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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百五十三話 気晴らし



帝国暦 489年 5月 25日  フェザーン   ギルベルト・ファルマー



三回、四回と呼び出し音が鳴る。五回、六回、七回目のコール音で相手が受信した。スクリーンに相手が映る、軍服では無い、私服姿だ、自宅で寛いでいたようだな。笑みを浮かべているが少し疲れているように見える。ヴァレンシュタイン、卿は相変わらず忙しいらしいな……。

「久しいな、ヴァレンシュタイン」
『ええ、本当に久しぶりです。ヘル・ファルマー』
「元気そうで何よりだ」
ヴァレンシュタインは私の言葉に苦笑を漏らした。

『そう見えますか?』
「いや、社交辞令だ。忙しいようだな、少し疲れているように見えるが大丈夫か?」
益々苦笑が大きくなった。

『疲れもしますよ、毎日のように汚職の話を聞かされるんです』
「汚職?」
『ええ、馬鹿共が寄って集って甘い汁を吸おうとしているんです、うんざりですよ』
今度は顔を顰めている。かなり参っているらしい。しかし、汚職?

「……悪さをしそうな貴族は居なくなったはずだが」
『その分だけ自分達の取り分が増えた。そう考えている平民出身の悪党が居るという事です』
「……なるほど」

なるほど、そういう事か……。貴族達が没落した。その事は政治、経済、軍事だけでなく犯罪の世界にも影響が出ているらしい……。主役交代、そういうわけだな。これまでの伸し上がる事が出来なかった小悪党が大悪党になるチャンス到来という事だ……。道理でヴァレンシュタインがうんざりした様な声を出しているはずだ。

『今、帝国で最も必要とされている職業が何か分かりますか?』
皮肉に溢れた声だ。声だけでは無い、スクリーンに映るヴァレンシュタインは皮肉な笑みを浮かべていた。もしかすると冷笑も入っているかもしれない。一体何を笑っているのやら……。

「いや、分からんな」
『弁護士です、それも金次第でどうにでもなる悪徳弁護士……。一人で三つも四つも裁判を掛け持ちしている奴が居ますよ。依頼人は皆汚職の容疑で捕まっているクズです。全く碌でもない状況ですよ』
最初は冷笑だったが最後は吐き捨てるような口調だった。憮然としているヴァレンシュタインを見ていると思わず失笑が漏れた。

「なかなか、上手く行かんな」
『ええ、上手く行きません。制度が歪んでいるのだと思っていました。しかし歪んでいるのは制度だけではなく人間も同様だったようです』
今度は溜息を吐いた。かなり重傷だな、少し勇気づけてやるか。しかし私がこの男を勇気づけるのか、世の中は刺激と皮肉に満ちているな。

「そう悲観することもないだろう。フェザーンでは皆が帝国の改革を高く評価している、景気も良くなってきている。おかげで我々も大いに儲けさせてもらっているよ、感謝している」
私の言葉にヴァレンシュタインが苦笑を浮かべた。慰められたと気付いたか……。

『高く評価されているからと言って安心する事はできません。犯罪の無い世界等有り得ないでしょうが犯罪を見過ごす世界を作る事も許されないんです。そうでなければ皆が犯罪に走りますよ、その方が楽なんですから』
「確かに、そうだな」
怒ったような口調だ。やはり気付いたか。

『但し、そうなった時は酷い人間不信が社会に蔓延します。人を見たら泥棒と思え、ですね。誰も信じられないし誰も幸せになれない。今より酷い状況になる、不幸の極みですよ。何のために内乱を起こしてまで国政を変えようとしたのか……』
「……」
『愚痴ばかりですね、……ところで今日は?』

「先日ラートブルフ男爵と会った」
『……』
「偶然だった。向こうが気付いてな、少しの間話をした」
『……そうですか」
困惑しているな、どう話をしてよいか判断出来ないらしい。珍しい事も有るものだ。

「卿の下で働いていると言っていたな」
『……そうですか』
「二度目だぞ、その言葉は。他に無いのか」
ヴァレンシュタインが苦笑を浮かべた。

『そうですね。……迷惑をかけたのではありませんか』
「いや、そんなことは無い。色々と話せて楽しかった。卿の事を良い上司だと言っていたな」
『……そんな事は有りません。私はラートブルフ男爵を利用しているだけです、酷い上司ですよ』

ヴァレンシュタインは視線を逸らしている。謙遜ではない、本心から言っているようだ。非情になりきれないのだな、この男の立場としては余り良い事では無い……。もっとも私が今生きているのもこの男の甘さのお蔭だ。となれば必ずしも悪くないのかもしれない、少なくとも私にとっては悪くは無かったと素直に思える。

