神機楼戦記オクトメディウム
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第21話 思わぬ奥の手:後編
「出なさい! 『バンパイアロード』!」
泉美がそう唱えるとすぐの事であるのであった。気付けばカルラノカブトの手には、機体のサイズ比率から見るとまるでバズーカ砲程はあろうかという『注射器』が握られていたのであった。
それも、最新のインフルエンザ予防接種用に恐怖心と痛みの両方を緩和すべく針の短くされたものとは別の、立派な針の備わった産物であるのであった。
それを泉美は愛機に大きく振りかぶらせ──。
「てやあっ!」
そんな掛け声と共に、敵目掛けてぶん投げたのであった。
「!?」
咄嗟の事であったが為にミヤコはその攻撃に対処出来ないようであった。それを抜きにしても、彼女の駆るガキノユウモンの機動力は低いと思われ、その事からも回避は難しかったように思われる。
そして、その注射針はしたたかにガキノユウモンへと突き刺さったのである。
それだけでも『痛そう』な絵であるが、ミヤコにとっての惨劇はこれで終わりではなかったのであった。
「はい、『吸引開始』♪」
針が突き刺さった状態で泉美が言うと、それに応えるかのように針のピストン部分が上へ向かっていったのであった。
そう、針から中の液体を抜き去る機能がここで発揮されたのであった。
そして、その注射器の中身が十分な量になったのを確かめた泉美は、ここで合図をするのであった。
「はい、戻って来てバンパイアロード♪」
泉美がそう言うと、その注射器はまるで飼い慣らされた犬の如く持ち主の下へと舞い戻っていったのであった。それを泉美は愛機に両手でキャッチさせる。
すると、その注射器に集めた敵のエネルギーがカルラノカブトの中へと取り込まれていったのであった。それが何を意味するかは、再び最大HPと同じになった彼の現在HPを見れば分かる事であろう。
「はい、HP吸収完了っと♪」
「……我がガキノユウモンからエネルギーを奪ったという事か?」
合点がいったという感じでミヤコは歯噛みをするのであった。
「そう、吸い取りがあなたの専売特許だとは思わない事ね」
言って泉美は得意気になって胸を張ってみせる。
そう彼女が言うように、この武装──バンパイアロードは奇しくも敵と同じ、相手から活動エネルギーを奪うという産物であるのだった。正にこれは『吸血鬼の王』と呼ぶに相応しい、恐るべき効果の武装だといえよう。──戻ってくるときは犬染みていたが、そこはご愛嬌という所であろう。
こうなると、ミヤコの読みは狂ったというものであった。白兵戦に優れた剣神を攻めるよりも効率的な方から攻めたというのに、こうも相手に出し抜かれる事となるのであったのだから。
だが、そこまで彼女は取り乱してはいなかったのであった。そう、今の彼女には『奥の手』が存在するのだから。
しかし、それに踏み切るには慎重にならないといけないだろう。故に、彼女は今はその時ではないと踏んで敵二体への応戦へと向かうのであった。
「小賢しいわね」
だんだんとシスターとしての淑女的な振る舞いが崩れてくるミヤコ。それは正に邪神の遣いに相応しいどす黒いものを感じさせるものであった。
そして、彼女は吸収攻撃は悪手だと分かると、ここで攻撃方法の変更をしてくる。
おもむろに、ミヤコはガキノユウモンの葉の口を一斉に敵の方向へと向けたのであった。
こうして迎撃体勢は整った。これで敵を一網打尽にするだけである。
そう、彼女は葉の口を消化器官ではなく、砲門としての運用に徹しようと決めたのである。吸い取るだけではなく、吐き出す事も出来るとは現実の食虫植物では有り得ない事であろう。
自らの構成エネルギーを消費しての攻撃に転じる事になった事にミヤコは歯噛みする思いであるが、ここは辛抱というものであろう。戦いにおいてこだわりに囚われていては勝てるものも勝てなくなってしまうのだから。
そして、砲台と化したガキノユウモンへとミヤコは攻撃命令を──出す事が出来なかったのであった。
気付けば、ガキノユウモンにしたたかに丸い硬質な塊がめり込んでいたのであった。それがぶつかる衝撃で今溜めていた砲撃用のエネルギーが消し飛んでしまっていたのだ。
