ペルソナ3 追憶の少年
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前編
前書き
ペルソナ3大好きのあまり、勝手に書いてる外伝の2作目です。
今回の主役は天田君。彼の相手役に最初は舞子を考えていたんですが、どうせ2次創作なんだからもっと思い切って菜々子でもいいんじゃないかと思いまして、こうなった次第です。
例によって記憶だけで書いてますので、どこか不整合がありましたらご容赦を。
天田 乾がその親子と出会ったのは、夏も終わりが近づいてきたある日の夕刻だった。
日差しが弱まってきたので、コロマルの散歩がてら夕食を買いに出ることにした。
いつものコースを辿り、巌戸台駅の近くにさしかかったところで、道路脇の地域案内板の前に立つ女性に気づいて思わず足を止めた。
その女性の姿があまりにも母によく似ていたからだ。
(おかあさん・・・?)
もちろんそんなはずはない。母は死んだのだ。
病院でも母の死亡は確認された。葬式も出した。今はもうどこにもいない。母は間違いなく死んでいる。
2年前のことだ。世間では事故死と言われている。しかし、それが真実でないことを彼だけは知っている。
なぜなら、母は彼の目の前で殺されたからだ。
母の死の真相について、当時 小学3年生だった彼の証言を信じてはくれる人はいなかった。10歳にもならない子供の語る非現実的な話を、大人は真面目に受け止めてはくれない。母親の死を目の当たりにしたショックで幻覚を見たのだとか、記憶の混乱を生じたのだとか、勝手な解釈で済まされてしまった。その時は、理解されないことが、ただただ辛かった。
それでも彼は真実を知っている。
母を殺したのはシャドウと思われる異形の怪物だ。
だからこそ、彼は今、ここにいる。
特別課外活動部に。
母の仇を討つために。
天田がその女性を見つめてしばらく立ち止まっていると、コロマルが不思議そうに見上げてクウーンと声を上げた。
その声に反応して、女性と一緒にいた幼稚園児くらいの女の子が振り向いた。
「わんちゃん?」
4才くらいだろうか、髪をツインテールに結んだ可愛いらしい子だった。
女の子は、とことこと近づいて来ると、じっとコロマルを覗き込んだ。コロマルも興味深そうに女の子を見返す。
それから女の子は天田の方に顔を向けると、恥ずかしそうに「なでていい?」と訊いてきた。
「あっ・・・うん、大丈夫だよ。おとなしいから。」
慌てて笑顔を作って女の子に答える。
「コロマル、じっとしてるんだぞ。」
命じられて、コロマルは不動の姿勢を取る。女の子はちょこんとしゃがむと、こわごわ手を伸ばし、そっと犬の頭に触れた。
「かわいいねー。」
嬉しそうな顔でコロマルの頭や背中をなでている。
あまりにも喜んでいるので、天田は女の子に声をかけてみた。
「お手、してみる?」
「いいの? 」
「もちろん。・・・コロマルの前に手を出してごらん。」
女の子はうなずくと、「コロマル、おて。」と言って手を出す。コロマルはすかさずそこに前足を載せた。女の子が楽しそうに笑い声をあげる。
「いいこだねー。おかあさん、見てー。コロマルが おて してる。」
「まあ、良かったわね、菜々子。」
いつの間にか母親も近くに寄ってきて、笑顔で娘の様子を覗き込んでいた。
天田はドキッとした。その笑顔は、やはり死んだ母によく似ている。
「ありがとう。賢そうな犬ね。」
母親に声をかけられて、「えっ・・・いえ・・・」と口ごもってしまう。
「柴犬? ちょっと変わってるわね。」
「あ、アルピノって言うんだそうです。色素が薄くて毛がこんな色してるんです。前の飼い主の人が、アルピノは体が弱いから強く生きるようにって、虎狼丸って名前を付けたんです。虎と狼で虎狼丸。すごい名前ですよね。でも、みんなコロマルって呼んでますけど・・・。」