「ランズベルク伯の事だが、ラートブルフ男爵から聞いた。どうにもおかしな話だな」
『ええ』
「上手くもない詩を作っているだけの男だと思っていたが……」
『操りやすいのでしょう。裏に誰かが居るようです……』
面白くなさそうな口調だ。ランズベルク伯には煮え湯を飲まされているからな、無理もないか……。

「気になって調べてみた」
『……』
「そんな顔をするな。心配はいらない、大した事はしていないからな。ほんのちょっと調べただけだ、向こうに気付かれることは無い」

いかんな、ヴァレンシュタインの表情が硬い。私を巻き込みたくない、そう思っているのだろう。
「金銭面で困っている様子は無い」
『宇宙船を売ったようです。当分はお金に困らないでしょう』

「違うな、周囲にはそう言っているらしいが奴はまだ宇宙船を保持している。誰かが援助しているようだ」
『なんですって……』
「誰かが資金援助している、そう言っている」
ヴァレンシュタインの表情が険しくなった。やはり知らなかったか……。

内乱の後、多くの貴族達が戦場から離脱しフェザーンに亡命した。亡命した貴族達の財産は帝国政府が接収した。反乱を起こしたのだ、当然ではある。そして貴族達がフェザーンの金融機関、投資機関に預けた資金も接収の対象となった。

フェザーンとしては撥ね退けることも出来たが帝国政府との関係悪化を避けるためそれを受け入れている。いや、正確に言えば関係悪化を怖れる同盟政府の意向を受け入れざるを得なかった……。フェザーン政府から各金融機関、投資機関に対し帝国へ資金の返還が命じられ実行された。つまり、亡命した貴族達は殆どが無一文になったのだ。彼らに出来る事は自らの宇宙船を売り払って金銭を得る事しかなかった。

幸い当時の帝国では貴族が没落したため交易に従事する人間が減っていた。交易船の需要は多かったから宇宙船が買い叩かれるようなことは無かった。そこそこの値段で売れただろう。今、亡命貴族達が生活に困らずにいるのもそれが理由だ。

ランズベルク伯アルフレッドは宇宙船を売っていない。生活費だけではない、宇宙船の維持費も発生している。決して小さな金額ではない筈だ。にもかかわらず彼は金銭に困っている様子を見せない……。

何処かから援助を受けているとしか思えない、だがランズベルク伯は周囲には宇宙船を売ったと言って後援者が居る事を隠している。
「後援者がいるとなれば大声で吹聴したいものだ。周囲を勇気づける事にもなる。しかしそれをしていない……」

『後援者は奥床しい方のようです。周囲に知られるのが恥ずかしいのでしょう。伯に口止めしたのでしょうね』
冗談を言っている場合か、ヴァレンシュタイン。

「反乱軍の主戦派がクーデターに失敗して捕まった。伯の資金源がそれなら伯にも捜査の手が及ぶ……。しかし伯にそれを怖れている様子は無いし金銭面で困っている様子も見せない。裏に居るのは別口だろう」
ヴァレンシュタインがクスクスと笑い出した。

『反乱軍ですか、それはちょっと拙いのではありませんか、ヘル・ファルマー。素性を疑われますよ』
「確かにそうだな、普段はそんな事は無いのだが……。どうやら卿と話していて帝国人に戻ってしまったようだ」
やれやれだ、思わず苦笑した。暫くの間二人で笑っていた。妙な事だ、この男とこんな風に笑う日が来るとは……。その事が更に可笑しくて笑った。

「自由惑星同盟ではないとすると……」
『それ以上は……』
「拙いか」
『ええ』
生真面目な表情だ。有る程度の目安はついているという事か……、そして危険な相手でもあるようだ。ここまでだな……。

「……何時か会えるかな」
『会えると思いますよ、それほど遠い事ではないでしょう』
ヴァレンシュタインが笑みを浮かべた。柔らかい、暖かな笑みだ。

「そうか、遠い事ではないか、楽しみだな」
『そうですね、私も楽しみにしています』
それを機に通信を切った。それほど遠い事ではないか……。どうやら帝国軍のフェザーン侵攻はここ一、二年の内には実行されるらしい……。会える日が楽しみだな……、そう思う自分が可笑しかった。



帝国暦 489年 5月 25日  オーディン  ミュッケンベルガー邸     エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



職場に連絡すると直ぐに繋がった。夜の八時を過ぎたのだがまだ仕事をしていたようだ。
「やあ、ギュンター。まだ仕事かい」
『いや、帰ろうとしていた所だった。何か用かな』
「少し話したい事が有る、こっちに来ないか」
俺の言葉にキスリングはちょっと戸惑う様な表情を見せた。

