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カーク・ターナーの憂鬱

作者:ノーマン
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第3話 別れ

 
前書き
     【原作年表】
宇宙暦640 ダゴン星域会戦
宇宙暦669 コルネリアス1世の大親征
宇宙暦682 フェザーン成立
宇宙暦696 シャンダルーア星域の会戦
宇宙暦720 ★第一話スタート
宇宙暦726 730年マフィア 士官学校へ入校 
宇宙暦728 ジークマイスター亡命事件 
宇宙暦728 フォルセティ会戦    
宇宙暦730 730年マフィア 士官学校卒業  
宇宙暦738 ファイアザード会戦   
宇宙暦742 ドラゴニア会戦     
宇宙暦745 第二次ティアマト会戦  
宇宙暦751 パランディア会戦 ミヒャールゼン提督暗殺事件
宇宙暦765 イゼルローン要塞完成
宇宙暦767 ヤンウェンリー誕生
宇宙暦770 シェーンコップ 祖父母と亡命
宇宙暦776 ラインハルト誕生

※星間図は『銀英伝 星間図』で画像検索すると出てくる帝国軍が青、同盟軍が赤で表現されている物を参照しています 

 
宇宙暦722年 帝国暦413年 9月末
惑星エコニア 捕虜収容所建設現場
カーク・ターナー

「おーい坊主、もう少しクレーンを上げてくれ」

「了解、おっちゃん」

現場監督役のおっちゃんの指示を受けて、俺は操作を任されたクレーンの操作を慎重に進める。おっちゃんが右手て停止を指示する合図を出すと同時に、クレーンの動きを止める。釣りあげられた資材を定位置に固定する捕虜を表す同じ色の作業着を着た大人たちを横目に、俺はこの2年の事を思い返していた。

井上商会の捕虜収容所への配送を担当しているのは今でも変わらないが、今では捕虜収容所の建設に、フルタイムではないが重機のオペレーターとして参加していたりする。きっかけは捕虜たちのまとめ役でもあるおっちゃんが年齢制限にひっかっかるが、俺が重機オペレーターの資格を持っている事を聞きつけたことだ。
おそらくネタ元は捕虜収容所内の売店の店長、トーマス・ミラーだろう。ただ、彼は善良な性格だし、俺の事を話したにしても、良かれと思っての事だろうから特に責めたりはしていない。

1ディナールでも稼ぎたい俺にとってはありがたい話だったが、この状況も様々な偶然が生んだ産物だった。人の縁はまず覚えてもらうことから始まるといい募っていた井上オーナーのしたり顔が、少しうざかったが、彼も人生の先輩だ。これも人生の先達の教えが正しかったという一例なのかもしれない。

そもそもの大元は、軍が少しでも軍備増強に予算を割きたかった事に始まる。収容所の第一工期以降、軍は収容所の建設自体を、技能を持った捕虜を活用する形で進めた。とはいえ、捕虜全員が建設業界の技能を持っている訳ではないし、本来なら設営部隊が捕虜になる可能性は低い。
そして叛徒とみなしている以上、同盟語を必修科目にもしていなかったので、通信教育で学ぶためには、まず同盟語の学習から始めなければならなかった。

そんな中で、白羽の矢が立ったのが俺だった。重機オペレーター資格の法定年齢である15歳に達していなかったのも、むしろプラスに働いた。というのも法定年齢に達していれば、最低賃金に関する法律も当然適用される。そのコスト感では、捕虜の活用を前提とした予算計画では当然人件費がオーバーする訳だ。そういう状況を踏まえると法定年齢に達しておらず重機オペレーターの資格を持つ俺は、最適な人材だった。

俺としても、家計を助けるために1ディナールでも稼ぎたい背景があったので、捕虜基準とはいえ、報酬がもらえるのはありがたかった。そして、持つべきものは話の分かる上司だ。

井上オーナの計らいもあり、去年から収容所への配達は朝一で行い、重機オペレーターとして夕方まで働いてから、当初持ち帰っていた納品伝票だけでなく、夕方に確認した在庫伝票も併せて持ち帰る形にしてくれた。

「これで収容所の売店の販売効率が多少は上がるからオレンジは気にするな!」

なんて井上オーナーは言ってくれたし、俺がおっちゃん達と作業することで売店の売り上げアップが見込めた事もあっただろう。でも変に恩にきせずに気持ちよく体制を整えてくれたオーナーには、いつか恩返しをしたいと思っている。

「よし、キリが良いし今日はここまでにしよう。オーナーの心意気で、今日は坊主がビールを多めに納品したそうだ。坊主の顔を立てる意味でも、自分へのご褒美って意味でも、一本位はビールを飲んで英気を養ってくれ。丁度、給料日でもあるしな」

監督役のおっちゃんが声を上げると、うれし気に作業に参加していた大人たちが応じた。収容所では3食提供されるが、嗜好品は別枠だ。酒ももちろん別枠だし、捕虜の中には収容所外の労働で蓄えを作り、実際に家庭をもった者も出てきている。
給与面や勤務体制の兼ね合いから、同盟軍の二等兵ではなかなか家庭をもつことは出来ないだろう。そういう意味では、捕虜の待遇が二等兵よりマシという笑い話から実例が現れた形だ。この時点で、俺は何があろうと、同盟軍の二等兵にはなるまいと心に決めた。

もともと地方星系の生き血を吸うようなバーラト系には思うところがあったし、戦時とはいえ、異を唱えない地方星系の住民たちにもイラ立ちを感じている。いくら戦時とはいえ、ここまで不平不満を我慢するとなると、民主主義を標榜しながら、その実、ファシズム化していたりするんだろうか?

