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漢の意地

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第五章

「宋の民は元の民となる」
「民には手出しはしないのか」
「万歳老は兵達にも宋の民と田畑や街は傷付けるなと厳命されている」
 これは宋の富をそのまま手に入れる為だ、フビライは宋をただ手に入れるだけでなくその富も欲しているのだ。
 その為にだ、彼は軍にそう命じているのだ。
「戦があれば災があるのは当然だが」
「最低限でか」
「宋の民は元の民となり」
 そしてというのだ。
「貴殿はその民達の為に働くのだ」
「宋の民だった者達の為にか」
「貴殿の才はわかっている」
 それがどれだけ素晴らしいものであるかということをだ。
「その才を是非だ」
「元と民の為に使うべきか」
「そうだ、何としてもな」
「元にも人がいる」
 文天祥は元の者の言葉にこう返した。
「ならだ」
「その者の才でか」
「元と民を治めればいい」
「宋の民だった者達もか」
「そうだ」
 まさにというのだ。
「フビライ殿は見事な方だ」
「わかっているではないか」
「だが元の王だ」
 皇帝ではない、こう言うことにも文天祥の考えがあった。皇帝は至上の位であり彼にとってその至上の位は宋の皇帝だけなのだ。
「宋の万歳老ではない」
「だからか」
「私は降らない」
「そして仕えないか」
「決してな」
 こう言うのだった。
「何を言われようが」
「宋が滅びようともか」
「そうする」
 断じてという返事は変わらなかった。
「だから何を言っても無駄だ」
「万歳老は貴殿を丞相にと考えておられる」
 即ち宰相にというのだ。
「そして元の多くの人士も貴殿を敬愛している」
「そうなのか」
「貴殿の才覚と人格にな」
「だからか」
「私としても降って欲しいが」
「言った通りだ」
 文天祥の言葉は変わらなかった。
「わかってもらう」
「そう言うか、だがな」
「またここに来るか」
「何度も来る、そして何度も言うが」
「宋は滅びるか」
「もうそれは避けられぬ」
 都の臨安は落ち元から見れば僅かな者達が幼い皇帝を戴き南に南に逃れている。そうした状況ではというのだ。
「だがそれでもか」
「私の考えは変わらない」
 こう言って文天祥は降らなかった、だが。
 元の者が言う通りに宋は滅んだ、その滅び方はというと。
 宋の者達は船団で海を南に南に下りつつ戦い涯山という島に砦と宮を設け最後まで戦おうとした、そこで宋軍は千隻の大きな船をつなぎ合わせ船には火を防ぐ為に泥を塗り敵が近寄れない様に長い木を縛り付けて網として火攻めを油を用いて行おうとする元軍に備えていた。
 だが宋軍は長い絶望的な戦いで疲れ切っており元軍に敗れた、そうしてだった。
 ことここに終わったと観念した宋の者達は次々と入水し宰相の陸秀夫も幼帝を担いで入水して果てた。だが張世傑は奈央も戦おうとし大越に逃れんとしたがそこで載っていた船が嵐で沈み彼も死んだ。
 こうして宋は滅んだ、文天祥はその全てを牢の中で聞いた。 
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