木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第四章 いつだって、道はある。
ヒルゼン
「テマリ……カンクロウ」
呼べば、二人の視線はこちらに集まってきていた。
二人が好きだと、ナルトと交戦した今ならわかる。うずまきナルトとは本当に不思議な男だった。我愛羅がもう忘れたことすら忘れていたくらいの、でもとても大切で古くて、切実な感情を思い起こさせた。
それは、テマリとカンクロウと仲良くなりたい、という、幼い頃から、ずっと願ってきたこと。
「すまない」
はじめて聞く末の弟の言葉に、テマリとカンクロウが目を見開く。テマリがちょっとだけ嬉しそうな目をし、カンクロウが、「べ、別にいいじゃん、」とどもりどもり、それでも嬉しそうに言った。
きっとこれがその願いをかなえるための第一歩。
とっても遅くなってしまったけれど、でも願わくば、いつか……
――うずまきナルト……か
朱色の光に囲われた金色が、ゆっくりと閉じた我愛羅の瞼の裏に、映った。
+
「一つ聞いていいか……ナルト」
両腕を包帯で丁寧に包んだネジが、傍に立つナルトに視線を向けた。木の葉崩しからは既に二日、経っていた。
「俺はお前のことを取るに足りない落ち零れだと……ずっと思っていた。あれは俺が間違っていたのだろうけれど……ひとつ聞きたい。――なんでお前はそんなに強いんだ?」
あの朱色の――眩しい眩しい光。あの強さ、そして美しさ。強いからこそ何よりも美しく見えたあの輝きに、ネジは一瞬にして虜になってしまった。今でも瞼の奥に焼きついている、朱色の光。そしてその朱色よりも更に眩しく煌く金色。
きょとん、とした表情を見せていたナルトが、ちょっとだけ照れくさそうに笑った。
「なんてえのかな……あのさ、あのさ、俺、小さい頃からずっと落ち零れだって言われてきたんだ。……でもだからこそ、他の奴らよりもたくさんたくさん頑張らなきゃ、って、負けられないなって思えて。……うーん、上手く言えねえけど、でも、きっと俺が落ち零れって言われたから、だから余計諦められないんじゃねえのかって思う……ってばよ」
「そう、か」
二人は再び前を向く。その二人の目元はどちらとも僅かに赤く腫れ上がっていた。ネジがふと歩みを止め、言った。
「先にいくからな」
早足で歩き出したネジの背中を見送って、ナルトはそこにずっと立っていた。黒い服を身に纏ったサクラが、無言で挨拶をした。その眉が頼りなげに下がっていた。
空を見上げる。残された一片の青空もまた、黒雲に覆われる。もうすぐ雨が降るだろう、とサクラは思った。木ノ葉の里の皆の気持ちを表すかのような、雨が――
足音がした。振り返る。サスケがナルトとサクラの間を音も立てずに通り抜けた。その背後でつむじ風が立ち、枯れた木ノ葉を巻き上げた。秋の気配はもうそこまで忍び寄っていた。サスケが再び歩き出すのを、サクラとナルトは同時に追いかけ、そして当たり前のように三人で並んで歩いた。それが当たり前のことだった。少なくとも今までは。
今日は三代目火影の葬式だった。
+
沢山の遺影が並べられていた。
一番真ん中の高い位置におかれたのが三代目火影、猿飛ヒルゼンのものだ。周りにはその他の上忍や中忍の遺影が整列していた。白い目の者、サングラスをつけた者、赤い逆三角形を頬に描いた者、黒髪をつむじで束ねたもの、オレンジの混じった金の髪の者、「食」の字が書かれた衣服をつけた者、紫の髪をした女性みたいな顔の男性、その他様々な姿な者たちの遺影が、そこにあった。
