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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百四十二話 違うベクトルを持つ者たち

 燃え盛る艦橋に立っている人影は少ない。ユリアはシャトルで乗組員を脱出させようとしたが、悉く包囲部隊に阻まれて撃沈された。残る者も一人、また一人と倒れていく、

「ゼークト大将閣下の艦、撃沈されました!」
「ブリュッヘル閣下の艦、爆沈!」
「シュターデン提督の艦、四散!」

 これらの報告がユリアの下に入ってきたが彼女は顔色一つ変えなかった。

「これでいい・・・・」

 ユリアは一人つぶやいた。そのつぶやきを聞く者はもはやいなかった。ユリアは事の始まりがいつだったのかをぼんやりと思い返していた。

* * * * *

 はるか以前、まだラインハルトが准将であったころ、彼女の下にシャロンが極秘裏に近づいた。
 ファーレンハイトに対する風当たりは強まり、妹のアリシアはバーベッヒ侯爵の下に先任士官としてかくまわれ、姉のユリアは帝国軍務省においてあまり日の当たらない部署でひっそりと過ごしていた。
 突如現れたシャロンにユリアは眼を見開いたが、シャロンは例によって微笑を浮かべて、

「前世において公国の殿下だった御方が、麾下のアレーナにさえ劣る境遇ですかしら」
「私には関係ありません」
「そうかしら?」

 二人はファーレンハイト家の貧相な借家の薄暗い居間でテーブルに座って向かい合っていた。

「アレーナはランディール侯爵家の令嬢。対するあなたはファーレンハイト家の一員。前世からの姓が誰かのいたずらでこんなにも差を生むなんて、だれが想像したことでしょうね」
「・・・・・・・・」
「ユリア殿下、私は殿下に同情しているのですよ」
「同情などはいりません」
「結構。であればあなたにはまだ野心はおありなのですね、少なくともこの境遇を打開するという野心が。ヴァンクラフト、ランディール、エリーセル、ローメルド。あなたにとって前世では取るに足らぬ家の者が今やあなたを凌駕する――」
「何が言いたいのですか?」
「さぞ悔しいことでしょうね。それにあなたの『兄』のことも。ローエングラム麾下の提督となったほどのアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトがカロリーネのせいで自由惑星同盟に亡命。残念ながら、現状の同盟ではせいぜいひっそりと暮らせるところが関の山。そこまででしょうね」
「・・・・・・・・」
「可哀想に、あなたの『兄』は。原作どおりにいけばローエングラム麾下主要提督としてその手腕を存分に発揮できたでしょうに」
「・・・・・・・・」
「私にお任せくださいませんか?」

 だまっているユリアにシャロンは微笑んだ。

「自由惑星同盟は私が改革する。共同戦線を張りましょう。ローエングラムやイルーナを共に打倒した後は、帝国はあなたが支配していただいて結構です。私は目的さえ果たせばそれでよいのですから」

 ユリアはシャロンを見つめていた――。

* * * * *

(そして私はアリシアとひそかに連絡を取り・・・・彼女をスパイとしてローエングラム陣営に潜り込ませた・・・・・)

 ユリア・フォン・ファーレンハイトは胸の中でつぶやいた。結局のところ、自分はラインハルトの何になったのだろう。排除すべき障害、敵だろうか、それともとるに足らぬ路傍の小石なのだろうか、それとも――。

 ユリアは最後の麾下の艦艇群を指揮して包囲部隊と戦いながらどこか満足を覚えていた。これでいいのだと。もっともそこには少し投げやりな態度も混ざっており、そこに後悔の痛みを伴わないでもなかったが。
 けれど、他方で一つやるべきことがあった。ファーレンハイト家の一員となった以上、当のアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトがどう思おうと、妹としてやるべきことだ。

 ユリアは艦長席に座った。そして自ら機器を動かすと、静かに艦を発進させた。それを見た他の艦も追随し始めた。

* * * * *

「包囲網を抜けた艦が、ブリュンヒルトに向けて突っ込んできます!!」
「迎撃せよ!!ローエングラム公の下に近づけさせるな!!」

 ラインハルト本隊の前衛にいたミッターマイヤー艦隊は激しい砲火をこの艦に集中させた。次々と艦は脱落していくが、生き残った艦は突進をやめない。
 先頭の艦が展開するシールドが強力で攻撃を軽減させているのだ。

「まだ最後のあがきをやめないというの!?」

 アレーナが旗艦アールヴァル上でドンと片足を踏んだ。そして麾下艦隊をラインハルト本隊の前に割り込ませ、手中砲撃を浴びせかけた。同時にアールヴァルを敵の真正面に持っていくように指令した。

(ユリア殿下、それほどまでに感情をぶつけたい相手は一体誰!?ラインハルトなの!?)

