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戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~

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第42話「鋼の腕の伴奏者」

 
前書き
ラストスパートッ!

あと2、3話で畳むッ!! 

 
『……いさん……ツ……ルト……さん……』

……誰だ? 俺を……呼んでいる……?

いつの間にか閉じられていた目を開けると……暗闇の中をゆっくりと沈んでいく俺の見上げる先に、小さな人影が浮かんでいた。

『……にいさ……ツェルト義兄さん……』

その声は……セレナッ!?

俺の目の前までふわっと降りてきたセレナは、俺の顔を覗き込みながら口を開いた。

『ツェルト義兄さん。お願い、立って……。ツェルト義兄さんは、まだ負けてない』

……無理だよ、セレナ……。もう、身体が重くて動かないんだ……。

『ううん、そんな事ない。ツェルト義兄さんはまだ戦える。ただ、義兄さんが大切なことを忘れているだけ。それを思い出さなくちゃ』

大切な……事……? なんだよ、それ……?

『義兄さんが、マリア姉さんのヒーローになるって誓った日。あの時の気持ち、義兄さんは覚えてる?』

俺が……マリィのヒーローになりたいと願った日の……?

『そう。あの時、義兄さんが胸に誓ったもの。わたし、ずっと見守って来たから知ってるよ』

セレナに言われて、俺は記憶の糸を手繰り寄せていく。

あの日は……確か、8年前の──



ネフィリム起動実験から数日。あれからマリィはずっと塞ぎこんでいた。
元々泣き虫だった彼女だが、セレナがあんなことになって以来、笑わなくなっていた。

事ある毎にセレナの事を思い出しては、うずくまって泣いていたのを、今でも覚えている。
いつもは鞭を片手に厳しいマムも、この頃はマリアにかける言葉もないといった様子だった。

こういう時のカウンセリングはドクター・アドルフの仕事なのだが、セレナの治療に尽力し、寝る間も惜しんで上層部に掛け合っていたのもあって、間に合っていなかった。

そんなある日、ようやく俺の右腕に義手が取り付けられた。
ドクター・アドルフが、セレナの治療と同時並行で進めていた義手の作成。完成したそれは、肘から先を失った俺の腕に、ぴったりと合っていた。

生化学者であるドクター・ウェルの協力もあったらしく、俺の思い通りの動きを滑らかに、ほぼ生身の腕と変わらない精度で実現してくれていたその義手こそ、俺が普段使っているものだ。

「いいかツェルト。これはお前にしか頼めない事だ」

初めて義手を着けてもらった日、ドクター・アドルフは俺にこう言った。

「俺は今、クソッタレのボンクラ上司共に頭を下げながら、セレナを救う方法を探すので忙しい。だから、俺の代わりにマリアのカウンセリングを任せたいんだ」

最初、俺は突然の言葉に驚いて無理だと言った。医者ではないただの子供に、そんなことできるわけがないと。
だがアドルフ博士は、静かに首を振った。

「なに、そんな難しい事じゃない。カウンセリングってのはな、相手に寄り添い、支えてやる事なんだ。特別な資格なんかなくたっていい。ただ、相手を支えてやりたいって気持ちと、ちょっとの勇気があればいい」
「でも……セレナは俺のせいで……」
「お前があそこで突き飛ばしてくれなきゃ、セレナは即死だった。お前があの子を死から救ったんだ」
「でも、もし失敗したらマリィを傷つける……」
「かのアインシュタインは言った。『失敗したことのない人間というのは、挑戦をしたことのない人間である』、そして『成功者になろうとしてはいけない。価値のある男になるべきだ』とな」
「価値のある男……?」
「そうだ。俺がお前にマリアを任せると言っているのは、お前に彼女を任せるだけの価値があるからだ」

俺には、アドルフ博士の言葉の意味が分からなかった。
それを見透かしたように、アドルフ博士は俺の肩に手を置き、滅多に取らないサングラスを外して、俺の目を真っ直ぐに見てこう言った。

「このままいけば、マリアの心は壊れてしまうかもしれん。だが、プロフェッサーを除いた他の研究者共は、そんな事に関心などない。たかがモルモット一匹、ダメになったところでいつでも補充できるからな」
「マリィが……用済みに……!?」
「そうだ。そうなれば彼女がどうなるか……あの場に居たお前は、言わなくても分かるな?」

