遊戯王BV~摩天楼の四方山話~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ターン25 熱血指導、大熱血
前書き
前回のあらすじ:八卦九々乃、公式戦初試合。
「やりました、お姉様!見ていてくださいまし……た……か………」
一礼を終えてもしばらく鳴りやまなかった拍手が落ち着き、満面の笑みでぱたぱたと降りてくる少女。その狙いは当然、自身が誰よりも敬愛し親愛するお姉様。勝利の高揚は一時的に、先ほど試合中に感じとっていたお姉様の激昂のことすらも忘れさせていたらしい。
「それで?八卦ちゃん、何か言うことは?」
真正面からそれを見つめる糸巻の言葉は、これまで少女が聞いたこともないほどに平坦な声だった。怒り、心配、焦り……そして、それ以外の何か。あらゆる感情がこもっていながらも、その全てを力づくで抑えつけているかのような爆発寸前の声。目だけがまるで笑っていないにっこり笑顔の後ろ、その死角ではこの少女を「特別ゲスト」としてしれっと参加させた共犯者の清明が「とりあえず逃げて」と真剣な目でジェスチャーを送っている。
そうしたいのはやまやまだったが、しかし駄目だ。絶対に、このお姉様からは逃げられない。それは理屈ではなく本能であり、この女がその現役時代の二つ名に夜叉の称号を贈られた理由を真に思い知った瞬間だった。
「勝手な真似をして、すみませんでした……」
いくつものもっともらしい言い訳が、数秒の間にくるくると少女の脳裏を駆け巡る。しかし最終的にそのどれも採用することはなく、精一杯の誠意を込めて頭を下げた。少女たちの行動を差し引いてもそれだけ糸巻の様子は妙であり、何かわからないなりにそこに何かを感じ取ったからだ。
一言も口にしない糸巻に、ひたすら頭を下げ続ける少女。もしそれで糸巻の態度が軟化するというのならば、たとえ10時間でもそうしていただろう。もっとも、その不毛な時間はそこまで長くは続かなかった。2人の間に、呆れたような声が割って入ったからだ。
「これ、そこな妖怪生意気乳女。黙って見ておれば、一体幼子相手に何をやっておるのかえ」
「ん……ああ、時代錯誤のお姫さんか。悪いが、これはアタシとこの子の問題なんでな」
そこに現れたのは、赤い和装と黒地に金の特注デュエルディスクを持つ女性。つい先ほどまで先輩デュエリストとして少女と激闘を繰り広げた笹竜胆である。邪険な糸巻の態度もどこ吹く風と軽く流し、上品に手で口元を隠しながらこれ見よがしに芝居がかったため息をついてみせる。
「お主も変わったものだのう。以前のお主ならば此度のような勝手を怒るどころか、むしろ自分から率先して参加者に放り込んでいたろうに。のう?」
「……さーな」
そっけない返事だったが、笹竜胆はそれで何かを確信したらしい。満足げに頷くと次いでつ、と伸ばした手でいまだ下がったままの少女の頭を持ち上げ、その背筋を伸ばさせる。
「都合が悪いと視線を外し、後ろめたいと口数が減る。お主、現役時代から続くその癖も直さずによく公僕が務まるものだのう。それにまったく、お主もお主じゃぞ」
あっさりと言い捨てると、今度は起こしたばかりの少女へとその矛先を向ける。
「私……ですか?」
「うむ。お主は勝者、それもこの『十六夜の決闘龍会』に正々堂々と戦い勝利を収めたほどのものじゃ。それが、こんな乳ごときに恐れをなしておってはいかんのう。もっと胸を張り、見せつけてやるがよい。こやつのようにただ下品に大きければいいというものでは……もとい、実力のある者が舞台に上がって何の不都合があるのか、とな」
冗談交じりの言葉をそこで一度切り、意味深な流し目を送り付ける。その目は言葉よりもずっと雄弁に、お主が何か隠していることは承知の上じゃぞ、と告げていた。視線と視線がかち合って、両者の間で見えない火花を散らす……しかし、それもほんのわずかな間だった。どうあっても外れようとしない笹竜胆の眼力に観念し、糸巻が不服そうに低く唸る。その事実上の降参宣言を最後に、ふっと彼女の肩の力が抜けた。
そして心配そうに見つめる少女へと笑い返したその笑顔は、少女にとってはすっかり見慣れた、ぶっきらぼうだが優しく温かいものに戻っていた。
「……わかったよ、これだからアンタは苦手なんだ。八卦ちゃんも悪かったな、アタシも別にあの飛び入り参加が悪いっつって怒ってるわけじゃないさ。ただ、今回はちょっと時期が悪くてな」
「おおかたまた面倒事でも引っ張ってきたのであろう?せっかくじゃ、わらわたちにも一枚噛ませてもらおうぞ。何を企んで居るかは知らぬが、ここまで来てはもはや無関係ではあるまいて」
「わーった、わーったよ。遊野、アンタは司会やっといてくれ。たった今聞かせたばっかの話だからな、別にアンタはここにいなくても大丈夫だろ」
「はいはい」
肩をすくめ、するりとその場を後にする。背後で糸巻が声を潜めて先ほど自分にした話を繰り返しだしたのを感じつつ、ならば少しでもそこに観客の視線を向けさせないようにするのが最善かと頬を張って気合を入れ直す。
「はーい、皆様お待たせいたしました!それではいよいよ第三試合、これより開幕です!」