それら全てが木ノ葉崩しの被害者だ。上忍や中忍のだけでもなく、一般市民のものもあった。チョウジはその中に、白い髪に赤い目の男性と、ヤバネの遺影を見つけた。
最前列に立つのはご意見番水戸門ホムラにうたたねコハルだ。ダンゾウの姿はない――暗部はこんなときでさえ死者を弔う暇を与えられることはない。こうしている今も彼らは木ノ葉崩しに関することを調べているはずだった。
ぴちゃぴちゃと雨が、黒装束に身を包んだ膨大な数の参列者達の上に降り注いだ。
「この度の戦闘で、命を落とした三代目火影、並びに、その犠牲者を弔うための、葬儀を行う」
ホムラが宣言した。白い花が一輪、また一輪と捧げられていく。忍びの名前はきっともう慰霊碑に刻まれたはずだった――木ノ葉を守り通した英雄として。
直ぐ傍で、泣き声が聞こえる。木ノ葉丸だった。イルカがその肩をそっと抱いた。
ずっと昔――イルカは慰霊碑の前で泣いていた。九尾に殺された両親を想って泣き続けていた。その時やってきたヒルゼンに、イルカは自分は九尾を守って死んだ英雄の子だから、悲しくなんか無いと、泣いてなんかないと強がった。そんな自分を、まるで自分の子供を抱くかのように抱きしめてくれたヒルゼンの暖かさも、優しい言葉も、まだ鮮明に覚えている。
そして鮮明に覚えているからこそ悲しい。イルカは木ノ葉丸をそっと抱き寄せた。
例えば、チョウジとシカマルが一緒に悪戯して三代目にこっぴどく怒鳴られたこととか。
例えば、サクラといのが一緒に花を三代目にプレゼントしたこととか。
例えば、嫌そうな顔しながらも抵抗しなかったサスケを撫でてる時、三代目が笑ってたこととか。
例えば、任務帰りに団子を食べているキバ、シノ、ヒナタと三代目が、ちょっと立ち話をしたこととか。
例えば、無銭飲食をしたマナを三代目がこっぴどく叱って、でも懲りないマナに三代目が溜息ついてたこととか。
例えば、いじめられっこだったユヅルが、三代目を見るといじめっこの存在も何もかも忘れてにこにこすることとか。
例えば、はじめの水遁を見た三代目が色々なアドバイスをしてたこととか。
――例えば、一緒にラーメンを食べたこと、おいろけの術を使って卒倒させたこと、色んな悪戯して怒られたこととか、その他、色んな、ことが。
それら全てが、白い花と共に三代目の前に置かれていく気がした。
置いてしまったら三代目のことを忘れてしまうのではないかと不意に怖くなる。それでもナルトはぐっと唇を噛み締めて踵を返した。次の参列者が花を置いた。
「なあ、マナ」
マナが自分の隣に並んだ。マナはナルトと同じで、小さい頃から三代目と暮らしてきていた。二人ともアカデミーの第四学年頃から一人暮らしをはじめたけれど、幼い頃から三代目といたのは同じだ。
「俺さ、あの白い花ん中にさ……入ってる気がするんだよ、俺たちと三代目の、その、思い出みてえなもんが。でもあそこに置いちゃったら……なんか……」
ナルトは黙り込んだ。沈黙が続く。花が一輪、また一輪と積み上げられていく。暫くの間黙っていたマナが、ふと口を開く。
「三代目ってさぁ、ジジイだろ」
「……え?」
「ボケ始まってるよ、きっと。物忘れひどくなってるはずだ、うん。……まあだからこそアタシらがさ、思い出のたくさん入った花あげてさぁ。そうじゃないと忘れちまうかもしんないだろ? だから思い出のいっぱい詰まった花、置いとくんだよ。ジジイ忘れんなよ、忘れたら承知しねえぞ、ってな」
マナと視線が合う。涙を滲ませた瞳で、マナが必死に笑って見せた。いつの間にか雨は止んでいた。
「でも、ほんとわっかんねえの」
マナが俯いた。ぽつり、と呟く。
「人ってなんで人のために命かけれんのかなあ」