俺はゆっくりと頷く。
怒りたい気持ちはあったが、そうしたところでどうにもならない事を知っていた。16歳のガキに出来る事なんて、たかが知れている。

「よし。なら、言い方を変えよう。ツェルト、お前、アベンジャーズとか好きだったろ?」
「え? ええ、大好きですけど……」

唐突な話題に困惑する俺。
そんな俺を見てニヤッと笑った後、アドルフ博士が俺に言った言葉が、俺のこれからを決定づけた。

「お前がマリアのヒーローになるんだ。お前がマリアを救うんだよ」
「俺が……マリアを……?」
「ああ。これはお前にしかできない、お前だけのミッションだ」

アドルフ博士はそう言って、俺の肩をポンっと叩いた。

「こいつは決して簡単なミッションじゃない。時に現実という壁にぶち当たって、悩むこともあるだろう。だが、現実とはただのまやかしだ。とてもしつこいがね。それでも抗え、立ち上がれ。お前が大好きなヒーロー達は、そうやって何度も世界を守って来ただろう?」

そうだ。隻腕になっても、鋼の腕で親友と共に戦った兵士がいた。

爆弾の破片が心臓付近に食い込んでも、暗い穴倉から脱出し、鉄の意志を抱くヒーローになった天才発明家がいた。

事故で両腕を失っても諦めきれず、縋る思いで辿り着いた異国の地で魔法を学び、最強の魔法使いになった天才外科医がいた。

力を得て調子に乗ったばっかりに叔父を喪い、その遺言を胸にヒーローとなったN.Y.の親愛なる隣人がいた。

ヒーローはいつだって、何かを失った後悔を糧にして立ち上がり、もう二度と失わないためにと抗う存在だ。

だったら……これは始まりなんだ。俺は自分を責めるのではなく、前を向いて進まなくてはならない。

そうだ……この気持ちこそ、俺の原点。
現実という名の怪物に打ちのめされて、いつしか忘れていた大事なもの……誰にも奪えない、胸の誓いッ!



『思い出した?』

ああ……しっかりな。もう二度と忘れない。

『じゃあ……立って、義兄さん、立ち上がって。ツェルト義兄さん……わたしの……わたしと姉さんの、たった一人のヒーロー』

わかった……。セレナ、ありがとう。
俺はもう負けない。必ず勝って、世界を救って、君を目覚めさせる。

『うん。わたしも力を貸すから……だから、必ず、わたしを目覚めさせてくださいね?』

必ずだ。約束する。

光の方を見上げると、俺とセレナに音が降り注ぐ。

これは……歌だッ! マリィの、皆の歌が聞こえる……ッ!