母に似た人を前に、緊張のあまり思わず饒舌になってしまう。
(何を一生懸命に説明してるんだ、僕は・・・)
天田は心の中で自分につっこみをいれた。
それでも母親は、にこやかにうなずきながら話を聞いてくれていた。
「おかあさん。コロマルにおやつあげたい。」
唐突に女の子が母親を見上げて言った。娘にせがまれて、母親は少し困ったように「ごめんね、今は何もないわ。」と答える。
「あっ・・・待って、それなら・・・」
天田は慌ててポケットからビーフジャーキーを引っ張り出した。
「ほら、これをあげて。コロマルのおやつに持ってきたんだ。」
菜々子は「ありがとう」と言って受け取ると、コロマルの口元に「はい」と差し出した。好物を目の前に出されたコロマルが、落ち着かなげに小さく足踏みしながら天田を見上げる。
「ヨシ! 食べていいよ。」
天田が声をかけると、コロマルは嬉しそうにビーフジャーキーにかぶりついた。
「わあー、たべたー!」
奈々子が歓声を上げる。
「本当におりこうな犬ね。ありがとうね。」
母親に礼を言われて、天田は少し赤くなって「いえ」と言った。
「ねえ、ついでで申し訳ないんだけど、道を教えてもらえるかしら。・・・長鳴神社に行きたいんだけど。」
「な・・長鳴神社、ならこっちです。」
少しどもりながら、焦って指さす。
「ちょうどコロマルの散歩のコースだから、僕・・・案内します。」
「あら、ありがとう。助かるわ。」
母親に笑顔で言われて、天田はまた耳まで赤くなった。
長鳴神社までの道筋を3人で話しながら歩いた。
コロマルの元の飼い主が長鳴神社の神主だったこと、神主が事故で死んだ後もコロマルが神社を守っていたことも話した。
そして、これはさすがに話せないが、神社にシャドウが現れたとき、コロマルは神社を守るためシャドウと戦ったのだ。それをきっかけに月光館学園の巌戸台寮にひきとられることとなった。
シャドウは人の精神が暴走して生みだされる異形の怪物だ。シャドウを生み出した後、人は無気力症と呼ばれる廃人状態になってしまう。
シャドウの多くは、タルタロスと呼ばれる謎の迷宮に集まる。しかし生まれたばかりのシャドウは、影時間に街を徘徊していることがあり、出会うと襲いかかってくるので非常に危険だ。ちょうど長鳴神社に現れたシャドウのように。
もっとも普通の人には影時間を体感することすらできないのだが・・・
堂島菜々子とその母親は、八十稲羽から来て、長鳴神社近くの親戚の家を訪ねるところだった。八十稲葉は温泉地として知られている田舎の町だそうだ。
本当は菜々子の父親も一緒に来る予定だったのが、直前になって急な仕事で来れなくなったらしい。
「おとうさんね。おまわりさんなんだよ。」
菜々子がコロマルのリードを引きながら言った。
「おまわりさん?」
「稲葉署の刑事なのよ。」と母親が言い添えた。
「へー、刑事さん。なんか、かっこいいですね。」
「かっこいいかあ。あなたたちくらいの子には刑事ってかっこよく思えるのね。」
「違うんですか。」
母親の言い方に引っかかるものを感じて、天田は訊き返した。
「そうねえ。地味だし、忙しいし、危険だし・・大変な仕事よ。ドラマの中のかっこいい刑事さんとは大違い。今日だって、菜々子がいっしょに来るのを楽しみにしてたのに、急に事件が起きたからって・・・」
「おとうさん・・・かっこいいよ。」
母親の言葉を遮って、唐突に菜々子が言った。
「おとうさん、わるいひとをつかまえてるんだもん。みんながなかよくできるように、わるいことしちゃだめだよってしかってるんだもん。すごくかっこいいよ。」
父親を必死に弁護する菜々子。
「そうだね。僕もすごくかっこいいと思うよ。菜々子ちゃんはお父さんが大好きなんだね。」
