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Episode.「あなたの心を盗みに参ります」

作者:きよみみ
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本編
  本編5

 それから一週間の間、私はずっと上の空だった。

 アオイの婚約の話は着々と進み、気の早い相手方の両親には、式を挙げようということも言われているらしい。私の方も、なんだか投げやりな気持ちで両親の言うことを聞いているうちに、お見合いの話が決まってしまっていた。そして、今日が初めて会う日になっている。

 私とアオイの関係は、相変わらず変わらないままだった。疎遠になるわけでもなく、親密になるわけでもなく……ただ、いつも通り、一緒にいた。
 変わらないことは、私が望んでいたことでもある。あまり会わなくなるとか、そういうのは嫌だと思っていた。でも……今は、いつも通り一緒にいることが、無性に苦しかった。

「ツグミ。今日、わかってるな?」

 朝起きてきた私を見て、お父さんが真っ先に声をかけた。お父さんとお母さんは、もうすでに朝食が用意されているテーブルについている。お見合いのことを言われたのだとわかった私は、笑顔を作って頷くと、同じようにいつもの席に座った。

「うん、わかってるよ。七時からでしょ?」
「そうだ。早めに準備しておくんだぞ」
「はーい」

 努めて明るく返事をしつつ、ごはんを口に運ぶ。味なんてわからないのに、おいしい、と呟いて笑顔を作った。

 服や靴はお母さんがいつのまにか用意していたし、行く前に美容院に連れて行かれるらしいので、正直やることはなにもない。強いて言えば、心の準備だけだ。……まあ、それが一番できないんだけど。
 たぶん、今日のお見合いも、気づいたら終わってしまっているんだろうと思う。正直、なんだかもう全部がどうでもよかった。

 朝食を食べ終えると、すぐに部屋に戻った。部屋に入ると、机の上に飾った薔薇の花が目に入る。いくつかの白い薔薇の中に、一輪の赤い薔薇が混じって花瓶に入っており、この部屋を美しく彩ってくれていた。この薔薇の花を見ると、怪盗キッドのことを思い出す。今の私には、あの夜のことが夢だったかのように思えていた。

 あれから、怪盗キッドはどこにも姿を現していない。気になっていた私は、新聞を見るようになっていた。

 そういえば、あのネックレスは結局なんだったのだろう。あのあと、お父さんにもお母さんにも聞いてみたけど、うまくはぐらかされてしまった。私にわかったのは、二人とも、盗られてしまったことをよほど悔いているらしいということだけだ。
 それに、私にとってもかなりショックだった。おばあちゃんにもらってから今まで、あの日の夜以外に身につけていない日はない。どうして盗まれたのかだけでも知りたかった。

『ツグミ。これ、あなたにあげるわ』
『えっ、なになに?』

 おばあちゃんがそう言ってネックレスを見せてくれたのは、私が小学三年生のときだった。そのときおばあちゃんが手に持っていたのは、私が持っていたのと、同じものがもう一つ。まだ子供だった私には、そのネックレスが普通の何倍もキラキラ輝いて見えた。

『このネックレスはね、私の大切な人との思い出のものなのよ』
『大切な人?』
『そう、忘れられない人よ。だからね』

 おばあちゃんはそう言って、私の手のひらに二つのネックレスを握らせた。

『この片方を、ツグミの大切な人に渡してほしいの。もちろん、片方はあなたが大事に持っていてね』
『うん、わかった!』

 そのあと私は、そのネックレスの一つをつけて、もう一つを大事に握りしめて、アオイの元へ走った。子供の頃の話だから、ただ一番大好きな友達に渡して、おばあちゃんとの約束を守ろうと急いだだけだったように思う。おばあちゃんが言った大切な人というのとは、少し意味が違っていた。

『アオイ、これあげる!』
『なにこれ?』
『ネックレス! 私の大切な人にあげなきゃいけないんだって』

 アオイは一瞬驚いたように固まったが、笑顔で受け取ってくれた。

『ありがとう! きれいだな』
『えへへ。おそろいだよ!』

 そう言って自分の首元にあるネックレスを見せたとき、アオイが照れ臭そうに笑ったのを、なんとなく覚えている。

『でもいいのか?おれがもらっちゃって』
『うん。だって、アオイは私の一番の友達だもん!』
『そっか』

 今思うと、アオイは「大切な人」の意味を、少なからず私よりはわかっていたのだろうと思う。嬉しそうだったけど、最後は少し眉を下げて、困ったような顔をしていた。言おうか言わまいか、迷っていたのかもしれない。
 でも……だとしたら、アオイはわかっていて受け取ってくれたってことになる。それって、なんだか……。

 そう思ったとき、何かが薔薇の花束に向かって飛んできた。驚いて顔を上げると、花束の上に何かが刺さっているのが見える。かなり深く入り込んでしまっているようだった。

「え……なに? なんで? どこから?」

 いきなりの出来事に当惑しつつ、部屋の中をキョロキョロと見回す。誰もいないし、何もない。窓も閉まっているから、風も入ってきていない。

 少し怖くなった私は、とりあえず刺さったものが何なのか確認することにした。パッと見たところ、小さい紙かなにかのようだった。
 恐る恐る引き抜いてみると、何か書いてあることに気づく。それはカードのような少し硬めの紙で、その真ん中にはシルクハットを被った人の、可愛らしい絵文字のような絵が描かれていた。

「こ、これって……」

 内心期待に胸を踊らせながら裏を向けると、一週間前にちょうど見たような文章が書かれていた。

『今宵 あなたのもとに 盗んだものを返しに参ります 怪盗キッド』


「また、来てくれるんだ……!」

 再び送られてきた怪盗キッドからの予告状に、私は嬉しさを隠しきれなかった。一週間前の夜のことを思い出すと、だんだんワクワクしてくる。

 とはいえ、さすがに黙っておくわけにはいかないので、すぐに両親に報告しに行った。そうすると、返しにくるという内容なこともあって、両親は少しホッとしたような顔をしていた。
 それでも、警察に連絡することに変わりはない。私は、さすがにお見合い相手に申し訳なく感じて、お見合いは別の日にしてもらうことを提案した。だけど、それも両親にきっぱり却下されてしまった。

 お見合い会場、きっと警察だらけなんだろうなぁ……。
 
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