水の国の王は転生者
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第五十五話 ドゥカーバンクの戦い・後編その2
……『にょろり』という擬音ほど、この状況を表した言葉は無いだろう。
『水化』したマクシミリアンが、正に『にょろり』と『王』の背中から現れた。
スライム状のマクシミリアンは人の形になり、やがてスライムの身体は肉の身体に変わった……全裸だったが。
「……ふう」
ようやく、外に出れて一息付こうと思ったが、状況がそれを許さなかった。
反射で跳ね返されたロケット弾が、ベルギカ号艦首に命中しアニエスが放り出されたからだ。
ゆっくりと落ちて行くアニエスの姿を見たマクシミリアンの身体は勝手に動いた。
アニエスを受け止める為に『エア・ジェット』を唱え、マクシミリアンは宙に浮いた。
「うっ!?」
突如、マクシミリアンの周りの気温が急激に氷点下へ下がった。
「寒っ!」
全裸のマクシミリアンに、この寒さは堪えた。
さらに、マクシミリアンを取り囲むように、3メイル程の氷の蟹が現れた。
氷の蟹は巨大なハサミを振り回し、マクシミリアンに襲い掛かった。
「お前らに構っている暇は無い!」
『エア・ジェット』で天高く飛ぶと反転して急降下、氷の蟹に強烈な飛び蹴りをかました。
しかも、足の裏には『エア・ジェット』を展開していた為、空気圧の衝撃も加味され、氷の蟹が粉々に砕け散った。
再び、行く手を阻む蟹に急降下ドロップキックが炸裂、蟹は粉砕された。
その間にも、アニエスは海面へと真っ逆さまに落ちている。これ以上蟹にかまって入られなかった。
「邪魔だぁぁーーーっ!!」
カッ!
『目から破壊光線』を最大出力で照射。
通常なら両目から放たれる二つの光線は、一つの極太に光線に纏まり、行く手を遮っていた蟹を5体まとめて消滅し、どういう訳か包囲していて破壊光線に直接当たっていない他の蟹も消滅、『王』の背中にも噴気孔から尾びれに掛けて破壊光線の深い爪痕を残した。
……
『グオオオオオオ!』
『王』は吼えた。
噴気孔から尾びれに掛けての感覚が無い事と、先ほどの光で周辺の精霊が消滅したからだ。
精霊が消滅した事で、周辺に張っていた反射も消失し、『王』は再び、反射を張る為に、再度精霊との契約をする羽目になった。
この時、マクシミリアンは『王』の背中から離れ、全速力で落下するアニエスへ『エア・ジェット』を飛ばした。
『こわいよこわいよ』
『あの光はこわいよ』
契約された精霊達が『王』の周りに集まる中、『王』には精霊達の悲鳴が伝わってきた。
『オオオ……哀れな……許さんぞ精霊殺し!』
怒った『王』は、周辺の精霊と根こそぎ契約し、周辺の気温は更に低下した。
『王』の皮膚の表面には氷がビッシリと張り付き、鎧の様になったと思ったら、氷の鎧は更に厚みを増し、『王』を中心に巨大な氷の塊になった。
『何千年、何万年掛かろうとも、お前を氷付けにしてやる』
『王』の周りは、真冬の北極圏並みの気温に下がり海すらも凍っていく。
この冷気は、やがて陸にも波及しハルケギニアは氷に包まれるであろう。
思わぬ所から、ハルケギニアに滅亡の危機が迫っていた。
☆ ☆ ☆
海へと落下するアニエスを救う為、マクシミリアンは飛ぶ。
「あと少しだ、間に合え!」
その時、落下するアニエスと目が合った。
驚いた顔をしたアニエスに、マクシミリアンは手を伸ばした。
「うおおっ!」
間一髪、海面に叩きつけられる寸での所で、アニエスを抱きとめた。
「ギリギリセーフ!」
「あ、ああ……」
呆けた顔のアニエスに、コツンと軽く頭突きをした。両手が塞がっていた為、頬をなでるなど簡単なコミュニケーションを取る事が出来なかったからだ。
「痛っ、ありがとう……ございます」
「気にするな。とにかくアニエスが無事でよかった」
間一髪、助けられたアニエスだったが、太ももに妙な感触を覚えた。
「この感触は……?」
アニエスが太ももに視線を移すと、マクシミリアンが全裸だった事に気が付いた。
しかも、マクシミリアンのシンボルが、アニエスの太ももにベッタリと触れていた。
「え、ええぇぇ~~~~!?」
「どうした!? 敵の攻撃か?」
「いえ、その、あの……足が……」
