ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第百四十話 帝都オーディンへの帰還
この後、様々な混乱はあったが、帝国暦488年11月22日、自由惑星同盟と帝国はあらためて和平条約を締結した。
自由惑星同盟の最高評議会議長には引退したピエール・サン・トゥルーデが再任され、同時に自由惑星同盟は体制を一新し、議会の力を強くした。これによって最高評議会は往時の権力を失い、各セクションの束ね役及びその首班としての色を強く出すことになったのである。
宇宙艦隊司令長官はシドニー・シトレが再任し、統合作戦本部長にはダニエル・ブラッドレーが再任した。
シャロン派閥の司令官はすべて更迭され、宇宙艦隊を束ねる№2の副司令長官にはボロディンが再任した。ビュコック、クブルスリー、ウランフの3人はついに戻ることはなかったのである。
そのボロディンの指揮のもと、自由惑星同盟の各艦隊は隊列を整え、再編を完了すると、イゼルローン要塞から首都星ハイネセンに向けて旅立っていった。
ヤンは近いうちにオーディンを訪れるとラインハルトと約束して去った。
「ユリアン、これからが重要だよ。帝国同盟の双方が今後どのような道を歩むかを見届けなくてはならない」
ヒューベリオンの一室でヤンは紅茶を持ってきたユリアンに語り掛けた。この直前、カロリーネ皇女殿下とアルフレートはヤンとユリアンたちに挨拶していったので、まだテーブルには複数のカップが残されていた。
「どうなるとお考えですか?」
「わからない。けれど、私は今回のことでつくづく軍人家業が嫌になった。そして同時に自分の無力さを思い知った。私には覚悟がなかったのだな」
「覚悟、ですか?」
「自らの主義主張を命を懸けて相手の前で声を出す。ただ後方で大声を出すだけなら、これまでの政治屋たちがしてきたことだ。けれど、実際に相手の前でそれを成すには何十、何百倍の勇気が必要なんだよ。そしてあの二人はそれをローエングラム公の前でやってのけた」
ヤンは紅茶を飲んで吐息を吐いた。
「私はあの二人には及ばないな」
「そんなことはありません!提督はローエングラム公と協力してあの人を討ったのです。誰にもできることではありません」
「人殺しは誰にでもできるよ」
「違います、そういうことではなくて、その・・・・」
「わかっているさ。お前の言いたいことはね、そしてありがとう」
ヤンはユリアンに微笑んだ。
「ユリアン、一つ覚えておくといい。軍人になりたいとお前言ったね?けれど、これからは軍人ではなくペンの力が重要視される時がくる。それは1年後かもしれないし、まだずっと先なのかもしれない。けれど、時代は確かにその時に向けて動き出している。だから――」
ヤンはユリアンをまっすぐに向いて言った。
「もし、私の下を離れるときは、その方面に進むといいよ」
「僕はヤン提督の下を離れたくありません」
「ほう?そうか、なら私が帝都オーディンに向かうと言ってもついてくるかい?」
ユリアンは一瞬怯んだ顔つきをしたが、すぐに力強くうなずいた。
「はい、提督のいらっしゃるところ、どこまでもついていきます」
ヤンはうなずいた。嬉しかったが、ユリアンの将来を考えるといつまでもそうしてはいられないだろう。ユリアンがいつまでもヤンを「提督」と呼ぶのはヤンを軍属として束縛していることになることを彼自身は気が付いているだろうか。
けれど、全てはこれからなのだ。そう、まだ歩みは始まったばかりなのだから。
* * * * *
旅立つ前、カロリーネ皇女殿下、アルフレートはヤン艦隊やコーデリア・シンフォニーらと別れを惜しんでいた。コーデリアは引き続き自由惑星同盟に残ることになったのである。
その慌ただしいさ中、一通の書状をカロリーネ皇女殿下は受け取った。珍しいとおもい封を開けたカロリーネ皇女殿下ははっとなった。
親愛なるカロリーネ皇女殿下へ、クリスティーネ・エルク・フォン・ウィトゲンシュティン――。
そうかかれた書状を受け取ったカロリーネ皇女殿下は運んできた相手に尋ねた。
「亡くなったのですね?」
「はい」
自由惑星同盟のまだ若い女性士官は眼のふちに浮かんだ涙をぬぐった。聞けばウィトゲンシュティン中将の身の回りの世話をしていたのだという。
「最後は眠るようにお亡くなりになりました。その直前にこれをあなたに渡してほしいとおっしゃられたのです」
女性士官に礼を言ったカロリーネ皇女殿下はアルフレートと共にそれを開いた。秀麗な覇気に溢れる懐かしい筆跡はよく副官時代に書類に署名をもらったものと同じだった。
親愛なるカロリーネ皇女殿下、そしてアルフレートへ――。
残念ながら、これを読む頃には私はすでに亡くなっているでしょう。体力も続かなくなり、これを書いているのがやっとの状態です。
あなたたちの理想、体現できたでしょうか?少なくともシャロンがいる間にはそれは不可能でしょう。不思議な事ですが、ここにきて私はあの人があなたたちの理想を実現するためにここにやってきたのではないか、という妙な妄想にとりつかれています。これもあの人の影響でしょうか。
あなたたちはシャロンを倒して初めて前に進めるのです。それがどんなに困難な道であったとしてもあなたたちはそれを成し遂げなくてはならない。私の前で散々大言を言ったのですからそれくらいはできるでしょう?
