竜のもうひとつの瞳
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第五十八話
現状を甘く見ていたのか、打開出来ると踏んであえて何もしなかったのか、とりあえず今武田が大変なことになっているのは分かった。
とはいえ、私は伊達の人間だしどうすることも出来ないし、どうする気もない。
「差し当たって、その同盟をどうするのか、それに今後武田はどういう方向で進むのかを早急に決めた方がいいよ。
その後継の問題も、幸村君の動き次第で変わってくると思うしさ」
まぁ、満場一致で幸村君が後継になるって話で収まるとは思えないけどね。
暗い顔をした幸村君は更に暗い顔をして溜息を吐く。
何か、放っておくと線路に飛び込みそうなくらい空気が重いし澱んでる。
「……ところで、小夜殿はどうして奥州を出て来られたのでありましょうか? 某に会いに来る為ではないでしょうに」
おっと、多少頭が働いてくれているようで良かった。
幸村君が疑問を持ってくれたようだし、私はここで旅の目的を話すことにする。
別に隠しているわけでもないし、寧ろこの問題はうちだけに限ったことじゃない。
協力者は多い方がいいし、知ってもらって損はないしね。
「実はさ、第六天魔王織田信長を復活させようとする輩がいるって話を聞いたのよ。
で、関東や西国でも村人が軒並み行方不明になるなんて事件があったりするじゃない?
それも怪しげな儀式を行う為に掻っ攫ってる可能性が高いって話でさ。
情報奥州ではまだ報告が上がってないんだけど、被害が出る前に調査を、と思ってね」
幸村君がその話を聞いて、そういえば、と口を開いた。
「甲斐でも似たような話を聞いた覚えがある……
確か、ここから西に向かった先にある村の人間が一夜にして全て消えたと報告を受けておりまする」
一夜にして村人が消えたってか? それはまた凄いな。
っていうか、報告を受けたってのほほんとしていて良いわけ?
「それ何時の話?」
「一月ほど前の事でござる。調査に乗り出したが、結局村人は行方知れずのまま……
そうか、そのようなことが背景に絡んでいたのか」
なるほど、一月も前ってことはまだ後継者問題に揺らぐ前のことか。
で、調査が打ち切りになってるのかどうなのかは分からないけれど、特に問題が大きくなっていないところを見ると
どうやらそれ以降特別大きな問題は起こっていなさそう。
ま、それどころじゃないってことを差し引いても、村人全員が一夜にしていなくなるなんて普通じゃないし。
「まぁ、本当に復活するかどうかは分からないし関連性も推測の範囲だけど……
復活すると信じて生贄を集めてるってのは問題でしょ?
手がかりも何にもないから、とりあえず本能寺を目指してたわけ。
で、信玄公が病に罹ったって話を聞いて、幸村君がどうしてるかなってちょっと心配になったから様子を見に来たのよ」
「どうであれ第六天魔王が復活しようとしているのならば、手を打たぬわけには参らぬか」
そう言って佐助に忍隊に調査をさせるようにと指示を出す。また同様の事態が起こっても困ると言っていた。
出来ればここは情報交換をと言いたいところなんだけども……そういうわけにもいかないか。こっちに構ってる余裕がなさそうだもん。
と、廊下を慌しく走る音が聞こえて、私達は一斉に戸へと視線を移す。荒々しく戸が開いて飛び込んで来たのは甲斐の兵だった。
「申し訳ございません! 幸村様に急ぎ報告致します!! 見回りの兵より近隣の村にて村人が消えたとの事!
偶然にも村の子供が一人だけ残っておりまして、ただ今事情を聞いておるところです!!」
「なっ……」
これが二例目、ってことか。まさかここで遭遇するとは思わなかったよ。つか、何たる偶然。
こんなに都合良く話が進むと、狙ってんじゃないのかって思っちゃうよ。
「急ぎ参」
「ちょっと待った! 大将はここで待機してなきゃ。代わりに俺が行って来るからさ」
「う、うむ……」
……政宗様なら絶対に自分が行くって言って飛び出してっちゃうなぁ……。
いや、この状況でそれ伝えたら政宗様に倣って出て行っちゃうか。
佐助に睨まれるのも面白くないし、とりあえず今私達がすることは。
「佐助、私達もそれついて行ってもいい? 何か手がかりが得られるかもしれない」
「まぁ……別にいいか。それじゃ、着いて来て」
佐助に案内されるままに部屋を出て、何となく調子の出ない幸村君を残して私達は躑躅ヶ崎館を後にした。
甲斐の兵と共にやってきた、村人がいなくなったという近隣の村。
長閑な農村というよりも、ここは宿場町に近いようなスタンスで成り立っているのは宿の多さを見ても予測がつく。
一応調査をしてみたけれど、金品や刀なんかもそっくり残っていて、ある家ではこれからご飯にするつもりだったのか、
食事の支度が整ったままになっていたらしい。
生活空間から人間だけを切り取ったようなこの状況に、誰もが眉を顰めている。
保護した、という子供に話を聞いてみると、怯えた表情で黒い手が地面から出てきて皆を引き摺り込んでいったと話してくれた。
「……黒い手?」
「う、うん……いきなり地面が黒くなって、黒い手がたくさん出てきて……沼に沈めるみたいに皆を引き摺り込んだんだ。
怖くなって逃げたんだけど、戻って来たら皆いなくなってて……」
これが現代とかならショックで記憶がおかしくなったとか何とかで信じられないわけだけど……
何せここはBASARAの世界、こういうおかしな現象だってありえないとは限らない。
つか、織田信長が復活するステージがあるわけだから、こういう魔法染みた話もあって不思議は無い。
というよりもBASARA自体何があっても不思議じゃないという感覚の方が大きいというか……ねぇ?
