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勿忘草-ワスレナグサ-

作者:樫吾春樹
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大きな罪
  終わりと始まり

 宏の告白から一夜開け、二人はそれぞれの朝を迎えた。
「今日は、どんな顔で会えばいいのかな。」
 私はどうしたいのかな。昨日の言葉に、どんな返答をしよう、今すぐに、付き合うわけにはいかない。だけど。
 私は学校に向かうために、家を出た。幸いなのかよく分からないが、私は宏とはクラスが違う。だから、私は気まずくならないで済む。
 教室に入ろうとした時、ある言葉を聞いた。
「七つの大罪」
 それを聞いた私は、閃いた。そうか七体の動物に、七つの大罪。だけど、この二つを裏付ける決定的な何かが不足している。それを見つけないと、この謎はきっと解けないのだろう。
「はあ。」
 短い溜息をして、自分の席に着いた。机の中に教科書を入れた時、一冊の本が床に落ちた。
 本を拾い上げた私は、表紙を見て思い付いた。
「そっか、これだ。」
 私が拾い上げたのは、図書館から借りた本だった。きっとこの中に、答えに繋がる内容があるはず。私は表紙をめくり、内容に再び目を通した。
 しばらく目を通すと、チャイムが鳴った。私は一旦本を閉じ、今日も授業が始まるのだった。
 授業の終了を告げる鐘が鳴り、クラスメイト達が昼食を食べるため思い思いに行動していた。私は拓真の所に行き、話しかけた。
「早く二人の所に行こうよ。」
「そうだったね。」
 私と拓真。宏と結城がそれぞれ同じクラスで、昼休みになると二人のクラスに行って昼食を食べるのだ。
「やあ、宏に結城。」
「今日はどこで食べる。」
「どうするか。」
「やっぱり、教室かな。」
 拓真が言うと、他の三人も賛成した。
「じゃあ、決定だね。」
 四人は一箇所に集まった。友人に椅子を借り、結城の席の周りで昼食を食べた。
「玲、次の授業はなんだっけ。」
「次は、英語だよ。」
「英語か。」
 拓真は残念そうに呟いた。英語は苦手だと本人が言っていた。私自身も、好きじゃないけど。
「宏と結城は、次は何の授業だっけ。」
「僕達は、世界史だよ。」
「そっか。」
 全員食べ終わり、他愛も会話をしていた。予鈴が鳴り、自分のクラスに戻った。その後の授業は、あまり覚えていない。七つの大罪のことばかりを考えていたせいだ。
「今日も終わった。」
 HRも終わって、放課後になった。三連休の間はずっとパソコンで依頼を処理していたかいがあって、ここ数日は依頼件数が落ち着いてきた。だが、残り二日で大罪の謎を解決しなければ多くの人が困るだろう。
「そうだ、明日は本を返さないと。今日中に手掛かりを見つけないと。」
 とは言っても、何もまだ分かっていない。なんだろうか、見えそうでだけどモヤがかかっているような。そんな感じ。
「柏木さん。ちょっといいかな。」
「はい、何でしょうか。」
「文化祭の企画書は貰ったかしら。」
「いえ。聞いてませんので、貰っていませんが。」
「そう。」
「どうかしましたが。」
「実は、今日がその締切りなの。」
「そうなんですか。」
 出てきた言葉に思わず、驚いてしまった。
「ええ。そして、八十部印刷しないといけないの。」
「そんな。」
 今日中に企画書を作り、八十部も刷らないといけない。
「今から、担当の先生に書類を貰ってきなさい。」
「はい。分かりました。」
 顧問と別れ。私は企画書を貰うために担当教師の所に向かった。
「そういえば、私のクラスに生徒会長がいたな。彼に頼んでみよう。」
 私は向かう場所を変更して、クラスに向かった。
 クラスに着き覗くと、生徒会長はまだ残っていた。
「岸田君。」
 岸田徹(キシダトオル)。彼が私達の学校の生徒会長だ。背の高い理数系の男子。
「どうかした。」
「文化祭の企画書の紙を持ってないかな。」
「少し待って。」
 彼は自分のファイルの中から、何も書いていない企画書を探していた。そして、一枚の紙を取り出した。
「はい、今日中に間に合うか。」
「ありがとう。絶対に間に合わせるから。」
 私はもう一度頭を下げ、クラスから出た。部室に向かう間に、どんなことを行うかを考えていた。そんなことをしているうちに部室に着いたので中に入り机に向かった。
「さてと始めよう。」
 去年の文化祭の状況を思い出しながら、私はペンを走らせた。現在の時刻は三時半。締切まであと一時間。絶対に間に合わせる。
「終わった。」
 作業を始めて約十分で、彼女は書きあげた。次は顧問に印をもらい、そして印刷だ。
「先生、印をお願いします。」
「はい。間に合うの。」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
 私はそれを受け取り、印刷室に急いだ。
