水の国の王は転生者
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第五十三話 ドゥカーバンクの戦い・中編
浮上したベルギカ号の甲板上は騒然としていた。
すぐ下の大海原が突如荒れ、巨大な渦を作り出したのだ。
「各部署、被害を知らせ!」
艦長のド・ローテルが士官たちに命令を出していた。
「一体、何がどうなっているのだ」
「艦長!」
「どうした!」
「殿下のお姿が見当たらないそうです!」
「むむ! という事はあの渦は殿下が!?」
ド・ローテルは甲板から渦の渦巻く海を見下ろした。
暫くして、数リーグ及ぶ大渦は小さくなって行きやがて消えてなくなった。
「これは、殿下はご無事であろうか……」
「艦長!」
「今度は何だ!」
伝令の仕官が、ド・ローテルの下へ駆け寄ってきた。
「北の方角、水平線の向こう側で海獣と思しき物体を多数発見したとの事です」
「なんだとぉ!?」
ド・ローテルは驚きの声を上げた。
「こうしてはいられない、戦闘準備だ!」
「了解!」
ド・ローテルの命令で、仕官や水兵たちは別の生き物の様に顔付きが変わり艦内を走り回った。ベルギカ号は戦うフネに様変わりした。
「右舷全砲発射準備良し!」
「左舷も全砲発射準備良し!」
次々と報告がド・ローテルに上がってきた。
ベルギカ号には左右に8門づつの計16門の24リーブル前装砲が配備されている。大砲こそ旧式の前装砲だが冶金技術の向上で頑丈になり、より強力な火薬で遠くに砲弾を飛ばせるようになった。
「ロケット砲は?」
「現在、鋭意準備中との事です」
「急がせろ」
「了解!」
ド・ローテルが水平線の向こうに視線を戻すと、数百もの海獣が白い尾を引いて海上を航行しているのが見えた。
海獣一つ一つが全長は30メイルは下らない巨体を誇っている。
「これは……!」
思わず生唾を飲み込んでしまう。
あれだけの数を、相手にしなければならない事に、一瞬、絶望を覚えた。
……
戦闘準備を示す鐘が、引っ切り無しに鳴らされていた。
「何かあったのかしら?」
女性部屋に居たエレオノールは、ドアから顔を出して廊下の様子を伺っていた。
「何か異変が起こった様ね。私達は部屋に居て何らかの指示を待ちましょう」
一方のシュヴルーズはというと、のん気に日記を書いていた。
「すみません! 失礼しますっ!」
アニエスがノックも無く部屋に入ってきて、ベッドの側に置いてあった木製の武器ケースからライフル銃を取り出した。
「ミス・ミラン、この騒ぎは何? 何があったというの?」
「戦闘です! 皆さんは学術団の皆さんと一緒に、食堂で待機する様にお願いします」
「戦闘!? 一体何がどうなっているの?」
「詳しい事は食堂で。私はすぐに戻らないといけないので、すみませんが、早目に移動をお願いします」
そう言って、アニエスはライフル銃を抱えて部屋を出て行った。
「……ああ、行ってしまったわ」
「兎も角。ミス・ヴァリエール、私達も移動しましょう」
シュヴルーズは、書いていた日記を小脇に抱え、いそいそと必要な物をポケットに突っ込んでいた。
☆ ☆ ☆
先に戦端を開いたのは、海獣でもなくベルギカ号でもなく、ベルギカ号の周りを警戒していたウォーター・ビット達だった。
ウォーター・ビット達は、一部をベルギカ号に護衛に残し、海獣の集団へと飛び去り海上を航行する海獣達に『ウォーター・ショット』を放った。
「ギャオオオオオッ!」
最初の獲物はシー・サーペントで、ウォーターショットの集中砲火を浴び、血塗れになって海に没した。