「カーク、お疲れ様。カークのお陰で売店の売り上げも右肩上がりだよ。ハイ、袖の下」

そんなことを考えていると、収容所内の売店を任されているトーマスが、いつものように伝票とミルク入りの瓶を刺しだしてくる。

「ありがたく頂きますとも......。って、やっとトーマスにもお返しができたと思ってるから、別に気にする必要はないと思うけど......」

「気にする必要はないよ。もっと威厳なり人徳なりが僕にあれば、言葉だけでも足りるのかもしれない。でもそんなものは僕にはないからね。感謝を表すには言葉だけでなく行動を旨としているわけさ」

「それは良い心がけだね。もっともご利益を散々受けたうえでの話だから、評価に対しての客観性は皆無に近いけど」

俺がそう返すと、トーマスはうれし気に笑みを浮かべた後、意を決した表情をした。

「カークは僕の弟分だし、先に話しておくね。実は軍に志願することに決めたんだ。今月でちょうど16歳になるしね」

「えっ。このまま井上商会に勤めるんじゃなかったの?しかも今更、志願したって二等兵からのスタートだろ?トーマスが二等兵なんて、人材の無駄使いだ。なんで......」

「うん。実は弟か妹が出来たんだよ。僕の稼ぎを入れても、将来の学費を賄うのは難しい。それに、政府の方針で家系の存続の担保の為に、その世代で志願者がいれば、徴兵順位を下げてもらえるんだ。井上オーナーから航海士見習いの話も貰えたんだけど、仕送りできる金額とか、僕が志願すれば徴兵順位を下げてもらえるとかさ。色々考えたら軍に志願するのが、今の家の状況だとベストなんだよ」

「やめた方が良いよ。トーマスは俺みたいな子供にもちゃんと接しちゃうお人好しだし、井上オーナーなんてこんな片田舎の商会だから成立してるけど、首都星系なら一瞬で食い物にされる甘ちゃんだよ。軍に入隊したら無能な上官の命令も聞かなきゃだし、トーマスは世渡り下手なんだから戦死しちゃうよ!」

「確かに僕は世渡り下手だからなあ。とは言えもう少し表現に気を使ってくれても良いんだよ?それにさ、どっちにしても、入植を理由に父さんが徴兵免除されてる以上、弟が出来れば僕に徴兵令状がくる可能性は高いんだ。なら志願しといたほうが、メリットもある。
それに帝国語をちゃんと日常レベルで使えるしね。もしかしたら情報部だったり、フェザーン駐在武官の従卒になれるかもしれない。他の志願兵に比べたら、生き残れる可能性はあるさ。それにもう志願しちゃったから、今更取り消すわけにもいかないよ」

自分に言い聞かせる様に話すトーマスから、覚悟みたいなものを感じてしまい。俺はそれ以上何も話せなかった。言いたいことは沢山あったが、もうトーマスが意を決した以上、俺から言えることは何もなかった。

でもさぁトーマス。バーラト系のエリート達は、地方星系の若者の命なんて何とも思っていないよ。帝国語を日常会話レベルで話せるのも、やばい方向に働くかもしれない。階級が低い状況で帝国語に堪能なんて状況だと、最悪最前線の陸戦隊に配属されかねない。最終的な意思決定に関わる部門に地方星系の二等兵なんて加える訳がない。
あくまで現場レベルの情報収集で、帝国語が活きる陸戦隊に押し込まれる可能性が高い。所属部隊が勝ち続けられれば良いけど……。でも俺ですら理解している事なんだ。トーマスも全部理解したうえで志願したんだろう。お人好し過ぎるし、なんとか翻意させたいけど、俺が何を言っても無駄だろうな。

「簡単に戦死しちゃ嫌だぜ。トーマスには俺の兄貴分として結婚式でスピーチしてもらう予定なんだからさ」

「うん。そんな将来があれば、きっと楽しいね」

そんな言葉を交わしながらトーマスと握手を交わしたが、彼がこの約束を守れないと思っていることを感じていた。数年の付き合いだが、トーマスは約束をする時、約束を守ると必ず断言していた。
それをうやむやにする形にした以上、彼も生き残るのは難易度が高いと感じているのだろう。とは言え年下の俺の願いを誠実な彼は無下に断る事も出来ずに、こういう形にしたのだろう。

トーマスのような誠実な若者が、自分の将来を諦めざるを得ない状況に追い込む自由惑星同盟の有り様に、俺は憤りを禁じえなかった。そしてただでさえ、ターナー家としても恨みがあるバーラト系に、改めて自分が立場を得た際には、ツケを払わせてやりたいとも思った。

「疲れてるだろうに、こんな話を聞かせてごめんよ。ただ、カークには僕から話しておきたかったからね。オーナーに伝票を届けるまでが今日の仕事だよ。よろしくね」

トーマスから伝票を受け取り、配送車に乗り込む俺だったが、今までで初めて、トーマスが差し入れてくれたミルクを初めてその場で飲まずに持ち帰ることになる。この数日後に、入隊のためにエコニアを旅立つトーマスを簡易宇宙港まで見送りに行くのだが、誠実な俺の兄貴分とは、文字通りこれが最後の別れとなった。
 
 

 
後書き
暁さんでは13話までの公開とさせていただきます。毎日投稿はハーメルンさんで予定しています。感想欄もハーメルンでログインなしで書き込めますので、お気軽にお願いできれば嬉しいです。 
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