素早く客席を見渡し、反応を確かめる。最初の時より、やや反応が鈍ってきているだろうか。単純に連戦も3回目ということで見ているだけの客側にも疲れが出てきているというのもあるだろうが、今回の対戦カードもそれに拍車をかけている、そう彼は判断した。
なにせこれまでの試合と違い、この対戦カードときたら両者とも圧倒的に華というものがない。なまじこれまでがそれぞれタイプの違う美女や美少女3人と上品な老紳士とかなり顔面偏差値の高い組み合わせばかり続いてきていたのに対しかたや目つきの悪い、べったりとした前髪を額に垂らす全体的に陰気な男。かたや熱血と無意味に力強い書体で描かれたTシャツの上から革ジャンという、あまり服装には無頓着な清明でさえ仮にも公共の試合を舐めとんのかおのれはと言いたくなるような兄ちゃん……おまけにその兄ちゃん、厳密にはプロですらない無名中の無名である。おかげで彼も入場用の口上のネタを探すのにえらく苦労したものだ。
「さあ、それでは!毎度恒例の選手紹介と洒落込みましょう!」
しかも糸巻から聞いた話によると、恐らくこの試合はどちらかが無事では済まないだろう。さりげなく左手に付けた腕輪の位置を調整し、いざという時にデュエルディスクとして展開しやすい位置に移動させておく。
「まずはこちらの方から参りましょう。唸る剛力、絶対的な男のロマン。『ワンショットキラー』、蛇ノ目龍作さんです!」
「……」
紹介を受けた陰気な方の男が、挨拶どころか会釈のひとつもせずに爬虫類じみた目であたりをねめまわす。その視線にどこか空恐ろしいものを感じながらも、続けてそれと相対する熱血シャツの男へと視線を移した。
「……続きまして、なんとこの方厳密にはプロデュエリストではございません。ですが、その位置にかつて最も近かった男。今はなきプロデュエリスト養成施設の名門、HEATデュエルコーポレーションは元主席……」
「ええい、そんなの昔の話だ、まどろっこしい!熱血の前に熱血あり、熱血の後に熱血あり!熱血指導隊長、夕顔燃!いざ尋常に、勝負しろ!」
「師匠!頑張ってくださーい!」
「応、任せておけ少女!先ほどのお前の熱血魂、この目でしかと見せてもらったぞ!」
せっかく探し出した口上の途中に割り込んで飛び出し、びしっと正面の蛇ノ目を勢いよく指さす夕顔。さらに背後からは糸巻の話をぶった切ってまで声援を送る八卦まで出てきて、この時点で清明もこれは収拾がつかないと完全に見切りをつけた。無理に司会を継続することを諦め、ひっそりと舞台の端の方へと引き下がる。
そしてツッコミ役がいなくなったことで、いよいよ夕顔の独壇場は止まらない。普段の彼ならばここからさらに暑(苦し)く燃え上がってその熱血っぷりをいかんなく発揮するところだが、この日ばかりは勝手が違っていた。限界まで手を伸ばしてまっすぐに指さしたポーズのまま、険しい顔で問い詰める。
「だが、お前!お前にはこの熱血指導の前に、ひとつどうしても確認しなくちゃならないことがある」
「ほう?」
短い言葉だが、人を小馬鹿にしたような調子。目の前の相手を見下していることを、隠そうともしない視線。ますますその表情を険しくしながらも、夕顔は事態の核心に踏み込んだ。
「朝顔さんを襲ったのは……いや、あの人だけじゃない。ロベルトさんを、青木さんを!それから確か、一本松とかいう奴も同じ手口らしいな。あのデュエリスト襲撃事件は、お前の仕業なのか!俺が知りたいのは、それだけだ!」
血を吐くような激情を込めた問いに、事態の呑み込めていない観客を含め会場全体が沈黙に包まれる。
「ふっ」
針一つ落ちただけでも音が響きそうなそれを最初に破ったのは、蛇ノ目の皮肉げに歪んだ口元から堪えきれないとばかりに漏れた短い笑いだった。目を閉じて愉快で仕方ないと言わんばかりに肩を揺すって無言の冷笑を浮かべ、その発作が収まったころにようやく冷たい目が開く。
「さて。そうだ、と言ったらどうなるかね、若造?」
「……っ!お前は俺が、俺の熱血指導が打ち倒す!言い訳なんざ聞く気はねえ、それだけだ!」
あまりにもあっさりとした肯定に、夕顔の目が見開かれ……ワンテンポ遅れ、その目の中に怒りが満ちていった。指が白くなるほどにその拳を握りしめ、歯が折れそうなほどに力を込めて食いしばる。
無論、糸巻たちデュエルポリスもその告白をただぼさっと聞いていたのではない。すぐさまイヤホンを片耳に突っ込んだ糸巻が、地下上水道の鼓に向けて小型マイクで連絡を飛ばす。
「聞こえたな、鼓!やっぱり奴だ、蛇ノ目の糞野郎だ!」
『ああ、私にも聞こえたとも。お前はそのまま見張ってろ、すぐに奴のこの町での動きを割り出してやる』
それっきりで言葉は途切れたが、猛然としたスピードのタイピング音がわずかに聞こえてくる。いうなれば、今の蛇ノ目の肯定は彼女たちへの宣戦布告。これまでは下手なことをして察知されるとその場で大量の爆発物カードを実体化されかねないという弱みを握られていたためあまり大きく動くことはできなかったが、デュエル中ならば話は別だ。
運び込まれた大量のカードを、ここに蛇ノ目は持ち込んではいない。それはつまり、彼が単独犯ではないということを示している。彼はあくまでも荒事担当、糸巻たちの相手をするのが主な役割だろう。大量のカードに囲まれて起爆の時を今か今かと待つ爆破役は、別にいる。
