戦闘携帯のラストリゾート
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模犯怪盗の迷推理
たくさん泣いて、たくさん弱音を零した。なにも言えなくなってからもしばらくレイに寄りかかって落ち込んでた。
……だから、ここからはまた頑張らなきゃ。まだチャンスは残ってる。わたしを呼んだキュービさんや任せてくれたスズががっかりしないよう、胸を張って勝ち残るために。
ゆっくり街を歩いて、ホテルの部屋に戻る。……あれ、なんだかいい匂い。紅茶の香りだ。
ルームサービス……っていうやつかな?
「おかえりラディ、このホテルはずいぶんいいお茶を用意してるみたいだよ。マドレーヌも買ってきたしどうかな?」
「うん、ありがとうクルルク……え?」
備え付けのテーブルに焼き菓子を乗せた皿をおいて。タキシードにシルクハットの紳士スタイルでのんびりティーカップを傾けていたのはアローラの怪盗、わたしにとって兄のような人であり今は目標そのものである怪盗クール・ピーター・ルークがいた。
「どうして、ここに!?スズが呼んだの?」
わたしが不甲斐ないからやっぱり頼りになる怪盗を呼んだんじゃ、そんな想像が頭をよぎる。
【いやいや、呼んでませんよ!? というかクルルク、貴方にはラディがいない間に一度仕事をするように言っておいたはずです。模犯怪盗、クール・ピーター・ルーク!】
部屋に響くスズの声。クルルクはいつものメレメレの海みたいな穏やかさから真面目な顔になってこう言った。
「──だって、僕だって怪盗として頑張ってきたんだからラディと同じ様にリゾートを満喫する権利があるんじゃないかな?」
「え……なに言ってるの?」
リゾートを満喫する余裕なんてわたしにはない。今すぐにでもあのマーシャドーを倒す方法を考えないといけないのに。のんきな顔にちょっと腹が立つ。
が、クルルクはそんなわたしの気持ちなど気づくふうもなく続けた。
「スズもラディも口を揃えて言ってたじゃないか。怪盗として一年近く頑張ったご褒美として一週間リゾートを楽しんでくるって」
【言いましたね。あのときのラディの嬉しそうなこと……】
そうだった。リゾートで宝を盗むことを知らされたのはここについてから。アローラの皆にはリゾートで遊んでくるとしか言ってない。
クルルクは、わたしがキュービさんに本気で宝を盗むと約束したことも、さっき負けたことも知らないんだ。
「なら、ラディよりも4年くらい先輩である僕だってリゾートで遊んでもいいはずじゃないか。むしろラディが一週間なら僕はその四倍、一ヶ月遊んでもいいと思わないかい? ねえライアー」
「ライライアー」
気づけばクルルクの相棒のライチュウが窓の外で尻尾に乗りながらリゾートの夜景を眺めている。となりにはカプ・テテフもいた。
【却下します。それよりまさかテテフを、リゾート内で連れ歩いていませんよね……?】
テテフはアローラの中で特別なポケモン。一緒にいればそれだけで目立つ。キュービさんはクルルクを呼びたくなかったみたいだし、ここにいるのがバレたらスズは困るのかもしれない。
「別に構わないだろう? カプ・テテフもカードの一体としてリゾートに登録されてるんだから」
クルルクがティーカップを置く。するとその手に突然、ポケモンカードの束が現れた。直接見えているのは、カプ・テテフGXと描かれたカード。
「僕がついたのは今日のお昼なんだけど、このポケモンカードっていうのは面白いシステムだね。ポケモンの持ち主──『おや』をリゾートにしておいて、バトルの度に交換の形式を通して『おや』をカードの持ち主に変更。誰にでも言うことを聞かせてバトルが終わればまたリゾートに持ち主が戻る。このカードのテテフは、どんな気持ちでアローラとはなんの関係もないホウエンの人と一緒にバトルしているのかな……」
面白いね、という言葉とは裏腹にクルルクは少し悲しそうだった。でも、すぐにまたいつもの穏やかな表情に戻る。
「……どうしてわたしの部屋に来たの?」
「そうそう、このカードはポケモンバトルだけじゃなくて普通にカードゲームとしても遊べるじゃないか。一応このリゾートにも専用スペースはあるけど、せっかくだから最初はラディと遊んでみたいと思ってね」
【いえ、そうではなく。なぜラディの部屋がここだと?】
「初歩的なことだよ。まずラディは海外どころか旅行は初めて。ホテルの予約なんかしたことがない。頑張ったご褒美というならその辺の手続きはすべてスズがやったはず。そして、AIであるスズの行動は電子データとして記録が残っている」
