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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第43話 ブラックバート その2

 
前書き
やはり戦闘シーンというのは難しいですね。
どうしても説明口調になってしまいます。 

 
 宇宙歴七八八年五月一四日 マーロヴィア星域 アブレシオン星系跳躍宙点

 今のところ、順調に事態は推移している。

 駆逐艦一隻を先頭に、九隻の商船がウエスカの鼻先を、隊列を整えて進んでいく。オペレーターの一人に、移動中の海賊船の撮影と分析に専念してもらい、俺はカールセン中佐と副長と航海長の四人で、接近してくる駆逐艦の逆攻略を計画する。接舷距離までは現在の速度でおよそ一時間。

 逆突入作戦では警備部を中核として航法・機関の班以外から四〇名を抽出して、臨時の陸戦隊を編成する。指揮は副長。嚮導巡航艦の定員は一〇〇名だが、マーロヴィア星域管区の実情から現在は八八名。搭載している装甲服は四〇着。駆逐艦の定員は七〇名で、海賊が員数通り乗船しているとは思えないが、最悪を考えてすべての装甲服を臨時陸戦隊に配備する。

 通信封鎖をしている他の四隻には「一時間後」と「22」だけを発信した。彼らがそれに従って戦術コンピューターを開いてくれれば、こちらがラフハー八八号を相手している間に、海賊状態でツーマンセルによる船団攻撃を実施してくれるだろう。数的に一〇対四で不利ではあるが最初に駆逐艦を撃破すれば、他の商船改造の海賊に想像を絶するような新兵器でもない限り、火力・防御力・装甲の面から比較してもそれほど難しい相手ではない。

「戦艦と巡航艦が出てくるまでは、何とか船団を制圧しておきたいところです。制圧した後、それを悟られないようにするのもまた難しいですが」
「奴らも今頃、このウエスカを乗っ取る旨、戦艦には連絡しているだろう。そこは貴官のよく回る舌に期待している」

 出会った当初の牛刀でこちらを叩き切ろうといわんばかりのものに比べれば、カミソリで肌を剃るついでに少しばかり傷つけてやろうという感じにまで軟化したカールセン中佐の嫌味に、俺は肩を竦めるだけで言葉に出さず応えた。

 そうこうしているうちに、ラフハー八八号はウエスカの右舷に停止した。全長三七〇メートルの巡航艦と二〇八メートルの駆逐艦では大きさが二回り違う。艦橋に戻ってきたウエスカの航海長とラフハー八八号の航海長が通信を取り合い、ウエスカのカーゴハッチ付近にラフハー八八号の艦首側面が張り付くような形になる。ゆっくりと慎重に接舷し、双方の重力錨が接合される。これで両方は一体化した。

「奴らがウエスカに乗り込んできたタイミングで通信妨害をかけろ。カーゴの気圧は十分だな?」

 問題なしというオペレーターの返事にカールセン中佐が頷いた瞬間、ウエスカとラフハー八八号は微振動を起こす。ブラックバートの工作班ならぬ切り込み隊が、ウエスカのハッチを外側から解放したのだ。重力を切っているカーゴ内部に蓄えられた通常の数倍にまで高められた空気が、一体化したことで一気にラフハー八八側に吹き込み、入り込もうとした海賊側の切り込み隊の生体位置反応が、一気に乱れる。その数は二〇。

「陸戦隊切り込め。目標は予定通り機関室と環境制御機械室」

 カーゴの重力を戻し、装甲服を付けた臨時陸戦隊がラフハー八八号側へと突入、壁に打ち付けられて目を廻しているブラックバートの切り込み隊をトマホークで次々と無力化していく。ヘルメットカメラ越しに見れば装甲服を着ているのは一〇名。残りの一〇名は武装していたが普通の地上戦闘服であったようで、気圧の変動に耐えられず息をしているようには見えない。

 死体をカメラ越しで見るのは、この草刈り作戦を実施して以降何度かあった。それが海賊の死体であれ、片手の指に満たない味方の死体であれ。前世では葬儀の時か海外紛争や事故の報道の時ぐらいしか見ることのないそれに、俺は慣れたとはいえ免疫を完全には獲得しきれていない。それでもここまで作戦指揮官として目をそらさぬようにしてきた。
 ケリムでブラックバートと対峙した際も当然戦死者は出ていた。だがそれは墜落したスパルタニアンの搭乗員や被弾した艦の乗組員であり、この目で直接遺体を見たわけではない。そして基本的に責任はリンチが負っていた。
 だが今回はすべて俺の責任だ。「犠牲が出るのはやむを得ない」と言葉として言うのは簡単だが、死体を見る機会が増えるにしたがって、喉を通らなくなっていく。こんなことで将来一〇〇万、二〇〇万と死なせる立場に立った時、俺は耐えられるのか。恐らく時間とともに耐えられるようになるんだろう。死体が数字とただの光点にしか見えなくなって。

