ペルソナ3 ゆかりっちのパニックデート
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後編
前書き
後編です。
ゆかりはゲーム本編でも濃いイベントが盛りだくさんなキャラなのですが、CDドラマでもいいキャラを出してます。特に「NEW MOON」「FULL MOON」は前後編でほぼゆかりが主人公。主役キャラらしい大活躍をしてくれる傑作です。
そんなゆかりに愛をこめて、いよいよデートの始まりです。
まずはビルの最上階にある映画館でチケットを購入。
新宿でも特にスクリーンの多い映画館だったが、マイナーな作品で三週目、しかもレイトショーとあって、その中では一番小さい劇場だった。それでも席はガラガラだったので、中央のいい位置に場所を確保することができた。
映画館の下のフロアは食堂階となっている。
無達のくれた30%割引券対象のイタリアンレストランは、少し高そうな洒落た店だった。時間が早いこともあり、うまい具合に窓際の席に座れた。ここは窓から見える夜景が素晴らしい。街の明かりが星の海のようだ。実にいいムードだ。
行きの電車では彼との時間をつぶされて恨めしく思っていたのだが、こうなってくると現金なもので、感謝の気持ちでいっぱいになる。
ギャングのような強面でもさすがに僧侶。誠にありがたい。
「夜景、きれいだね。なんだかすごい贅沢な感じ。」
ゆかり は上機嫌でそう言った。
食事にはパスタとサラダ頼む。大人ならここでワインでも注文するところだろう。
ここでなら普段できないようなしんみりした話もできそうだし、もしかすると彼の方から何か心躍るようなことを言ってもらえるかもしれない。
そんなことを考えながら、一人で期待と緊張感を募らせていると、唐突に「あら、あんたこんなとこで何してるのよ。」と甲高い声で呼びかけられた。
驚いて見上げると、どこかで見たことのあるような、やせたスーツ姿の中年の男が目の前に立っている。手に紙袋をいくつも抱えていたが、それを床に下ろすと周囲に気を配る様子もなく、さらに声を張り上げた。
「可愛い女の子なんか連れちゃって、色気づいてんじゃないわよ。高校生がこんな店で夜景を見ながらムード作ろうなんて10年早いわ。」
そのけたたましい喋り方で気づいた。テレビの通販番組「時価ネットたなか」で人気の田中社長だ。
しかし、なぜそんな有名人が自分達に声をかけてくるのかさっぱりわからない。
ゆかり はまたしても驚きのあまり言葉を失い、ただ状況を見ていることしかできなかった。
一方、彼は全く動じずに、苦笑しながら答えた。
「上の階に映画を観に来ただけです。」
「本当? 観終わったのなら、女の子くどいてないでとっとと帰んなさいよ。」
「まだ来たばかりですよ。これから観るんです。」
テレビの有名人と平然と会話する彼に、ゆかりは目を丸くする。
周囲の人も田中社長に気づいたらしく、視線が集まりざわついていた。
「社長こそどうしたんです。こんなところで。」
「そんなの仕事に決まってるでしょ。あんた達みたいにデートにかまけてるヒマな学生とは違うの。」
周りの視線などお構いなしに、社長は大げさな身振りと表情で話し続けた。
「今日は朝から下の特設フロアで実演販売をやってたの。それはもう忙しくて、1日中、食事する暇も無いくらいだったんだから・・・。やっとひと段落ついたから、夕食でもってことでこの店に来てたのよ。」
「それはお疲れ様です。ゆっくり休んでください。」
彼が穏やかな口調で言う。
「そうも言ってられないのよ。このあと会社に戻って、また明日の準備があるんだから・・・。土日は稼ぎ時なの。のんびり休んでなんかいられないわ。」
社長はひとしきり声を張り上げた後、「まあこんなとこで会ったのも何かの縁ね。」と言って、床に置いていた紙袋のひとつを取り上げた。中には何か透明なビニールに包まれた派手な色の物が入っている。社長はそれを有無を言わせず彼に押し付けてきた。
「はい。せっかくだからイベントの景品の残りをあげるわ。映画見たら悪さしないでとっとと帰るのよ。じゃあね。」
