勇者戸希乃を信じてほしい
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第三話
「泣き止んだか?」
伝説の戦士さんが困り眉毛で私の様子を見て言います。
「あい、ずびばぜん……」
私はまだ収まりきらない鼻水を拭きながら答えます。
「まあその装備に刻んであるのは王家の紋章みたいだし、だとすれば召喚された勇者というのも信じられそうだな」
あ……私のこと、信じてくれるんだ……。
「伝説の戦士さん、やさしいですね」
私のことを信じてくれる人がいるなんて、この世界もまだまだ捨てたもんじゃないです。
「よせやい、そんなんじゃねぇって」
あら戦士さん、もしかして照れてる?
これはイジリがいのありそうな人です。
「というか、伝説の戦士ってのはなんだ?」
「えーと、勇者の仲間になって共に戦い魔王を倒して、世界を救う戦士、的な?」
「ああそういうことか。だったらまあそうかもな。俺も腕に覚えはあるつもりだから、勇者と一緒に魔王討伐するってのもいい腕試しになるってもんさ」
へぇ、結構自信家なんだ。
でもこの人が魔王の現状を知ったらなんて言うんだろう?
「じゃあ、一緒に来てくれるんですか!?」
「うーん、まあお前が勇者だっていうなら、着いていかないわけじゃないが……お前、その背中の赤ん坊はなんだ?まさか子連れで魔王討伐ってわけじゃないよな?」
討伐した結果こうなったんですけどね。
「これはですね……説明すると長くなるといいますか……」
いやこれ、ほんとにどう説明しよう?
「説明してやればいいじゃないか。今言っておかないと、後で面倒なことになるぞ」
「ちょっ!魔王!今は黙ってて!」
「どうしたんだ?」
ほら、戦士さんが変な目で見てる!
赤ちゃんが喋り始めたら変でしょ!
「大丈夫だって。この声はお前にしか聞こえてないから」
「えっ、そうなの!?」
「なぁ……さっきから一人で何ブツブツ言っているんだ?」
「これはテレパシーみたいなもんだ。特定の相手にしか聞こえないさ」
「ああもう!喋らないでって言ってるでしょ!」
「お、おう……わかった……」
「落ち着け、キレるなよ。戦士のやつ混乱してるぞ」
「ああ、ごめんなさい、戦士さんあなたに言ったんじゃないんです!」
「じゃあ……誰に言ったんだ?」
あ、戦士さん少し引いてる……。
「えーとですね、つまりその……この赤ちゃんがですね……」
「こいつと話してたのか?」
ああ、露骨に不審そうな顔。
「この赤ちゃんが、実は魔王で、テレパシーで話しかけてくるんです!」
「へ、へー……」
ああ、心の距離が開く音が聞こえる!
しょうがないので私は全ての経緯を話すことにしました。
「なるほどな……」
「信じて……いただけましたか?」
「……いや、正直信じられん」
「デスヨネー……」
「まあ、その魔王が俺にテレパシーで話しかければ信じられ……え、なんだって?」
???
戦士さん、どうなさいました?
「これはお前が喋っているのか?」
いえ、私はなんにも……ああ、魔王が戦士さんに話しかけているんですね。
うわー、私と魔王の会話って、傍から見るとこんな感じなんだ。引くわー。
「な、なるほど。そういうことなのか……」
何を話してるんだろう?
「ああー、それはわかるわ!」
あれ?なんか戦士さんちょっと楽しそう?
「ちょっと何?二人だけで盛り上がらないでよ!」
すると戦士さん、私の胸元をチラ見。
「たしかにな!」
「おい、お前ら今、何を話してた!?」
仲間になった戦士さんを連れて、宿屋に帰還です。ついでに傷の手当てもしないと。
「悪かったとは思うが、殴ることはないだろ?」
戦士さんも関東平野侮辱罪です。
宿の部屋にはマリアさんがすでに戻って待っていました。
マリアさん、日持ちする食材や調味料が手に入ったとホクホク顔です。
「これで道中も美味しいお食事が作れますよー。ところでそちらの方はどなた?」
「魔王討伐の旅の仲間になってくれた戦士さんです!」
「あらあらそうですか。それはありがとうございます。私は乳母のマリアと申します。勇者様の赤ちゃんのお世話とそのほか色々雑用をしております。一緒に勇者様をお助けしましょうね。……ところで戦士さん、お名前は?」
「……あ、そういえば聞いてなかった。なんて名前だっけ?」
「……」
あれ、戦士さん、ぼんやりしてどうしたんですか?おーい、戦士さーん?