「足?」
マクシミリアンも、ようやく自分が全裸だった事に気付いた。
「一度、ベルギカ号に帰ろう……よっと」
マクシミリアンは、アニエスをお姫様抱っこに変えて、上空のベルギカ号へと昇っていった。
「ちょ、離して下さい恥ずかしいです!」
「こら動くな、落としてしまうだろ!」
マクシミリアンと、顔を真っ赤にしたアニエスがベルギカ号の甲板に降り立つと、水兵達が歓声をあげ、ド・ローテルが駆け寄ってきた。
「殿下、ご無事でしたか」
「艦長、心配を掛けたような」
「誰か、殿下に着る物を」
暫くして、執事のセバスチャンがガウンを持ってきた。
「あの、下ろして下さい」
公衆の面前で、お姫様抱っこされるのが恥ずかしくなったのか、アニエスは下ろすよう言った。
「ああ、悪かった」
アニエスを下ろすと、セバスチャンが目にも留まらぬ早さでガウンを着せ、マクシミリアンは全裸から解放された。
「……さて、一息つきたい所だが戦闘中だ、被害はどれくらい出た?」
「幸い、死者は出ていませんが、重傷者が5人ほど……」
「そうか、後で特製の秘薬を作ろう」
「兵も喜ぶでしょう。それと、もう一つ報告がございます」
「なにか?」
「あの海獣は、先住魔法を使います。我々の攻撃は悉く跳ね返されてしまいました」
ド・ローテルは先の戦闘の詳細を語った。
「先住魔法か、う~ん」
「このままでは埒が明きません。撤退を開始しますが宜しいですね?」
ド・ローテルは、撤退する事をマクシミリアンに伝えた。
あくまで指揮官は、ド・ローテルだからだ。
「その心配は無いよ。あの海獣はもうすぐ僕達の言いなりになる」
「それはどういう事でしょうか?」
「詳細は言えないが、海獣から脱出する際に『仕掛け』を施したんだ」
血液に変化させたビット達が、脳に到達すればマクシミリアンの勝利だ。
「……そうですか、敵の攻撃範囲外へ退避し、仕掛けの効果が現れるまで観察に切り替えます」
「任せ……いや待て」
マクシミリアンが『王』の方を見ると、そこには『王』の姿は無く巨大な氷の島が在った。
「これは……」
氷の島は見る見るうちに大きくなり、3リーグを越す程の大きさに成長していた。
「艦長!」
仕官が大慌てで、ド・ローテルへ報告に来た。
「どうした?」
「艦の底が凍りついています!」
「何だと?」
余りの寒さに空中のベルギカ号まで影響を受けていた。
「確かにこの寒さを異常だぞ?」
「殿下、ガウンだけでは寒いでしょう、何か羽織るものを持ってきます」
セバスチャンが、船室に戻っていった。
他の水兵達も寒そうに身を震わせている。
「アニエスは寒くないか?」
「大丈夫です」
マクシミリアンはアニエスを気遣った。そこに、別の仕官が報告に来た。
「艦長、報告が!」
「今度は何だ?」
「機関室より報告、急激な気温の低下で蒸気機関が不調に陥ったとのことです!」
「何にぃ?」
ド・ローテルは、驚きの声を上げた。
(この気温の低下で、海獣の血流が滞っているのかも)
そうなれば、血液に変化したウォーター・ビットは、血流が滞る事で脳に届く事は無く魔力切れを起こしマクシミリアンの『仕込み』も不発に終わる可能性が高かった。
マクシミリアンの予想通り、既にウォーター・ビットは魔力切れを起こし、ただの水に戻ってしまっていた。
そして何より……
「あの海獣をどうにかしなければ、僕達の旅もここで終わりだ」
「何か策が御有りで?」
「ある事はある……再びロケット砲の用意と、二、三分程時間をくれ」
そう言ってマクシミリアンは、アニエスの手を引いて人気の無い所へ連れて行った
☆ ☆ ☆
人気の無い所に着いたマクシミリアンは開口一番に……
「僕の目を舐めてくれ」
と、言った。
「は……はああぁぁぁぁ!? アンタ、何言ってんの!?」
アニエスは、思わず素が出た。
「……」
「あ……も、申し訳ございません!」
シュンとなるアニエス。だが、マクシミリアンは気にしなかった。
「年頃の女の子に、こんな事をさせるのを僕も申し訳なく思っている。けど、時間が無いんだ、頼むアニエス」
「どうしてそんな事を」
「詳しい事は言えないけど。この状況を打開する為には必要な事なんだ」
精霊魔法を使う海獣に対抗するには、『目から破壊光線』の力が必要だとマクシミリアンは思った。
