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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第六十話

 赤い顔をしてぽーっとしたまま馬に乗って躑躅ヶ崎館を出た私を、お供の四人が心配そうに見ている。
躑躅ヶ崎館で適当に挨拶をして出てきちゃったわけだけど、幸村君の唇の感触がまだ唇に残ってるような気がして、
何か気も漫ろって感じでどうにも集中してこれからのことを考えることが出来ない。
あの子があんなことするなんて、普通誰も思わないでしょ? それなのにあんなことされちゃって……ああもう、どうしよう。
何かBASARAの世界に落とされた良かったって初めて思ってる気がする。

 しかし、私の心境を知ってか知らずか、連中はデリカシーってもんがない。

 「景継様を攫うなんて、大胆なこと言って接吻までして……真田の兄さん、絶対小十郎様に殺されるな」

 「いや、筆頭が先じゃねぇ?」

 「つか、両方に殺されるんじゃね?」

 「甲斐、終わったな」

 勝手にそんな納得をしてる連中を軒並み吹っ飛ばして地面に叩き付けてやった。
ったく、人が余韻に浸ってるってのに、無粋なことするんじゃないっての。全く。

 でも、ちょっと見ない内にすっかり男になっちゃって……まだまだ子供っぽさが抜けないけど、
幸村君だって基本的にイケメンだからさぁ、優しい顔してあんなこと言われて口付けされたら、くらっと来ない方がおかしい。
つか、それくらい分かれ、この脳筋共め。

 子供産めないって言ってるのに、政宗様も幸村君も物好きだなぁ……。
それともそんなに私がいい女なのかしら。まぁ、厳密に言えば女じゃないけどもさぁ……。

 「俺様としても争いの火種撒くのは止めてもらいたいとこだけどね~」

 そんなことを言って現れたのは、もう説明するまでもないあの人で。

 「おっと、出たな? 覗き魔」

 「ちょ! 何てこと言うの!! 覗いて喜んでるみたいな言い方しないでくれよ!!」

 おおっと、心の声がつい口から出ちゃった。
いかん、いかん。大人の対応をしなけりゃならないって思ってたのに。こりゃ参ったねぇ。

 「だってさぁ、甲斐にいると佐助の気配ばーっかり感じるんだもん。こりゃ、ストーカーか覗き魔かのどっちかかと思っちゃうじゃん」

 「俺は忍だから仕事でやってんの!!」

 まぁ、本当かしら。何でも仕事のせいに出来るっていいよねっ。

 「趣味と仕事が一緒ってのはいいね~。天職じゃない?」

 「だーかーらー違うっての!!」

 まぁ、佐助からかって遊んでても仕方が無いし、出てきたってことは何かしら用事があるからってことだろうし。
もういい加減用件を言わせてあげましょうかね。こっちも寝る場所を探さなきゃならないしさ。

 「で、何しに出てきたの?」

 改めて聞いてやると、佐助が咳払いをして表情を引き締めた。

 「あの黒い手が消える前に分身を放って周辺を探らせたんだけど、近くで織田の小隊を見たんだ」

 佐助が齎した情報に、私の表情も引き締まる。
流石に織田の小隊を見たともなれば、話は別だ。佐助なんかからかってる場合じゃない。

 「……織田の?」

 「そう。で、その中に魔王の妹の市姫の姿もあった」

 織田の軍勢引き連れて、第五天魔王が現れた……って考えても良いってことかしら?
っていうか、そういうことだよねぇ。どう考えても。

 「じゃあ、あの黒い手を放ったのはやっぱり織田の仕業って考えていいのかしら」

 「多分ね。あの子供が言った黒い沼みたいなのと小さな手が、魔王の妹の周囲に湧いてたから。
織田の連中もそれを避けるようにして様子を見ているって感じだったし……」

 なるほど、ってことは第五天魔王があの黒い手の犯人ってわけね。
佐助、なかなか使えるじゃん。ただのストーカーとか思ってて申し訳なかったわ。
今度から使えるストーカーって考えることにしよう。うん。

 「なら、わざわざ攻撃をした真意は? つか、それ見てたのに捕らえて来なかったの?」

 「捕らえたかったけど返り討ちにされたんだよ。俺様の分身だって、そんなに弱くないはずなんだけど一撃で仕留められたからね。
あの黒い手に……攻撃して来たのは、おそらく故意に攻撃をしようと思って仕掛けてきたわけじゃないと思うんだ」

 ……は? それってどういうこと? そこに館があったから叩き潰した、とでも言うつもり?
どうにも言わんとすることが分からない、そんな顔をしていたのか、佐助が溜息を吐きながら自分の頭を掻いている。

 「力の暴走、何かそんな感じだったんだよね。
自分でも抑えきれないって感じで無差別に攻撃してたっていうか……織田の兵も何人かはやられてたしね」

 力の暴走……そりゃ、厄介だ。武田はそのとばっちりを受けたってわけかい。

 私はあの自称神様のこともあってか婆娑羅の力のコントロールが最初から出来たけど、
婆娑羅の力ってのは結構簡単に制御出来るもんでもなかったりする。
いろいろと修行を積んでようやくコントロールが可能になる代物で、簡単に誰でもホイホイ使えるようなもんじゃないのよねぇ……。
小十郎だって雷の力を発現させた時は制御が出来なくて大変だったもん。
ついでに政宗様の時も大変だったけど、小十郎が避雷針になってくれたから変な暴走の仕方をしなくて済んだわけ。

 あんな館を半壊させるほどの暴走の仕方をするってことは、相当強い力を持ってるって考えた方が良さそう。
やっぱ魔王の後釜だけあって手強いな。

 でも、そんな力の使い方をしていれば、身体に掛かる負担も相当大きいような気がするけども……。

 「情報ありがとう。てか、情報くれるその真意は?」

 「織田の方を抑えてくれるってんなら、利害は一致してるしね。
こっちもあんまり人手を割けない状況だしさ、小夜さんにお任せしちゃおうかと思ってね」

 なるほど、私を駒にしようって腹かい。いい度胸してんな、この野郎。

 「それに、旦那が惚れた相手だって言うんならさぁ、敵対するわけにいかないっしょ。
あの人、十八年生きてきてやっと女に興味持ったんだから」

 「つか、私を嫁にしても子供産めないよ? その辺の事情も調査済みでしょ?」

 「まーね。側室でもいいんだよ、要は旦那がきちんと正室を迎えるまでの足がかりになればいいんだから」

 この野郎、更に人を踏み台にしようってのか。

 ……絶対に佐助の弱点探って苛めてやる。好きな女とかいたら、手回しして佐助が覗き魔でストーカーだって言ってやる。
ついでに視姦するのが趣味だとかも言ってやる。

 「……何か、恐ろしいこと考えてない?」

 「べっつに~」

 女を敵に回した恐ろしさ、たっぷり教えてあげないとね~。情報料も兼ねて。

 「で、織田の動向とかは分かる?」

 「それは全然。分身が倒されたから、見失ったしね。ダメ押しで忍隊の奴ら放ってみたけど、皆返り討ちにされちゃったし」

 おー……そいつはまた……。
どうであれ、やっぱり向かう目的地は変わらないのね。結局は本能寺に答えがあるって考えても良いのかしら。

 佐助に一応お礼を言って、本能寺を目指してまた馬を駆けさせる。

 万が一戦うことになった場合、この人数で太刀打ちが出来るのだろうか。そんな不安が少しばかり胸を掠めていた。 
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