イシナゲンショ
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第二章
「これは磯女がしたことだ」
「そうなんだ」
「だからこれがあった時はな」
「急女が近くにいるんだ」
「だから気をつけろ」
孫に対して言い聞かせる様にして話した、このことも。
「とにかくこの辺りの海はな」
「急女がいてだね」
「気をつけろ、夜に奇麗な女が海岸にいてもな」
「それは磯女だから」
「絶対に近寄るな」
こう言うのだった。
「今祖父ちゃんが話した通りだ」
「近寄るとだね」
「殺されるぞ」
「そうなるよね」
「だから近寄るな」
裕太郎は裕司に彼がこれまで話したことのない様な強い口調で忠告した、それだけに裕司もその言葉は覚えていた。それでだった。
彼は成長してからも夜の海辺に近寄らなかった、女がいるいないに関わらずそうした。そして高校を卒業し。
漁師になったが先輩が自分達の街のものではない港に入った時にともづなを下ろさないのを見て尋ねた。
「ともづなを下ろさないのは」
「ああ、今夜はここで寝るからな」
「この港で、ですね」
「船の中で寝ることになるからな」
先輩は裕司に真剣な顔で話した。
「下ろすのは錨だけだ」
「他には下ろさないですね」
「ああ、ともづなは絶対にな」
「磯女ですね」
「俺は見たことはないがな」
それでもという口調での返事だった。
「しかしな」
「いますよね」
「こういうのはいないって思うだろ」
先輩は裕司に話した。
「しかしな」
「そう言う人こそですね」
「やられるものだよ」
「そうですか」
「ああ、そういうものでな」
先輩は裕司の小太りの身体を見つつ話した、重心が低いその身体は安定感があり船乗り向きの身体で彼が水産高校出身であることと共に船に乗ることに貢献している。
「だから皆な」
「今もですね」
「この辺りじゃそうしてるんだ」
「別の港に入って船の中で寝る時は」
「ああ、笘の茅も服の上に乗せてな」
「三本ですね」
「それを乗せてな」
そのうえでというのだ。
「寝るんだ」
「そうしますね」
「だからな」
「僕もですね」
「そうして寝ろ、いいな」
「やっぱり磯女っていますか」
裕司は先輩に真剣な顔で問うた。
「この辺りの海には」
「俺は見たことがないけれどな」
「それでもですか」
「怪しいの見たって人がいるな」
「怪しいのをですか」
「夜の海岸に女が一人でいたのをな」
「それがですか」
「何でも夜の十二時だよ」
まさに真夜中にというのだ。
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