だが、海上を航行する海獣は今だ膨大で更に多種多様だった。前出のシー・サーペントもまだまだ数は多く、30メイルもあろうかという巨大なサメまで確認された。他にも魚型やトドに良く似た海獣も多く居た。海中で見えないが先ほどのイッカクモドキも、かなりの数が居た。
ウォーター・ビット達はもぐら叩きの様に海上に現れた怪獣を片っ端から打ち抜いていった。
しかし、多勢に無勢。一向に海獣の数は減らなかった。
基本的に海獣は空を飛べない為、上空から一方的に攻撃する事が出来た。だが、マクシミリアンからの魔力供給も無く戦い続けた結果、一つまた一つとウォーター・ビットは魔力切れを起こし、ただの水に戻っていった。
そんな時だった。
海上に100メイル弱の氷山が現れたのは。
突如、進行方向に氷山が現れた為、シー・サーペントの一匹が氷山に乗り上げてしまった。
「待たせたな。ここがお前達の墓場だ!」
声の主はマクシミリアンだった。
マクシミリアンは、氷山の中央の山頂付近に立ち、海獣達を挑発した。
この氷山を作り出したのは彼だった。足場を作る事と自ら囮になることで、ベルギカ号に追っ手を差し向けさせない為でもある。
新たにウォーター・ビットを唱えなおし、マクシミリアンの周りにはウォーター・ビットが近衛兵の様に周りを固めていた。しかもマクシミリアンからの魔力供給のお陰で魔力切れを起こす事はない。
氷山に乗り上げたシー・サーペントは、突然の出来事で気が動転したのか、氷山の上で暴れ回っていた。
「せっかく作ったのに、壊れてしまうじゃないか」
マクシミリアンは、スペルを唱え『アイス・ストーム』をシー・サーペントに放った。
シー・サーペントは、アイス・ストームの暴風に巻き込まれると、氷の粒で傷つけられ、るとその巨体を空高く放り上げられてしまった。そして海に落ちる頃には既に絶命していた。
それが呼び水だったのか、怪獣達は一斉にマクシミリアンの居る氷山へ襲い掛かった。
「ウォーター・ビットは、各個に迎撃!」
マクシミリアンの指令でウォーター・ビット達は、近づく海獣達を狙撃した。
ビシュッビシュッビシュッ!
ウォーターショットの細い線が、氷山へと迫る海獣の頭や背びれに突き刺さる。
海獣達は次々と脱落して行ったが、中には噴水の様に血を噴き出しながらも果敢に迫る魚型海獣が居た。
「魚の癖にいい根性をしているな!」
マクシミリアンは、右手で杖を振るいスペルを唱え、左手でピストルの形を作った。
『ウォーター・ショット』
『ズガン!』という、空気が爆発する音と共に強烈な水流が近くの海獣諸共、魚型海獣を襲った。
マクシミリアン版ウォーター・ショット、別名ウォーター・キャノンの通った後には、原形を留めない肉塊だけが海上に漂い、氷山周辺の海は血に染まった。
……
この時、上空のベルギカ号の甲板では、大きな歓声が上がっていた。
「圧倒的だ!」
「かの『烈風カリン』と良い勝負なのでは?」
「トリステイン王国万歳!」
水兵達は、マクシミリアンの勇姿に拍手喝采だった。
コマンド隊の面々もこの光景を見ていた。
「我々は必要ないのでは?」
派遣部隊隊長のデヴィットがポツリと呟いた。
「殿下が特別なのですよ。全てのメイジがあの域に達する事は無いでしょう。そうですとも!」
派遣部隊のムードメーカーのヒューゴが、鼻息荒く言った。
もう一人、狙撃銃を持ちメインマストのてっぺんで執事のセバスチャンと周囲の警戒をしてる男が居た。彼はジャックという平民出身の元猟師で、ストイックな性格で取っ付きにくいがコマンド隊でも屈指の射撃、取り分け狙撃の名手だった。