「機関室制圧完了。我が方の損害は負傷三名。いずれも軽傷」
「環境制御機械室制圧完了。損害なし。これより睡眠ガスを流し込みます」

 副長ともう一人の突入班班長からの報告を聞いて、俺は背中をそらして大きく息を吐いた。カールセンも同様に大きな溜息をつく。彼ほどの歴戦の勇者でもそうなのか、俺が視線を向けたことを敏感に感じ取ったのか、カールセン中佐は自嘲したように口を曲げていた。

「貴官とは違って、儂は、死体を見ることにそれほど慣れてはおらんでな」
「小官も別に慣れているわけではありませんが?」
「副長と警備班長のヘッドカメラに映るトマホークで倒された海賊の死体から目をそらしていなかった。顔色一つ変えずにな」
「自分では血の気は引いていると思うのですが」
「陸戦総監部に二〇年勤務していたような顔色をしていたぞ」

 俺はそっと腰から携帯端末を取り出してカメラに映る自分の顔を見た。確かにカールセン中佐の言うように、顔色は悪くない。だがおよそ感情というモノが感じられない能面のようにも見える。俺の児戯のような仕草を見ていたようで、小さく鼻息を吐くと視線をウエスカの正面スクリーンに向けたまま、俺の耳に入るギリギリの小さな声で呟いた。

「貴官のような人物が上官であったら、儂の生き方も少しは違っていたかもしれんな」

 それがどういう意味か、俺はカールセン中佐にあえて問うような真似はしなかった。一時間後、勝手知ったる同盟軍標準駆逐艦内部の制圧は完了し、生きている海賊は全員拘束の上、薬物で眠らせた。装甲服を脱いだ副長は艦の制御を手中に収めることに成功したと報告してきた。

 その間も別動隊の方では刻々と状況が進行している。

 臨時に別動隊先任指揮官となったミゲー三四号のブルゼン少佐はサルード一一五号のマルソー少佐と、ミゲー七七号のゴートン少佐はユルグ六号のリヴェット少佐とコンビを組み、ブラックバートの扮した護衛船団へと攻撃を仕掛ける。

 まずミゲー三四号が船団の正面に立つサラヤン一七号に向けて、念のために「今日は何の日」と誰何信号を撃つ。当然サラヤン一七号側は何のことかさっぱりわからない。サラヤン一七号の艦長が強烈にブルゼン少佐を糾弾している間、船団は平行二列縦隊から密集上下二列横隊へとゆっくり陣形を変えていく。

 割符なしと判断したブルゼン少佐は、航路左右の浮遊小惑星に隠れていたミゲー七七号とユルグ六号に横隊の上下へ全力射撃と突入を命じると、ミゲー三四号の艦尾に追従していたサルード一一五号を切り離し、両艦でサラヤン一七号へと襲い掛かる。

 左右からの襲撃で武装商船は戦列を組んでミゲー三四号を撃つどころではなく、サラヤン一七号は二隻の巡航艦の集中砲火で宇宙の塵となり果てた。嚮導役の駆逐艦を失った武装商船は最早烏合の衆でしかない。それぞれに反撃と逃走の道を模索しようとするが、戦闘能力が格段に違う巡航艦が常に二対一で追い込み漁のように襲い掛かると、二時間かからず降伏した一隻を除いてすべて撃沈された。

 ラフハー八八号に接舷されてから都合四時間。ラフハー八八号の艦長が言っていたことが正しければ、残りの戦艦と巡航艦二隻の一行が到着するのは一時間後。戦艦を巡航艦三隻分の戦力と考えれば、既存戦力比はほぼ互角。ウエスカの副長にラフハー八八号の指揮を執ってもらう手もあるが、その手はむしろウエスカの戦闘能力を低下させることにしかならない。
 一時間という制限時間で、ブラックバートを打ち破る作戦を立てるのはほぼ不可能だが、事前に想定している戦闘計画から近いものを引き出すことは可能だ。通信封鎖を解除し、ウエスカ以外の艦長とラフハー八八号にいるウエスカの副長を通信画面に呼び出す。