田中社長は嵐のようにしゃべるだけしゃべると、足早に店から出て言った。
あまりの勢いに、ゆかりはとうとう口をはさむ余裕すら無かった。
「・・・あれ、田中社長よね。時価ネットの・・・。何? 知り合い?」
ようやく落ち着いてからそう尋ねると、「ちょっとね。」と彼が微笑む。
あたりのざわつきに落ち着かない感じになり、ゆかり はため息をついた。
「本当に君は顔が広いよね。テレビに出てるような人まで知ってるとは、感心するわ。」
基本的に無口で愛想がないのに、なぜかそこらじゅうに知り合いがいる。
先ほどの謎のお坊さんしかり、巌戸台駅前の古本屋の老夫婦に小学生の女の子、他校の男子生徒と一緒にいるのを見かけたこともある。
「まったく、そのコミュ力、いったいどこから来てるの。」
「さあ・・・。」
彼は軽く肩をすくめた。
「でも、最近は誰の言うことでも新鮮に感じるんだ。だから人と会うのがすごく楽しい。」
「・・・。なんか君って、ここに来た頃から随分変わったよね。まあ、良い方にだと思うけど・・・。」
「だと、いいな。」
彼はかすかにうれしそうな笑みを浮かべた。ゆかり は魅入られたようにその表情を見つめた。
不意に彼が見返してくる。
慌てて視線を逸らし、「ところで、社長から何をもらったの?」と、取り繕うように尋ねると、彼は無言で包みを渡してきた。
ゆかり が紙の手提げ袋から引っ張り出してみると、それはおもちゃの弓だった。プラスチック製の弓と矢のセットだ。矢の先に吸盤がついていて、ガラス窓とかにくっついたりする子供用の玩具だ。
「うわ~なにこれ。いらないわ~こんなもの。」
ゆかり は思わずあきれたように声を上げた。かなりの大きさだ。はっきり言って邪魔だ。
「あの社長、持って帰るのが面倒で押し付けてきたんじゃないの?」
「かもね。ありそうだ。」
彼が笑い声をあげた。
「これ、いったいどうするのよ?」
「天田にでもあげるよ。」
「あの子、結構大人だから、喜ばないと思うよ。」
ゆかり は呆れたようにそう言うと、改めておもちゃを袋に戻した。
せっかくお洒落なレストランだったのに、引っ掻き回されているうちにムードも何もなくなってしまった。
食後にやれやれと思いながら映画館に戻ってくると、ちょうど何かの映画が終わったタイミングらしく、人が大勢出てくるところだった。
ゆかり はその中に、見覚えのある帽子を見つけた。
(ええーっ、なんでこんなとこに? ヤバイじゃん! 一緒にいるところ見られたら何言われるか・・・)
慌てて彼に「キャラメルポップコーンとウーロン茶買ってきて。」と言う。
「えっ。いいけど、まだ食べるの?」
彼はそう言ったものの、素直に売店の列の方に歩いていった。
ゆかりも身を隠そうとしたが、ちょうどそこに「ゆかりっち じゃねーの。」と陽気な声がかかった。
順平とクラスメートの宮本に友近。
「あ・・・ああ、驚いた。偶然だね。3人で映画観にきたの?」
ゆかり は作り笑いを浮かべながら答える。
「おおよ。今話題のSF超大作。これだけは観ておかないと流行に遅れっちまうからね。」
順平が能天気に答える。
「ポートアイランドでもやってるのに、わざわざこんなとこまで来るんだ。」
多少、嫌みのつもりで言ってみた。しかし、それに気づかず友近が気取って答える。
「ダイナミックな映像が売り物なんだから、どうせ見るなら大画面じゃなきゃね。ここの劇場のスクリーンと音響は一味違うでしょ。さすがの大迫力だったよ。」
「あいつも誘ったんだけど、今日ははずせない用事があるとかってつれないこと言うからさ、こうして3人で来たワケよ。」順平が続けて言う。
「あ、ああ、そう」
ゆかり はドキリとしてうっすら汗を浮かべながら、彼の様子を盗み見る。ちょうど彼の番がまわってきて注文しているところのようだ。
(そろそろ追い返さないと・・・)
「そういう岳羽もわざわざ新宿まで映画を観に?」と宮本が訊いてくる。
「うん、私はここでしかやってない映画を観るために来たの。」
「これから夕飯でも食べに行こうかって言ってるんだけど、なんならいっしょにどう?」
続けて友近が軽い調子で誘ってきた。
(ええい、早く帰んなさいよ!)