「巴さんには悪いが、今回ばっかりは朝顔さんの仇だ!進化した俺の熱血指導で、骨も残さず燃やし尽くしてやるぜ!」
「燃やし尽くす、か。俺に言わせればくだらん若造の火遊び程度だが、付き合ってやろう」
「火遊びかどうか、灰になってからもういっぺん考えな……!」
そしてこのテロリストの狙いが巴率いる同業他社との抗争、及びデュエルポリスの権威の失墜だというのならば、数日前に鼓が指摘した通りその起爆タイミングはひとつ。最大限彼女たちの顔に泥を塗ることができるとき、すなわち彼女たち全員をデュエルという土俵で打ち破ったその瞬間だ。それより前では意味がないが、もしそれ以前の段階で追い詰めていたら破れかぶれになって爆発ボタンに手をかけていたかもしれない。
要するに、実質的に彼女たちはずっとこの辺一帯の人間すべてを人質として取られていたようなものだったのだ。
「「デュエル!」」
しかし、今ならばそのリスクは限りなく低い。ひとたびデュエルが始まってしまえば、絶対に無効化できないデュエルディスクのブラックボックスのひとつである「特殊な事例を除くデッキ外からのカード遮断機能」が自動適応され、ここにいる蛇ノ目まで一緒に吹っ飛んでしまうからだ。どれだけ防御カードをかき集めていようが、それが意味を成すのはあくまでその実体化ができるという前提ありき。それが意味をなさないうちは、起爆ボタンは押されない。
無論、最初からデッキにそのカードを仕込むという手もある。だが、それはありえない。そんな不純物を入れた状態で勝てるほど、彼に倒された面々は甘い相手ではない。それは糸巻のみならず、鼓と巴も認めた彼女らの共通認識だった。
そして今、ついに反撃の狼煙は上がった。鼓がこの町に来て以降の蛇ノ目の足取りを清掃ロボ群の膨大なデータから漁り、復讐に燃える巴が初手から全力で展開を開始する。
「うおおおおおっ、燃えろ、俺ぇ!新・熱血指導デッキの力を見せてやる!」
「エクストラデッキ、計6枚か。どうした、金がなくて強欲で金満な壺が1枚しか入手できなかったのか?」
「その言葉の屈辱、すぐに倍にして叩き返してやるよ!来い、銀河の魔導師!」
銀河の魔導師 攻0
「出ました、師匠のデッキのキーカード!」
純白の衣に身を包む魔法使いの姿に、ぐっとガッツポーズする少女。あのカードがどれほど彼のデッキの核だったかは、たった1度とはいえ直に戦った少女が誰よりも知っている。しかしその次に繰り出されたのは、少女も知らないカードだった。
「そして手札より、未界域のビッグフットの効果を発動!手札のこのカードは1瞬だけその姿を見せたのち、また手札の中に隠れちまう。そして相手プレイヤーは俺の手札から1枚を選び、もし隠れたビッグフットを発見することができたらこいつは捨てられる。だがここでビッグフット以外のカードを選んだ場合、そのカードが捨てられる代わりに身を隠したビッグフットはフィールドに躍り出て、さらに1枚ドローすることができる!俺の手札は当然4枚、確率は4分の1。さあ、選んでもらうぜ!」
「茶番だな。一番右だ。そしてその発動にチェーンし、手札から増殖するGの効果を発動。このカードを捨てることで、お前がこのターン特殊召喚を行うごとにカードを1枚ドローする」
「はっ、俺が茶番なら、お前はとんだお笑いだな。ひとつ教えておいてやろう、相手のドローごときを怖れては、熱血の名が泣くということをだ!」
にやりと笑い、選ばれたカードをつまみ上げる夕顔。ゆっくりとそのカードを……そして、その隣のカードをひっくり返して見せつける。
「そして残念だったな、お前が選んだのは魔法カード、RUM-アージェント・カオス・フォース!よってこいつを捨てるかわりに、ビッグフットの召喚は成立だ!」
未界域のビッグフット 攻3000
棍棒を手に持つ巨大な野人が、獣じみた雄たけびと共に巨体に似合わぬ身のこなしでフィールドに着地する。
「特殊召喚の成功により、カードをドローする」
「そしてまだ、まだだ。さらに手札から、未界域のツチノコの効果を発動!こいつもビッグフットと同じく最初の目撃情報の後にはまた俺の手札に身を隠し、お前が再発見に成功すればそのまま捨てられる」
ここでニヤリと笑い、一言言い添えた。
「もっとも、ツチノコにはさらに固有効果がある。手札から効果で捨てられた時、自身を特殊召喚できる効果がな」
つまり選ぼうが選ばれまいが、どうあってもツチノコはフィールドに現れるのだ。今度は蛇ノ目もツチノコのカードを引き当てたが、ドロー効果を阻止したというだけでフィールドだけ見ればそこには何の意味もない。
未界域のツチノコ 攻1300
「さらにもう1枚、ドロー」
「言っただろう、俺はそんなもの恐れはしない!そして俺の熱血は、ここまでが下準備にすぎーん!魔法発動、ギャラクシー・クイーンズ・ライトオオオォォッ!」
「出ましたね、師匠の必殺コンボ!」
なぜか後ろで小躍りする少女の声援を背に受けて、ビッグフットの元に銀河の魔導師とツチノコが集う。
「このカードは発動時に俺のフィールドからレベル7以上のモンスターを選択し、全てのモンスターのレベルをその数値に合わせる!ビッグフットのレベルは8、よって俺の場のモンスター3体のレベルは全て8となる!」