『いってらっしゃい、ツェルト義兄さん』

ああ、行ってくる。必ず皆と、君を笑顔で迎えられるように──

ff

その頃、戦場では装者達が再生するネフィリム、並びに増殖したネフィリムの幼体を相手に苦戦を強いられていた。

「こいつ、効いてるのか効いてないのかわかんないデスッ!」
「ここまでとは……わたしたちの攻撃じゃ、とても──」

切歌と調が弱音を吐きかけた、その時──

「だけど、歌があるッ!」

振り返ると、そこには毅然とした表情で、先ほど響が足場にしてきた岩の上に立つマリアの姿が。

「マリア……ッ!」
「マリアッ!」
「マリアさんッ!」

全員が跳躍し、マリアの元に集まる。

「もう迷わない……だって、マムが命がけで月の落下を阻止してくれている」

マリアは月を見上げ、首から下げたペンダントを握る。

『できそこないどもが集まったところで、こちらの優位は揺らがないッ! 焼き尽くせッ、ネフィリイイイィィィィィムッ!!』

以前にも何処かで、似たような言葉を聞いた気がする。
ジェネレータールームで体を仰け反らせながら叫ぶウェルに従い、ネフィリムは特大の火球を放つ。

火球は9人に向かってまっすぐに飛んでいき、浮遊していた岩をまとめて吹き飛ばす大爆発を起こした。

『うぇへへへへへッ、へへははははははッ!』

装者達は塵さえ残らず焼き尽くされたと、大笑いするウェル。

だが、次の瞬間──その顔から笑みが消えた。

「──Seilien(セイレン) coffin(コフィン) airget-lamh(アガートラーム) tron(トロン)──」



「は……──んんんッ!?」

爆煙の中から響き渡る、マリアの新たな聖詠。

「ぬっ!?」

直後、煙を吹き飛ばして姿を現したのは、球状のエネルギーフィールドに包まれた装者と伴装者、そしてマリアの姿だった。

その胸にはセレナの形見のペンダント。胸の歌の名は、“望み掴んだ力と誇り咲く笑顔”。

遂にマリアは己の殻を破り、生まれたままの感情で唄う。

「調がいる……切歌がいる……マムも、セレナもついている……そして、ツェルトも頑張っている……。みんながいるなら、これくらいの奇跡、安いものッ!」

「行けるな? 翔ッ!」
「ああッ! 奏でようか、胸の歌をッ!」

「託す魂よ 繋ぐ魂よ──」

新たな胸の歌……絶唱と同じメロディーで奏でられるその詩の名は、「始まりの(バベル)」。
翔と純が奏でる伴奏に合わせ、装者たちは響から順に唄い始めた。



「装着時のエネルギーをバリアフィールドにッ!? だが、そんな芸当……いつまでも続くものではなあいッ! 絶唱9人分ッ! たった9人ぽっちで、すっかりその気かああああッ!?」
「果たしてそうかな?」
「……ッ!?」

足元から聞こえたその声に、ウェルはギクッと肩を跳ねさせる。

そして足元に目を向けた瞬間、腹のど真ん中へと勢いよく、ツェルトの足が叩き込まれた。

「ご……ッ!?」

腹を押さえながら、後方へとよろけるウェル。
その目の前で、彼はゆっくりと立ち上がった。

「ま……まだ立ち上がる気力が残っているというのかッ!?」
「ッたりめぇだろ……。こちとらまだまだテメーを殴り足りてねぇんだよ……ッ!」

立ち上がったツェルトの纏う戦装束は、先程までの赤と黒……ではなく、黒いインナーと無骨な鈍色のプロテクターへ変化していた。

それを見たウェルは、ツェルトの意図を察して嘲笑う。

「RN式を停止させる事でネフィリムの捕食対象から外れつつ、Anti_LiNKERの負荷からも脱する……。確かに聖遺物のエネルギーを蒸着していないプロテクターなど、ネフィリムにとっては味のしないガムも同然。しかァァァしぃ! 果たしてただ硬いだけのスーツ一つで、僕に勝てると思っているんですか? おめでたいですねッ! この腕の腕力は、さっき君も味わっただろう? そのままもう一度ぶっ飛ばして、今度はその右腕を握り潰してしまえば君は──」
「俺の右腕が、なんだって?」
「ッ!?」

そこまで言いかけて、ウェルはある事に気が付く。

陰に隠れたツェルトの右腕の肘から先……そこには、あるべきはずのものがないのだ。

不自然に短いツェルトの右腕。ウェルの顔に困惑の色が広がっていく。

「ば、馬鹿な……義手を……ッ!?」
「ああ、外したとも。ネフィリム相手だと、Model-GEEDじゃ分が悪い。だったらいっそ、外した方が楽だろう」

ツェルトの足元には、ウェルに踏まれて凹んだModel-GEEDが転がっていた。

「痛みのあまり、遂に狂いましたか」
「いいや、俺は至って冷静だよ。怒りで頭が冷える事もあるんだな?」

そう言ってツェルトは、眼光鋭い双眸をウェルへと真っ直ぐに向ける。

その視線は、追い詰められた餓狼の如く。
ウェルは思わず後退りそうになりながらも、なんとか冷静に努めようとする。

普段から他人を振り回している彼だからこそ、相手のペースに乗せられる事の恐ろしさはよく理解している。ここで呑まれれば負けなのだ。

「ですが、ギアなし片腕のみの君じゃあ僕には勝てないッ!今だって、もう立っているのがやっとなんでしょう?」
「ああ、確かに片腕じゃお前のネフィリムとはやり合えないな……。だが──」

ツェルトはそう言って、LiNKERの入った無針注射器を取り出す。

怪訝な表情となったウェルに思いっきり口元を釣り上げた笑みを向けて、ツェルトはそれを肘までしかない右腕へと注入した。

「力を寄越せ……“ネフィリム”ッ!!」
「ッ!? それは、まさか……ッ!?」

ツェルトが何をしたのか察したウェル。驚愕が広がるその顔を、ツェルトは意趣を返すように笑う。

「ここに来る前に、お前のラボからくすねて来たんだよ……。英雄になった後で少しずつ、ゆくゆくは全身に馴染ませていくつもりだったんだろ?」
「僕のLiNKERを勝手に……ふざけるなぁぁぁぁぁッ!」