内心の焦りを隠して、必死に笑顔を維持する。
「悪いけど私はこれから映画観るのよ。レイトショーでしかやってなくってさ~。夕飯は早めに食べたから・・・あっ、そろそろ始まるから行かないと。」
「そう? じゃあ遅くなるなら、気を付けて帰ってきなよ。」
順平がそう言ったところで、ちょうどエレベーターの扉が開いた。
「じゃあな」という言葉を残して3人は慌てて駆け込んで行った。
(やれやれ、なんでこう次から次へと邪魔者が・・・)
肩を落としてため息をついてるところに彼が戻ってきた。
「お待ちどう。」
「あ~・・・ありがとう。」
ゆかり は気の抜けた声で礼を言った。
「なんか疲れてない?」
彼が不思議そうな顔をする。
「いや・・・もう大丈夫。・・・なんとか乗り切ったから。」
ゆかり は力なく答えた。
「映画の前の予告編って、無駄に長いよね。」
冷たいウーロン茶を飲んで、気持ちを落ち着けながら ゆかり は小さな声で言った。
「まあ、でも知らない映画を知るきっかけになるから、嫌いじゃないけどね。」
彼がささやき返した。
「ふーん、そこは どうでもいい・・じゃないんだ。」
「まあね。」
やがて、ビデオカメラ男とパトライト男の盗撮防止CMが終わり、ようやく映画が始まった。
明るくて勝気なヒロインは、父母と弟の4人で幸せに暮らしている。
弟はいつも白い犬を連れている。少しませた感じのしっかりした弟を見て、ゆかり は(天田君みたいだな)と思った。
その後、突然その家庭に訪れる不幸。父が務めている研究所で事故死したのだ。父の死因に疑問を持ったヒロインは、真相を知るためにその研究所の所員となる。
(な~んか、思ってた以上に私とキャラがかぶってるよね。)
ヒロインの言動に、ついつい自分を重ねてしまう。
彼女の上司となったのは、オールバックに眼鏡で、笑えないジョークばかり言う男。所員からはそのしょーもなさにあきれられている。
(な、なんかこの人、幾月さんっぽい?)
さらに職場の先輩は赤毛のロングヘア―で仕事に厳しい女性。ヒロインとはなかなかそりが合わず、彼女に目を付けているのか、調査のために動こうとすると必ず現れてじゃまをし、叱りつけてくる。しかもこの女性、実は研究所の所長の娘であった。
(えーと、これって桐条先輩ポジション? それに、同僚のショートカットで控えめな女性は、なんだか風花みたいだし・・・)
悪の親玉である所長はサングラスで強面の男だった。(アイパッチではなかった。)
さらにその右腕となる短髪のボクシング男の登場。筋肉至上主義の脳筋男だ。
(な、何、この映画?? わざとやってんの???)
ヒロインと同時に研究所に入った同期の男性は、今 ゆかりの隣に座っている彼に似た端正な顔立ちをしていた。彼は無愛想で敵か味方かわからない謎の存在であった。しかし周りに信じられる人が誰もいない状況の中で、ヒロインが追い詰められたときにピンチから救ってくれたのは、その同期の男性だった。
それをきっかけに打ち解けて、やがて二人の間で燃え上がる恋の炎。
(待って、待って、ちょっと待って。なんなのこれ。)
熱烈なラブシーンで、ゆかり は脳みそが沸騰しそうになった。
その後、二人は力を合わせて研究所の陰謀「イージス作戦」を暴き、ついに所長との対決。罠にはめられて危うく殺されそうになったものの、所長の自業自得と思える死によって映画は終了した。
(う・・・なんか、全然話に集中できなかった・・・)
エンディングテーマが流れる中、ゆかり はぐったりしていた。
ポップコーンは手つかずのままだった。
「緊迫感があって、なかなか面白い映画だったね。どんでん返しの展開も良かった。」
駅のホームで電車を待ちつつ、彼が感想を言った。
「ソレハ良カッタデスネー。」
ゆかり は感情のこもらない声でそう返した。
「なんで棒読み?」
彼が不思議そうに聞いて来る。ゆかり は眉をひそめて彼を見返した。
「まあ、映画としては良くできてたかも、だけど・・・なんだか、上司の人が幾月さんみたいだなって思って・・・」
「ああ、それ・・・僕もそう思った。」
彼が大きくうなずく。
「そうしたら女の先輩が桐条先輩に・・・ボクシング男が真田さんに見えてきて・・・」
「確かに・・・」
彼がうん、うん、と繰り返しうなずく。
「そしたらもう、他の人もみんな誰かに見えてきちゃって・・・せっかくのサスペンス映画なのになんだかコメディみたいに見えてちゃって・・・ゆっくり映画鑑賞なんかできなかった。」