銀河の魔導師 ☆4→8
未界域のツチノコ ☆4→8
「朝顔さんたちの仇、絶対に許さん!今こそ爆発しろ、俺の熱血!俺は、レベル8の未界域のビッグフット、未界域のツチノコ、そして銀河の魔導師で……オーバーレイイィ!」
3体のモンスターが燃え盛る炎のかたまりとなって螺旋を描き、天へと昇り落下する。そして生じる大爆発は、彼の心を映しているかのように真紅に燃えていた。
「俺の心の炎が今、燃えて轟き叫び出す!立てばファイヤー座ればヒート、歩く姿はバーニング!エクシーズ召喚、ランク8ッ!熱血指導王……ジャイアンンンン……トレエーェェナアァァーッッ!」
☆8+☆8+☆8=★8
熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800
剣道、野球、空手道、その他あらゆる武道やスポーツを思わせる意匠が散見する青を基調としたプロテクターで全身を包む巨人が、地響きと共に着地する。フルフェイスガードの下で、その瞳が光を放つ。
「増殖するGはまだ生きているぞ」
「そんなこと問題ではない、俺の墓地に存在するアージェント・カオス・フォースの効果を発動!このカードが墓地に存在し、俺の場にランク5以上のモンスターエクシーズが現れた時!墓地のこのカードはデュエル中に1度だけ、手札に回収することができる!」
その言葉通り、アージェント・カオス・フォースのカードを見せつけてから手札に戻す。ここからが彼の真骨頂、熱血指導の開幕だった。持ち主の熱い心に応えるかのように背中から竹刀を引き抜いた巨人が、自分の周りを衛星のように浮遊する3つの光球のうち1つめがけて力強く振り下ろして破壊した。
「朝顔さんたちにやったように、燃え尽きる覚悟はできているか?ジャイアントレーナーの熱血効果発動!オーバーレイユニットを1つ使い、運のデッキからカードを1枚ドロー。そのカードがモンスターカードだった場合、相手に800ポイントのダメージを与える!熱血指導イチの太刀、青春!」
熱血指導王ジャイアントレーナー(3)→(2)
もはや叫ぶことすら忘れて頬を紅潮させたまま事の成り行きを見つめる少女と、目の前のテンションについていけず呆然としている大部分の観客。その中央でただひとり熱く燃え上がる夕顔が、力強くデッキの一番上からカードが引き抜いた。
「ドローカードは……未界域のサンダーバード、モンスターカードだ!喰らえ、800のダメージを!」
蛇ノ目 LP4000→3200
突如として蛇ノ目の足元の地面が割れ、炎がそこから吹き上がりその体を焼く。その様子を見て、臨戦態勢のまま戦況を見つめていた糸巻の目が獲物の姿を捉えた肉食獣めいて光った。たとえ表情ひとつ変えずとも、今のダメージが実体化していたことは間違いない。つまり巴から強奪された新型「BV」は、蛇ノ目のデュエルディスクに組み込まれている可能性がかなり高いわけだ。
「まだまだまだあ!ジャイアントレーナーは自身の熱血効果を、1ターンに3度まで使うことができる!次のオーバーレイ・ユニットを取り除いて熱血指導ニの太刀、闘魂!」
熱血指導王ジャイアントレーナー(2)→(1)
竹刀を背に収めた熱血指導王が次に取り出したのは、その巨体に見合ったすさまじい太さと長さを誇る鋼鉄製のヌンチャクだった。片方の端を手に持ち遠心力をつけてその場で縦横無尽に振り回す演舞を一通り行うと、鎖がこすれ合う金属音を微かに響かせながら次の光球を狙いすまして殴打する。
「ドローカードは……ジュラゲド、モンスターカード!喰らえ800のダメージを!」
蛇ノ目 LP3200→2400
「……」
「まだまだ折り返し、ジャイアントレーナーの熱血効果発動!熱血指導サンの太刀、愛!」
熱血指導王ジャイアントレーナー(1)→(0)
そして巨人が最後に選んだ得物は、鈍い光沢を放つよく使い込まれた金属バット。大地を大股で踏みしめて素振りも何も行わずにいきなり放たれた腰の入ったフルスイングが、手ごろな位置に浮かんでいた最後の光球を千本ノックさながらに打ち据えた。
「ドローカードは……どうだ、これが新・熱血指導デッキの底力!モンスターカード、未界域のツチノコ!喰らええぇ、800のダメージを!」
蛇ノ目 LP2400→1600
「3回連続でモンスターカードを引き当てるなんて……!さすがです、師匠!」
「ふっ、驚くにはあたらないぞ少女よ。俺のこの新・熱血指導デッキは、見ての通りこの未界域モンスターたちの力によって文字通りに生まれ変わったからだ!手札が多ければ多いほど高い確率でノーコストでの特殊召喚が可能となるこいつらは、しかもおあつらえ向きにビッグフットをはじめとするレベル8のカードまでカテゴリ内に内包している。つまりこれらのカードを大量投入することによって熱血指導王のエクシーズ召喚精度はそのままに、モンスターカードの比率を極限まで高めることに成功したのだ!これにより、このような連続バーンもいとも簡単に成功するようになった……なんて言うと思ったかああっ!」
「え、ええっ!?」
珍しく馬鹿の一つ覚えな精神論ではない論理的な理由を出してきた、かと思いきや激昂した様子でいきなりそれを自分から否定する夕顔。これはこの場の誰も知る由はないのだが、普段からこうやってボルテージが上がりすぎたタイミングで適切に水を差してくれていた朝顔というブレーキ役の不在は、こんなところにまで影響を及ぼしていた。