なんでもないことのようにクルルクは言う。スズが個人的な情報を誰にでも見えるようなところに置いておくはずがない。つまり。
「だから出発前にちょっとハッキングしてラディが泊まるホテルは調べておいたんだ。ああ、心配しなくても僕は別のホテルで部屋を取ってあるからね。あんまり近いとラディは嬉しくないだろうし」
「で、わたしがいなかったから勝手に鍵を開けてのんびりくつろいで待ってたってわけ?」
「うん、さすがスズが用意しただけあって僕が泊まる安ホテルよりずっといい部屋だよね。解錠にもピッキングだけじゃなくて電子ロック用にライアーの手を借りる必要があったし。君の部屋じゃなければベッドに寝心地を確かめたいくらいだよ」
……生まれた瞬間から怪盗そのものみたいなこの人には、常識とか他人の部屋に勝手に入ることへの罪悪感みたいなものがない。
【ラディ、スズが許可します。やっちゃってください】
「……レイ、銃の戦闘携帯へ」
ボールからツンデツンデの一部が出てきて、わたしの手にレゴブロックで作った拳銃のような形で収まる。玩具みたいな姿だけど、小さい砲身からは『ラスターカノン』や『ロックブラスト』を撃つことができる。ポケモンバトルだけじゃなくてわたし自身が戦うときの戦闘携帯の一つだ。
眉間に照準を合わせられてのんきにティーカップにお代わりを注ぐクルルクの手が止まる。
食らわせてやらないといけない。然るべき報いを。
「女子の部屋に勝手に入るなってアローラでも何度も言ってるでしょこのヘンタイ!!」
【レディのプライベートな情報を閲覧するのは重罪です!!】
『ロックブラスト』の乱れ打ちがクルルクの体を撃ち抜く。クルルクは椅子から転げ落ちるようにふっ飛ばされて窓際にぶつかった。
その音にびっくりしたテテフが、慌てて窓を開けてわたしとクルルクの間に立ちはだかって涙目になる。
「ライライ……」
窓の向こうのライチュウはやれやれ、みたいなため息。アローラでも珍しくないやり取りなので慣れっこといった感じだ。
一方クルルクはどこ吹く風で立ち上がりタキシードについた岩の破片を払う。リゾートの制約でポケモンの技によるダメージがないのはわかるけど、もうちょっと堪えてほしい。
「あはは、やっといつものラディらしくなったね。それじゃあ、改めて聞かせてくれないかな? このリゾートに来てから、君に何があったのかをね」
その言い方は、わたしが普通にリゾートを満喫しているとは思っていない。それを不思議に思うと。クルルクはゆっくりとわたしの目元を指さした。泣き腫らして戻ってきたわたしを見たとき、クルルクは事情を知らなくても察したのかもしれない。その上で、わたしに平常心を取り戻させるために知らない風を装ってくれたのかな……
「スズ……」
【……さすがに、この状況で隠し事は無理ですねえ】
「ああ、ラディが怪盗としてこのリゾートの緋蒼の石を盗むことになってるのは知ってるよ。リゾート中に告知が出てたからね。そしてそれはラディもここに来るまで知らなかった。違うかな? 出発前のラディが嘘をついていたとは思えないからね」
全部正解だ。ハッキングやピッキングの犯行の技術に加えて、探偵みたいな洞察力。今のわたしじゃとても及ばないくらい模範的な、怪盗。
それに比べてわたしは自分で八百長の犯行を拒否したくせに、第一予選でいきなり負けるし、シャトレーヌに同情されるし……
なかなか言い出せないわたしに、クルルクは堂々と宣言する。
「僕の推理を言おうか。君は宝を盗むことには了承したもののやはりリゾートを満喫したいと思った。そして晩ごはんにリゾート一番人気のメニュー、イカスミゴーストチャンポンを食べに行ったものの目の前で売り切れてしまう。ショックを受けた君は泣いて帰ってきたというわけさ!」
「全然違う! わたしは──」
見当外れにも程があるクルルクの迷推理にわたしは本当のことを話す。リゾート、ホウエンのポケモンバトルの管理者であるキュービさんに直接会って予告状を渡したこと。本気で盗むしそちらにも加減はしないでほしいと伝えたこと。バトル大会に出て決勝まで進んだところで正体を明かすつもりでいたのに、第一予選でシャトレーヌに負けてしまって今から明日もう一度あるチャンスに向けて対策を考えようとしたこと……
説明するだけでも情けなくなって息が荒くなるわたしに、クルルクはゆっくりと息をついて言った。