「な、何を!?」
無論、そのような突然の事にミヤコは驚愕しながら聞いてしまうのであった。そんな敵に対しての質問という無粋な行為に対して、幸い泉美は丁寧に答えてくれるのだった。
「射撃は姫子さんと比べて苦手なんですけどね、四の五の言っていられませんから」
そう、これは泉美の駆るカルラノカブトからの援護射撃であったのだ。その種を明かした彼女は得意気にのたまって見せる。
「名付けて──『魔女の鉄球』とでも言っておきましょうか?」
「いや、鉄球って……?」
士郎はその単語を聞いて首を振るのであった。それは魔女には物凄く不釣合いな無骨な産物ではないかと彼は思うのであった。
「いいえ、士郎君。今のは敵の攻撃を防げた事に意味があるのであって、名前なんてものは重要ではないのよ」
「……それはそうだけどさ……」
泉美の言う所はもっともであったが、それでも士郎はどうにかなるものではなかったのかとやるせない心持ちとなるのであった。
しかし、その気持ちを彼は払拭して意識を舞い戻らせる。こうして泉美の協力もあって、敵を追い詰めている事が実感出来たからであり、後は最後まで戦うだけだと彼は踏んでの事であった。
そのようにして自分達の優位を感じている所で、突如として場の空気が変わる事となる。
「ふふふ……あはははは!!」
そのような狂ったような笑い声が二人には聞こえてきたのであった。そして、確認してみればそれが目の前の修道女から発せられた、神の使いとは思えないような歪な声だと認識する他にはなかったのである。
そして、一頻り笑ったミヤコはそのままこうのたまい始めたのであった。
「いやね、余興としては楽しめたわ。これには感謝しないとね」
その聞き逃せない言葉に、士郎は反射的に言う。
「余興……だって?」
その質問に、ミヤコは律儀に返していくのであった。その姿は余裕の一言であった。
「そう、余興よ。私の今回の目的はあなた達とまともにやり合う事なんかじゃないのですから♪」
そう弾むように言う様は、とても追い詰められている者の振る舞いとは思えないだろう。
「悪あがきはよすんだな?」
士郎はそんなミヤコに対してそう言葉を選ぶのであった。今の彼にはそうミヤコはそう表現する他にはない印象であったのだから。
だが、ミヤコのその態度は覆らなかった。寧ろ、ふてぶてしくこう言ってくるのであった。
「あなた達こそ、自分達が今窮地にあるという危機感を感じた方がいいのではないでしょうか?」
「何!?」
そのように思わせぶりな言い回しをするミヤコに対して、士郎は訝る態度を隠せなかった。
無論、そんな態度を取る敵には警戒を怠らない士郎。だが、そんな彼にもミヤコは余裕の態度で言葉を投げ掛け始めるのであった。
「大神士郎君……だったわよね。さすがね、剣神を操り今こうして我等大邪と戦ってこれたのは……」
「……」
士郎は思わず無言になってしまう。ミヤコの放つ言葉が今までとは違って、聞く者なら誰しも優しく包み込んでしまうかのような口調となってきたからだ。
──率直に言うと、それは心地良かったのである。今敵として戦っている相手にそのような事を思わせてしまう程の魔力を、ミヤコの口は有していたのであった。
その甘く蕩けるような語りの下、ミヤコは続けていった。
「でも、やはり年頃の男の子よね。──好きな子がいるのだから」
「……」
その、心の奥底から入り込んでくるような感覚に、士郎は抗えずにいた。その事には踏み込んで欲しくないのに、ミヤコの発する声は聞き手の心の防壁などまるで無いかのように容易く入り込んでくる。
「その好きな子は──『蒼月の巫女』、稲田姫子さんでしょう?」
「……」
そう続けてくるミヤコに対して、士郎は尚も無言となるしかなかったのであった。そんな彼に対して、畳み掛けるように彼女は溶かすように攻め入る。
「いい目の付け所よね。あの子、お人形さんみたいで可愛らしいもの。しかも、性格も明るくて誰からも好かれるタイプときたものですしね……」
そう言ってミヤコは頷く姿勢を見せる。それはガキノユウモンのコックピット内でやったにも関わらずに、今の彼女の振る舞いはそれすらを感じさせてしまう程の何かがあるのであった。