 アレーナはかぶりを振った。今はそんなことを考えている場合ではない。彼女は叫んだ。

「砲撃用意!!」

 アールヴァルの前面一部が両開きの扉のように左右に開き、中から大口径の砲門が出現した。アールヴァルには隠し玉があった。なにも波動砲を実装しているのはアースグリム級だけではない。
 アールヴァルの波動砲充填に呼応するかのようにアレーナの身体から蒼いオーラが噴出した。砲撃システムはアレーナがひそかに改装した特別仕様となっている。

「波動砲砲撃準備完了しました」
「撃てェッ!!!!!!!!」

 アレーナがカッと眼を見開き叫んだ。彼女のオーラが凝縮された蒼い光を放つ閃光がアールヴァルの砲門から発射された。一直線に宇宙を切り裂き、戦闘の艦のシールドと激しくぶつかり合う。

(ファーレンハイトが生きていたら、一体どう思うか考えなかったのですか!?)
(ファーレンハイトがどう思うかではない、私が彼の『妹』であること、それが重要なのだから。だから私はこうした。そしてそれを後悔していない)
(私怨で大勢の人を巻き込むな!!シャロンと同じよ!!)
(ええ・・・・全くそうだわ。でも一つ言えることがある。ローエングラム陣営を打倒するというベクトルを持った人間は大勢いたわ。動機はどうであれそのベクトルの中に入りこんでしまう。だからこそこんなにも大勢が私に同調したのよ。そしてそれはあなたたちにも当てはまる。今は大きなベクトルをもって皆同じ方向に進んでいるけれど、ローエングラムのベクトルが具体性を帯びて細分化したとき、あるいは向いた方角が変わった時、それに皆追随できると思う?)
(そんなことは知っているわ。だからこそ私たちはここで敵を全滅させる!!こんな戦いはこれで最後にするわ)
(そうできるかしらね?)

 声なき声が波動を通じて交わされた後、一方が不意に途切れた。

「敵、消滅しました。残存する敵はこの宙域に確認できません」

 オペレーターの無味乾燥な報告が静まり返った艦橋に消えていった。

「くそっ!!」

 ふいに鋭い声が艦橋を切り裂いて消えた。クルーたちが振り向くと、青い長い髪の女性が一人艦橋から足音も荒く出て行くところだった。

* * * * *

 ヴァルハラ星域において敵を完全に殲滅したローエングラム陣営はただちに帝都に降下した。先に帝都に降りて厳戒態勢を敷いていたダイアナ、キルヒアイス、そしてヴァリエ、ケスラーらの手迎えをラインハルトは受けた。

 ラインハルトがカロリーネ皇女殿下とアルフレートを皆に話すと、一様に驚愕したがラインハルトは驚く時間を与えなかった。ただちにノイエ・サンスーシに赴き、カザリン・ケートヘンの退位に着手するように部下たちに指示した。

「ローエングラム公をはじめ、各提督及び家族の警護を徹底して!!」
「最低限転生者一人を護衛につけるように手配してよね」

 ヴァリエがもどかしそうに部下に指示を飛ばす傍らで、アレーナがヴァリエにささやいた。

 なぜなら、一行が車に乗り込もうとした時に襲撃があったのである。出迎えた兵士たちの列から十数人が飛び出してきてラインハルトたちを襲ったが、ヴァリエ、フィオーナ、ティアナによって全員一瞬で斬り捨てられた。
 ケスラーは部下たちに指示して身元を改める一方、各提督たちがラインハルトたちを囲んで周囲を警戒した。

「ひとまずプリンゼシン・カロリーネと卿には私と共に元帥府に来てもらおう。警備が整っている場所はあの場所くらいだからな」

 ラインハルトはいい、カロリーネ皇女殿下、アルフレートは、キルヒアイス、レイン・フェリル、フィオーナと共に一台の車に同乗した。

「ローエングラム公!」

 車が発進するとラインハルトはぐったりとキルヒアイスに寄り掛かったので、カロリーネ皇女殿下は思わず声を出した。

「騒ぐな、転生者。まだ俺は死んだわけではないぞ」

 ラインハルトがキルヒアイス、フィオーナに手当てをしてもらいながら眼を開けてカロリーネ皇女殿下を見た。

「俺が斃れた後どうなるか、そしてプリンゼシン・カロリーネ、あなたはどうするのかをよく考えておけ。最も時間はあまりないがな」
「ローエングラム公・・・・私、私、その・・・・!!あなたにまだ何も教えていただいていません!違うんです!」

 ラインハルトの瞳にまた怒気が浮かんでくるのを見たカロリーネ皇女殿下は慌てて言った。

「あなたの教えをそのまま模倣するのではなくて、ただ、あなたを知りたいのです!」
「残念ながら、その暇はないな。まだやるべきことが多くある。だが、私を観察はできるだろう?」