自由惑星同盟にあって私は孤独でした。最初あなたたちと近づいたのも、帝国打倒の協力者を求めるというよりも同じ境遇の者であったから。
でも、あなたたちは私と違った。打ちのめされているようでもあなたたちは前を向いていたわ。私は過去しか見えていなかったし、過去しか見ていなかった。
それが、私とあなたたちとの違い。だから私はあなたたちに託します。自分の未来を。
あなたたちが自らの理想を自らの力で切り開くことができるかどうか、私は遠くで見守っています。
なんだかもう眠くなってきました。これ以上書けないわ。
クリスティーネ・エルク・フォン・ウィトゲンシュティン――。
読み進めるにつれ、手紙には点々と染みができた。カロリーネ皇女殿下は流れる涙を拭おうともせずに震える手でそれを握りしめていた。
「あなたは・・・・あなたは最高の教官であり、司令官でした」
アルフレートはかすれる声で言い、カロリーネ皇女殿下は黙ってうなずいた。
ウィトゲンシュティン中将、ファーレンハイト、シュタインメッツ、第十三艦隊の面々、そしてこれまで自分とかかわってきた人々。これらの人々は過去に去りつつある。自分たちを残して。今そのことが重く胸にのしかかってきた。
「ウィトゲンシュティン中将閣下、ファーレンハイト、シュタインメッツ・・・・みんな・・・・私たちはあなた方に数え切れないほどの恩を受けていたのに・・・・私、何もできなかった・・・・・何もかえせなかった・・・・・」
手紙を握りしめていたカロリーネ皇女殿下の手が震えている。アルフレートはその手を握った。
「行きましょう」
カロリーネ皇女殿下は、顔を上げた。目の前にずっと共に道を歩んできた仲間がいる。アルフレートがいてくれてよかったと思う。自分一人ではきっと押しつぶされてしまうだろう。彼がいてくれたからこそ――。
「アルフレート。・・・・ううん、なんでもないわ」
「???」
アルフレートは一瞬怪訝そうな顔をしたが、
「僕たちは皆の分まで歩きつづけなくてはなりません。それが生き残った僕たちの役目です」
「できるかな・・・・」
「無駄に気負う必要はありませんよ。でも、忘れない事は出来ます」
「そうね・・・・・・」
カロリーネ皇女殿下は息を吐きだした。
「あなたの言うとおりね。私は私にできることを気負わずやっていくわ」
カロリーネ皇女殿下は手紙をそっと懐にしまった。これからずっと肌身離さず大事にするつもりである。
* * * * *
ラインハルトはブリュンヒルトにカロリーネ皇女殿下、アルフレートらを乗せ、イゼルローン要塞にメックリンガー、ルッツ、ワーレンを残すと、帝都オーディンへの帰還を決めた。
ローエングラム陣営はフェザーン方面に展開するアイゼナッハ艦隊について、警戒部隊を残して帰投本隊に合流するように指令した。もう大規模な警戒は不要だと判断したのである。
この時、ヴァリエから一つの通信がアレーナに向けてもたらされた。
『ご注意いただければ幸いですが、ヴァルハラ星域において敵の残党が集結しつつあることを探知しました』
「残党って?」
『シュターデン、ブリュッヘル、ゼークトらです。例の少年皇帝エルヴィン・ヨーゼフを掲げ、自分たちこそ正当な軍だと宣言するようです』
「数は?」
『およそ3万余隻。残存貴族たちも賛同してこれに加わる者がいる模様です』
「フン、ちょうどいいわ。最終決戦ではいいところなしだったもの。蹂躙して踏みつぶしてやろうかな」
『それと・・・・』
ディスプレイ越しにヴァリエの顔が当惑を帯びていた。まだ言いたいことがあるようだった。アレーナの顔が引き締まった。
「内通者、わかったのね?」
『はい』
「誰?」
『二人いました。一人は、メルカッツ艦隊所属ユリア・フォン・ファーレンハイト、もう一人は――』
背後のドアが開き、きらめく閃光、それをアレーナは襲撃者もろとも抜き打ちに斬り捨てていた。鮮血が噴出し、狭い通信室を濡らした。
声も立てずに倒れたのはアリシア・フォン・ファーレンハイトだった。
「で?ユリアはどうしているの?」
目の前の光景をヴァリエは顔色を多少蒼白にして見ていたが、声の色は変わらなかった。
『メルカッツ艦隊から自身の直属艦隊を引き抜いて反乱軍に合流しました。メルカッツ提督については、私が間一髪で保護しています。ご自身をお責めになっていますが、慰留して落ち着かれています』