「いいか少女よ、覚えておけ!俺の熱血指導に、そんなくだらない確率の問題などは二の次、三の次だ!今俺がモンスターを引くことができたのは、ひとえに俺の熱血魂!熱く燃え滾る怒りと熱血にこのジャイアントレーナーが、そしてこのデッキが、全力をもって応えてくれた、ただそれだけだ!」
「し、師匠……!」
こんな緊迫した事態の真っただ中でさえ繰り広げられる、本人たちだけは大真面目なツッコミ不在の熱血劇場。黙って聞いているうちに頭が痛くなってきた糸巻がふと横を見るとわかるわかると言いたげに深々と頷く清明が目に入り、そういえばコイツもそっち側に片足突っ込んだ人間だったと思い返す。
「そして熱血は今、進化する!俺は手札の魔法カード、RUM-アージェント・カオス・フォースを発動!このカードは俺のフィールドに存在するランク5以上のモンスターエクシーズを対象として発動し、ランクが1つ上のCX、またはCNo.へとランクアップさせる!俺はランク8のジャイアントレーナーで、オーバーレイネットワークを再・構・築!」
素材を使い果たしたジャイアントレーナーが真紅の光の塊となり、さらなる力を得てその姿を変化させる。夕顔の叫びは、ほとんど獣じみていた。
「もっともっと、燃え上がれ!限界なんざ飛び越えて、熱血の果てのその先へ!唸り貫け熱血道、世界を染めろ俺の魂!カオス・エクシーズ・チェンジイイィィィ!」
「あれは、師匠のエースモンスター……!」
「CX!熱血指導神!今こそ出でよ、俺の魂!アルティメットレーナー、ここに在り!」
CX 熱血指導神アルティメットレーナー 攻3800
攻撃力3800を誇る大型モンスター、アルティメットレーナー。対峙する蛇ノ目が顔色一つ変えず冷めた目で増殖するGの効果によってカードを引きつつ見つめる中、肩で息をしながらも夕顔が最後の一撃に打って出る。
「ぜえ、ぜえ……さあ、どうだ!行くぜアルティメットレーナー、もう少しだ!アルティメットレーナーの超熱血効果、発動!このカードがモンスターエクシーズをオーバーレイユニットとしている場合、オーバーレイユニットを1つ使い、自分のデッキからカードを1枚ドロー。そのカードがモンスターカードだった場合、相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!熱血指導ヨンの太刀、熱血!」
アルティメットレーナーがその6本の腕に炎を纏い、星も砕けよとばかりにその拳を大地に叩きこむ。飛び散った炎の欠片が夕顔の腕に燃え移ったが、当の本人はそんなもの気にした様子もなくメラメラと赤熱した腕をデッキに置く。
「うおおおおお、受け取れえええっ!これが、俺の!熱血指導だああっ!」
燃え盛る腕が振り抜かれ、炎の軌跡を描きつつ最後のカードを引いた。そして炎に照らされそこに浮かび上がるカードの名を、高らかに宣言する。
「モンスターカード、銀河の魔導師!喰らえええ、800のダメージを!」
蛇ノ目 LP1600→800
力尽きるどころかむしろますます勢いを増して燃え盛る右腕はそのままに、ほとんど狂気の域に踏み込むほどに強い光をたたえた瞳があくまで冷めた態度の蛇ノ目を睨みつける。
「ありがとうよ、ジャイアントレーナー……それに、アルティメットレーナー。俺はこれで、ターンエンドだ」
「そうか、長い茶番だったな。しかしいくら貴様が熱血を語ろうと、俺の操る真の炎の前にはその熱も線香の光にすら及ばない程度のものに過ぎない。それを今から教えてやろう……ドローだ」
展開を優先した夕顔は先のターンで増殖するGの効果による4枚ものドローを許していたため、これで蛇ノ目の手札は9枚。いまだ腕を燃やしたまま警戒する彼の眼には、確かに目の前の相手がまたしても冷笑を浮かべるのが見えた。
「儀式魔法、ジャベリンビートルの契約を発動。手札からレベル合計が8以上になるようにリリースすることで、同じく手札のジャベリンビートルを儀式召喚する」
「ジャ、ジャベリンビートルうぅ?」
あまりにも予想外のカード名に、素っ頓狂な声を出す夕顔。聞いたことのないカード、だからではない。むしろその逆であり、それはデュエルモンスターズというカードゲームの中でもその黎明期から存在する、由緒正しい太古の儀式モンスターの1体の名だ。
しかしそれは、有り体に言ってしまえば現代のカードパワー相手には分が悪いと評せざるを得ない。特別なコンボや専用サポートのあるわけでもない、時代の影にひっそりと隠れつつあったカード。裏を返せば、おカードを選んでデッキに入れるだけの理由があるということだ。最初の意表を突かれた驚きが少し冷めると、警戒心がより一層強くなる。
「レベル2の増殖するG、同じくレベル2のラーバモス、そしてレベル4の地雷蜘蛛。この3体を手札からリリースし、儀式召喚」
「増Gと地雷蜘蛛はまだしも、今度はラーバモスか?ったく、何考えてんだかわかんねえな」
ジャベリンビートル 攻2450
憎まれ口とは裏腹に、その表情は険しい。この作業の最終地点はどこなのか、その狙いは何なのか、なぜ朝顔はこのデッキに敗北したのか……いずれの疑問にも答えは見つからず、何も見えてこないからだ。
