非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第78話『水着』
それは、夏休みを明後日に控えた休日のことだった。
「それじゃ、行ってくるよハルト」
「うん、行ってらっしゃい結月」
結月が玄関のドアを開けながら手を振るのに合わせて、晴登も手を振り返す。彼女は可愛らしいヒラヒラとした洋服を身にまとい、その手にはオシャレな小さなバッグが握られていた。
何でも、今から莉奈やその友人とショッピングに行くのだそうだ。結月が晴登無しで外出するのは初めてのことなので、新鮮な気分がする一方、ちょっぴり寂しい気もする。
ドアが閉まり、見送りを済ませた晴登は自分の部屋へと戻る。
「さて、俺も準備しなきゃな」
12時を示す時計を見ながら、晴登はポーチを用意する。これは晴登がいつも外出用に装備している物だ。そう、晴登もまた、この後大地と一緒にショッピングの予定がある。その目的は・・・
「水着、買いに行かなきゃな」
*
「いや〜外暑っついな〜」
「さすが夏、って感じだな」
夏の暑さに愚痴を吐きながら、晴登と大地の2人はデパートにやって来た。このデパートは晴登の自宅から自転車で30分、と少々距離のある所に位置している。おかげで、着いた頃には汗でびっしょりなのだった。
「早く中に入ろうぜ。冷房が無いと死んじまう」
大地が急かすように言うので、2人は急いでデパートの中へと入る。するとその瞬間、頭から冷水を被ったかの様な、鋭い冷気に包まれた。
「涼し〜」
「この感覚たまんないな〜」
自転車をひたすら漕いで火照った身体に、このヒンヤリとした涼しさは極上の褒美だ。うっとりと感じ入ってしまう。
しかし、入口で立ち止まってしまうのは迷惑というもの。先に進もう。
「水着ってどこにあるっけ?」
「2階じゃなかったか?」
晴登にとってデパートに親無しで来るのは、実は初めてのことだった。大地も同じようで、右往左往しながら2人はデパートを彷徨う。
ファストフード店や100円ショップ、メガネ屋や靴屋などその他諸々を横目に眺めながら、歩みを進めた。
「…あ、ここじゃないか?」
「そうみたいだな。よかったよかった・・・って結月?!」
「ふぇ、ハルト!?」
デパートに入って10分程度で目的地には着いたが、ここで予想外の展開が起こる。なんとそこで結月と鉢合わせたのだ。そしてその隣には・・・
「あれ、晴登と大地も水着買いに来たの?」
「お久しぶりです、三浦君」
莉奈と優菜がいた。なるほど、莉奈の友人とは優菜のことだったのか。それにショッピングの目的も、晴登たちと同じく水着だったようだ。偶然も偶然である。
「え、あの時の美少女…?!」
「そういや大地は初めてだったか。こちらは戸部さん」
「初めまして。鳴守君…ですよね?」
「どうして俺の名前を?!」
「莉奈ちゃんから聞いています」
ニコリと微笑む優菜とは対照的に、驚きを露わにする大地。その後、彼は晴登と肩を組んで後ろに振り返る。
「お前、いつの間に知り合ってたんだよ!」
「莉奈と帰ってる時にたまたま会って、その時 友達になったかな」
「コミュ障のお前がか? 運の良いやつめ」
「あはは…」
大地が何だか悔しそうにしている。これは、部活の合宿の時にも会って話してデート紛いのことをしたことは隠しておいた方が良さそうだ。面倒なことになる気がする。
「2人でコソコソ何喋ってんの?」
「いや、何でもない。…コホン。改めまして、俺は鳴守 大地。以後よろしく」
「戸部 優菜です。こちらこそよろしくお願いします」
「やべぇ、美少女と会話すると緊張するな…」
「声に出てるぞ」
晴登は冷静にツッコみつつ、話が脱線していることに気づいた。
今日ここに来たのは合コンのためじゃない。水着を買いに来たのだ。
「それじゃ、俺たちも水着を買ってくるからこの辺で・・・」
「え、この際 一緒に選ぼうよ」
「えっ!?」
晴登がその場を後にしようとすると、莉奈に引き止められる。
待て待て、さすがに水着を買う時は男子と女子は普通分かれるものじゃないか?