(アニエスを救う為に、海獣の背中から飛び出した時は気付かなかったが、あの時、破壊光線に当たっていない蟹もどういう訳か消滅した。ひょっとしたら破壊光線は先住魔法に効果があるのかも……)
まだ仮説の段階だったが、マクシミリアンは試してみるつもりだった。
破壊光線照射から10分は、とうに過ぎていたが最大出力での照射だった為、保険の為に女性に眼球を舐めてもらう事にした。
「……うう」
「頼むよ」
悩むアニエスに、マクシミリアンは懇願した。
「……分かりました。危ない所を助けていただいた恩もあります」
「ありがとう、アニエス」
「っと、よろしいでしょうか?」
「ん、いいよ」
アニエスは、マクシミリアンに顔を近づけた。
目と目が合い、アニエスの血圧が急激に上昇し、恥ずかしさの余り目じりに薄っすらと涙が溜まる。
「行きます!」
「大声を掛けなくても聞こえているよ」
「分かっています! 気合を入れただけです!」
アニエスは、ガシッとマクシミリアンの頭を抑え、ピンク色の舌を震わせて目に近づけた。
「ンンッ」
ペロッ
アニエスの舌がマクシミリアンの右目を優しく撫でた。
「おおえふか(どうですか)?」
「もうちょっと、舌で眼球をマッサージする様に」
「ふぁい」
アニエスは言われたとおりにマッサージする様にマクシミリアンの眼球を舐めた。
この時、マクシミリアンは目を踏むってアニエスに身を委ねていた。
(……可愛い)
アニエスは今、羞恥心の余り顔を真っ赤にしながらも献身的に奉仕している姿が、目で見なくても分かった。それがマクシミリアンには愛おしく思えた。
時間は2分ほどだった。
「……あの、終わりました」
「ありがとうアニエス。これを取っておいてくれ」
そう言って秘薬の瓶をアニエスに手渡した。
「……これは?」
「嫌なモノを舐めただろう? うがい用の秘薬さ」
「いえ、私はその様な事は……」
「まあまあ、取っておけって」
そう言って、秘薬を返そうとするアニエスの手に無理矢理捻じ込んだ。
「あっ」
「それじゃ、僕は行くよ。アニエスのお陰でトリステインは助かる」
それだけ言って、マクシミリアンは逃げるようにして去った。
アニエスが頑張ってくれたというのに、いささか冷たいのでは? と、マクシミリアンも十分に理解していたが、妻がいるにも関わらず、アニエスにときめいてしまった自分が許せなかったからだ。
(オレって多情なのかも……)
マクシミリアンの本心はカトレア一筋だが、この性質がトリステイン王家の血の宿命なのか、それとも呪いなのか……この後も様々な女性関係はマクシミリアンを悩ませる事になる。
☆ ☆ ☆
ガウンから動きやすい服に着替えたマクシミリアンは、颯爽とベルギカ号から飛び降りた。
「さ、寒っ!」
だが、眼下の大海原は『王』の精霊魔法に寄って、氷の大地と化していた。気温はマイナス50度は下回っているだろう。
風雪はこの海域では考えられないほど吹雪き、マクシミリアンは氷の大地へと降りていった。
氷の大地へ降り立つと、何処からとも無く声が聞こえてきた。
『待っていたぞ精霊殺し』
「!」
マクシミリアンは戦闘体勢を取った。
周辺を警戒するが、謎の声は全方位360度から響いてきて、声の主が何処にいるか分からない。
『王』は精霊の力を使いテレパシーに似た能力で、マクシミリアンに話しかけていた。
『お前にたどり着くまで、全ての物を氷に変える積りだったが手間が省けた』
「それは良かったな……一つ聞きたい。さっき言った精霊殺しとは何だ?」
『お前の事だ。お前の目から出る光は精霊を死なせる。お前はこの世に存在してはいけないのだ』
「なるほど……合点がいった」
マクシミリアンは、自身の破壊光線が精霊魔法に対し効果的である事を確信した。
『そして、多くの家臣の敵も取らせてもらう』
「お、家臣の事を想うなんて、暴君じゃなく、意外と名君なのか」
『減らず口を、すぐにでもその口を氷漬けにしてやろう』
「オレとしても、さっさと終わらせて旅の続きがしたいんだ」
『お前を氷漬けにした暁には、海底深く沈め、二度と蘇らぬ様にしてやるぞ、精霊殺し! 』
「馬鹿が、人が蘇るか!」
言葉のドッヂボールは終わり、『王』とマクシミリアンの戦いの幕が切って落とされた。