自らの悲願を果たすべく用意したそれを勝手に使われ、ウェルは激昂しながら殴りかかる。

だが、ウェルが腕を突き出す瞬間、ツェルトの()()はそれを受け流し、裏拳を命中させていた。

「ごッ!? く……ッ、まさか……失った右腕にネフィリムを適合させるとは……ッ!」

ウェルが使用したものと違い、未調整のLiNKERによるネフィリムとの適合。
移植されたネフィリムの細胞は、激痛を伴いながらツェルトの細胞と融合し、脳に残る体組織のマップに従い失われていた右腕を形作っていく。

幻肢痛の原因とされているものの一つに、「脳による認識の未更新」というものがある。
人間は無意識に体組織の位置を、脳内でマッピングしているのだが、幻肢痛は失った体の部位に対する認識が更新されず、その部位を失う前との感覚の齟齬が痛みを引き起こすらしいのだ。

だが、今回に限ってはそれがプラスに働いた。
ツェルトの右腕に融合したネフィリムの細胞は、その認識に従って新たな右腕へと形成されたのだから。

「セレナをあんな目に遭わせ……マリィを泣かせた存在……俺にとって、ネフィリムは忌むべき力だ……。ぐ……ッ」

肘先から昇ってくる激痛に耐え、苦悶の声が漏れる。調整されていないLiNKERによる適合で、ネフィリムの細胞が侵食しているのだ。

LiNKERの量から計算して、侵食が進めばツェルトの右腕はおそらく肩口までネフィリムに喰われることになるだろう。
そうなった場合、ツェルトの身体はおそらく無事では済まない。同じく聖遺物との融合という観点から見ても、自立型完全聖遺物……一種の生物兵器とも言えるネフィリムでは、響や翔とは勝手が異なる。どんな弊害が起きるかなど、想像もつかない。

下手を打てば、移植したネフィリムに殺されることになってもおかしくないのだ。

「それ、でもなぁッ! 泣いてばかりだったマリィが、ああして戦ってんだッ! セレナも俺の背中を押してくれたッ! マムも最後の瞬間まで、世界の為に頑張っているッ! だったら俺は……何でも利用してお前を止めるッ! これからお前に打ち込むこの拳が、俺からの報復(アベンジ)だッ!」

愛する人への、守りたい人達への想いを握り、ツェルトは痛みを捻じ伏せる。
彼から大事なものを奪い続けてきた暴食の化身を、逆に喰らうほどの感情で己の支配下に置く。

「最後だドクター……Here we go(覚悟しな)ッ!」
「調子に乗るなああああああああッ!!」

ウェルの頭に、もはや逃げるという選択はなかった。
目の前にいるこの男だけは、この手で捻じ伏せなければ気が済まない。

事ある毎に突っかかって来たこいつだけは、前々から気に食わなかったこのガキだけは……自分が生み出したものを利用して、悲願の達成を目前で邪魔しようとしてくるこの男にだけは、絶対に負けられないのだ。

「はぁッ!」
「何をッ! このッ!」
「ぐッ! はぁぁぁッ!」
「ごふッ! くらえッ!」

拳と拳。一切の小細工無く、泥臭いだけの殴り合い。
そこに流麗な技など存在しない。ただ男二人の、絶対に譲れない意地があるだけだ。

何度も何度も、相手の目に付いた場所へと拳を突き出す。戦闘経験の差や身体のコンディションなど関係ない、この世で最も原始的な闘争。
単調で激しいだけの、不良の喧嘩にも等しいそれは、両者が互いの両手を組み合ったことで遂に拮抗した。

「こうなったら……喰らえ、ネフィリムッ!」
「ッ! へぇ、そう来るか……だったらこっちもッ!」

ウェルは左腕、ツェルトは右腕。それぞれ正反対の腕に移植したネフィリムは、取っ組み合う相手の腕が同族の細胞を持っていることを理解した瞬間、共喰いを始めた。

「君のネフィリムは未調整ッ! 完全に融合した僕には及ばないッ!」
「気力じゃ俺に利があんだ……お前なんかに絶対まけねえッ!」

互いに喰らいつき、喰いちぎろうとする両者の腕。
やがて、取っ組み合った掌からは血が流れ始め、皮を破る痛みがじんわりと広がっていく。

「この言葉を知ってるか? 『大いなる力には、大いなる責任が伴う』ってな……。ドクター・ウェル……果たしてあんたに、力と共に背負った責任はあるかな……ッ?」
「どう取り繕おうと力は力ッ! 英雄となる者の身の丈に合っていれば、それでいいんですよッ!」
「お前の身の丈には余るって言ってんだッ! 歪んでる上に底が抜けたお前の器じゃ……英雄なんかになれはしないッ!」」
「黙れ……黙れ黙れ黙れえええええええええッ!!」

