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戦闘携帯のラストリゾート

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チャンピオンとシャトレーヌ

ひとまず場所を変えましょう、とスズに言われていったんホテルに戻る。サフィールに一言声をかけようと思ったけど、わたしが部屋を出たときにはもう彼は施設内からいなくなっていた。受付のお姉さん曰く、まるで飛び出るように走り去っていったらしい。

 (・・・・・・サフィールが、キュービさんの家族)

 スズから聞かされた彼のフルネームは、サフィール・キュービック。バトルリゾートの『管理者』であり、わたしを怪盗として招いた人と同じ名字だった。
 スズは、そんな彼をただの敵、怪盗として動く上での障害とみなせと言う。

「どういうこと? わかるように説明して」
【順を追って話しましょう。本人の言うとおり、彼はキンセツシティに通う高校生二年生。中学の時から同じ学校に通っています】

 中高一貫校、というシステムみたいだけど、正直その辺はどうでもよかった。

【まず彼の実力。彼は中学生一年生の時、ホウエンエリアのポケモンカード大会で優勝しています。その後も二年連続優勝したチャンピオンですね】
「バトルじゃなくて、カードの大会?」

 わたしのスマホに、データが添付されてくる。大会の表彰台に立つ今より大分背の低いサフィールの新聞記事と、ネットにアップされた優勝したときのデッキと解説。詳しいことはわからないけど、メガレックウザとバトルフィールドを駆使した画期的な戦法らしい。

【そもそもポケモンバトルの大会なんて開かれるのが本来異例ですからね。ともかく、彼はポケモンカードについて深い知識と実力を持っています。それがこのリゾートのバトルにおいて決して少なくない意味を持つことは、わかりますよね?】

 カードによって使える技は決まっている。だけどカードすべてを把握して使いこなせるなら。どんなポケモンでも十分に操れるということだ。
 GX技のこともある。ジャングルヒールGXは、すべての草タイプのポケモンを回復させた。とんでもない効果だ。

「うん、サフィールに実力があるのはわかるけど・・・・・・なんでスズはあんな言い方をしたの?」

 やっぱりそれが一番気になる。

【さっき中学から、と言いましたが、それ以前の経歴は一切不明です。どこにもサフィールという人間がいた記録はありませんでした。管理者であるスズに調べることのできない人間。つまり、スズと同等以上の権力を持つ人間が、情報を隠蔽しているということです】

 スズと同等の権力を持つ人間は、ごくわずかに限られる。そしてサフィールはキュービさんよりも自分が捕まえることに拘っていた。

「じゃあ、キュービさんに直接聞いたの?」
【ええ、詳しくは教えてくれませんでしたが・・・・・・たった一人の肉親だと】
「家族・・・・・・でも、だとしたらどうして──」

 言いかけて、理解する。そんなの・・・・・・そんなの、わたしにも身に覚えのあることだ。
 家族だからといって、必ず仲良しじゃない。
 彼とベンチで話したとき、サフィールは何気ない風にこう言ってた。
 “また姉さん達に騙されたのかと思った”
 言い方を柔らかくしただけで。本当は、わたしみたいに姉さん達に虐められてた?
 
「だから、同情するなって・・・・・・敵として扱えって?」
【ラディと彼の境遇はおそらく似ている。でも、赤の他人です。考え方も行動基準も不明。だから、隙を見せるようなことはしないでください】

 サフィールをわたしから突き放すような言い方だ。でも、怪盗という立場で来ていることを思ってこそなのがわからないほど子供じゃない。・・・・・・つもりなのに、どうしてか胸を刺すような痛みがする。
 昔、自分を虐めていた姉さんに死んじゃえばいいと口に出したときの自分に対する嫌悪感に似ていた。

【ふむ、スズの言い方が悪かったですかね?】

 わたしの表情が沈んでいるのに気づいたのか、スズが心配そうに尋ねる。
 
「・・・・・・いいよ。スズに人の心がわからないのは今に始まったことじゃないし」
【おや、AIに対して手厳しい】

 スピーカー越しにクスリと笑う反応は人間のそれと何ら変わらない。でもスズはあくまで機械の体を持つ電子で動く人工知能・・・・・・普段は冗談として流してるけど、人間相手の細かい言葉選びは不得手と本人も認めている。
 わたしが怪盗として完全に振る舞えないように、スズにだって苦手なことはある。すべてにおいて模範解答を示せる存在なんて、わたしは一人しか知らない。
 だから、受け入れなきゃ。サフィールはあくまで怪盗を捕まえに来る、シャトレーヌ達と違って何をするのかわからない相手。

