| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

勿忘草-ワスレナグサ-

作者:樫吾春樹
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

大きな罪
  過去

 姿無き犯罪者から、二度目の依頼メールが届いてから数日後のこと。私は届いた依頼について、調べものをしていた。今回の依頼は、私の過去にも関係がある。私だけじゃない。宏や里奈、そして祥という人物にも関係がある。
「それにしても、どうしてこんなことを。」
 今回の内容は、こうだった。
「新井祥を探せ。」
 簡潔な文面だったが、引っかかった。なぜ、姿無き犯罪者が祥のことを知っているのだろう。それが不思議だった。
「この人は、祥の何なのだろう。」
 そんな疑問が浮かんだ。
「早く行かないと、遅刻する。」
 急いで支度をして、家を飛び出した。自転車で登校して、時間ギリギリに教室の中に入った。
「おはよう。寝坊でもしたのか。」
「そんなところ。」
 苦笑いして、そう答えた。拓真は、私が探偵みたいなことをやっていることを知らない。そのまま自分の席に着いて、担任が来るのを待った。
 休み時間になり、私は宏にメールした。今回の依頼のことで、話をしておかなければならないことがあるから。これは、宏にも関係がある。探し出すだけなら簡単だけど、もう失敗しているから過去を一度振り返ってみたい。
「次は、体育か。体育祭の練習かな。」
 体育祭で私は、騎馬戦と障害物に出るのだ。だが、チームワークは最悪。このクラスで大丈夫かな。そんなことを思いながら、体操着に着替えていた。
 放課後になり、私と宏と一緒に仕事場に向かっていた。
「今回はどんな依頼なの。」
「それは。」
 私は黙り込んだ。宏は過去のことを、覚えてないかもしれないのに。伝えるべきか、迷っていた。
「玲。」
「ごめん。着いてから話すね。」
 その時は結局、話さなかった。
「わかった。」
 宏はそれ以上、何も言わなかった。その後は、他愛もない会話をして目的地に着いた。
「今回のことだけど、実は宏にも関係があるの。」
「どういうこと。」
 そこで私は、手帳に挟んでいた写真を出した。
「これは。」
「これは、私の家にあった写真。ここには、私と友達が写ってる。」
「僕と、どんな関係が。」
 私は自分の隣に写っている少年を指さして、こう告げた。
「この男の子は、宏だよ。」
 彼は驚いてw他紙の顔を見たけど、すぐに写真に視線を戻した。そして、思い出したように、話し始めた。
「この写真。そういえば、僕の家にもある。」
「やっぱり。」
「だけど、今日のこととは関係ないと思うけど。」
 宏は不思議そうに、そう言ってきた。
「今回の依頼は、こっちの少年を探すこと。だけど、普通に探しても見つからなかった。」
「だから、過去を調べてみよう、ってことか。玲。」
「そういうこと。」
「じゃあ、こっちの少女にも聞いてみようよ。」
「それが。」
 宏は何も知らない。その少女は、もういないことを。私の雰囲気を感じたのか、彼は黙った。
「その少女には、もう聞けないんだ。」
 消え入るような声で、そう告げた。
「ごめん。」
「気にしないで。」
 私は気を取り直して、依頼のことを話した。
「と言うことなんだよね。」
「今回も大変な依頼だね。」
「そうなんだよね。」
「僕も協力して、その人物を探すよ。」
「ありがとう。」
 私は宏から、過去のことを聞いた。小学校以前のことは、覚えていないようだ。
「玲はどうなの。」
「実は、私も覚えてないの。」
 宏も私も覚えてないとなると、残りは私達の親ということになる。
「母さん達にも、聞いてみないとだね。」
「そうだな。」
「でも、まず先に聞かないといけない人がいる。」
「この少女の親だね。」
 私は頷いた。
「行こう。」
「そうだね。」
 二人は立ち上がり、もう一人の少女の家に向かった。彼等が向かうのは、橋本里奈がいた家だ。ここからだと、約二十分ほどかかるのだ。懐かしい道のりを進んで行き、よく遊びに来た家に着いた。私達は自転車を止めて、ドアの前に立った。
「着いたね。」
「そうだね。」
 互いに見合わせ、そして小さく頷いた。そして、チャイムを鳴らした。
「こんにちは。」
 中から返事が聞こえて、鍵を外す音がした。ドアが開かれると、母と歳が近い女性が顔を出した。
「お久しぶりです。」
「玲ちゃんね。そちらは、宏君かしら。大きくなったわね。」
「どうも。」
 宏はぎこちなく返事をした。まあ、無理もない。宏はこの女性のことを、覚えていないのだから。
「さあ、上がって。」
 そう言われて私達は、家の中に入った。客間に通された私達は、里奈の母と話していた。昔話を聞くことができた。
「あの。里奈の部屋を、見せてもらえませんか。」
「いいわよ。着いていらっしゃい。」
 母親が立ち上がって、階段を上って行った。私と宏もその後に続いて行った。
「ここが、里奈の部屋よ。帰るときは声をかけて。」
「はい。ありがとうございます。」
