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いやみ

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第三章

「驚いた?」
「爺さん女装かよ」
「女装じゃないよ」
 老人は孝雄に笑ったまま答えた。
「後ろ姿は完全に別嬪さんだっただろ」
「だから驚いてるんだよ」
「ははは、それで驚いているのを見るのがわしの楽しみじゃ」
「趣味悪いな、おい」
「気にするな」
「気にするよ」
「じゃあまた会おうな」
 老人はこう言うとだった。
 孝雄そして彼と一緒にいる久美に背を向けて左手で別れの挨拶をして去っていった。孝雄はその老人の背中に二度と会うかと言ったが。
 久美はその彼に落ち着いて言った。
「あれいやみだから」
「いやみって出っ歯でおフランス帰りだろ」
「シェーーーーッて言う」
「いつもせこい悪事やって自業自得の展開になる奴だろ」
「それは漫画のキャラクターで」
 久美はあっさりと返した。
「私が言ったのは妖怪なの」
「あの爺さん妖怪かよ」
「そうなの」
 やはりあっさりとした口調で言う。
「この辺りじゃ何度か出てるから」
「そうなのかよ」
「私も二三回会ったし」
「妖怪がうろついてるんだな」
「驚かせるだけで悪いことしないから」
 このことは大丈夫だというのだ。
「安心してね」
「しかし趣味の悪い奴だな」
 人を驚かせるからとだ、孝雄はその妖怪が消えた方を見たまま言った。
「本当に」
「それはね、けれどそれだけだから」
「襲ったりしないからか」
「安心してね」
「糞っ、気晴らしに風呂に行くか」
「うちの店にね、じゃあその時に」
 久美はまだ怒っているが気晴らしと言い出した孝雄にさらに言った。
「お家まで送ってね」
「ああ、それは絶対にするからな」
「それじゃあね、あとね」
「あと。何だよ」
「また駅で会った時はお願いしていいかしら」
 孝雄をくすりと笑った顔で見つつ言ってきた。
「そうしても」
「えっ、いいのかよ」
「また一緒になったらね」
 その時はというのだ。
「いいかしら」
「ああ、三森がいいって言うならな」
「それじゃあね」
「その時また宜しくな」
 孝雄は久美の言葉に頷き彼女を家まで送ってからスーパー銭湯に入った、そこですっきりしてから自分の家に帰った。
 そしてこの日のことが縁となって二人は付き合うことになった、だが孝雄は久美を交際する様になっても彼女を家まで送る時は言うのだった。
「あの妖怪に今度会ってもな」
「もう驚かないのね」
「驚いたら負けだと思ってるからな」
 だからだというのだ。
「絶対に驚くか」
「意地になってる?」
「なってるさ、二度とそうなってたまるか」
 こう言いつつ久美を彼女の家まで送る、二人の手を絡み合わせた状態で。


いやみ   完


                 2020・4・29 
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