「……現実を受け入れられなくて作った妄想か何かかなぁ」
でも、そんな妙な世界であっても現実的な考えをする人間というのは必ず存在して、まともなことを言った佐助に少しばかり感心をしていた。
とはいえ、それで済ましてやれないのがこの世界なのよね。
「でなければ、実際の出来事か」
私がそう言うと、佐助がマジで言ってんの? と言いたそうな顔で見てきやがった。
何だか渾身の力でぶん殴ってやりたくなったけど、今はそんなことよりも情報が欲しい。
BASARAの世界であることを前提に考えて、一番“現実的”に有り得るのは……
「この世には常識を覆す、不可能を可能にする力があるでしょ」
私の言い回しに、佐助がはっとした顔をする。
「……婆娑羅の力か!」
分かってくれたようで何より。これで分からなかったらどうしようかとも思ったよ。
村一つを飲み込むほどの力があるのかどうかは分からないけど、この事件の裏側に婆娑羅の力が使われていると考えれば辻褄は合う。
お化けが出てきた、とか、神隠しに遭った、とかよりはずっと現実的だし、婆娑羅者が絡んでるとなれば調査もしやすい。
「婆娑羅の力を持った人間が第六天魔王復活の為に攫っている、そう考えるとスッキリしない?
まぁ、まだ関連があるかも定かじゃないし、確定情報じゃないけど」
「確かに可能性の話だけど……その線で調査するには十分だろうな。
ここまで何事も無かったかのように人間だけ攫うってのも、しかも日中にってのは簡単に出来るもんじゃない。
婆娑羅者が絡んでるって考えた方が対応もしやすい」
うん、そうだろうね。確かな情報じゃないけど、手がかりにはなった。
でも、織田の動向が分からない以上、目的地は変わらないのよねぇ……。
それに一体誰がこんなことをやってるのかってのもわからないままだし。
やっぱり本能寺目指して走るしかないか。
これ以上、甲斐で情報も集まりそうにないし、ここは御暇させてもらって甲斐を抜けるとするか。
っていうか、あんまり幸村君と接してると元気を吸い取られそうな気がしてさぁ……。
「さす」
「報告します!! 躑躅ヶ崎館が謎の襲撃を受けた模様!! 敵勢力は不明! 報告に現れた兵の話では黒い手が襲ってきたと……」
御暇させて、と言う前に兵が齎した報告に私達は眉を顰めていた。
これはヤバい。今までは農村とかだったけど、ついに連中、敵の本拠地にまで手を出してきたか。
報告を聞き終える前に躑躅ヶ崎館へ向けて馬を走らせる。
佐助も手早く兵達に指示を出して私達の後を追って走ってくる。てか、馬と並走出来るって凄いね。
って、そこは今突っ込むべきところじゃないか……いや、もう今更か。
「くそっ……俺が離れるべきじゃなかったか!」
確かにこうなることが分かっていれば佐助は残るべきだったと思う。
だって、今の幸村君じゃ……
「あの調子だと、普段の半分も力出ないでしょ。とにかく急いで戻らないと」
頷く佐助は私をちらりと見て
「小夜さん、アンタが来る必要はないんだぜ?」
ってなことを言ってくる。まぁ、今はお互いに大人しいとはいえ敵国同士ですもんね。そう言いたくなるのは分かりますよ。
だけど、そう言われたからって引くわけにはいかないのよねー。
「冗談、こんなタイムリーなネタを逃すわけにいかないでしょ。
仮説が合っているかどうかの証明にもなるし、何よりその黒い手とやらを見てみたいしね」
そんなことを言って駆ける私達の後をお供の四人と甲斐の兵達が必死に追ってくる。
段々と私達から引き離されていく甲斐の兵達とは違い、必死に走ってくる四人は流石伊達の兵といったところか。
足軽だって馬に乗せちゃううちの軍の馬術を馬鹿にすんなよぉ?
さて、幸村君は無事かねぇ……話の流れ的にここで死ぬと洒落になんないからなぁ。
絶対後継者問題で甲斐が大荒れになること間違いなしだよ。
館が近づいたところで見えてきた、地面から生えるどす黒い無数の手に、馬が怯えて暴走しかかった。
慌ててそれを宥めて止め、後退して様子を見る。
うーむ、意外にグロい……。
さてどうしたものか、そんな風に考えたところで、ズン、という重たい音が当たりに響き、軽く地面が揺れた。
地震かと思ったけれど、視界に入ったものをきちんと確認して、すぐにそれが地震ではないことに気が付いた。
館から巨大な黒い手が二本生えている。それが、勢いよく館を叩き潰したわけだ。
「大将!!」
黒い手を避けて、佐助が飛び出していく。黒い手に捕らわれないように枝を伝って駆ける様は、名前の通り猿を思わせる。
そんなことを感心していても仕方が無いので、私達も迂回路を探して佐助の後を追い、館へと急いだ。
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