唾を飛ばして絶叫するウェル。その時、ツェルトの脳裏に右腕から何かが流れ込む。

(……ッ!? これは……)

流れ込んできたのは、彼の知らない光景。

賞状の並ぶ部屋と、膝を抱える銀髪の少年。
彼を罵倒する父親らしき人物に、彼を避けてひそひそと喋っている同年代の少年達。

それがウェルキンゲトリクスという男の記憶だと気付いた時、ツェルトは納得した。

(そうか……だからウェルは……)

それを垣間見た上でなお、ツェルトは──

「何度だって言ってやるッ! お前は英雄なんかじゃない。ただのテロリストでマッドサイエンティスト、多くの人々を泣かせた最低最悪のクソ野郎だッ!」

ドクター・ウェルを否定した。

「僕は……僕は、英雄だッ! この世界を改革し、人を新たな天地へと導く絶対の存在ッ! 僕は、英雄なんだぁぁぁッ!!」



「なら、俺は──ヒーローだ」



「──ッ!?」

両目はぎらつき、血管が浮き出たウェルの顔を真っ直ぐに見つめながら、ツェルトは静かにそう告げた。

「俺には世界なんて背負えない。でも、マリィ達の笑顔と、帰る場所くらいなら抱えていけるッ! 上なんか目指さなくていい、ただそうやって進んでいくだけでいいッ! お前が小さいと嗤ったこの在り方こそが……ヒーローの生き様だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

雄叫びと共に、ツェルトは取っ組み合っていた右手を引き剥がし、残った力を全て拳に込めて突き出した。

ツェルトの渾身の一撃は、ウェルに避ける暇さえ与えず、その顔面へと勢いよく命中した。

「か……は……ッ!?」

ウェルは後方へとぶっ飛びふらふらと後退ると、そのまま仰向けに倒れる。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

そしてツェルトもまた、力が抜けたように膝を付くのだった。

ff

「セット、ハーモニクスッ! S2CAッ! フォニックゲインを力に変えてッ!」

拳を振りかぶった響は、迫っていた炎の塊を殴り、消し去る。

「惹かれあう音色に、理由なんていらない」
「……ん」

優しく手を差し伸べる翼。調は躊躇いがちに手を繋ぐ。

「あたしも、つける薬がないな」
「それはお互い様デスよ」

クリスは切歌と手を繋ぎ、

「じゃあ、あたしは翼とだな」
「うん……なんだか懐かしいね、奏」

奏は翼と。

「調ちゃんッ! 切歌ちゃんッ!」

そして調と切歌の二人と手を繋ぐ響。

装者達の心が今、一つに重なる。

「あなたのやってる事、偽善でないと信じたい……だから近くでわたしに見せて……あなたの言う、人助けを……わたしたちに」
「……うん」
「繋いだ手だけが紡ぐもの……」

今、ここに集う歌の力を全身で感じるマリア。
心を繋いだその瞬間、装者達の身体がまぶしい輝きを放つ。

だが、ネフィリムも負けじと全身から赤き釈明を砲撃と放つ。
火球と比べて爆発こそしないものの、その威力は凄まじく、装者達のギアは徐々に砕け始める。

そこへ、残る幼体が吐き出す火球や電撃球、毒球が加わり、ダメージが蓄積されていく。

「くうううう……ッ!」
「「うう、ううう……ッ!」」
「「ぐう……ッ!」」
「「ぐうううう……ッ!」」

踏ん張る9人。アームドギアも崩壊を始め、伴装者達も装者と手を繋ぐ。
純は切歌と。翔は奏と。

そして響は、繋ぐその手に歌を束ねていく。

「9人じゃない……私が束ねるこの歌は──ッ! 70億の、絶唱おおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