そして、敵が自分の言葉に飲み込まれているのを感じ取ったミヤコはここで『畳み掛け』を行う事にしたのである。
「でも、彼女へより強い想いを抱いているのはあの子──『紅月の巫女』の姫宮千影さんなのよね?」
「!」
その言葉を聞いた士郎は、思わず息を飲んでしまうのであった。触れて欲しくない事を触れられてしまったからだ。
「女の子同士ってのもおかし……いえ、人間の脳は男女の異性間で愛し合うシステムがどこかで壊れる事があるのだから、そう考えれば別におかしい事ではないわよね」
しみじみ……そう言った風にミヤコはのたまい、そして続ける。
「でも……私が言いたい事を率直に言うわ。そんな同姓間でも彼女達の愛は本物──」
そして、ここで決定打となる一言をミヤコは爆弾のように投下するのであった。
「──つまり士郎君……あなたに付け入る隙はないって事よ」
「…………」
とうとう放たれたミヤコからの決定的な一言に、これに対しても士郎は無言となるしかなかったのである。そして、その微妙な空気の変化を察したミヤコはここぞとばかりに畳み込むように言う。
「それでも、あなたは我等大邪との戦いへと身を投じるというのかしら? そんな自分の心を満たしてくれない仲間と力を合わせながら……」
ますますミヤコ節はヒートアップしていき、ここで『結論』を彼女は打ち出すのであった。
「そんな自分の望みが叶わない戦いに身を投じて意味なんかないでしょう。それよりも、望みが叶わないこんな世界を壊してしまった方が自分の正直な気持ちに応えられるのではないでしょうか?」
そう言い切ったミヤコはコックピット内で両手を士郎へ向けて差し出すのであった。そんな仕草が、士郎の頭の中に入り込んできたのだ。
「俺は……」
「敵の言葉に惑わされては駄目よ、士郎君!」
そう呼び掛ける泉美であったが、確実に士郎の変化は起こってきたのであった。
突如として、コックピット内にいる彼の髪が白から、徐々に目映いばかりの金髪へと変貌していったのである。それに合わせ、彼の着ている白一色の服も輝かしい黄金の色へと染まっていく。
更には、彼の搭乗する剣神アメノムラクモもその白いボディーを金色へと染め上げ始めていくのであった。
その金一色への変化はとうとう終わりを遂げたのである。
「はあっ……はあっ」
そのような変貌を遂げてしまった精神的な問題だろうか、士郎はその息をあがらせて荒い呼吸を繰り返しているのであった。
「士郎……君?」
そう呼び掛ける泉美に対して、とどめを刺すようにミヤコは言ってのける。
「無駄よ。その子はもう『剣の神器使い・大神士郎』ではなく『大邪七の首・大神士郎』になったのよ。そして、彼の駆る神機楼はアメノムラクモから『タケノミカヅチ』へと生まれ変わったわ」
「……」
その敵の言う事を真実として受け止められない泉美。そんな彼女に分からせる為に、百聞は一見にしかずと言わんばかりにミヤコは『示して』みせる。
「さあ、大神士郎君。大邪衆最初の仕事として、目の前の裏切り者を始末しなさい」
その言葉の後に、暫しの沈黙が流れる。だが、その答えは無情のものであるのだった。
「はい、シスターミヤコ。邪神ヤマタノオロチの仰せのままに」
そう言いながら、虚ろな眼で士郎は自身の変貌した神機楼、タケノミカヅチを泉美へと向ける。
「士郎君……!」
必死で呼び掛けるが、その声は士郎には届いていないようだ。
そして、タケノミカヅチは手に持った剣を高らかに掲げる。すると、そこに猛々しい高圧電流が纏わり付き始めたのであった。それだけで物凄い光と破裂音が溢れ出ていた。
その刃と高圧電流という二重の危険物と化した刃を振り上げながら、士郎は高らかに言う。
「暴流雷撃──」
そして、その刃を泉美の愛機目掛けて打ち下ろす。
「轟破斬!!」
「うわああああっ!!」
その高圧電流の刃に泉美の機体は成す術もなく切り裂かれてしまったのであった。
その様子を満足気に見ながらミヤコは言ってのける。
「見事ですよ七の首・士郎君。それでは黄泉比良坂で待っています。報告を楽しみにしていますよ」
その後、ミヤコは自身の愛機・ガキノユウモンごと、その場から掻き消えてしまった。
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