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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第七十一話

 泣き止んだ頃にはすっかり夜も深けていて、お市は柱にもたれかかって眠っている。
とりあえず政宗様から離れて涙を拭いて、大きく深呼吸をした後に気配を感じるところに思いきり重力をかけてやった。

 「ぐぇっ!!」

 蛙を潰したような声と共に、庭にべしゃっと落ちてきたのはストーカー……じゃなかった、甲斐の忍の佐助でした。
てか、知ってたけどね。こんな覗きすんのはこの男しかいないし。

 「ちょっと、覗き趣味は甲斐だけにしてくれない? わざわざ奥州に来て覗いて喜んでるってどういうことなのよ」

 「何!? テメェ、景継をそういう目で見てやがったのか!!」

 重力で押し潰されて言葉も出ない様子なので、とりあえず重力を解いてみる。
すると佐助は涙目になって飛び起きて、

 「だから俺様は覗いて喜ぶ趣味はないっての!!」

 と生意気にも反論をしてきた。

 「だってさぁ……甲斐に行くと大抵佐助が覗いてるし、奥州なら佐助も覗かないだろうって安心してたらこんな状態だしさぁ。
アンタ、私のストーカーじゃないの? ってか、気があるの?」

 「だから違う!! 俺が好きなのはかすがだから!!」

 思いきり言い放ったその致命的な情報に、私はにやりと笑った。
佐助はしまったとばかりに自分の口を押さえてるし、これはかなり確かなものだと考えて良さそうだ。

 「へぇ~? かすがが好きなんだ~」

 佐助が好きな相手はかすがっと。私の頭の中のメモ帳にきっちり記録しておきましたよ?
なんて思ってにやにやと笑ってやると、佐助が随分と渋い顔を見せてくる。

 「ちょっと、絶対ろくなこと考えてないでしょ」

 「べっつにぃ~?」

 かすがに、佐助は覗き魔でストーカーで、いつもかすがの身体を視姦して喜んでるって言ってやろう。
人を幸村君の苦手意識克服の出汁に使おうとした罰で。あと諸々の仕返しも含めて。

 「で、ストーカーでないってんなら何しに来たの?」

 佐助は軽く咳払いをして、表情を引き締めた。

 「本能寺跡で魔王の妹を攫って来たって聞いたから見に来たんだけど……その件で忠告をしにね」

 「忠告?」

 忠告とは穏やかじゃない。わざわざ敵の城に乗り込んできて忠告とは、一体何があるというんだろうか。

 「武田は西軍に付くことになったんだけどもさ、どうも豊臣の中に魔王復活を目論んでる奴がいるって話があるんだ」

 豊臣の中に? 確か、豊臣の後継は石田三成ってことで動いているはず……

 「石田三成の指示ってこと?」

 豊臣となればどう考えてもそういうことになるんだろうけど、あの男がそんなこと出来るんだろうかって引っ掛かるところが大きい。
だってさ、魔王の力を操ろうとか利用しようとか、そんな小細工が出来るタイプじゃないもん。
んなことするくらいなら、自分から突っ込んで行って刀を振るうような人間でしょ?

 「いや……そうじゃない。というか、石田自体大将としては機能してないというか……
石田を総大将に上げてるけど、実際指示を出してるのはその側近の大谷吉継だ」

 総大将として機能してない……? そりゃまた、随分と意味深なことを。そこら辺、詳しく聞きたいもんだ。

 「だって、この日本を東西に分けた戦いって、はっきり言えば覇権争いでしょ?
石田が豊臣の後継ってことで天下を掌握するのか、それとも徳川が天下を獲って新たな世を築くのか、って為に戦うわけじゃない。
なのにその石田が総大将として機能してないってのはおかしくない?」