響が束ねたフォニックゲインが装者達を包み込む。

そして、エネルギーフィールドが消えた次の瞬間、九色の星が天へと昇った。

光が弾け、中から姿を現したのは……輝く翼を広げた純白のシンフォギア──エクスドライブモードに身を包んだ7人の装者と、2人の伴装者だった。

「響き合う、みんなの歌声がくれた──」

『シンフォギアでえええええぇぇぇぇぇぇッ!!』



軌跡を纏いし7人の戦姫と、希望を鎧った2人の奏者。
巨大な一つの矢へと重なった9人が、ネフィリムの巨体を貫く。

七色に輝くエネルギーが竜巻となって、ネフィリム達を残らず包み込み、空の彼方へと消えていった。

共喰いの巨人は、歌を信じた少年少女の前に、遂に斃れたのだ。

ff

「なんだと……」

ネフィリムが倒れた瞬間を目の当たりにし、よろよろと立ち上がろうとしていたウェルは間の抜けた声を上げる。

「ほれ見ろ……自慢の大怪獣も倒れたぜ……」

膝を付いたツェルトが笑う。
更にそこへ、防衛機兵の包囲網を突破してきた弦十郎と緒川までもが姿を現した。まさに泣きっ面に蜂だ。

「ウェル博士ッ! お前の手に世界は大き過ぎたようだなッ!」
「──ッ!」

ウェルは悪足掻きを試みようと、コンソールへと手を伸ばす。

「させませんッ!」

間髪入れずに放たれる弾丸。緒川の撃った弾は放物線を描いてウェルの影へと刺さった。
ウェルの腕が宙で、まるで針で縫い留められたように動かなくなる。

〈影縫い〉

「が──ッ!? ぐぐ……ッ!」
「あなたの好きにはさせませんッ!」

緒川の得意とする忍術、影縫いだ。これでウェルの左腕は動かない。
誰もが、これで終わりだと確信した、その時だった。

「奇跡が一生懸命の報酬なら……僕にこそおおお……ッ!!」
「ッ!? お前……ッ!?」

顔に浮き出た血管が、強引に動かした左腕が裂け、勢いよく血が噴き出す。
だが、もはやそんな事を気にするウェルではない。

ただ、彼は生きてきた中で一番悔しかった。
一番気に食わなかった男の事を一瞬だけでも、英雄らしい、などと思ってしまった事が、この上ない程に悔しかった。

だから彼は……ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは、装者も、統治するには手に余る人類も、世界で一番気に食わない男も、左手に繋いだフロンティアにて全てを駆逐すべく、ついには血の涙を流して奇跡を起こしてみせた。

およそ奇跡と呼ぶには似つかわしくない、滅亡級の災厄という最悪の奇跡を……。 
 

 
後書き
遂に書けたぞおおおおおおおおおおおおおお!!
「僕は英雄だッ!」「なら、俺は──ヒーローだ……」のやり取り、これこそがツェルトとウェル、二人の因縁の最後を飾るに相応しい。そう思いながらゴールを決め、その為に積み重ね続けてきました!!

英雄とヒーロー。英訳すれば意味は同じ言葉ですが、自分には別の意味に聞こえます。

「英雄」とは、ウェルが散々見せつけてきたように「支配者」や「征服者」といったマイナスな意味合い含まれており、それは時に呪いとなる言葉にもなり得ます。

しかし、「ヒーロー」をマイナスな意味で使う場合はほぼないと思います。
それは子供心に誰しも憧れ、胸に思い描く存在。夢と希望とロマンの象徴なのです。

同じ存在の違う側面を指した言葉。ウェルとツェルトを隔てた決定的なものがあるとすれば、きっとそこなのかもしれません。

ちなみに「ツェルマリ」というカプ名、実は「ウェルマリ」と一文字しか違わないんですよ?←



春谷「え? このタイミングで私に読ませます? 最近後書きが単調で寂しいから、ですか……。仕方ありませんね、やりましょう。んんッ……皆さん、いよいよお別れですッ! 遂に倒れたかに見えたネフィリム。しかし、ウェルの最後の奇跡によって復活したネフィリム・ノヴァを相手に、シンフォギア装者は大ピンチ。しかも、エクスドライブのエネルギーさえ喰らい、遂にはマリアを道連れにしようとしているではありませんかッ! 果たして、地球の運命やいかにッ!? 次回、戦記絶唱シンフォギアG~鋼の腕の伴装者~『遥か彼方、星が音楽となった……かの日』。次回も目が離せませんよッ! ……っと。こんなところでよろしいでしょうか?」 
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