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肉吸い

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第一章

               肉吸い
 博物学者の南方熊楠が紀伊今の和歌山県の生まれであることは広く知られている、その彼が生前に聞いたことである。
 この時彼は故郷に戻っていた、破天荒な学者である彼は風来坊の様に動くので故郷に戻ることもあったのだ。
 この時彼は和歌山の色々なものを調べていた、その中で。
 ある老人から果無山の話を聞いて彼は老人と共に飲みつつ言った。
「あの山は怖い山ですよ」
「怖い山ですね」
「はい」
 話をしてくれた老人に答えた。
「実に」
「何でも妖怪が出るとか」
「肉吸いですね」
 南方はこの妖怪の名前を出した。
「確か」
「はい、外見は大層美しく」
「十七か十八程の」
「そうした娘ですが」 
 それでもというのだ。
「その実はです」
「違いますね」
「妖怪で」
 それでというのだ。
「火を貸してくれと言って近寄ってきますが」
「その実は」
「親し気に近付いてきて」
 老人は酒を飲みながら南方に話した。
「手を伸ばしてきて」
「若し触れると」
「人の肉を忽ちその手から吸い取る」
「恐ろしい妖怪ですね」
「人を殺す妖怪です」
「実は本朝は人を殺す妖怪は少ないです」
 南方はこのことを話した。
「実に」
「そうなのですか」
「鬼はともかくとして」
 妖怪といえばこれであるがというのだ。
「しかしです」
「妖怪というものはですか」
「その実はです」
「人を殺すものは少なく」
「案外面白いものですが」 
 それでもというのだ。
「あの妖怪はです」
「人を殺す妖怪ですね」
「怖いものです、正体が何であるかはわかりませんが」 
「恐ろしい妖怪ですね」
「山や海の妖怪にはままにしていますね」 
 そうした人を殺す妖怪がというのだ。
「実に」
「それであの山にも」
「そうした妖怪がいます」 
 肉吸いという妖怪がというのだ。
「ですからあの山は恐ろしいです、おそらく猟師があの山の奥で出会い何とか助かり」
「それで、ですか」
「伝わったのでしょう」
 この話がというのだ。
「吸い取られた人も見て」
「そうして」
「私の思うところですが」
「そうなのですね、実は」
「よく一人で山に入って」
 そうしてというのだ。
「そこから妖怪に会う」
「それで生きて帰る」
「それは謎ですが」
 何も知らない相手と遭遇しどうして来るかどうして助かるのかをわからないがそれでも命を拾ったことはというのだ。
「しかしです」
「それでもですね」
「生きていることは事実で」
 それでというのだ。 
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