 ラインハルトのアイスブルーの瞳が面白みを帯びてきらめいた。

「はい、どうか側にいさせてください。そして学ばせてください」
「私もです」

 カロリーネ皇女殿下とアルフレートがかわるがわる言った。

* * * * *

 帝国暦488年12月いっぱい、ローエングラム陣営はあわただしい動きを示した。反逆者となったユリア・フォン・ファーレンハイト以下の処置及び残存する反勢力の洗い出しを転生者たちは各人の能力を動員し、総力を挙げて行い、掃滅した。
 禍根を残すわけにはいかないのである。

 ローエングラム陣営は体制を一新し、新人事を発表した。ラインハルトが帝国軍最高司令官であることに変わりはないが、戦死した人間の穴を埋めることが必要だった。

 軍務尚書にはフィオーナ・フォン・エリーセルが就任し、統帥本部総長にはオスカー・フォン・ロイエンタールが、宇宙艦隊司令長官にはウォルグガング・ミッターマイヤーが留任した。
 そして、ラインハルトはミュラー、ビッテンフェルト、ルッツ、ワーレン、メックリンガー、アイゼナッハ、ケスラー、ティアナ、ダイアナを元帥に任じた他、麾下たちをそれぞれ昇進させた。
 戦死したケンプ、バーバラ、エーバルト、アレット、ルグニカら幹部は特進し、元帥の称号を得た。
 レイン・フェリルは上級大将となり、軍務省次官につき、ヴァリエもまた上級大将に昇進し、ケスラーの後を継いで憲兵隊総監となり、さらに、帝都防衛司令官の職務を引きついだ。

「バーバラ・・・・」

 ついに戻ることはなかった戦友を思いながらヴァリエはその職を引き受けた。

 * * * * *

 カロリーネ皇女殿下とアルフレートはラインハルトの政務、軍務を傍らで見ながら学んだ。わからないところはヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ、レイン・フェリルらがラインハルトの行動の趣旨を教えてくれるので、二人には大いに助かった。
 そのさなか、ヤン・ウェンリーがユリアン・ミンツを伴ってふらりと元帥府にやってきた。完全に私服である。

「やぁ」
『ご無沙汰しています!』

 ヤン・ウェンリーを出迎えたカロリーネ皇女殿下とアルフレートは喜んで二人を一室に通した。二人とも帝国軍士官の軍服を着ている。カロリーネ皇女殿下とアルフレートについてはローエングラム陣営は相談の上影武者を立てていた。
 とはいえ万が一を考えて、転生者たちはかわるがわる二人の側に付き添っていたので、今日はティアナが側にいる。

「あぁ!来たのね!!ヤン・ウェンリー!!」

 ティアナがヤンの顔を見るなり声を上げたので、ヤンはびくりとした。

「どうか一度シミュレーションシステムで私と手合わせしてくれない?もうずっとず~っと待ちくたびれたわ。あなたに私もフィオも敗北してから散々あなたを倒す策略を試行錯誤していたところなんだから」
「それはやめておきましょう。私としても帝国軍に手痛い損害を受けていますから、互いに恨みが再燃しますよ。それに負けた方はもっと恨むでしょう?」

 ティアナが面白そうに笑った。

「はいはい、わかったわ。やめておく。じゃ、後はごゆっくりどうぞ」

 そう言ったティアナが一歩奥に引いたので、カロリーネ皇女殿下とアルフレートはヤンとユリアンからその後の話を聞いた。ティアナも時折合いの手を入れて話の幅を広げていった。

 ヤンは大将から退役して年金をもらう生活となったが、ラインハルトの招聘で帝国に行くにあたってこの問題をどうするか苦慮した。「帝国に身を売った者」となりたくはない。ヤン自身はどうということはなかったが、周りに迷惑をかける。
 そこで、ラインハルトはヤン・ウェンリーを「帝国駐留特命大使随行」とするように働きかけ、同盟から主要な人間を「大使」として帝国に駐留させるように提案。同盟もこれを了承し、帝国同盟双方の人間がそれぞれの首都星に出向くこととなった。
 なぜか、グリーンヒル大尉が大使付武官としてやってきたという事を知った二人はこっそり笑いあった。

「では当面こちらにいらっしゃるのですか?」
「あぁ。別にハイネセンにいても仕方がないからね」
「では、お時間あるときにお邪魔しても構いませんか?」

 カロリーネ皇女殿下の提案を、ヤンは驚いた顔をして聞いた。

「仕事はいいのかい?」
「今は二人の話を聞くのが仕事なのよ。一人はラインハルト、そしてもう一人はあなたなの」

 ティアナが言った。

「そんな大層なことではありません。ですが、その、受けてもらえると助かります。サボっているといわれるのは心外ですし」

 カロリーネ皇女殿下の言葉にヤンは微笑んだ。

「私ならサボりは大歓迎だがなぁ。いいよ。ただ、私は話したいときにしか話さない」
「それでいいんです。ヤン提督のことはユリアン君に聞きますから」
「お任せください!」

 ユリアンが力いっぱい宣言したので、一同大いに笑ったのであった。


 
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