天田が菜々子に笑いかけると、菜々子は嬉しそうにうなずく。
「菜々子ちゃんにとってお父さんはヒーローなんですね。なんだかそういうのいいな。」
母親はくすりと笑った。
「そうねー。父親は尊敬されてなくっちゃね。ぐちを言ってたら、頑張って仕事してる人に怒られちゃうわ。・・・天田君のお父さんのお仕事は?」
「えっ・・・と。」
その問いかけに天田は少し口ごもり、そして「ウチは、僕が小さいころに離婚しちゃって・・・」と困ったようにぼそりと言った。
母親は慌てて「ごめんなさい。」と謝った。
「いいんです。気にしないでください。・・・もう、顔も覚えていないんです。」
「そう・・・じゃあ今はお母さんと二人?」
「いえ・・・お母さんは、その・・・2年前に死んでしまって・・・」
天田はさらに言いにくそうに答えた。
それを聞いた母親はひどくうろたえて、再度頭を下げた。
「本当にごめんなさい。・・・私ったら・・・無神経に・・・」
「僕、大丈夫です。気にしないでください。頭を上げてください。」
天田は母親のとりみだした様子を見て、慌てて言った。自分のことで変に気を使われるのが心苦しかった。
菜々子も心配そうな表情で見上げている。話を理解したのだろう。このくらいの子供にとって、両親がいないということは想像もできないほど悲しいことに思えるに違いない。
天田は元気づけるように、菜々子に笑顔を作って見せた。
「それで、ご両親がいなくて・・・その・・・今はどうしてるの?」
母親は聞きにくそうに、しかし心配げに聞いてきた。
「学校の寮に住んでるんです。月光館学園っていうんですけど、高等部の人が入っている寮があって・・・僕は小学5年生だけど特別に入れてもらってるんです。」
「まあ・・・それじゃあ一人で暮らしてるの?」
「大丈夫です。もう子供じゃないし・・・。寮の・・・高校生のみなさんもいい人ばかりで気にかけてくれるので・・・」
「そう・・・大変ね・・・」
母親は続ける言葉に困ったように考え込んだ。菜々子も重い雰囲気を感じたのか、すっかり黙り込んでしまった。
それまでの和やかな雰囲気が一変してしまい、天田は(言わなきゃ良かった)と、ばつの悪い思いをしていた。
ちょうどそんなタイミングで長鳴神社に着いた。
「あっ、ここです。長鳴神社。」
天田はほっとしたように指さす。
母親は手書きの案内図らしいものを広げて場所を確認し、周りを見渡してうなずいた。
「おかげでわかったわ。天田君、本当に親切にしてくれてありがとう。」
「いいえ。どうせコロマルの散歩のついででしたから。」
天田は菜々子からコロマルのリードを受け取った。
「それじゃあ、僕、もう行きます。菜々子ちゃん、ばいばい。」
努めて明るく菜々子に手を振る。菜々子は力なくうなずいた。
「本当にありがとうね。天田君。」
「はい、それじゃあ。」
天田は気まずさを振り切るように、思い切って背を向けると、コロマルと一緒に走り出した。
そのとき「おにいちゃん。ありがとう。・・・コロちゃん、ばいばい。」という菜々子の大きな声が響いた。
振り向いてもう一度手を上げ、その後はただ真っすぐに夕暮れ街へと駆けて行った。
その夜、天田は久しぶりに小さい頃の夢を見た。
母親と手をつないで買い物に行く。近所のスーパーでは、毎回、一つだけ天田の好きなお菓子を買ってくれた。彼はいつも、大好きな戦隊ヒーローの菓子をねだった。
その日の夢の母は、菜々子の母親の姿とダブって見えた。
天田が堂島親子と次に会ったのは、3日後のことだった。
彼は毎日、長鳴神社にお参りをしている。母の仇を討つまで、決意を鈍らせないために、願掛けとして神社に通うと決めているのだ。
その日の夕方、蝉の声の響く中、天田は誰もいない神社の境内を訪れた。