「キュービさん以外のシャトレーヌの情報はわかるの?」

 話を切り替える。キュービさんがサフィールの情報を隠しているのなら、彼女の姉妹であるシャトレーヌ達にも秘密があるのかもしれない。
 
【ええ、彼女たちは一般市民の前でバトルを振る舞うリゾートの象徴みたいなものですし、簡単に調べられますよ】
「じゃあ、まずチュニンさんのことを教えて」

 予告状を出しに行った時にバトルした、格闘使いの女の人。燃えるような真っ赤な髪と、鋭い身のこなしでこっちに近づいてきたとき思わず避けたのがとても印象に残っている。

【彼女はチュニン・ハオ。幼い頃、シャトレーヌの一人であるマダム・ウェザーの養護施設に引き取られ、数々の格闘術とポケモンによる自衛技術を修めました】
「本人も戦えるし、バトルの腕もキュービさんが認めてる・・・・・・ってことだよね」
 
 バトルしたときも、最後に現れたジャラランガは一撃で倒しきれなければどんな強力な反撃をされたかわからない。・・・・・・それくらい威圧感があった。
 
【彼女の格闘術について。大昔からポケモンの格闘技を人間が真似ることによって生まれた拳法は少なくないですが、彼女の得意技は『音』です】

 『爆音波』とか『虫のさざめき』みたいな音を使う技はたくさんあるけど、格闘の拳法で?

【曰く、直接の打撃ではなく発生させた衝撃で脳を揺らしたり、三半規管を狂わせるそうです。怒った酔漢が客に手を出そうとしたところを、直接触れることなく気絶させたこともあるようでして】
 
 今度はビデオ映像を送ってくる。大男が乱暴に手足を振り回しているところに、まるでエスカレーターに乗るようにすらりと近づいて、パチン!!と顔を前で手を合わせると、大男は尻餅をついて呆然としていた。

「すごい、ポケモンの力も借りずに・・・・・・」
【シャトレーヌの中で一番警戒したいのは彼女ですね。ポケモンで彼女に勝っても、不意を突いてラディを拘束したり気絶させたりできるかもしれません】

 わたしは格闘技の経験はない。彼女に近づくのはやめておこう。・・・・・・バトルが終わった後、何かしようとしてきたし。

【他の二人のことも今話しましょうか?】
「すぐ調べれるならまた後で聞く。・・・・・・キュービさんについて知りたい」

 落ち着いているけどふわふわしていて、20歳くらいのお姉さんにも60歳くらいのおばあちゃんにも見えたあの人。サフィールがわたしを捕まえようとする理由であり、彼の家族。

【彼女がホウエンの管理者になったのは10年ほど前。バトルリゾートを完全に人や物が傷つかない空間として完成させ、もともとポケモンバトルを模した子供の遊びでしかなかったポケモンカードを、レンタルポケモンとして実際に戦えるようにしたのが彼女です】
「実質、今のバトルリゾートを作ったってことだよね」
【そう考えてもらって構いません。かつてのバトルリゾートはどうしてもポケモンを戦わせたい人達が集うバトルマニアのたまり場といった感じで・・・・・・ポケモンバトルが禁止された世界でポケモンを競わせるためのラストリゾート、なんて言われてましたからね】
「ラストリゾート?」
【最後の手段、という意味ですね。ともかくそんな状態だったこの場所を、本当のリゾートに変えました。他のシャトレーヌとは違いあまり人前にでませんが、ホウエンの人々にとって彼女はポケモンバトルを健全で誰でもできる遊びに変えた才女として讃えられています】

 ・・・・・・一度会ったキュービさんの雰囲気からはちょっと想像できないけど。でも、ここのポケモンバトルがすごく工夫されているのはわかる。
 リゾート内では護神の力で人が傷つかないようにして、小さな部屋からレンタルポケモンを近くの小島で戦わせる。まるでVRゲームみたい。

【他には何か気になることはありますか?】 
「とりあえずいい。バトル大会までの間まで、どんなカードがあるか見ておく。できるだけ対戦もしておきたいし」

 わたしはレンタルポケモンを使うつもりはないけど、サフィールや大会の相手がカードを使ってくるならできるだけ知識は覚えておく必要があるはずだ。

【カードデータでしたら、スズがその都度送りますが?】
「でも、自分で把握しておいて損はないでしょ?GX技っていうのが、何をどれくらいできるのかも気になるし」
【真面目ですねえ】
「同情するしない以前に、実力でサフィールやシャトレーヌに負けちゃうかもしれないんだから・・・・・・不真面目になんか、なれっこない」

 さっき勝てたのはハッサムやグソクムシャの相性あってのようなものだ。
 だから、やれるだけのことはしておこう。そしてバトル大会で結果を出しつつ、最後には宝を盗み出す。 
 今夜からが、怪盗としての本番だ。 
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