「人間が一人死ぬ……亡くなる。過去やその生活と一緒に」
答えたのはイルカだった。マナとナルトの視線がイルカに向いた。
「沢山の忍びが任務や戦争で死んでいく。驚くほどあっさりと――簡単に。彼らだってその一人だよ。死にゆく者にも夢や目指す者はある。しかし、誰にでもそれと同じくらい大切な者があるんだ」
両親――兄弟。友達や、恋人。自分にとって大切な人たち、そして彼らと持ってきた信頼と絆。時が経つにつれ太く強くなっていくその繋がりの糸。
「理屈じゃないんだ。……その糸を持っちまった奴は、そうしちまうんだ」
ナルトも同じだった。サクラとサスケを守ろうと必死に戦った。死ぬという概念はぼんやりとしか存在しなかった。その意味は、イルカの言葉はなんとなく理解できる。でも死ぬのは、辛いなと想った。
でもわかってる。三代目は犬死したわけじゃない。大切な何かを守り、そして大切な何かを託して死んでいったのだと、なんとなくだが、わかる。
「雨、止んだね」
サクラの言葉につられたかのように、皆が空を見上げる。黒雲は遠ざかり、青空のかけらがまた、視界に映ってくるところだった。
+
「じゃーね、イルカ先生!」
イルカに手を振り、ナルトが走ってカカシ、サクラ、サスケの元へと走っていく。今はそこがナルトの居場所だった。カカシが立ち、サクラが微笑み、サスケが笑うその場所こそが。
そしてきっとナルトはこれからもずっと、彼らを守る為に戦い続けるはずだ。
+
「壊滅は免れたものの、被害は甚大なようですねえ」
鬼鮫が代金を無人のカウンターに置いた。串が皿の上に転がり、空の世のみが机の上に置かれてあった。カウンターは無人でも代金を一応置いておくあたり、鬼鮫とイタチの人柄が透けて見える。
「しかも大蛇丸にはみすみす逃げられてしまいましたし」
「……いや。大蛇丸は三代目火影の術の所為で恐らくもう術を使うことは出来ないはずだ。両方を壊滅させることは出来なかったが……」
「おかげで九尾の人柱力が誰なのかわかりましたね。やれやれ、自分が一尾だと触れて回るようなことばかりの一尾の人柱力よりも、ずっと尻尾を隠すのが上手いようですねェ」
くすくすと鬼鮫が笑い声をたて、そして幾分低い声で言った。
「しかし……あの妖ども、予想以上に集まってきているようですね。――そろそろアジトに戻りますか、イタチさん?」
「……いや……」
イタチは笠をかぶった。しゃりん、と鈴の音がした。
「サスケがどれくらい強くなったのか、少し確かめてみたい」
+
「なんで?」
泣き声が響き渡る病室で、一人の少年が咽び泣いていた。
「どうして?」
少年が目を覚ましたのはたった今朝のこと。葬儀への参加も許されず、朦朧とした意識のなかずっと病室に横たわっていた彼が知らされた事実。
彼が昏睡している間に起きた木ノ葉崩し――そして、父と妹の死。
「なんで俺が眠ってる間に……あああぁあああッ」
なんで自分は眠り続けていることしか出来なかったのだろう。なんでなんでどうして。なんで自分が寝ている内に木ノ葉崩しが起こっており、その上自分の肉親が、たった二人の肉親が死んでいるのだろうか。
呪いにしか思えなかった。なんで木ノ葉崩しの間なにも知らずに眠りこけていた自分だけが生き残っているのだろう。
どん、と壁を殴りつける。握り締めた拳から血が滴った。
後書き
三代目葬儀と遅ればせながら目を覚ましたユヅル。綱手が既に木ノ葉にいるために綱手探しをすっ飛ばして直接サスケとイタチの部分につながります。
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