「そっか……すごく良くやってるね、ラディ。君は怪盗として立派だよ」
「どこが!? クルルクなら、もっと簡単に……」
泣きそうなわたしにクルルクはゆっくりと首を降った。
「そもそも僕なら唯々諾々と八百長を受けてるよ。勝手に連れてきて本気で盗めなんて言われてもスズの発案ならともかくホウエンの人のことまでは知らないからね。でも君は、アローラの怪盗として、ホウエンの人たちに本気で盗むところを見てもらって楽しんでもらおうとした」
「……やっぱり、本気で盗むなんて言わなきゃよかった?」
シャトレーヌのチュニンにも勧められたこと。今からでもキュービさんに元の八百長に戻すよう願っても貴方を責めないと。
「違う違う。第一予選で負けたなんて言うけどチャンスは明日もあるんだろう?それで、一度負けたくらいで諦めずきちんと対策を練ろうとしてる。マーシャドーの強さにもカラクリがあることに気づいてる。それは、どんな状況も切り開く怪盗乱麻の名にふさわしい行いじゃないか。情けないなんてことがあるもんか」
「でも……クルルクなら負けたりしなかったでしょ」
「ラディは、僕を完璧で無敵な存在かなにかだと勘違いしていないかい?」
そこまでは思わない。でも、さっきふざけた推理をしたのもわたしに本当のことを話させるためにわざとだって昔からの付き合いだからわかる。
「じゃあ聞くけど、クルルクにはマーシャドーの強さの理由は見当もつかない?」
「初見で勝てたかどうかはともかく、一応大会のルールは聞いていたからラディの説明でカラクリはわかったよ。教えようか?」
「……いい、言わないで」
「うん、それが君だ」
クルルクがわたしの頭を撫でようと手を伸ばして、やめる。昔は頑張ったや辛いときは頭を撫でて褒めたり慰めてくれた。その手を一年前にもう子供じゃないと払ったのは、こっちの方だ。
怪盗としてのわたしをサポートしてくれるスズや仲間のポケモンたちの手はいくらでも借りる。それ以外のことは…自分のことは自分で決める。
「……よし! それじゃあ話も聞けたところで気を取り直して遊ぼっか。こんなこともあろうかとデッキは君の分も用意してあるよ」
「話聞いてた!? 今のわたしに遊んでる時間なんかない!」
お構いなしにシルクハットを外し、軽く振る。マジシャンがヤヤコマを出すみたいに、いくつものデッキの箱が出てきた。
「君が望んでないからマーシャドーについての答えは言わない。でも、今の君に足りないものは言わせてもらうよ。このリゾートのポケモンバトルはポケモンカードが支配していると言ってもいい」
「GX技のことなら、もう調べてる!」
「勿論普通のポケモンバトルとの一番の違いはそこだけどね。でも、ポケモンバトルにはポケモンバトルの、ポケモンカードにはポケモンカードのルールがある。ポケモンカードについて知ろうとせずにこ大会を勝とうとするのは、このリゾートに向き合あわずにバトルに勝とうとするのと同じじゃないかな。ポケモンバトルをするのに、相手やその手持ちのポケモンを見ずに戦って勝てるかい? 勝てたとして、それを見ている人は楽しいと思わないんじゃないかな?」
【つまりGX技以外の要素、ポケモンカードゲームとしての様々の要素がこの大会には絡んでいると?】
「それ以上は言えない。ラディが望んでいないからね」
答えたようなものだ。けどわたしを心配した上でわたしの気持ちを汲んでくれてるのがわからない子供じゃない。
「わかった。じゃあ、このメタグロスGXっていうデッキにする。ルールは……」
「説明書がついてるけど、せっかくだから僕が教えてあげるよ。それは構わないだろう?」
「うん、お願い」
「いやー懐かしいね。ラディと一緒にゲームで遊ぶのも久しぶりじゃないか」
クルルクに教えてもらいながら、ポケモンバトルではなくカードゲームで何回か遊んで見る。一回しか勝てなかったけど、その時間は楽しかったし、今までGX技しか見ていなかったポケモンカードのいろんなところを見ることが出来た。カードを傾けるとポケモンバトル用の技が見れるから、どういう組み合わせをしていて、このポケモンはどういうふうに戦うのかも話した。ひたすら攻撃するポケモンにどくややけどを浴びせてひたすら守るポケモン、後は他のポケモンの補助をするもの。技がGXを除くと4つしかないからこその工夫があることを、遊びながら考えた。
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