「すみません。企画書の印刷を、お願いできますか。」
「いいよ。何部、必要なんだ。」
「八十一部です。」
「三十分くらいかかるぞ。」
「わかりました。」
 教師が原稿を受け取り印刷室に入っていった。生徒は入れないので、私は外で待機していることにした。
 しばらく経ってから、教師が部屋から出てきた。手には多くの印刷物と、私の書いたオリジナルの原稿があった。
「ありがとうございます。」
「よかったな、間に合って。」
「はい。」
 私はお礼を言い、生徒会室に向かった。残り時間は十分のみ。
「失礼します。文化祭の企画書を提出に来ました。」
「どこの団体ですか。」
「美術部です。」
「わかりました。お疲れ様でした。」
 頭を下げ、私はその場を去った。
「間に合って良かった。」
 八十一部。いや正式には七十九部だが。無事に渡すことが出来た。残りの二部はどうしたのかと言うと、今は私が持っている。一部は顧問に、もう一部は私自身が持つ。そのほうが何かと、都合がいい。
「ただいま。」
 部室に戻ってくると、三人が出迎えてくれた。
「おかえり。どうだった。」
「間に合ったよ。」
「良かったな。」
「うん。」
 拓真と結城が近くに来て、二人とも話していた。宏は少し離れた所にいて、私は寂しさを感じた。
「宏、どうしたの。」
 私は会話の輪から外れ、宏に近づいた。
「別に、お疲れさま。」
「ありがとう。」
 私がいまだに答えを出せないでいるせいで、少し距離があいた気がする。
「後輩達の様子を見てくるね。」
 教室から逃げるようにして、走って出た。私はどうしたらいいのだろうか。いや、どうしたいのだろうか。
 廊下を歩きながら、数ある部室の様子を見て回った。デザイン室から出発して、反対側の美術室まで行きデザイン室に戻らず、そのすぐ隣の絵画室に入った。
「やあ、晶君。」
「部長。」
 藤森晶(フジモリアキラ)。美術部の副部長だ。ちなみに、拓真とは兄弟でも何でもないそうだ。
「大きいの、来てないですか。」
「来てないよ。」
「そうですか。」
 大きいのとは、晶君の友達のことだ。彼より身長が高いので“大きいの”と呼んでいるらしい。名前は忘れてしまった。まだ片手で数えられるほどしか、会っていないからでもある。
「進んだね。」
「ありがろうございます。」
「木炭で下書きが終わったら、声かけてね。」
「はい。」
 荷物を取りに、私は一度絵画室を出た。今日は、油絵をやろう。そう思ったからだ。
「やあ。今日は、絵画室にいるね。」
「わかった。」
「それじゃあね。」
 手を振り、三人がいる教室を出た。そしてもう一度、絵画室に入った。
「久しぶりにやろう。」
 椅子の上に道具を広げ、私は作業着に着替えた。といっても、上から着ただけなのだが。キャンバスを掛けてあるのイーゼルを引っ張り出して筆を持ち、様々な色で汚れたパレットの上にさらに絵の具を重ねた。
「部長。下書きは、これでいいですか。」
「いいね。作業するから、少し待って。」
 私はフキサチーフというスプレー缶を取った。これを下書きの上から吹きかけると、その色が絵の具と混ざって濁るのを防ぐ。
「窓を開けてくれる。」
「はい。」
 さてと、始めよう。私は缶の蓋を外して、キャンパスに吹き付けた。触れると糊のように手に付く感じがする。全体にかけた後、平らな所に置いて乾燥させた。
「今日は、油絵やるの。」
「今日は、いいです。」
「じゃあ、次回は使い方を教えるね。」
「はい。」
 され、自分の方も進めよう。キャンバスに向き直り、色を少し加えてから片付け始めた。
「お疲れさまでした。」
「お疲れ。またね。」
 晶君と別れ帰路に着いた。
 次の日。私は図書館に本を返すために、部活を早退した。自転車にまたがり、目的地を目指して走り出した。二十分ほど自転車をこぎ、図書館に着いた。自転車を駐輪場に止めて、中に入った。変革箱に本を入れ、私は家に向かった。
「あと一日か。とりあえずは、ほぼ謎は解けた。あとは、対になる動物のことだ。」
 七つの大罪と七体の動物はつながった。だけど未だに、反対の意味がわからない。とりあえず、一旦実家に帰ろう。しばらく帰っていなかったし。ペダルを踏み込み、図書館を後にした。
「ただいま。」
 家の中から返事は無かった。両親は共働きで、家に帰ってくるのは夜遅くだ。
「さてと、今日の夕食は。」
 冷蔵庫と開けて中を覗くと、いくつかの残り物があった。
「これでいいや。」
 いくつかの小皿を取り出して、机の上に並べた。
「いただきます。」
 一人での夕食を済ませ、自分の部屋に行きパソコンを開いた。七つの大罪というキーワードを打ち込み、Wから始まるサイトを開いた。
「ここにあるかな。七つの大罪の反対になる言葉は。」
 私はページをスクロールしていき、ある箇所で止まった。
「あった。これだ。」
 そこには謙譲は忍耐などがあった。きっとこれが最後の鍵だ。今まで集めたヒントを基に答えを導くようにしなければ。