さすがに主人公カップルが、自分と彼に重なったことまでは口にできない。
「ああ、なるほど。でも、それはそれとして面白いんじゃない。」
ぼやく ゆかり に、彼はすましてそう言った。
電車はなかなか来ない。ホームは人でいっぱいになってきた。
「だってさ、狙ったみたいにみんなそっくりなんだもん。話に集中できないよ。まあ、さすがにロボットのアイギスまでは出てこなかったけどね。」
ゆかり の言葉に、彼が意味ありげな笑みを浮かべた。
それが気になって「なに?」と聞き返す。
「映画の佳境で、『イージス作戦』って出てきたでしょ。」
笑いをこらえるように彼が言った。
「うん。」
「アイギスはラテン語。英語読みだとイージスになるんだよ。」
「やめてよー。」
ゆかり は思わず頭を抱えた。
(これ、ほんとに誰かにからかわれてるんじゃないの~。)
その頃にはもう、ホームは電車を待つ人でぎっしりの状態だった。
人に押されてなんだか様子がおかしいと気づいたとき、駅のアナウンスが流れた。
『お忙しいところお待たせしております。線路内に人が立ち入ったという報告があり、現在確認中です。』
電車が遅れたために、車内は混み合ってぎゅうぎゅう詰めの状態だった。
やっとの思いで磐戸台駅にたどり着いたときには、既に12時になっていた。駅を出もしないうちに影時間に入る。照明が消え、静寂が訪れた。周りには多数の棺が不気味に立っている。月あかりだけが不自然に明るい。
(ホントに素敵なデートだこと・・・)
ゆかり はため息をついた。
「車内で影時間にならなくて良かったよね。」
彼の言葉にも、ただ力なくうなずくことしかできなかった。
この上、棺桶でぎゅうぎゅう詰めの車内に1時間も閉じ込められるなんて、想像しただけで寒気がする。
疲れ切った状態で、寮への道筋をとぼとぼと歩く。
「もう今日はさんざんだったわ。ごめんねー、せっかく付き合ってもらったのにこんなことになって・・・。」
ゆかり は泣きたい気分で彼にそうこぼした。
(あれだけ楽しみにしていたのに・・・。素敵なデートをして、できることならもっと親密な仲に・・・とか期待してたのに・・・。)
夢のデートが、予想外の事態の連続でぐだぐだになってしまった。つきあってくれた彼にも申し訳が立たない。
「そう? 僕は楽しかったけど・・・」
落胆する ゆかり に、彼は平然とそう答えた。
ゆかり は思わず彼の顔に眼を向ける。
普段、表情に乏しい彼が、めずらしいことにおどけた顔をしてみせた。
「人ってさ。みんな違うことを考えて、それぞれ勝手に行動しているでしょ。だからこそ思いがけない偶然で、いろんな人といろんな場所で出会う。」
何を言われているのかわからず、ゆかり はきょとんとする。
「わざわざ地元じゃなくて新宿まで行ったのに、電車に乗れば無達さんいて、レストランに行けば社長と会うし、映画館には順平たちがいる。」
「気づいてたの?」
ゆかり はあっけに取られた。それに対して彼は片目をつぶって見せた。
「現実って、時に予想を超える展開をするよね。これってすごく面白いと思う。いや、面白いと思うようになったんだよ。ここへ来て、みんなと出会ってから。」
いつも言葉少ない彼が饒舌に語っている。
気落ちしている ゆかり を元気づけようとしてくれているのだ、ということに気づいた。
「映画だってそうさ。岳羽に誘ってもらわなければ知りもしなかった映画だった。でも観てみたら海外で作られたのに、妙にうちのメンバーに似た人がいっぱい出てて・・・偶然っていえばそれまでだけど、これって面白いと思わない?」
「そりゃあ、まあ・・・笑い話としてはね。」
(笑い話としては面白い。普段の私なら笑い飛ばしていただろう。でも・・・私は初デートを笑い話にしたかったわけじゃない。)
そんな様子の ゆかり にかまわず、彼は話し続ける。
「こんな面白いことでも一人で体験してたらそこまでだけど、誰かと一緒に共有できれば、面白かったねって笑い合うことができる。それって楽しいことだと思うんだ。だから今日は岳羽と一緒にいてとても楽しかった。」
彼が笑いかけてきた。
「今日は誘ってくれてありがとう。」
めったに見せることの無い、会心の笑顔だった。その笑顔が落ち込んでいた ゆかり のハートを直撃した。
(うわっ、クリティカルヒットだ。)
ゆかり の心臓が高鳴った。
(えっ、これってもしかしてそういう展開? なんだか全然思い通りにならなかったデートだけど、今ここがクライマックスなの?)