ジャックは、アニエスの様にトリステイン製ライフルを持たず『場違いな工芸品』で完全武装していた。トリステイン・ライフルは、まだ実験段階の言わば初期ロットで、予想される故障を嫌っての行動だった。
彼ら三人とアニエスを加えての、計四名がコマンド隊の派遣部隊のメンバーだった。
一方のアニエスはというと、水兵に混じってマクシミリアンの戦いを心配そうに見ていた。
「……がんばれ」
言葉が口から漏れた事気付き周りを見る。幸い誰かの耳には入らなかったようだ。
アニエスは、氷山の上で戦うマクシミリアンを祈るような目で見続けた。
『ウォォォーーッ!』
ベルギカ号で、再び歓声が上がった。
我らの王子様が、また巨大海獣を屠ったからだ。
マクシミリアンは、20メイルもの巨大トドを『ジャベリン』の氷の槍でハリネズミにした。
それでも海獣の数は一向に減らない。
「危ない!」
アニエスは甲板から身を乗り出して叫んだ。
マクシミリアンの居る氷山の真下に、不穏な黒い影を見たからだ。
聴こえたのかどうかは定かではない。戦っていたマクシミリアンは真下を見ると、足の下から空気を噴き出して空へと逃げた。
それと同時に、足場にしていた氷山が粉々に割れ、巨大な竜が飛び出してきた。
海獣の中でも屈指の実力を持つ『水竜』が、マクシミリアンの前に現れたのだ。
☆ ☆ ☆
足下の氷山の下から殺気を感じたマクシミリアンは『エア・ジェット』で空へと逃げた。
その直感は正しかった様で、氷山から離れると同時に粉々になり、巨大な竜が飛び出してきた。
空へと逃げたマクシミリアンは、VTOL機の様に『エア・ジェット』によるホバリング状態で空中に立っていた。
「何だあれ!?」
突如、現れた巨大な竜を見て驚いた。見た事も聞いた事もの無い種類の竜だったからだ
水竜は、上空のマクシミリアンを、恐ろしい眼光を放ち睨みつけると、あんぐりと、その巨大な口を開くと細い水の線を放った。
「うおっ?」
凄まじい水流が、マクシミリアンを襲い、マクシミリアンは更に上空へ吹き飛ばされてしまった。
(ウォーター・ショットと同じ原理か、だが肉を削ぐほどじゃない!)
ここで再び、『エア・ジェット』を唱えたマクシミリアンは、空中でバランスを整え再びホバリング状態になった。
海上の水竜は『こっちへ来い』と言わんばかりに、マクシミリアンに向け口をパクパクさせている。
「ウォーター・ビット!」
マクシミリアンが号令を出すと、ベルギカ号の護衛を含めた32基、全てのウォーター・ビットがマクシミリアンの周りに展開した。
「一斉射!」
ビシュシュッ!
32の細い線が、一斉に水竜へ向けて放たれた。
が、水竜の硬い皮膚に阻まれ効果は得られない。
「効かない!?」
マクシミリアンのうろたえた顔を見て、気を良くした水竜がまた口を開けて水のブレスを吐いた。
「同じ手は食わない!」
『エア・ジェット』で急加速したマクシミリアンは、水のブレスを難なく避けた。この間にもウォーター・ビット達は水竜に向けウォーター・ショットのつるべ撃ちで牽制する。
だが、またも水竜の硬い皮膚に対しては傷一つ付かない。
「チッ」
思わず舌打ちをした。
チラリと上空のベルギカ号へ視線を向けると、甲板には多くの水兵や士官達がこの戦いを固唾を呑んで見守っていた。
「……よし!」
事ここに至ってマクシミリアンは決心した。
「余り時間も掛けられない。オレ達の旅は始まったばかりだし、それに……」
マクシミリアンは何を思ったのか、いきなり海面へ向けて急降下を始めた!
「寒いからな!」
エア・ジェットを吹かして急行下したマクシミリアン。
ドオオオォォォン!