「そういえば、手紙がたくさん来てたな。誰からだろう。」
 机の上にあった手紙の束を思い出し、リビングに向かった。机の上にあった束を見た。依頼者からの手紙や水道やガスといった公共料金、他には新聞の夕刊があった。その中から私宛の手紙と夕刊を取り、自分の部屋に持ち帰った。この家では、私だけしか新聞を読まない。まあ、私の両親は読めるはずもないのだが。そのことは、両親が帰ってくればわかるのだが。
「この手紙は、柚からかな。」
 淡い緑色の封筒を手にとって裏返し、差出人の名前を見た。
「加藤柚」
 やっぱり彼女だった。
 加藤柚(カトウユズ)。彼女は川瀬菻と同じく私のことを知っている人だ。私を含めた四人に共通していることは、探偵のようなことをしているということ。もう一人は金井幸(カナイユキ)だ。
「さてと、手紙を読もう。」
 封筒を開けて、中を読んだ。彼女も菻から話を聞いて、私に手紙を送ってくれたのだと書いてあった。他にも、最近あったことや今追っている事件なども書かれていた。
「柚も忙しいんだな。」
 そう呟いて、手紙を閉まった。
「さてと、難題を解こう。」
 玲はパソコンで、七つの美徳と書かれていた言葉に繋がる動物を探し始めた。そうしているうちに、時間は過ぎていった。
 彼女が調べ終わる頃にはもう日は変わっており、両親はすでに寝息をたてていた。
「終わった。あ、もうこんな時間。そろそろ寝ないと、学校に行けなくなる。今年も皆勤賞を取りたいのに。」
 彼女はそんなことを言いながら返ってきたメールを確認して、電源を切り布団に入ったのだった。
 その頃。ある家の一室では、一人の少年が笑みを浮かべていた。
「柏木玲。底無しの努力家が、ここまで天才になるとは。だけど、これからが本番だよ。」
 少年は不敵な笑みで画面を見ていた。
「ゲームはまだ始まったばかりだ。」
 朝。僕は玲から、事件は解決したと聞いた。やっぱり、事件だったのか。玲も大変だな。仕事に学校、そして部活。それなのに僕は、あんなことを言ってしまった。きっと迷惑だろうな。
「宏。ちょっといい。」
「どうした。」
「放課後。部活が終わったら、話しがあるんだけど。」
「わかった。」
 そう僕にささやいて、拓真と二人でクラスに帰る玲。彼女は別れ際に手を振っていた。僕はその姿を見送った。
「玲はいい子だな。」
「そうだな、宏。」
「いい子だし、頭も良い。」
「玲は、頭は悪いぞ。」
「そうなのか、結城。」
「中学の時。俺とあの二人の中では、玲が一番ペケだったぞ。」
「知らなかった。」
「努力したんだよ、玲は。」
 そう告げる結城は、どこか優しかった。玲は頭が良かったのではなく、良くなった。彼女は努力家なのだろう。昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、僕は自分の席に戻った。
 部活が終わった放課後。僕は未だに部室にいた。ドアの開く音がして顔を上げると、玲が立っていた。
「話しって、何。」
「この前のことなんだけど。」
 この前。何だろうか。
「私も、宏のことが好きだよ。」
「え。」
「でも、一緒に出かけたりとか、彼女らしいこととかできないかもしれないし。それに。」
 僕は玲を抱き寄せた。
「宏。」
 玲が不思議そうに、聞いてきた。
「何もいらない。ただ、君が。玲がいてくれたら、それだけでいい。」
「ありがとう。」
 二人で帰る帰り道が、こんなにいいものだとは思わなかった。
「今日はどうするの、玲。」
「自分の家に帰るよ。週末からまた、向こうの家に籠もるから、その準備とかするの。」
「そっか。その時には呼んでくれよ。手伝うから。」
「ありがとう。」
 玲は笑って答えた。
「一人で作業しているのも寂しいから、来てくれたら嬉しいな。」
「行くよ。」
 玲を手伝えるなら。と心の中で付け加えた。
「今日はありがとう。また明日ね。」
「また明日。」
 手を振り、去っていく背中を見つめた。
 柏木玲。
 彼女は僕にとって、部活の部長で、親しい人で。大切な人だ。これからも、こんな日々が続けば良いのだけど。
 だけれども、現実は時としてあまりにも残酷過ぎる結果を残していく。玲の過去は、この時の僕は知るはずもなかった。そのことがきっかけで、今の玲がいることも。ただこの時、淡い想いを抱いていただけだった。
「もう、三年が経つね。早いな。」
 花束を踏切の近くに置き、手を合わせた。今でも思い出すと、後悔ばかり。
「何であの時。」
 何もしてあげられなかったのだろう。
 家族ではなく、同級生。だけど、こんなことになるとは。
「行かないと。」
 涙を拭い、自転車で去った。過去と向き合わなければ未来には進めない。だけど、いつまでも過去を見ていてはいけない。
「ただいま。」 
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