「手札からグレート・モスを捨て、使神官-アスカトルの効果を発動。このターンにシンクロモンスターしかエクストラデッキから特殊召喚不可となる代わりにこのカードを守備表示で特殊召喚し、さらにデッキからチューナーモンスター、赤蟻アスカトルを特殊召喚する」
使神官-アスカトル 守1500
赤蟻アスカトル 守1300
「アスカトル……まさか、テメエ!」
次いで繰り出されたモンスターを呆然と見つめていた夕顔が、何かに気づいたように声を荒げる。それを見た蛇ノ目はただ、やっと気が付いたかと言わんばかりに口の端を歪めて笑った。
「ああ、その通り。これはあの男の……朝顔のカードだよ。敗者にはもったいないカードだったんでな」
「この野郎、朝顔さんを病院送りにしただけじゃねえ、そのカードまで盗みやがっただと……?ふざけんじゃねえ、デュエリストのデッキがどれだけ大事なもんか、わかっててやってんのか!?」
その時不可思議なことが起こり、間近にそれを見ていた少女は息を呑んだ。いまだ燃えている夕顔の右腕の炎が、その叫びと共に突然その勢いを増して膨れ上がったのだ。
それはあるいは、折よく吹いた風によって酸素が供給されたことによる偶然の産物だったのかもしれない。しかし少女にはまるで、その炎を彼の右腕にもたらしたアルティメットレーナーが、彼の怒りの爆発に呼応してその火力を跳ね上げたかのように見えた。かつて清明から聞いたカードの精霊の話や、ついさっき夕顔本人が口にしていたデッキが応えてくれた、との言葉がその脳裏に蘇る。
「モンスターゲートを発動。ジャベリンビートルをリリースすることで通常召喚可能なカードが出るまでデッキを上からめくっていき、最初に出たそのモンスターを特殊召喚する。1枚目、儀式の下準備。これは魔法カードだから墓地に。2枚目、ジャイアントワーム。これはレベル8のモンスターカードだが、通常召喚不可能な特殊召喚モンスターだからやはり墓地へ。3枚目、ジャベリンビートルの契約。これも魔法カードだ、4枚目」
あれだけのカードを使って儀式召喚されたジャベリンビートルをあっさりと切り捨て、モンスターゲートが蛇ノ目の場に開く。異空間に繋がる向こう側の見えない穴に次々とめくられたカードが投げ捨てられ、そして4枚目のカードがめくられた。
「レベル4モンスター、斬機マルチプライヤー。よってこのカードを特殊召喚する」
斬機マルチプライヤー 攻500
穴の向こうの異空間から、鈍い光沢を放つ金属の戦士が現れる。その背後では役目を果たしたモンスターゲートが、揺らいで宙に消えていった。
「昆虫軸【推理ゲート】……だが、読めねえな。ありゃサイバース族だ、ここにきて昆虫族ですらない、だと?」
糸巻の呟き通り、ここまでで蛇ノ目の使用したカードはほとんどが昆虫族の特殊召喚モンスター。名推理やモンスターゲートといったカードで大量に特殊召喚モンスターを墓地に送り込み、それを利用して戦う【推理ゲート】は、それなりに歴史と伝統のあるデッキのひとつとして彼女もよく知っている。その水増しのために、わざわざ唯一の昆虫族儀式モンスターであるジャベリンビートルもデッキに組み込んでいたのであろう。
だが、その着地点がサイバース族に関連した効果の持ち主であるマルチプライヤーというのはどういうことなのだろうか?
厄介なことに蛇ノ目に関しては、彼女の過去の知識も何の役にも立ちはしない。あの男はかつてのプロデュエリストとしては珍しく、決まったデッキを持たないことで知られていた男だった。毎回のように手を変え品を変え彼が固執し続けたただひとつの軸は、その二つ名の由来ともなったワンショットキル。ただ一撃をもって相手のライフをすべて奪い取る、そこに全てを賭けるようなデュエリスト。ゆえに、今回はどこを通したら致命傷となるのかは見当もつかない。そもそも彼女にも、彼のこのデッキが何を目指しているのかはいまだ理解できていないのだ。
「レベル5の使神官に、レベル3の赤蟻アスカトルをチューニング。シンクロ召喚、レベル8。シンクロチューナー、炎斬機マグマ」
☆5+☆3=☆8
炎斬機マグマ 攻2500
エンターテイメントの一環としてプロの世界ではすっかりお馴染みだったシンクロの口上すらない、あまりにも淡泊な召喚。それは、このマグマでさえ中継地点に過ぎないことを言外に物語っていた。そして案の定、そのマグマも素材として墓地に送られる。
「レベル4の斬機マルチプライヤーに、レベル8の炎斬機マグマをチューニング。ちっぽけな羽虫の一飛びが、強固なる要塞を突き崩す嵐となる。シンクロ召喚、レベル12。すべてを打ち砕け、B・F-決戦のビッグ・バリスタ!」
☆4+☆8=☆12
B・F-決戦のビッグ・バリスタ 攻3000
デュエルモンスターズのカードに記載される中では最高位である12ものレベルを誇る、巨大な昆虫要塞。その体と一体化した圧倒的質量と迫力の弩が、その先端を鋭く閃かせる。
「ビッグ・バリスタ……!」
「効果発動。このカードが特殊召喚に成功した時、墓地の昆虫族モンスターをすべて除外することで相手モンスター全ての攻守は除外されている自分の昆虫族モンスター1体につき500ダウンする。ビー・エフェクト・テンペスト」
