不条理探偵~ピヨドンス公爵令嬢の嗜み殺人事件
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ニーベルンゲン坐骨神経痛を粉砕せよ!
「でも、悪はなんとやらで、見事に滅んだんだろ?」
パオワールド警部は執務室で部下の愚痴に付き合っていた。親分肌の彼である。かわいい新入り婦警が悩んでいると小耳に挟めば銃弾飛び交う現場であろうと難攻不落のアジトであろうと全てを放り投げて飛んでいく。
そして、「な? 全部洗いざらい話してみろ」と促し、辛抱強く最後までお付き合し、「ヨシヨシ」と髪をなでてやるのである。
「でも、ニーベルンゲン坐骨神経痛なんです」
ナイトウィザード嬢は大粒の涙を浮かべた。
彼女は新人の通過儀礼として過去の難事件を学習させられていた。毎日、早朝から深夜まで資料室に籠り、ピヨドンスを脅かした数々の怪事件を一通りなぞるのだ。で、なければ不条理極まるこの街の治安は守れない。パワーハラスメントと非難されるかもしれない。だが、それはぬるま湯体質だ。港の倉庫街は今日、この瞬間もマジックミサイルやマグナム弾が吹き荒れている。アジェロマン亡きあと、スツール家が三日天下を築いたが、ほどなくして瓦解した。没落貴族は日陰に退き、空白をエドアルド、ドドブランゴの二大マフィアが埋めた。それでもぱぴろす港湾警察は光点決辺境伯領から莫大な資金援助を得て巨悪に対抗していた。
「やっぱり、ニーベルンゲン座骨神経痛なんです」
ナイトウィザード嬢は青い瞳に月雫のようなきらめきを浮かべて泣いた。
パオワールド警部は息を呑んだ。かわいい部下を泣かしてしまうなど不本意だ。
「坐骨神経炎の事で悩んでいるなら、医務室のルドベキア先生に質問しなさい」
「いや、そうじゃなくてニーベルンゲン坐骨神経痛なんです!」
ナイトウィザード・ヘクタープロテクターはエルフ耳をぴくぴく震わせた。意地っ張りな性格は長寿族ゆずりだ。森の中で下級霊を撃っていればいいものを、弓でなく拳銃欲しさに下野してきた。そして港湾警察学校に入学し、首席で卒業した。負けず嫌いな彼女の一面を物語っている。そして、いの一番に志願したのがパオワールド警部がボスを務める湾岸警察捜査一家。通称、「不条理の一丁目一番地」だ。
「ニーベルンゲン坐骨神経痛とな?」
「はい、ニーベルンゲン坐骨神経痛です」
「わかった。ニーベルンゲン坐骨神経痛の何が悩みどころなのだね?」
つまりはだ、悩みどころをうまく説明できないというのだ。
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