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勇者戸希乃を信じてほしい

作者:Clifford榊
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第八話

 転移門からしばらく歩いた森の中でみんなはキャンプの準備をしています、が、私は……。

「酔った」

 なんか頭がふらふらします。

「そりゃ転移酔いだな」

「なにそれ……」

「この距離の転移になると惑星の自転による運動量のベクトルの変化量が大きすぎて、三半規管が混乱するんだよ。経度にして50度近く転移しているからなぁ。転移門の補正は入っているはずだが、酔うやつは酔うんだよ」

 なに言ってるのかさっぱりわかりません。

「まあしばらくそこでじっとしてれば治るさ。」

「わかった……ぎぼぢ(きもち)わるい……」

 私は地面に横になります。ぱたり。



 しばらく横になっていたら少し気分が良くなってきました。

「お、戸希乃《ときの》、もういいのか?」

 ゴルガスさんが起き上がった私に気がついて、心配そうにこっちみてます。

「おかげさまでー」

「そうか……じゃあ勇者様も回復したことだし、今後の計画の確認をしておこうか」

 そうですね、現場で何をしたらいいのかわからなくなったら困るので、私も賛成です。

「まずは目的地だが、魔王、ポータルの展開されている場所はここから近いのか?」

「ここからなら歩いても半日はかからないはずだ。見てみな、西の方が明るいだろ?あれはポータルの光だ」

 見てみると確かに少し明るい感じがします。
 半日先であんなに見えるなら、結構大きいのかな。

「なるほどな。あの光を目指せばいいのか」

「そういうことだ」

「よし次だ。ポータルにたどり着いたら何をすればいい?壊すにしたって限度がある。的《まと》は絞りたい」

「そうだな。現地では素早く行動する必要があるだろうからな。ポータルの下の地面に埋め込まれた大規模な呪物があるから、それを破壊すればいい」

「それは何なんだ?」

「ポータルの維持拡大を自動的に行う呪物だな」

「なるほど、そいつをたたき壊せばいいのか?」

「そういうことだ。ただしそれをするのは勇者の役目だ」

「わたし?」

 突然の出番は困惑するので、もっと前フリがほしいです。

「そうだ。お前の持っている聖剣が重要になる。呪物に組み込まれた水晶の中に一つだけ色が赤いものがある。そいつを壊すんだ」

「そうなんだ、わかった」

「じゃあ次だ。ポータルの向こう側に行く必要はないのか?」

「……肝心なところだよな。結論から言えば、ある。ポータルの向こう側にも同じようなものがあるから、こちら側の呪物を止めても多少ポータルの成長が遅くなるだけだ。やり方は同じだ。呪物に組み込まれた赤いクリスタルを聖剣で壊すんだ。」

「わかった……魔王ともくもくはどうするんだ?」

「俺たちはちょっと別行動だな。ポータル周辺には当然俺の配下の連中がかなりの数いるはずだ。それをしばらくの間抑えておくから、その間に行動してくれ」

「……なるほど、分かった」

「魔王ちゃんがヴィルゴーストさんと一緒に行くのでしたら、私は勇者様たちのお手伝いをしますよ!」

 突然マリアさんが張り切り始めました。

「え!?いやマリアさんはここで待っていてくれれば……」

「いえいえ、せっかくですからお手伝いします」

「いやいや、危険ですから」

「そんなそんな」

 あー、また始まった。

「あー、二人とも、先に進んでいいか?」

 魔王突っ込み。

「お、おう」

「マリアはついてきたほうがいい。離れ離れになった場合、脱出が面倒になるだろ。一緒に行動していたほうがいい」

「そうか……。じゃあ、あとは……そうだな、その呪物を破壊したらポータルはどうなるんだ?」

「すぐには何も。もともと時間をかけて開いていくものだからな。呪物が止まったとしても即閉じるわけじゃない。ただ今のうちに閉じることができれば厄介なやつらを通過させずに済むし、一月ほどで自然消滅するから人間界に来た軍団の連中に撤退を促すこともできる」

「なるほど。じゃあことが終わったらどうする?まあ逃げるんだろうが……魔王ともくもくは魔界に残るんだろう?」

「ああ、そうなるな」

「脱出はわしかエルマがテレポートの魔法を使うのが良いと思うぞ」

「そうだな、それが安全だろう」

 着々と作戦が決まっていきます。
 ……勇者いらないなぁ。

「どうした、戸希乃《ときの》?まだ調子が悪いのか?」

 気がつくとゴルガスさんがこっちを心配そうに見てました。

「うん、大丈夫だよ」

「ならいいが……辛いなら言うんだぞ、いいな?」

「うん」

 しっかりしなくちゃね。
 ……でもどうすればしっかりできるんだろう?



 作戦会議も終わって、みんな出発します。
 魔王はヴィルゴーストさんが担当して、マリアさんも剣を持っています。

 転移門を囲っていた森の中を歩いてしばらく行くと、だんだん枯れた木が目立ってきます。

「ねえ魔王、なんでここの木は枯れてるの?」

「これは断層の影響だな」

「断層?」

 魔王の口からまた新しい単語が出ました。
 試験ですか?事前に範囲を教えておいてください。

「前に初代勇者がやったことを話したろ?奴は空間断層を作って人間界の一部を切り離し、魔界にしたんだ。断層の周辺はその影響で瘴気が発生してな。瘴気はしばらくすればマナと反応して清浄化されるんだが、それに長期間さらされ続けるとこう言う感じになる」

「それって毒なんじゃ!?」

「毒は毒だが、一日二日だったらどうってことはないさ。万が一問題が起きてもマナが潤沢なところまで戻れば、自然に抜ける」

 そうなんだ……でもあんまり長居はしたくないなぁ……。



 森を抜ける頃にはもう夕暮れ時でした。
 ポータルの光が向こうに見えるけれどその前に……。

「荒野……だな」

 ゴルガスさんがつぶやいた通り、そこに広がっていたのは草一本生えていない荒野でした。
 これも瘴気の影響?