ビッグ・バリスタがその羽を振動させると、その体内から幾重にも重なった無数の羽音が一斉に響く。不気味な振動が空気を震わせるその光景を前に苦悶し、その場に崩れ落ちていくアルティメットレーナーの巨体を一瞥し、糸巻は舌打ちした。
「まずいな。アイツのアルティメットレーナーはあらゆる効果の対象にならないが、それ以外には無力。しかも奴の墓地には、今……」
「俺の墓地には増殖するG2枚、ラーバモス、地雷蜘蛛、グレート・モス、ジャベリンビートル、デビルドーザー、赤蟻アスカトルの8枚の昆虫族がいる。これをすべて除外することで、お前の散々自慢したそのモンスターは無力となる」
「ア、アルティメットレーナー……!」
CX 熱血指導神アルティメットレーナー 攻3800→0
悔し気に歯噛みする夕顔だが、すぐに気持ちを切り替える。確かに攻撃力こそ0にされてしまったが、まだ彼の手には先ほどジャイアントレーナーによってドローしたジュラゲドのカードが存在する。バトルステップ中に任意のタイミングで特殊召喚できライフを1000回復するこのカードがあれば、彼のライフは実質5000。蛇ノ目の手札1枚が今から特殊召喚して追撃を可能とするモンスターやビッグ・バリスタを強化する何らかの手段だとしても、ビッグ・バリスタの攻撃力3000との合わせ技ではそう簡単に手札1枚から叩き出せる数値ではない……はずだ。
しかしそんな心の動きを見透かしたかのように、冷酷な言葉が突き刺さる。
「なんだ、その様子だとまだ気づいていないようだな」
「何?」
「おかしいとは思わなかったのか?墓地に8体の昆虫族を溜めつつビッグ・バリスタを出したかっただけならば、わざわざマグマを挟む必要はなかった。ビッグ・バリスタの召喚に素材の縛りはなく、最初から使神官、赤蟻、マルチプライヤーの3体をそのまま使うことでもシンクロ召喚は可能だった」
「……!」
息を呑む。確かに蛇ノ目の言葉は正しく、これまでの流れでマグマを出した意味はない。指摘されてようやくその事実に思い至った夕顔に、もっともその神経を逆なでする言葉が投げつけられる。
「ちなみに朝顔は、ビッグ・バリスタを出した時点でその結論に自力で辿り着いていたぞ。もっとも、奴もそこから先の真の狙いにはその目で見るまで気が付けなかったようだがな」
「なんだと……?」
「その理由がこれだ、シンクロキャンセルを発動。ビッグ・バリスタをエクストラデッキに戻し、その素材を墓地から蘇生する」
炎斬機マグマ 攻2500
斬機マルチプライヤー 攻500
「なるほどな。昆虫族の赤蟻アスカトルは、ビッグ・バリスタの効果で一緒に除外されちまう。シンクロ素材がすべて墓地に揃ってないと蘇生効果を使えないシンクロキャンセルを最大限に生かすためには、サイバース族のマグマを間に噛ませるしかなかったってことか」
同じことを疑問に思っていた糸巻も、ようやく得心したように呟く。これで蛇ノ目の場には、再びチューナーとそれ以外のモンスターが計2体。
「レベル4のマルチプライヤーに、レベル8のマグマを再度チューニング。我が復讐の真なる炎よ。研ぎ澄まされし一刀のもと、悲願の覇道を切り開け。シンクロ召喚、レベル12。炎斬機、ファイナルシグマ!」
☆4+☆8=☆12
炎斬機ファイナルシグマ 攻3000
「ファイナルシグマだと!?これでは、俺の……!」
次に起こることを悟り、悔し気に目を伏せる夕顔。勝負が決したことを、すでに彼は知ってしまったのだ。一方でまだ目の前で何が起きているのかよく分かっていないのが幼い少女と、その隣の司会者である。助けを乞うような両者の視線にさらされて、盤上から目を離さないままに糸巻が大きくため息をついた。
「わかったわかった。だけどな、あんまり愉快な話じゃないぞ。特に、八卦ちゃんにはな。ファイナルシグマはエクストラモンスターゾーンにさえいなけりゃ無害な3000打点に過ぎないが、あそこにいるときだけはわけが違う。斬機カード以外の効果を一切受け付けないほぼ完全耐性、そして……相手モンスターとの戦闘によって発生するダメージを倍にする、ライフ破壊能力だ」
「ダメージ倍……そんな、それじゃあお姉様、師匠は、師匠は!」
「ああ、単純計算で6000ダメージ。ジュラゲド込みでも耐えきれる数字じゃねえな」
遅ればせながら状況を理解してみるみるうちに顔面蒼白になる少女をよそに、勝利の確定したはずの蛇ノ目がさらに動く。ファイナルシグマに攻撃宣言をするのではなく、その手はなぜかその墓地へ。
「6000か、まだ足りないな。シンクロ素材として墓地に送られた斬機マルチプライヤーの効果を発動」
「何!?」
次に驚愕の叫びを発したのは、マルチプライヤーの効果も当然頭の中にある糸巻だった。ファイナルシグマが手にした剣から放つ炎の勢いが倍増し、その色も従来の赤から真紅へ、そしてその先の純白へと変化していく。
「マルチプライヤーが墓地に送られた場合、エクストラモンスターゾーンに存在するサイバース族1体を対象とすることでその攻撃力をこのターンの間のみ倍にする。そしてファイナルシグマは、ただ斬機カードの効果のみは受け付ける」
炎斬機ファイナルシグマ 攻3000→6000