「いや、さすがにそれは・・・」
「結月ちゃんも晴登に水着選んで欲しいよね?」
「うん」
「ほら」
「いや、『ほら』じゃないから。ていうか即答かよ」
晴登が断る理由はただ一つ、"恥ずかしいから"であることに他ならないのだが、莉奈も結月も気にしていないように見える。というか、むしろ望まれてる。
その時、晴登の肩に手が置かれた。
「いいじゃんか、女子の水着を選ぶ機会なんてそうそうないぞ?」
「いやけどよ…」
「煮え切らない奴だな。向こうからお願いされてるんだから、素直に受け取っとけよ」
「そういうもんか…?」
半信半疑の晴登に、大地は「そういうもん」と呆気なく返す。
ここまで言われてしまうと、断る方が逆に不自然だ。流れに乗るしかない。
「わ、わかったよ」
「決まりね。それじゃ早速、結月ちゃんの水着を選んで行こう!」
「「おー!」」
「お、おー」
みんなの声に、晴登の声が小さく重なった。
*
結月が水着を試着することになり、更衣室に入っている間、晴登は優菜に話しかけた。
「戸部さんと結月はいつから知り合いなの?」
「いえ、今日初めて会いました」
「今日!?」
てっきり、莉奈を仲立ちとしてとっくに仲良くなっていたのだと思っていたのだが、実際は今日がファーストコンタクトだと言う。
「びっくりしましたよ。莉奈ちゃんが友達を紹介するって言って、連れてきたのがあの結月ちゃんだったんですから」
「『あの』?」
「知らないんですか? 結月ちゃんは学年でもとびきりに話題の人物ですよ」
「あぁ、なるほど…」
確かに結月が転入してすぐは、突飛な容姿のこともあり、校内がざわついていた気がする。それでももう収まったとばかり思っていたが、どうやら他のクラスでは未だに話題になっていたらしい。
「それに噂通り、すごく可愛いですよね。銀髪で蒼い眼なんて、まるでお人形さんみたい」
優菜は手を合わせてにっこりと微笑む。同意見だ。
ただ、その笑顔を見て、「戸部さんも十分可愛いよ」などと言える程の度胸は、晴登には持ち合わされてはいなかった。
「いやいや、戸部さんも十分可愛いって」
「ふふ、お世辞でもありがとうございます」
しかし、横から入ってきた大地にそんなことはなかった。平然とそういったことを言ってのける姿は、昔から晴登もよく目にしている。コミュ障として、友達として、学びたい部分だ。
「着替え終わったけど…」
そうこうしている内に、結月は着替えを済ませ、カーテンから首だけを覗かせて言った。その表情には若干の恥じらいが読み取れる。
「よし、じゃあカーテン開けるよ?」
「う、うん」
「ではご開帳〜」
莉奈が勢いよく、カーテンを開く。その瞬間、晴登は気づけば目を見開いていた。
目の前に現れたのは、青を基調とするフリルの付きのビキニ水着を着た結月の姿だった。露出された雪の様に白い肌が、水着の青色をより際立たせている。
「これは…さすがに恥ずかしいかな」
いつもは堂々としている結月も、これにはさすがに恥ずかしがっていた。もじもじとする様子は、何だか新鮮に感じる。というか、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「どう…かな、ハルト?」
「え、あ…」
結月が頬を赤らめながら訊いてくる。
一方、晴登はしどろもどろになりながら目をそらした。こんなの、直視できる訳がない。…可愛すぎる。
「えっと…変、なのかな…」
「あ、いや、違う! その…凄く、似合ってるよ…」
晴登は顔を真っ赤にして、ボソボソと呟くようにそう言った。こんなこと言うのは柄じゃないというのに。
しかしこの言葉に、凹んでいた結月は一転して目を輝かせる。
「そう?! 似合ってる?! 良かった〜!」
安堵と共に浮かべられた満面の笑み。晴登はそれを一瞥して、また目をそらす。ダメだ、これ以上は心臓がもたない。
「おやおや、晴登君ったら顔が真っ赤だね〜」
「そんなに結月ちゃんの水着姿が気に入ったのかな〜?」
「う……」
顔を背けていた晴登を、莉奈と大地がここぞとばかりにいじってくる。しかし、それが嘘だとも言えないから反論ができない。おかげでやられ放題だ。
「晴登もいい反応だし、なら結月ちゃんはその水着にしよっか」
「うん、そうだね」
晴登が気に入ったのであれば、結月がこの水着を着ない理由はない。なんと照れくさいことか。
しかし逆に考えると、晴登は再び結月のこの水着姿を拝むことができるようになる。そう察すると同時に、密かに高揚してくる自分もいた。
「じゃあ次は晴登の水着いってみよー!」
「「おー!」」
「いや勝手に進めないで!?」
こうして、5人の水着選びが着々と進んでいくのだった。
*
「みんなお疲れ〜!」
夕焼けが空を彩り、これから帰路につこうという時に、莉奈が元気よく言った。これにて、水着選びは終わりである。各々新しく水着を買い、これで林間学校への憂いも無くなった。
「疲れた〜」
「散々だったな晴登」
「全くだよ…」
まさか晴登の水着選びだけあんなに時間がかかるとは。一体何着試着させられただろうか。これは主に結月と莉奈のせいなのだが。
「途中で変なの履かされてなかったか?」