「そうだな。元はこのあたりも森だったか、草原だったか……。だが長年断層の放出する瘴気にさらされた結果、みんな枯れてしまったんだろう」

 魔王……。

「これってこれ以上広がったりは……?」

「それはないから安心しろ。さっきも言ったが瘴気はマナと反応して清浄化する。だから今以上に広がることはないさ」

 なら安心、かな?



 私たちは魔王軍の人たちに見つからないように、岩陰伝いに進んでいきます。
 イントルードモードです。アラームを鳴らされないように周囲を警戒しながら蛇みたいにこっそり進みます。

 やがて向こうに不思議なものが見えてきました。
 白い壁です。
 でも、壁と言っても石とか木とかでできているわけではありません。
 なにかモヤモヤした……霧の壁?

「魔王、あの壁はなに?」

「あれが次元の断層だ。あいつが魔界を取り囲んでこの世界と切り離している。あの中に入るなよ?ただの霧に見えるかもしれないが、あの向こうには永遠になにもない空間が続いている」

 なにそれこわい。

 私達はさらにポータルを目指して進みます。
 霧の壁はモヤモヤしてそこから動かないけれど、あんなことを言われたら近くに行く気にはなりません。

 そして無事ポータルが見えるところまで近づきました。
 ポータルはきりの壁の前に浮かんだ横に広い楕円形の不思議な光の輪のように見えます。
 でもその輪に囲まれた中はすぐ後ろにある霧の壁ではなくて、どこか別の場所が見えます。
 もしかして、あれが魔界でしょうか?

 ポータルの周りには小さな人型の、でも肌の赤い魔物がたくさんいます。
 何か作業しているのかな?

 そこで魔王が言います。

「よし、この辺でいいだろう。俺たちはここから別行動だ。あそこにいる奴らをポータルの向こうへ誘導するから、その隙にクリスタルを壊してくれ。終わったら中に入るんだ。向こう側にも同じようにクリスタルがあるからそいつを壊せ。終わったら脱出だ。わかったか?」

「わかった……魔王、変なこと考えないでよね」

「変なことってなんだよ?まさかここまできて裏切るとでも?」

 魔王はそう言って笑いました。
 でもなんかその笑顔は……ちょっといつもと違う気がしました。
 考えすぎかなぁ?

「では魔王様、参りましょうか」

 ヴィルゴーストさんが魔王を抱っこしたままポータルの前までふわっと飛んでいきます。

 そしてポータル前に着地したヴィルゴーストさんはそこで作業をしていた魔物たちに、何やら指示を出しているみたいです。
 しばらくのやり取りのあと、ヴィルゴーストさんを先頭に作業員の魔物たちはポータルの向こう側へと行ってしまいました。

「よし、今だな」

 ゴルガスさんの合図でみんなはポータルへ向かって進みます。
 ポータルの下には、転移門のような……でもそれよりもずっと大きな石のタイルが貼られた舞台があります。
 多分これが呪物?
 みんなで手分けして赤いクリスタルを探しました。

「勇者様、ありましたよー」

 見つけたのはエルマちゃんでした。
 みんながそこに駆け寄って集まります。

「こいつでいいのか?」

 ゴルガスさんがアルマさんに訪ねます。

「ああ、これがこの呪物の要になるものじゃろう。機能は正直複雑すぎてわからんが、ここにすべての制御が集中しておる」

「そうか。じゃあ戸希乃《ときの》、いっちょう頼むぜ」

「うん、わかった」

 ……なんだろう、やっぱりもやもやする。
 まだ調子悪いのかな。
 でも勇者の役目がこれを壊すだけだったら……私ほんとにいるのかなぁ?

「戸希乃《ときの》?」

「あ、うん。すぐやるから」

 しっかりしなくちゃね。

 私は聖剣を赤いクリスタルに突き立てます。
 するとクリスタルが粉々に砕け散りました。

 と、同時に……。

「な、なに?」

 全身が飛び跳ねそうなほどの低音の振動が一瞬、駆け抜けていったような変な感覚。

「今のはなんだ?」

 ゴルガスさんも、他のみんなも感じたみたいです。

「わからぬ。だがポータルの方から放たれたのは確かなようじゃ」

 私もアルマさんの言うように感じました。
 けど……?

「壁が……?」

 もやもやした霧の壁に巨大な波紋が走った……ような気がしました。

「どうした戸希乃《ときの》?」

「今、壁が揺らいだような気がしたの」

「壁、じゃと?」

 アルマさんもゴルガスさんも、壁の方を振り返ります。

「何ともないようだが……?」

「その……一瞬だけ、だったから」

 正直私もホントにそれを見たのか自信がありません。

「どう思う、アルマさん?」

「わからぬ……ポータルの変動が、断層に干渉したのか……」

 ゴルガスさんとアルマさんも決めかねている感じです。

「あ、あの……」

「戸希乃《ときの》?」

「よく……わからないけど、ここで考えてても仕方ない……と思うんです」

 ゴルガスさんもアルマさんも真剣な顔で私を見ます。
 ま、間違ってたかな?

「たしかにそうだ」

 と、ゴルガスさん。

「ここで迷っている場合じゃないな。予定通りにやろう」

「たしかに。考えていても埒は開くまいな」

 私達はポータルの中へ入ることにしました。
 ここから先は、魔界です。
「この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ」です。
 あれ?それは地獄だっけ?


 <<つづく>>

 
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