 そう突くと、佐助がかなり渋い顔をして頬を掻いていた。
この様子だと嘘を言ってるってわけじゃなさそうだけど……。

 「……まぁ、西軍に付いてる人間は、皆知ってる話だから言っちゃうけどもさ。
豊臣秀吉を徳川家康が倒したってのは周知の話だけど、石田は秀吉を狂信的に崇拝していたんだ。
で、徳川が秀吉を討ったことに逆上して、仇討ちをしようとしている。つまり」

 「まさか、敵討ちの為に西軍を束ねて戦おうっての? 豊臣の意思を継ごうってんじゃなくて?」

 「……そういうこと。石田は極論、徳川家康さえ殺せればその後の日本がどうなろうと知ったこっちゃないんだってさ」

 佐助から齎された意外な事実に、私は言葉を失ってしまった。
待ってよ、ってことは、この大戦は石田の個人的な恨みによって引き起こされたもの、ってこと?
そりゃ、復讐に燃えてるってのは知ってたけども、他にもいろいろ理由があると思ってたよ。
だって、そんなに信奉するくらいなら、敵討ちの為だけに日本の半分を動かすなんて愚行をするはずがないじゃん。

 「っていうか……何でそれが分かってて西軍に付いたの? 仮に西軍が勝ったら大変な事になるじゃない!」

 結局束ねる気が無いのだから、また日本は戦乱の世に戻る。己が天下人になろうと、また血で血を洗う戦いが始まる。
西軍が勝ったら乱世が長引くことを意味している。それが分かっていてどうして西軍に組みしているのか。

 「いろいろな思惑があるのさ。それは東軍に付いている人間にだって言えることだ。伊達もそうだろ? 独眼竜」

 「……まぁな」

 佐助の言葉に政宗様が無表情に答えているけど、私はどうにも納得が出来なかった。
確かに各国には思惑があって同盟を組んでるってのは分かっている。けれどこんな理由で戦をしていいの……?
戦ってのは多くの人を死なせるものだから、上に立つ人間はきっちり理由がなければならない。
大義名分があれば人を殺してもいいってわけじゃないけど、残酷なことをやるだけの覚悟と理由が必要になる。
私だって戦場には軽い態度を見せてるけど、生半可な覚悟で挑んではいない。

 おかしいよ……確かに復讐したいって気持ちは分かるよ。分かるけど……。

 「それで話を戻すけど、豊臣の連中が魔王の妹を攫うことを画策しているそうだ。
近いうちに、何かしらの行動に出ると思う」

 何かしらの行動、一体何をするつもりなんだろう。
もう少し佐助から情報を聞き出そうとしたところで、政宗様が私よりも先に口を開いていた。

 「猿、そいつを教える意図は何だ」

 「第六天魔王の復活、西軍にいるからって容認出来るもんじゃないんだ。
西軍にいる人間のほとんどが魔王復活を阻止したいと考えてる……
それは、東軍であろうが何だろうが利害関係は一致してるからな」

 穏やかな表情で眠る市を見て、少しばかり哀れにも思ってしまう。
償うべき罪はあるけれども、幸せには何処か程遠いような儚さがある。
魔王の妹でなければ、普通に幸せを掴めていたのだろうか。そんなことさえ思わせてしまう。

 そっと頬を撫でてやると、誰かの名前を呼んでいた。いい夢を見ているのだろうか。
出来ることならば良い夢を見ていて欲しい、そんな風に思う。

 「そういうわけだから、俺様はこれで失礼するよ。おっと、真田の旦那に伝えておくことはある?」

 「佐助が破廉恥で困ってるって言っといて」

 「了解、絶対伝えない」

 消えた佐助を見送って、また幸村君に会う機会があれば直に伝えようと思った。
でも、今気にしなきゃならないのはそんなことじゃない。
……何というか、明るみになっていく事実が何ともなぁ……。
東軍に付いた方がマシなような気もするけど、石田本人にも会って話を聞いてるわけじゃないし、
家康さんだって会ったのはこんな事態になる前のことだし……。

 私は胸の中に湧いた疑問を、どうしても拭うことが出来なかった。 
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