本殿に向かって無心で拝んでいると、突然に小さな子供が背後から抱きついてきた。驚いて振り向くと、「おにいちゃん。」と嬉しそうに菜々子が見上げていた。
「菜々子ちゃん!」
「びっくりした?」
菜々子がいたずらっぽい顔で笑う。
「びっくりしたー。心臓が止まるかと思った。」
天田はおおげさな身振りで答えて、二人は一緒に笑い声をあげた。
「コロちゃん、いないの?」
菜々子が境内を見回す。
「今日は他の人が散歩の当番なんだよ。ごめんね。会いたかった?」
「うん。」と菜々子がうなずく。
「菜々子ちゃん、一人なの?」
菜々子はもう一度うなずく。
「おかあさん、ごはんつくってる。よびにくるまで、ここであそんでなさいって。」
長鳴神社の片隅には滑り台やブランコがあって、よく小さな子供が遊んでいる。
「そういえば親戚の家ってこの近くなんだっけ。」
「あそこ。くろいやね。」
菜々子が指さした。指の先に瓦屋根の古い家がある。
「そっか。それで、一人で遊びに来たんだ。」
「うん。でもひとりだとつまんない。おにいちゃん、いっしょにあそぼ?」
菜々子がせがむような目で見てくる。
先日、自分のせいで悲しい思いをさせてしまったことが気にかかっていたので、今日の菜々子の笑顔には、救われたようなほっとした気持ちになっていた。
「じゃあ、一緒に遊ぼうか。」
「ほんとに? ありがとう。」
菜々子は、また嬉しそうに笑顔を見せた。
それからしばらく、菜々子と話をしながら、滑り台やブランコや鉄棒をした。
本当に明るくて素直で、しっかりした子だ。一緒にいると、こちらの気持ちまで暖かくなってくる。
菜々子の親戚のおばさんという人が体調を崩しているらしく、お見舞いがてら家事の手伝いに来ているらしい。
普段は明るくて優しいおばさんなのだそうだが、今は具合が悪くて元気が無いということだった。
母親が忙しくしているので菜々子は一人で退屈気味だったようだが、それでも昨日は水族館に連れて行ってもらったと嬉しそうに話した。
そうして30分ほどたったころ、母親が菜々子を呼びに来た。
「あら、天田君じゃない!」
菜々子と遊んでいる天田を見て、母親は驚いて声を上げた。
「こんにちは。ちょうど、神社でばったり会っちゃって。」
天田が応えると、「遊んでくれていたの? ありがとう。」と笑顔で礼を言われた。
「また会えてうれしいわ。菜々子も会いたがっていたのよ。」
そう言われて、天田はまた顔を赤らめた。
そこで、母親は急に名案を思い付いたというように目を輝かせた。
「そうだ、天田君。お夕飯食べて行かない?」
「えっ・・・悪いですよ。そんな。」
「気にしないで。大丈夫よ、一人くらい増えたって。子供が遠慮なんかしないの。」
「僕、子供じゃないです。」
天田が少しむっとして答えると、母親は「あら、ごめんなさい。」と笑いながら、それでも「今日はカレーを作ったの。多めに作ってあるから大丈夫。」と言った。
「でも親戚の方の家なんですよね。」
「今は留守にしてるの。私達だけよ。」
「・・・でも・・・」
天田は困ったような表情でうつむく。
母親は少し身をかがめ、天田の顔を覗き込むように問いかけた。
「夕食、何食べるつもりだったの?」
「帰りにコンビニで何か買って帰ろうと思って・・・」
「だめよ、育ち盛りにコンビニばかりじゃ。ねっ。いいからいらっしゃい。」
母親がおもむろに天田の手を引く。
「おにいちゃん、いこう。おかあさんのカレー、おいしいよ。」
菜々子が後ろから背中を押してきた。
母子に半ば強引に連れられて、結局 夕食をごちそうになることになってしまった。
後書き
ということで、前編終了です。
後編では影時間に事件に遭遇した天田君が、シャドウと対決します。
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