「よくやったわ。後でメルカッツ提督と話がしたい」
『はい。すぐに手配できます。それと・・・』
「まだあるの?」
『ユリア・フォン・ファーレンハイトについてです。信じられない事ですが、サイオキシン麻薬の流通に関わっていた――』
壁が粉砕される音がした。アレーナが剣を壁に叩き付けたのだ。大穴が開いたが、彼女はそれをすぐにオーラで修復した。
「失礼、あまりにも感情を抑えきれなかったから」
『私もです。報告、続けてよろしいですか?』
ヴァリエが話し出した。簡潔かつ明確な点としては、ユリア・フォン・ファーレンハイトがサイオキシン麻薬のシンジゲートの一員として、帝国同盟双方に流す物流を構築していたこと。
サイオキシン麻薬のシンジゲートには帝国貴族や官僚、商人が加わっていること。
さらに、地球教徒も残存し、このシンジゲートに加わっていること。
「ユリア・フォン・ファーレンハイトを放ってはおけない。シャロンとのつながりはわからないけれどあると考えたほうがいい。なら、帝都オーディンへの帰還途上、どんな手を使ってでもアンネローゼを守り抜きなさい。それが第一優先」
『承知です。他、主要提督の家族についても警備を回してそれとなく警戒しています』
「ユリアに近しい転生者たちの動向を注視して」
『それも手配済みです』
なお、2,3の事項を打ち合わせてアレーナは通信を切った。そして背後を振り返った。鮮血にまみれたアリシアが斃れている。ラインハルトの護衛隊長として彼女は常日頃側に立っていた。打ち合わせの時もだ。空気のように振る舞っていたからこそ、アレーナもイルーナも見落としていたのである。
アリシアは、何かが抜け落ちた様に穏やかに目を閉じていた。
「ファーレンハイトが戦死した・・・それ以前に彼が自由惑星同盟に行ってしまったこと、もっとそれ以前にあなたたちの名前がファーレンハイトであったことが因縁を結んだのね」
アレーナは彼女の両手を胸の前で組み合わせると、すぐに通信室を出て行った。
* * * * *
緊急招集された転生者たちは愕然とした顔を見合わせた。
「アリシアが!?」
「ユリア殿下が?!」
この声はあちらこちらから聞こえてきたが、ティアナは我慢ならないように叫んだ。
「もう許せない!!先陣は私がやるわ。ユリアもろともいけすかない残党を全部ブチ殺してやる!!」
「私も、やるわよ」
エレインが静かに、だが闘志を秘めた眼でアレーナを見た。アレーナは二人にかすかにウナうなずいただけで何も言わなかった。代わりに、
「フィオーナ」
「はい」
「あなたはシアーナ、ティルジットと共に麾下の艦隊を率いて帝都に急行し、ヴァリエと共に治安維持に当たってくれる?ラインハルトの承認を得てからね」
「はい、すぐに向かいます」
「他の皆は正々堂々隊列を組んで、慌てず、ゆっくりと帝都に帰還する。何も急ぐ必要はないのよ」
ここまで言ってからアレーナは不敵な笑みを浮かべた。
「奴らを散々焦らしてから思う存分殲滅してやりましょう。やるわよ」
この「やるわよ」を聞いた一同は数人を除き身震いした。アレーナが本気になったのだ。
アレーナはフィオーナ、そしてダイアナを伴い、ラインハルトとキルヒアイスに会うと、すぐに打ち合わせを行った。
ラインハルトとキルヒアイスは当初驚きの色を浮かべたが、すぐにラインハルトは闘志の色をアイスブルーの瞳に浮かべた。
「アレーナ姉上、よくつかんでくださいました。キルヒアイス、やるぞ」
「はい、ラインハルト様」
「だが・・・・敵はわずか3万余という。対する我が軍の遠征帰還軍は12万を超える。それにどのように挑むつもりなのか」
ラインハルトの疑問に転生者たちは顔を見合わせた。
「最後のあがき、では説明つかない?」
「もちろんその可能性はありますが、楽観的だと思います」
キルヒアイスが言った。ラインハルトは赤毛の相棒に尋ねた。
「お前、どう思うか?」
「可能性があるとすれば・・・・足止めでしょうか」
「俺たちを別働部隊で殲滅するか、あるいは帝都を――」
「そうはさせない。そのためにあらゆる手をうってあるから」
顔色を変えかけたラインハルトにアレーナは強く言った。
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