 母親が立ち去って、部屋の中には私達だけになった。
「始めよう。」
 宏に声をかけて、作業を始めた。里奈の日記を探すためだ。生前、彼女は私に日記を書いていると、話していた。その中に、何か書いてあるかもしれない。そんなわずかな可能性に、私は賭けてみたかった。
「そっちはどう、玲。」
「見つからない。そっちは。」
「こっちもだ。」
 探し始めてから十分ほど経った時、引き出しの奥からノートの束を見つけた。その中の一冊を手に取り、中を見た。
「これだ。」
 それは、里奈の日記だった。他のノートも同じだった。彼女の生きた都市と同じくらいある日記。それは、紛れもなく里奈の生きた証だった。
「里奈。」
 思わず、泣きそうになってしまった。だけど涙を堪えて、ページをめくった。
「きょうよにんであそんだ。たのしかった。」
 日付から見て、この日記は四歳ほどの頃だろうか。大きくて、幼い字がノートに書いてあった。
「この日記、貸してもらえないかな。」
「どうして。」
「里奈は、幼い時から日記を付けている。ということは、私達の間に何が起きたのかもわかるかもしれない。」
「そうすれば、新井祥の居場所もわかる可能性がある。」
「そういうこと。」
 私と宏は日記を持って、里奈の母親のところへ向かった。きっと断られると思いながら、私はノートの束を抱えていた。
「あの。すいません。」
「どうしたの。」
「このノートを、貸していただけませんか。」
 母親は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「いいわよ。」
「ありがとうございます。」
 私たちは頭を下げた。まさか、本当に貸してくれるとは思っていなかったからだ。
「玲ちゃん、宏君。がんばってね。」
「はい。」
 二人はノートを抱えて、橋本家をあとにした。
「よかったな、借りることができて。」
「そうだね。」
 だけどこの日記は、私にとっては諸刃の剣なのだ。触れてはいけない傷。それを自分で、傷口に塩を塗るようなことをするとは思わなかった。
「どうしたの、玲。」
「なんでもない。」
 作業場に着いて、私達は持ってきた日記を並べた。
「さてと、まずは小学校前、小学生、中学生って分けていこう。
 そして、書かれた日付を確認しながら、ノートをそれぞれに分けていった。
「終わった。」
「そうだね。」
 日記の数は合計で十七冊だった。
「宏は、そっちをお願い。私はこっちをやるから。」
「わかった。」
 私は、小学校高学年から中学校までの日記を。宏はそれ以前の日記を調べることにしたのだった。
「あれ。」
 ここから、文章表現が変わっている。詳しく読んでみよう。
「この前、過去の日記を読み返していた。どうして、忘れていたのかな。忘れたらいけなかったのに。祥君。今は、確か高畠翼(タカバタケツバサ)君だったかな。玲達も思い出せばいいのにな。」
 新井祥が高畠翼。
「宏。高畠君って、私達の高校にいたよね。」
「そういえば、確かにいたな。」
「その人の下の名前って、わかるかな。」
「翼だったと思うけど。」
 繋がった。彼は今、宏と同じクラスだったと思う。明日、高畠君に確かめてみよう。
 その後二人は、残った日記をすべて読んで他にも何か手掛かりが無いか探した。だが、そのようなものは、彼女の日記からは見つからなかった。
 次の日。普段より早く登校した玲は、宏のクラスメイトである高畠翼を探した。そして、教室の中に一人の生徒を見つけた。
「高畠君。」
「どうしたの、柏木さん。」
「ちょっと、私について来てくれる。」
「いいけど、どうした。」
 私は無言のまま、進んで行った。着いた場所は、誰もいない部室。
「話って、何。柏木さん。」
「あなたが、姿無き犯罪者ですよね。高畠さん。いえ、新井祥さん。」
 彼は笑みを浮かべながら、手を叩いた。
「おめでとう。君は依頼を完遂した。」
「あなたは一体、何をしたかったの。」
「僕はただ、君たちに思い出してほしかっただけだ。」
「だからって、関係ない人を巻き込む必要はなかったでしょう。」
 今まで、多くの人が巻き込まれてきた。この人の自分勝手な都合で。
「それと、君はまだ全部の謎を解いていないのだが。」
「何が残っているの。」
「三月十五日。」
 何の日付なのだろう。考えていると、祥が話し始めた。
「やっぱり、覚えてないのか。」
「何を。」
「わすれなぐさ。」
 確か、私達四人の合言葉になっていた花だった。意味は。
「私を忘れないで。」
「思い出したようだな。」
 その時、失っていた思い出が、走馬灯のように私の中に流れ込んできた。そして、涙が自然と頬を伝った。
「ごめんなさい。」
「もう、いいよ。ありがとう、見つけてくれて。」
 昔と変わらない、祥の言葉。それが、心に沁みた。
「ありがとう。」
「また、昔みたいに過ごすことが出来ればいいと思うのだが。」
「こちらこそお願いします。」
 祥が手を差し出して、彼の手を握った。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