「おい、洒落にならねえぞこりゃ……!」
彼女は別に、このオーバーキルそのものに対して怒りを覚えているわけではない。あくまで「魅せ」の一環として、別に使わずとも出せるモンスターや効果をわざわざ使ってより派手に勝負を決めるという考えは彼女にも元プロとして理解できる。あまり敗者への死体蹴りのような真似になるようなことを推奨しようとは思わないが、そこはあくまで適材適所。マナー違反とならない範疇で正しく使うことにより、観客が一層盛り上がるのもまた事実だからだ。
この場合の問題は、このデュエルのダメージが実体化するという点。ファイナルシグマの効果も合わせると、発生するダメージは12000。新型「BV」の力を知る彼女にさえ、いや、むしろその痛みを身をもって知っている彼女だからこそ、その規格外のダメージがどれほどの威力を発揮するのかは想像もつかない。
しかし同時に、ようやく腑に落ちたこともあった。どうして朝顔やロベルトといったこの十数年間を裏の世界で生き抜いてきた猛者たちが、いまだ誰一人目覚めずに集中治療室で生死の境を彷徨うほどの手ひどい敗北を喫したのか。襲撃事件の被害者たちに共通する、目を背けたくなるほどの火傷痕。ライフを守りダメージを抑えるためのあらゆる工夫がまるで通用しない圧倒的なダメージをもって放たれる炎の刃によって、全ての疑問は繋がった。
「……すまねえ、朝顔さん……!」
「案ずるな、今すぐにでも奴の隣に送ってやろう。その温い熱血とやらを、不可逆なほどに破壊しつくしてからな。バトル、ファイナルシグマでアルティメットレーナーに攻撃。Quod Erat Demonstrandum!」
見るからに限界寸前のアルティメットレーナーがそれでもなお立ちあがり、6つの拳を握りしめて雄たけびと共にファイナルシグマとの一騎打ちに挑む。
しかし、勝負の結果はすでに見えていた。もはや立っているだけで奇跡なほどの限界寸前、ただ精神力のみで振るわれた右腕中段の拳を最小限の体さばきだけであっさりと躱したファイナルシグマの白熱する大剣が、大上段からの一撃でアルティメットレーナーの体を両腕上段のガードごとその脳天から両断する。一拍遅れ、激しい爆発が起きた。それは最後の瞬間まで熱血に生きた男の、最後の絶叫だったのかもしれなかった。その体が爆発の余波に吹き飛ばされると同時に、右腕を覆う炎もまた風の中に千切れて消えていった。
炎斬機ファイナルシグマ 攻6000→CX 熱血指導神アルティメットレーナー 攻0(破壊)
夕顔 LP4000→0
「し……師匠ーっ!」
真っ先に飛び出したのは、彼を師と呼ぶ少女だった。何度も地面に打ち据えられ、その全身が燃えカス同然の姿となった夕顔に、必死で駆け寄りその横に座り込む。本当はその体を揺さぶって目を開かせたかったが、傷の具合からみて下手に手で触れては余計に悪化することは、少女の目にも容易に理解できた。
「師匠……」
辛うじて絞り出したその言葉以外、何も口に出すことができなかった。どう見てもすでに意識はないが、むしろその方がまだ本人にとってはいいだろう。全身を襲っているであろう激痛を、たとえこの瞬間だけでも感じずにいられるのだから。
しかし、その瞼がわずかに震えた。浅く弱々しい呼吸に一定のリズムが生まれ、焼け焦げてひび割れた唇がわずかに開きかすかな声を絞り出す。
「少……女、か」
「師匠!?喋っちゃダメです、いまお医者さんを……えっと、竹丸さん!」
「う、うん!」
目の前で起きた光景のショックから親友の言葉で立ち直った竹丸が、震える手で慌てて携帯を取り出す。救急に連絡を取り始めたのを確認して自分も走りだそうとし、待て、とのかすれた言葉に足を止める。
「師匠、喋っちゃダメですってば!」
「俺、の、熱血指導が……」
「し……」
「勝手なのは、わかって、る……だが、少女よ、頼む……!」
一体、その体のどこにそんな力が残っていたのか。スクラップ寸前のデュエルディスクに手をかけると、セットされていたカードがばらばらと零れ落ちる。その中から目当ての1枚を何度か失敗したのちに震える腕でどうにかつまみ上げ、それだけの動作ですでに途切れそうになる意識を必死にかき集めてその1枚を差し出す。
「熱血、指導王」
「ジャイアントレーナー……頼む、済まない、少女よ……俺の魂を、朝顔さんの、仇を……!」
ボロボロになったその顔の両目は、もはやまともに見えているかどうかも定かではない。しかしその眼窩からは、悔し涙が溢れていた。自分の手で仇を討てなかったことへの悔しさ情けなさ、こんな少女に危険なデュエルによって後を託そうとしている自分への情けなさと、痛いほどに自覚する無責任さ、卑怯さ。それでも彼はその全ての恥を忍び、自らのエースモンスターを差し出したのだ。
そして少女は、迷いもせずにそのカードを受け取った。自分も泣き出しそうになるのをぐっと堪え、決意を込めた瞳で限界などとうに越している目の前の男の顔を見つめる。
「……安心してください、師匠。私が、全部終わらせますから」
後書き
こういうネタなんだかシリアスなんだかよくわかんない回の前書き後書きって困りますよね。
どっちに寄せればいいのかよく分かんない。
強いて何か言うとすれば、主人公とは何だったのか。
ページ上へ戻る