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運命

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第一章

               運命
 この時ルードヴィッヒ=フォン=ベートーベンは悩んでいた、悩んでいるのは彼の常と言えば常であったが。
 やはりいつも通り癇癪も起こしていたがその癇癪がいつもと違っていた。それで養子になっている甥のカール=フォン=ベートーベンが使用人達にこっそりと尋ねた。
「叔父さんどうしたのかな」
「はい、何かです」
「急にああなられて」
「怒ってものを手当たり次第に投げられて」
「あの有様になっています」
「今度は何があったのかな」
 甥は首を傾げさせて言った。
「叔父さんの癇癪はいつもだけれど」
「前ゲーテさんと喧嘩されましたね」
「それも大喧嘩で」
「公園のど真ん中で喚き合っていたとか」
「周りが引く程に」
「あれもね」 
 ゲーテとの喧嘩のこともだ、甥は話した。ライオンの様な顔の叔父とは違い至って穏やかな顔立ちをしている。
「下らない理由だったね」
「左様でしたね」
「何でもゲーテさんが貴族の方の馬車に一礼されたとか」
「それが理由で、でしたね」
「喧嘩をされたんですね」
「あの時ゲーテさんは正しかったよ」 
 甥はこれまたこっそりと話した。
「その人はゲーテさんがお世話になっている人でね」
「一礼されて当然ですよね」
「それも礼儀ですよね」
「人としても」
「そうだよ、叔父さんの方がね」
 ベートーベンの方がというのだ。
「これ言うとまた癇癪を起こすけれど」
「おかしい」
「カールさんもそう言われますね」
「その様に」
「言うよ、叔父さんの音楽は確かに素晴らしいよ」
 このことは甥も素直に認めた。
「実際にね、けれどね」
「それでもですよね」
「自分の音楽は万人もひれ伏すとか」
「そうした音楽と思われることは」
「流石に自信が過ぎるよ」
 こう指摘した。
「幾ら何でもね」
「左様ですよね」
「旦那様については」
「幾ら何でも」
「自信家過ぎますね」
「うん、それで貴族になぞ一礼しないと言って」
 これは彼の啓蒙思想もあるがそれと共に彼の自信故の尊大さがあるからだ。
「その時もふんぞり返っていたんだったね」
「はい、腕を後ろに組まれて」
「胸を反らしておられたとか」
「幸い貴族の方は抗議されなかったそうですが」
「ああ、抗議したらね」
 その時のこともだ、甥は話した。
「また癇癪起こすからね」
「相手が貴族の方であられても」
「そうされますね」
「そしてそのうえで、ですね」
「大喧嘩ですね」
「そうだよ、もうね」 
 それこそというのだ。
「相手が貴族でも誰でもね」
「喧嘩をされますよね」
「お客様とも何かあればすぐにですし」
「癇癪を起こされて」
「そのうえで」
「そう、それでゲーテさんともね」
 偉大な文学者であり政治家でもある彼と、というのだ。
「全面対決になったんだよ」
「何故ゲーテさん程の方が貴族に頭を下げたのか」
「そう言われてでしたね」
「貴族なぞと言われて」
「それで、でしたね」
「そうだったんだ、下らない理由だよ」
 甥の言葉は苦いものだった、先程からずっとであるが今もだった。 
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