私は戦士さんの顔の前で手を振ってみます。
「あ、ああ、どうした?」
「どうしたじゃなくて……戦士さんの名前ですよ名前。教えてください」
「ああ、名前か……ゴルガス……です。よろしくお願いします……マリアさん」
……ん?なんか変。なにこれ?
この街に住んでいる戦士さん……ゴルガスさんは、一旦自分の家に戻って旅支度を整え、翌朝合流となりました。
今夜は宿屋でお休みです。久しぶりのベッドは……藁を詰めた袋を並べたもので、ごわごわチクチクします。
でも野宿で木の根を枕に地面で寝るよりも全然快適です。
文明バンザイ。
ところでそろそろ着ているものを洗濯したりお風呂に入ったりしないと、なんか臭くなってきた気がします。
「マリアさん、お風呂ってどこにありますか?」
「オフロ……?ごめんなさいね勇者様、オフロってなんですか?」
「え……オフロというのは体を洗ったりする……」
「あー、はいはい!宿の裏手でてきますよ。ご案内しましょうか?」
「あ、お願いしますー」
マリアさんに案内されて宿の裏へ。
日はすっかり落ちて手に持ったカンテラの明かりだけを頼りに歩く。
途中でマリアさんは樽にたまった水をバケツに汲んで持ってきたけど、それで何をするんだろう?
そこには馬小屋やら倉庫やらなんかよくわからないものやらいろんなものが並んでいました。
「勇者様、こちらですよー」
マリアさんが案内してくれた先には……変な機械?がありました。
地面から垂直に生えた人の腰くらいの高さのパイプの上に、緩やかにカーブを描くレバーのようなものが付いていて、また横からは水平よりも少し下向きに別の長さ30㎝程のパイプが生えています。
横から生えたパイプの先端の下に、そばに立てかけてあったたらいを置いたマリアさん。
「じゃあ、今お出ししますねー」
の声とともにマリアさんは持ってきたバケツの水を地面から生えた垂直のパイプに上から流し込むと、レバーを引っ張り上げ、そして体重をかけて押し下げます。
そしてそれを数回繰り返すと横から生えていたパイプから水が流れ出てきてたらいにたまっていきました。
へーこうやって水を汲むんだ……って、ちょっと待って!
「この水、めちゃめちゃ冷たいんですけど!」
「そりゃそうですよ勇者様。井戸の水はいつだって冷たいものです」
こ、これで体を洗うの……?
タオルをたらいの水に浸してとりあえず腕を拭く……。
べちゃ。
「つぅめたっ!」
こんな冷水で体を洗ったら、風邪を引いちゃうのでは?
でも臭う女子にはなりたくないので一生懸命ゴシゴシ。
「あ、勇者様。ついでに洗濯しちゃいますので、着ているもの脱いじゃってくださいね」
ええっ!?
確かにこの暗闇だったら見られることはないかもしれないけれど、屋外でですか……?
でも確かに服もちょっと臭う気がします。
誰もみてないし……仕方ない。
意を決して脱いだ服をマリアさんに手渡します。
「よろしくお願いします」
「はい、おまかせください」
マリアさんはデコボコのついた板をたらいの中に立てかけると、水に濡らした私の服をゴシゴシ擦りつけ始めました。
あー、あれが洗濯板なんだ。
……。
別に気にしてないもん。
全身きれいに洗い終わった頃には、マリアさんのお洗濯も終わっていました。
あれ、でも洗濯しちゃったら、その服は乾くまで着られないですよね……?
「マリアさん、そういえば着替えは……」
「あら、そういえば勇者様のお着換え、ありませんでしたね。ちょっとお待ちください、持ってきますから」
あー、ハイハイ……って、ちょっと待って!
私、この状況で待たされるの!?