「ここでブラックバートを撃破します。逃走を許すわけにはいかないので、跳躍宙点側に二隻、ウエスカ側に二隻で分散配置します。挟撃戦です」
「ボロディン大尉、降伏した武装商船はどうする? 降伏した奴らは拘束して、可能な限り冷凍睡眠状態にしているがこのまま放置するのか?」
 ブルゼン少佐が画面の中で手を挙げて俺に質問を投げかける。挟撃戦となれば少佐の言う通り監視・保護に戦力は割けない。
「するしかありません。燃料を放出して航行動力機関を破壊してください。万が一、目が覚めて船を乗っ取られるのも迷惑ですし」
「それは下手したら遭難することになるが……まぁ、それも仕方ないか」
「ラフハー八八号はどうしますか? 接舷したままですとウエスカの戦闘能力を大きく損なうことになりますが……」
 副長の質問に、カールセン中佐の視線も当然のように俺に向けられる。この作戦の主立案者は俺だが、艦の指揮官は言うまでもなく中佐だ。下手なことを言ったら許さんぞという気配がする。

「このままです。ラフハー八八号がウエスカに乗っ取りを仕掛けたことは、ブラックバート本隊には既に伝わっています。通信妨害をかけられていることも承知しているでしょう」
「それで?」
「武装商船が攻撃されたことも承知しているとみれば、バーソンズ准将の思考として状況不利と見て逃走も視野に入るでしょう。ですが視界に入ったラフハー八八号を見捨てて逃走することはできません」
「彼が逃げないと確証を持って言えるか?」
「彼我の戦力を准将がはっきりと認識しているのであれば間違いなく……」

 戦艦一隻と巡航艦三隻とでは、戦力的にほぼ対等。巡航艦の主砲で戦艦のエネルギー中和磁場を打ち抜くのは容易ではないし、機動力以外、すなわち有効射程も砲門数も防御力も明らかに戦艦の方が上。相手が巡航艦クラスの大きさの『海賊船』であれば鎧袖一触だ。

 こちらが正規軍である可能性も考えてはいるだろう。その場合、自分達が出てきた方向……トリプラ星域管区に連絡が飛び厳重な警戒が敷かれると判断する。つまり自分は追い込まれた鼠になったと認識するわけだ。それでも引き返すことを選択するとしても、一度はこちらの跳躍宙点に出現して再度長距離跳躍を試みなければならない。咄嗟に無差別跳躍を行うこともできるだろうが、部下の生存を目的として海賊行為をする准将にそれはできない。

 そして彼の年齢も問題だ。計算で行けば今年で八〇歳になる。戦病死以外での平均寿命が一二〇歳のこの世界で、元気な八〇歳というのは普通だ。だが根拠地も戦えない部下や傷痍兵の住処も失い、逃走して新たに一から構築するにはやはり遅すぎる。彼あってのブラックバートであり、彼が仮に後継者を指名していたとしても、彼ほどのカリスマは得られないだろう。優秀な艦長……そう、カールセン中佐のような人物でもいない限り。

「確証を持って申し上げます」

 これは賭けだ。自分の命だけでなく、特務小戦隊全員の命が懸かっている。しかし分が悪い賭けではない。戦艦がブラックバートにいることを前提に、特務小戦隊は一点集中砲火とツーマンセル訓練をゲップが出るほどやってきたのだ。

「ここでブラックバートを完全に叩き潰します。可能であれば准将を捕らえます。故に戦艦への攻撃は航行動力部を中心に、巡航艦二隻に対しては容赦せず」
「よかろう」

 カールセン中佐の深い頷きと共に口に出た重い了承の言葉に、五人の少佐はそれぞれ頷き、各々のなさねばならぬことを果たす為、画面から消える。戦闘宙域となるであろう空間の把握。適切な砲撃を行うための位置取り。連続射撃に備えた砲身の再チェック。戦闘速度へいつでも上げられるよう機関の回路確認に燃料の残量チェック。

 戦闘に際して当たり前のことかもしれない。だがその当たり前のことが、つい数ヶ月前この辺境ではできていなかったのだ。自分が変えた、と思うのは流石に驕りが過ぎる。だが僅かなりとも貢献できたことは誇りに思おう。これから先はどうなるかわからないが。

「跳躍宙点に重力歪が発生……数は三。誤計測でなければ、戦艦一隻、巡航艦二隻と思われます」

 ウエスカの観測オペレーターの声は興奮して大きいものでもなければ、逆に委縮して小さいものでもない。的確な報告、そして適度な緊張感。

「総員、第一級臨戦態勢を取れ」

 カールセン中佐の瞳は、メインスクリーンに映し出された、三つの光点へと注がれていた。
 
 
 

 
後書き
2020.05.22 事前入稿 
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