突然の事態にすっかりうろたえ、彼の顔を見れずに視線を泳がす。それでもここで何か、彼の言葉に応えなければと思い、焦って口を開いた。
「あ、あの・・・私も・・・本当に・・・だから、良かったら、また・・・」
頭の中がぐるぐるする。何を言うかまとまらないまま、しどろもどろになってしまう。
その言葉を遮るかのように、彼はいきなり真剣な表情を浮かべて ゆかり に歩み寄り、彼女の両肩をつかんでグイッと引き寄せた。
(えっ・・・えっ・・・何??)
一瞬、抱きしめられるのかと思い、思わず身を固くする。
(そんなの急過ぎる~。こ、心の準備が~!!)
・・・が、気が付けば ゆかり は彼の背中を見て立っていた。
そして彼は、建物の背後からいきなり現れた巨大なシャドウの前に、ゆかり をかばうように立ちはだかっていた。
「・・・・。」
度重なる予想外の事態に、ゆかり は思考停止して立ちすくんだ。
(もう・・・なんなのよ、今日は。超展開過ぎてついていけない!!)
今は影時間。徘徊するシャドウと出くわす危険性は十分ある。あることはある。
(だからと言ってこのタイミング~!?)
目の前の状況にも構わず、彼は落ち着いた声で話しを続けた。
「それにね。電車が遅れたのはついてなかったけど、アイギスが持たせてくれたから・・・
今、ここに召喚器がある。」
そう言うと、彼は懐から銃の形をした召喚器を引き抜いてみせた。
「そして、社長がくれたから弓もある。」
続けて、顔をシャドウに向けたまま、もう片方の手に持っていた袋を ゆかり に差し出してきた。
シャドウに通常の武器は効かない。武器はペルソナ使いが持って、初めて威力を発揮する。ペルソナ使いの力が武器を通してシャドウにダメージを与えるのだ。
(それにしたって、おもちゃの弓? 吸盤で引っ付くやつ?)
心でつっこみを入れつつ、それでも ゆかり は急いでビニールを破り弓と矢を引き出す。
「いらないと思ってたものが、役に立ったりもする。予想外の事って本当に面白い。」
彼は平然と話を続けながら、シャドウに向かって足を踏み出した。
二人に気づいたシャドウが雄たけびを上げ向かって来る。
「ペルソナ!」
応えるように彼が召喚器を頭に当てて叫んだ。
彼の体から浮き上がるように異形のペルソナが出現し、火炎攻撃を放つ。
炎に巻かれてシャドウが悶え苦しみ、その場に転倒した。幸運にも弱点属性だったらしい。
「今だ。」
彼の掛け声に合わせて ゆかり は弓を引き絞った。
それと共に猛烈な怒りが湧き上がってくる。
(まったく、何なのよ・・・)
(せっかくのデートだってのに・・・)
(すっごく楽しみにしてたのに・・・)
(次から次へと水を差して・・・最後はシャドウ?)
「いい加減にしなさいよ~!!!」
怒りを込めて矢を放つ。
矢は ゆかり の気持ちを乗せて一直線に走り、シャドウの仮面のみけんにペコッと貼りついた。
次の瞬間、シャドウの巨大な体が黒い塵となって爆散した。
「クリティカルヒットだ。」
彼が高らかに声を上げる。
そして魂が抜けたような表情で立ち尽くす ゆかり に、振り向いて笑いかけてきた。
「ね、面白いだろ!」
後書き
後編、終了です。
この後、後日談部分も書きましたが、切れが悪いので抹消しました。
主人公の彼が少ししゃべり過ぎですが、結城 理 でも 有里 湊 でも 汐見 朔也 でもない私のオリジナルということでご理解ください。(名前はあるけどあえて表示しません。)
さて、次は天田君とP5の新島真(5年生)が出会う話を考えています。
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