「それは全部莉奈のチョイスだ。悪意しか感じなかったよ」
「む、酷いなぁ。私だって晴登に似合うと思って・・・」
「それだと余計にタチ悪いな」
カエル柄だとかドクロ柄だとか、そんな水着が本当に似合うと思っていたなら、腕の立つ脳外科をオススメしたいところだ。何度水着を放り投げようと思ったことか。
「私は可愛いと思いましたけど」
「戸部さん、その褒め言葉はあんまり嬉しくないよ…」
「ボクは面白かったよ」
「それもそれで嬉しくないな…」
優菜と結月が慰めの言葉をかけてくれるが、後世まで語り継がれるであろう今日の黒歴史の前ではあまりに無力。あの時はもう、穴があったら入りたいくらいの最悪の気分だった。それでも、莉奈と違って結月はまともな水着を選んできてくれたから、何とか穴に入らずに持ち堪えたのである。
「良かったな、最終的には決まって」
「うん、これは俺も気に入ったよ。結月、ありがとう」
「ボクの水着を選んでくれたお礼だよ。気にしないで」
結局、晴登が選んだのは柄の少ないシンプルな青色の水着だった。これくらいが気軽に着れて丁度いいと思う。結月の水着の色と被ったのはたまたまなのだが、その結月本人が選んだのだから真意は定かではない。
「それじゃ、今日はこれにて解散!・・・って、途中まではみんな一緒だね」
「あ、戸部さんの家もこっち方面なんだ」
「そうですね。莉奈ちゃんの家とそんなに離れてません」
「てことは、俺の家ともそう遠くない訳か」
莉奈の家と離れてないならば、すなわちその隣にある晴登の家とも離れてない。入学式の日に一度すれ違ったことがあるから、方面は一緒だと思っていたが、まさにその通りだったようだ。まぁ知ったところで、遊びに行く訳では無いのだが。
「そうなりますね」
「なるほど…」
「どうした、大地?」
「いや、何でもない」
優菜の返答に、やけに考え込む大地。今の話に何か難しいことがあっただろうか。でもそれなら、大地より晴登の方が先に悩むと思うのだが。
「まぁ気にするだけ無駄か」
そう晴登は結論づけて、そのまま一行は自転車で帰路についたのだった。
*
自転車で走り始めて20分程経っただろうか。夕日が空を紅く照らし、一方で街灯がぽつぽつと灯り始めている。住宅街には入っているものの、晴登の家まではもう少しかかるといった塩梅だ。
「それでは、私はこの辺で」
そう言ったのは優菜。どうやら彼女はこの曲がり角で曲がるようだ。ここは晴登の町内の隣の町内だから、確かに彼女の家は遠くないと言える。
「ばいばい優菜ちゃん」
「じゃあね戸部さん」
「またねユウナ」
「はい、それではまた」
莉奈と晴登と結月が手を振ると、優菜も手を振り返す。そして別れを済ませた彼女は、そのまま曲がり角の向こうに──
「ちょっと待った。もう辺りも暗いから、俺が戸部さんを送るよ」
そう突然言ったのは大地だ。確かに、夕日はもう沈まんとしている。優菜の家の場所は詳しく知らないが、少なくとも晴登たちが家に着く頃には夜になっていることだろう。そんな中、女子中学生が1人でいるのはあまりよろしくはない。
「けど大地の家って逆方向──」
「しーっ、静かに。・・・どうかな、戸部さん?」
だがそもそも大地の家まで行くには、晴登の家を通り過ぎる必要がある。ここで曲がってしまっては、かなりの遠回りだ。
それを晴登が指摘しようとすると、大地はその口を手で塞ぎながら、優菜に訊いた。
「…そうですね、ではお言葉に甘えて」
「オッケー」
彼女は少し悩んだ様子を見せたが、すぐに承諾した。大地はその答えを聞いて、ぐっと親指を立てる。
そして、2人はそのまま曲がり角を曲がっていった。大地も一緒なら、こちらとしても心配は無い・・・のだが、
「…結月ちゃん、今のどう思う?」
「…間違いないと思うよ」
「何を2人でコソコソ話してるの?」
「はぁ…これだから晴登は」
「え、もしかして今バカにされた?」
莉奈と結月の内緒話が気になって訊いてみると、なぜか反撃を喰らってしまった。
大地の行動が何かおかしかったのだろうか。確かに遠回りにはなるが、それでも女子を送っていく姿勢には好感が持てる。だから正しいと思うのだが・・・
「これじゃ結月ちゃんも大変ねぇ」
「そうだよ全く」
「何だよ2人して…」
「「なんでもなーい」」
晴登は2人の会話の意図がわからず、不貞腐れてしまう。それを見て、彼女たちは顔を見合わせてプッと噴き出した。
「じゃあ帰ろっか」
その莉奈の言葉で、3人は再び帰路につく。
空には微かに星が浮かんでいた。
もうすぐ、夏休みがやって来る。
後書き
思ったより時間がかかってしまいました。波羅月です。
いやね、ストーリーできてるとは言ってもね、細かいところは全然なんですよ(言い訳)。はい、頑張ります…。
次回は夏休みに入る…のかな? たぶん入ります。ただ、林間学校に入るかは微妙なところです。また地味に時間かかりそう…。
でもでも、張り切って書いていきます!
次回もよろしくお願いします! では!
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