空気を裂く轟音が周辺に轟いた。音の壁を越えたマクシミリアンは更に速度を速める。
急降下中のマクシミリアンは、あわや海面に激突する寸前に、水竜の方に方向を変えた。
瞬間、凄まじい高さの水柱が起き、天高く跳ね上げられた海水は細かく空中に散らばって太陽光で蒸発し、霧の様な現象になった。
「何だこの霧!」
「見えないぞ!」
上空のベルギカ号では、突如起こった異変に右往左往していた。
この間にも、海面ギリギリをエア・ジェットへ滑空するマクシミリアン。
水竜は、水のブレスを海水をマクシミリアンに放つが、既に見切られたのか、最小限の動きで難なくかわされた。
獲物が海面に来たとあっては、他の海獣も黙ってはいない。
マクシミリアンと水竜との間の海が突如盛り上がり、30メイルの巨大なサメが、鯨のブリーチングの様に海面に飛び上がり、迫るマクシミリアンに向け巨大な顎を開き捕食しようした。
「ウォーター・ビット!」
マクシミリアンの後を追っていたウォーター・ビット達は、マクシミリアンの左右斜め上に展開しウォーター・ショットを発射、マクシミリアンの前方にウォーター・ショットで『網目』を作った。その『網目』に巨大なサメが突っ込んできて、哀れ巨大ザメは『ところてん』になる形で絶命した。
血煙が舞い、マクシミリアンは血煙から飛び出す様に水竜へと迫る。
水竜の長い首がボコリと風船の様に膨らんだ。最大出力の水のブレスを吐くつもりのようだ。
「!」
マクシミリアンも水竜の意図を察し更に加速。ウォーター・ビット達は着いて行けなり、マクシミリアンとウォーター・ビットとの差が開いた。
水竜の喉の膨らみは頂点に達し、遂に暴流ともいえる水のブレスを吐いた。
「ぐうううっ!」
マクシミリアンは、身体を思い切り捻り回避しようとした。
その際、回避する為に無茶な体勢をしてしまい、強烈なGを受け全身の骨という骨がが軋む。
「うおおおっ!!」
痛い思いをしたお陰か、触れるもの全てを削ぎ落とす水のブレスは、マクシミリアンを掠め巨大な水柱を上げるだけに留まった。
水竜の懐へと侵入したマクシミリアン。水竜を睨みつけると目と目が合った。
「悪いな……これも、トリステインの為だ、恨んでくれ!」
マクシミリアンの両眼が光った。『伝家の宝刀』の二つの光線が水竜の顎に直撃。分厚い皮膚を灰にする。
「まだまだ!」
さらに長く照射すると、破壊光線は周りの皮膚をじわじわと灰にし、内部の肉にまで達した。
悲鳴を上げる機能すら灰になったのか、声を上げる事も無く水竜の頭部は灰となって崩れ落ち大海原へ散っていった。
頭部を失った水竜は海へと沈んでいく。
それを見て戦意を失ったのか定かではないが、海獣達が退いていった。
「……終わりか?」
マクシミリアンは『エア・ジェット』を切って杖を振るい、足場となる1メイル程の小さな氷山を作ると、氷山の上に乗り腰を下ろした。 辺りには、強風をもいえる強い風が吹き、血で赤く染まった海と多くの海獣の死体が浮かんでいて、その光景と辺りに漂う強烈な血の臭いが、先ほどの死闘が夢ではない事を思い起こさせた。
(まだ、辺りに潜んでいるかもしれない)
マクシミリアンは、左足を海に沈め目を瞑るとソナーを唱えた。
左足からピンガーを発し、帰ってきた音が脳内で映像化される。
「……!」
マクシミリアンの顔はみるみる青くなった。
彼の真下に、200メイルもの巨大な物体を感じた。しかも、脳内に映った映像は、200メイルもの鯨がこちらに向けて巨大な口を開け氷山ごとマクシミリアンを飲み込もうと浮かび上がっている映像だった。
「ヤバイ!」
瞬間。氷山も周りの海面から二つの顎が飛び出した。
エア・ジェットで緊急離脱するが間に合わず、口だけでも数十メイルもある巨大な口にマクシミリアンは飲み込まれてしまった。
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