行くわけにはいかないから、
家康さんのところでお留守番をしてもらいたいのよ。どうかしら」
「光色さんと一緒にいるの……?」
光色さんって、また微妙な言い回しを。
「うん。光色さんは強い人だから、お市のことを守ってあげられるし、
私もお市が光色さんのところで待っていてくれると安心して戦えるから」
努めて笑ってそう言うけれど、お市は悲しそうな顔をして頭を押さえている。
「いや……貴女も市を捨てていくのね……そうやって、独りにして……死んでいくのね……」
いやいや、勝手に殺さないでよ。まぁ……結構な境遇に置かれていたからそう言いたくなるのも分かるけど、
そこは出来れば信じて待っていてもらいたいもんだ。
「生きてて欲しいって思ってくれるのなら、光色さんと待ってて?
お市が危険な目に遭うと、それだけで気になって戦えなくなるから。戦えなくなったら、それこそ私は死ぬわ。
……お市が安全なところで待っていてくれると思えば、ちゃんと安心して生きて帰って来られるから。
大丈夫、竜の右目は伊達じゃない、ってね?」
そう笑いかけてみると、小十郎は少しばかり目を細めて私を見る。
こんな状況で勝手に竜の右目を使うな、って言いたそうだけど知ったことか。
「……本当? ちゃんと生きて戻ってくる?」
不安げに揺れる睫が愛らしい。髪を撫でて優しく微笑むと、その不安が少しばかり晴れたような気もした。
「約束! 生きてここに戻ってくるから、お市も光色さんと待ってるって約束してくれる?」
「うん……市、ここで待ってる……。だから、ちゃんと帰ってきてね……?」
ってなわけで、どうにか光色さんこと家康さんに渡すことが出来た。
まー、家康さんもこれからお市の対応に手を焼くことだろうけど、抱え込んだ以上はしっかりやってもらおう。
それから今度は家康さんにお市がべったりくっつくことになるんだけど、スマートな対応の仕方に拍手を送りたくなったわ。
家康さんってば、案外女の扱い方を心得てるというか何と言うか。
見た目は爽やかな好青年なのにねぇ……ああ見えて実はいろいろと遊んでるのかしら。
再び政宗様や小十郎を思わずじっと見れば、また何が言いたいのか察したようで酷くばつの悪い顔をした。
アンタらも、もう少し女の扱い学びなさいよ? レッツパーリィもこれで終わりなんだから。
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