……
氷の大地から、氷の蟹がワラワラと現れた。その数、およそ一千。
「懲りもせず、また氷の蟹か!」
マクシミリアンが杖を振るい、左手でピストルを作った。
マクシミリアン版ウォーター・ショット、『ウォーター・キャノン』だ。
ズドンと、空気が破裂し強烈な水流が、氷の蟹ごと氷の大地に打ち込まれ、氷の蟹が数百個粉々になり、後には巨大なクレーターが出来ただけだった。
「チッ、こんなのは不毛だ」
マクシミリアンは、自分の不利は最初から分かっていた。
『王』は、数リーグもの巨大な氷の大地の何処かに身を潜めているのだから。氷の蟹をいくら倒しても、マクシミリアンが有利になることは無かった。
精霊の力で次々と生産される氷の蟹は、人海戦術でマクシミリアンに迫る。
「ウォーター・ビット!」
マクシミリアンは、24基のビットを作り出した。
「迎撃!」
ビット達はそれぞれウォーター・ショットを発射、蟹を水圧で粉砕、切断してゆく。
「人海戦術には人海戦術! 来い、人馬ゴーレム!」
マクシミリアンは、杖を振るい『クリエイト・ゴーレム』を唱えると、氷の人馬ゴーレムを300騎作り出した。
「水だけは、いくらでも有るからな」
6メイルの大型ランスを構えた人馬ゴーレム達は、スパイク付きの馬蹄で氷の地面をガリガリと削り足場を確かめた。
「チャァーーーーージッ!」
300騎の人馬ゴーレムが、氷の大地を踏み砕き蟹の群れへと突進した。
「……」
物言わぬ騎兵達は、6メイルの大型ランスで氷の蟹を突き砕き、馬蹄で踏み砕いた。蹂躙と言っていい。
「いいぞ、人馬ゴーレム! ウォーター・ボール達は海獣の本体を探せ!」
ビット達は、氷の中に隠れた『王』を探す為、四方へと飛んでいった。
その間にも人馬ゴーレムのランスチャージは氷の蟹を蹂躙し続け、その数を四分の一にまで減らした。
「……ん、これは?」
マクシミリアンは、辺りがダイヤモンドダストに似た現象が起こって事に気付いた。
それはダイヤモンドダストの原因は、粉砕された氷の蟹の破片で、周辺を漂い、気温を更に下げた。
キラキラした氷の結晶が、マクシミリアンの手足に張り付き凍傷を起こさせ、徐々に強くなる吹雪が手足を凍りつかせる。
『王』が反撃を開始した。
「これは、まずい……!」
凍りついた手を暖める為、抱きかかえる様に姿勢を変えると、凍結が更に広がり身動きが取れなくなった。
次に、ゴトリとビットの1基が凍りつき氷の大地に落ちた。偵察に行った他のウォーター・ビットも、次々と凍りつき地面へと落ちていった。
吹き荒れる吹雪は、マクシミリアンの頭を除き、完全に凍結させる。
「ゴーレム達、オレを乗せて何処か退避を……!」
だが、人馬ゴーレム達は、各関節が完全に凍りつき身動きが取れなくなった所を、生き残りの氷の蟹の鋏が次々と砕いていき、遂にマクシミリアンのみが残されてしまった。
ワラワラと氷の蟹達が、凍結したマクシミリアンを取り囲んだ。
「ぐぅぅぅ、死んで、死んでたまるかぁぁぁーーーーっ!」
マクシミリアンの両眼が光った。
またも、最大出力の破壊光線を、地平線の先に向かって放った。
囲んでいた蟹の群れは瞬時に吹き飛び、マイナス80度もの気温は現象を起こしていた精霊が、破壊光線によって死滅した為、この季節の平均的な気温へと戻り吹雪も止んだ。
精霊が死滅した為、『王』の声は聞こえない。だが、悲鳴を上げているのは想像できた。
「オオォォッ!」
マクシミリアンを捕らえていた氷はバリバリと崩れた。
「このチャンスは逃さない!」
マクシミリアンは杖を天高く掲げ、そして唱えた。
『ギロチン!』
杖から発生した光の柱が、雲を貫き天高くそびえ立った。
「島ごとぶった切る!」
マクシミリアンは『ギロチン』を氷の大地目掛けて振り下ろした。
振り下ろされた光の柱は、氷の大地を到達し、ビキビキと亀裂が入る。
「うおおおおおおっ!」
吼えるマクシミリアンに呼応するように、更に太く長くなった『ギロチン』は大地を砕き、やがて両断した。
大量の氷と海水とが混ざり合い、巨大な渦を作り出す。『王』はその渦の中心に居た。
「ベルギカ号、今だ!」
マクシミリアンは、即席で作った狼煙魔法を、上空のベルギカ号へ向けて放った。
ドン!