暗くて寒い宿屋の裏庭で、一人しゃがみ込む私。
これも勇者に降りかかる数々の試練の一つ……なわけはありません。
風が吹き抜けるたび、スースーします。
きっと唇は紫色です。
寒空の下、歯の根も合わぬほど震えて待っていると、マリアさんがようやく帰ってきました。
「お待たせしました勇者様。私の服ですが、これを着てください」
考えてみれば私の分の着替え、持ってきてないなぁ。
マリアさんの服を着てみると案の定というかウエストが余りまくりです。
「あらー、お胸周りが余っちゃってますねー」
胸はいいんです!
仕方がないので紐で縛ったり結び目を作ったりしてなんとか調整します。
それにしても丈の長いスカートだなぁ。足に絡まって歩きにくい……。それに地面に擦りそうです。
「明日勇者様向きの服を買いに行きましょうね」
そうですね。
可愛いの、あるといいなぁ。
翌朝
「なぁ勇者様?」
なんでしょう?
「その格好はなんだ?」
昨日マリアさんから借りた服を着ている私をみて、ゴルガスさんは呆れ顔です。
「昨日晩服を洗濯しちゃって、まだちゃんと乾いてないんです」
「今日出発だって話だったよな?」
「仕方ないでしょ!着替えがないんだから!」
「そうですよ、女の子の支度は時間がかかるものなんですから」
と、マリアさん。
「ねー」
「ねー」
「わかったよ……で、これからどうするんだ?」
「着替えを買いに行きます」
「マジかよ……」
マリアさんに案内されてたどり着いたのは……市場でした。
あれ、服を買いに来たんじゃ。
マリアさんは露店の中で反物を扱っている店を見つけると、並べられた布を手に取って調べ始めます。
「勇者様はどの色がお好きですかー?」
え、もしかして布から仕立てるんですか?
「マリアさん、わざわざそんなに手間をかけてくれなくても、お店で売っているもので十分ですよ」
「でも仕立て屋さんに頼むと時間もお金もかかりますよ?大丈夫です、私5人の子供たちの服を全部手作りしてきたんですから!」
「でも……」
そこへ魔王が割り込んできました。
「おい勇者よ。任せときゃいいんだよ。ここにはお前が思っているような形で服を売っている店はないんだから」
「え、そうなの……なんで?」
「店頭に服を並べて売るようなスタイルの衣料品店は、工業化が進んで大量生産ができなけりゃ成り立たないからな」
な、なんかまた難しいことを言いだした。
「そうなんだ……」
「わかってないだろ?」
「わわわわかってるよ !産業革命?とかの話でしょ?ちゃんと世界史の授業でやったもん」
「まあ大体あっているかな。そういうわけだから服はオーダーメイドが基本なのさ」
「へー」
あ、じゃあマリアさんに注文すれば、いろいろやってもらえるのかな。マリアさーん。
「で、できあがりましたのが、こちらになります!」
宿屋で完成した服をお披露目です。
観客のゴルガスさんも目を見張っています。
そこにあったのはそれは見事なドレスでした。
スカートは裾を大きく広げるひざ丈のフレアスカートで快活さと可愛らしさを表現しつつも、全体的に装飾は少なく落ち着いた雰囲気も醸し出しています。
フリルみたいな装飾は高価で使えなかったけれど、それが逆にシックな雰囲気を醸し出して見事なバランスです。
これならお城の夜会にだって行けちゃいます!
それにしてもマリアさんの裁縫の腕前はプロ級です。
サイズを測るのもメジャーとか使わず、手で体に触れていくだけです。
ちょっとくすぐったかったけど、おかげで体の微妙なラインにもフィットする完璧なドレスを仕立ててくださいました。
しかも仕事が超早いです。
昼頃に始めて日が落ちるころにはできあがってました。
「魔王、ゴルガスさん。どうよ!?」
「……」
「……」
二人とも、このドレスを前にして言葉もないようです。
「あー、勇者よ。一つ聞いてもいいか?」
ベッドの上に寝ている魔王が神妙な面持ちで切り出しました。
「はいはい魔王さん、ご質問はご起立の上どうぞー」
「いや、俺まだ自力で立てねーし。じゃなくてさ」
「はいはい」
「お前、その恰好で旅して戦う気か?」
動きやすい勇者向きの服が完成したのは翌日の夕方でした。
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