『それは構わんが、良いのかな、新婚家庭にお邪魔して』
生真面目な表情だ、冗談を言っているのかと思ったがそうでもないようだ。
「構わんよ、食事は?」
『いや、まだだ』

「分かった、用意しておこう」
『良いのか?』
「遠慮しなくて良いよ、待っている」
時間が無いな、有り合わせで良いだろう。どれ、久しぶりに料理でもするか……。

キッチンに行って冷蔵庫を覘いているとユスティーナとシュテファン夫人が心配そうな顔で近づいてきた。キスリングが来る事を伝え食事を用意するのだと言うと自分達が作ると言い出したが気晴らしに俺が作ると言って諦めさせた。もっとも心配そうに俺を見ている。

ホウレン草、もやし、ジャガイモ、タマネギを取り出す。それとキノコだ、シュタインピルツとフィファリンゲが有るな、良いだろう、十分だ。他にはソーセージが有る、これを使うか。あいつは野菜をあまり摂っていないだろう、今日はたっぷりと食べさせてやる。それと卵を二個と固形コンソメを取り出す、こいつを忘れてはいかん。

その他にレトルトのチキンドリアを取り出す。この家でレトルト食品? と思うだろうが俺もミュッケンベルガーも軍人だ。休日でも急な呼び出しをかけられる時もままある。腹を減らせてはいけない、レトルトなら着替えて準備をしている間に用意できる。時には地上車の中で食べる時も有るのだ。レトルト食品は必要不可欠と言って良い。

ホウレン草は五株、もやしは適当に二掴み、ジャガイモ一個、タマネギは半分、キノコは多めに用意する。野菜を良く洗い、ホウレン草、ジャガイモ、タマネギ、キノコを適当に切った。そしてフライパンを取り出し、アルミホイルを敷く。

フライパンに水を約二百五十CC入れ調味料を適当に入れる。そして固形コンソメを半分だ。その上にホウレン草、ジャガイモ、タマネギ、キノコを適当に載せる。ソーセージに包丁で切れ目を入れてから野菜の上に載せる。塩コショウを振ってアルミホイルで覆いその上にフライパンの蓋をする。後は強火で煮立てるだけだ。

五分ほど経ったら蓋を開け様子を見る。中が煮立って野菜が煮えているのを確認したら卵を二つ落とす。卵に塩コショウを振ってもう一度蓋をする。火は中火だ。一、二分ほどで出来上がりだからこの間にレトルトのチキンドリアを温める。キスリングが来たのは全てが出来上がり、応接室に料理を運んだ直後だった。

「ほう、ホイル焼きか、卿が作ったのか、久しぶりだな」
フライパンを見て直ぐに分かったらしい、嬉しそうな声を上げた。こいつとミュラーとフェルナーには良く作ってやったな。レシピを渡してやったが果たして自分で作る事が有ったのかどうか……。

「話は後だ、まずは食べてくれ。冷めると不味いからな」
ホイル焼きをフライパンのまま持ってきたのもそれが理由だ。冷めると不味い。
「分かった」
そう言うとキスリングは早速フライパンの蓋とアルミホイルを取った。良い匂いが応接室に漂う、野菜とキノコの匂いだ。早速キスリングが食べ始めた。

「美味いな、このスープ。キノコの出汁が何とも言えない。それにソーセージの肉汁が堪らん。……畜生! このもやし、味が染み込んでる! ……でもなんでユリ根が無いんだ。……俺はあれが好きなんだが」
料理評論家、ギュンター・キスリングの誕生だな。

「私も好きだけどね。うちの冷蔵庫にはユリ根が入ってなかったんだ」
「いかんな、それは。……卿らしくない失態だぞ、……あれは健康にも良いんだろう?」
上目づかいで俺を見るな。うちの冷蔵庫は俺の冷蔵庫じゃないんだ。仕方ないだろう。

「それよりドリアも食べろよ」
「ドリアなんか何時でも食える。でもこれは此処じゃないと食べられないからな、……畜生、このジャガイモがユリ根だったら完璧なのに!」
ジャガイモとユリ根を比較する奴が有るか、このタコ助!

「ジャガイモは必須だ! 玉ねぎがユリ根なら完璧だよ」
「……とにかくユリ根が無いのは許しがたい失態だ」
「分かった、分かった。これ以後はユリ根を冷蔵庫に入れておくよ」
ようやく納得したのか、キスリングはドリアを食べ始めた。話をするのはドリアを食べて一息入れてからだから大体二十分後か。後でシュテファン夫人にユリ根を常備しておくように言わないといけないな……。



 
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