狼煙魔法はベルギカ号の近くで炸裂し、予め打ち合わせをしていたベルギカ号はロケット砲一斉射の為に、再び傾斜を始めた。
『撃てーっ!』
ド・ローテルの声が、拡声の魔法で周辺に流れた。
24連装ロケットポッドからロケット弾が全弾発射され、渦の中心でノビている『王』に殺到した。
ズドドドドドドドドドーン!
24発のロケット弾が、200メイルの『王』の巨体に次々と炸裂した。
ベルギカ号からは歓声が上がり、大量の爆煙『王』の巨体を隠す。
風が吹き爆煙が散ると、『王』の血塗れの巨体が海へと沈む姿が見えた。
上空のベルギカ号は裏腹に、マクシミリアンは苦い顔をした。
(あの海獣を死なせたら、復讐に燃える他の海獣どもと骨肉の争いを繰り広げる事になる。何とか説得できないものか……)
マクシミリアンは、エア・ジェットで沈む『王』に飛び乗ると、杖を振るい『ヒーリング』を唱えた。
(傷を治したからと言って、どうなるという訳でも無いが。さて、どうしたものか……)
マクシミリアンが思案していると、脳内に『王』の声が聞こえた。
『何故、助けた』
「ん? ……ああ、喋れるようになったのか」
『再び精霊の力で、お前に話しかけている』
「なるほど、先住魔法ってのは便利だ。話を戻すが、助けた理由はお前を殺しても他の海獣が、この一体の主に納まり僕達を襲う可能性があったからな、無駄な事はしたくないし、何より……話が通じると思ったからな」
『お前を洗脳、コントールする為だった』とは口が裂けても言えない。
『敵に情けを掛けられるとは……負けたな』
『王』は何か染み入るように呟いた。
「この海域の主よ、一つ取引がしたい」
『取引?』
「そうだ、我々は、この付近一帯の魚資源を目に付けている。トリステイン王国の、周辺海域での漁を認めてもらいたい」
『……認めるも何も、我々のものではない。欲しければ勝手に獲っていけば良かろう』
「ならば主よ。我々の漁と航海の安全の為に南下を控えて貰いたい。その代わり、我々は貴方達の領域には決して足を踏み入れない。不可侵条約だ」
『お前との戦いで、有力な家臣は粗方死んでしまった。回復するには数百年掛かるだろう。そして、何より……我らは負け、情けを掛けられたのだ……勝者に従おう』
「ありがとう、北海の王よ!」
こうして、トリステイン王国と北海の王との間に交わされた盟約で、ドゥカーバンク海域の安全な漁業権、航行権を得る事に成功した。
北海の王が北へと去る際に、マクシミリンに呟いた。
『お前のその精霊を殺す光、今でも恐ろしいと、この世にあってはならぬ物だと思っている。他の精霊を統べる者たちは、お前を決して許しはしなだろう』
「……」
『さらばだ精霊殺し。二度と会うことはあるまい』
北海の王は、傷ついた家臣達を引き連れ北の海へと去っていった。
交わされた盟約はマクシミリアンの死後も効果を持ち続け、北極海を本拠にする北海の王は決して南下をしようとはしなかった。そして、人類も北極海を犯すことは無く、何千年経っても、北極は聖域であり続けた。
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