魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Epica55トリシュタンとルシリオン
前書き
今後の活動ですが、現在はラストエピソードを先行執筆しています。
私は他の人に比べて肺機能が弱く、幼少の頃から何度も肺まわりの病気で酷い目に遭ってます。
幼少からお世話になっている医師に聞いてみれば、コロナに感染したら結構危ないかもと言われました。
そんな中、ご近所でコロナで亡くなった人が出ました。その人が利用していたスーパーには私も通っており、今は恐怖でいっぱいです。
最悪の場合を考え、先に最終章の事件編を執筆しておりますので、本エピソードの更新は遅れます。
†††Sideトリシュタン†††
左手首に巻いた腕時計を見、待ち合わせ時間の9時まであと40分近くあることを確認。平日であり、8時20分という朝早いということもあるため、ここ自治領南区ウィンザインは最南区マクファーデンのヴェラーステーション前には、これから通勤・通学する人たちが出入りをしている。
(さすがに早く来すぎた・・・)
今日はさほど寒くはなく、風もそう強くない。だけれど肩に提げたポシェットから手鏡を出して、髪型が乱れていないかを改めてチェック。タートルネックニット、プリーツジャンパースカートにコート、サイドゴアブーツと、服装もバッチリ。
「この音・・・!」
そうして待ち合わせ時間まであと20分となったとき、本日の待ち合わせ相手である「ルシルさん」の愛車、リバーストライク・“マクティーラ”のエンジン音が遠くから聞こえてきたのが判った。顔を上げ、ロータリーへと目を向ける。
「トリシュ!?」
以前失ったサイドカーを新調した“マクティーラ”を、私の前で停車させたルシルさんが「おはよう、トリシュ。すまない、待たせてしまったよな・・・?」と、ヘルメットをわざわざ外して頭を下げた。
「いいえ。私が早く来すぎたんですから、気にしないでください。あの、今日はデートのお誘いをしていただいてありがとうございます」
そう。私は今日、ルシルさんとデートする約束をし、こうして待ち合わせをしていた。オランジェ・ロドデンドロンとして活動していた頃はもちろん、それ以前にも何度かルシルさんと2人きりで出掛けることはままあった。だけれどそれは、私からの誘いばかり。だからこうしてルシルさんから誘われるのは初めてだ。
「こちらこそ、受けてくれてありがとう。じゃあ行こうか」
180cmオーバーの身長に変身しているルシルさんが“マクティーラ”より降り、私の前にまで来てくれた。ただ、ルシルさんの様子に「足は大丈夫ですか?」と尋ねる。ルシルさんは、膝から下の機能を失ってしまっている。自力で歩行できるようになるには、アイリとユニゾンするか、もしくは魔導師化するかのどちらか。だから今のように自力で歩き、“マクティーラ”を運転するとなると、そのどちらかを行っていることになる。
「ああ。魔導師化しているよ。今日はトリシュとのデートだから、アイリはちゃんと家に置いてきた」
「そ、そうですか。それは・・・」
良かった、と心底安堵する。アイリのことは好きだけれど、ルシルさんとのデートの間には入ってほしくない、というのが本音だから。そんな私を見て、ルシルさんは小さく笑った後に「じゃあ改めて、行こうか」
「はい♪」
ルシルさんの手を取り、そのエスコートで私はサイドカーへと乗り込んで、ヘルメットを被る。大人っぽさと色っぽさを出すために盛り髪にしようかと悩んだ、朝4時からの3時間。耳の下でのツインテールにして良かった。
「それで今日は、どこに連れて行ってもらえるのでしょう・・・?」
「昔に約束した、いつか2人で芸術強化月間に出掛けよう、と。だから自治領を回ってみようと思う」
ザンクト・オルフェンは年に1度、全区を上げて芸術強化月間を開催する。各区で最も大きな広場を貸し切って、演劇、演奏、歌劇、絵画の展覧会、フラワーデコレーション、ファッションショー、自作映画の上映などなどが1ヵ月間と出展される。
大隊問題でごたごたしている騎士団だけれど、自治領に住まう人たちにはそれは関係のない話。だけど今回の一件で、どうしても気落ちした空気が領内に出ている。信頼厚き騎士団の幹部級騎士が揃いも揃って現騎士団を裏切った。その所為で、聖王教の信者や住民の方々には不安が溢れている。それを少しでも払拭するため、少しでも明るい話題を領内に入れるための、少しばかり早い時期に開催することになっていた。
「憶えていてくれたんですか・・・!」
「もちろん。これまでに何度か行ったことがあるが、2人きりじゃなくて集団で行ってばかりだったからな。芸術強化月間が開かれるって知って、トリシュを誘おうとすぐに思っていたんだ」
「それはとても嬉しい話です!」
胸の内が温かくなる。10年以上も前の約束を憶えていてくれたこともそうだけれど、はやてやシャルではなく、真っ先に私を誘おうとしてくれたことが何よりも嬉しい。
「というわけで、マクティーラを駐車場に停めて、移動は公共交通機関を利用しよう」
「あ、はい、そうですね。自家用車などでの移動は交通規制に掛かって不自由ですしね」
ルシルさんの提案を受け入れ、“マクティーラ”を1番近い地下駐車場に停めることに。そして停めた後に地上を出て、イベントの女性係員からパンフレットを1冊いただく。私とルシルを知っているのか少し驚いた顔をしたけれど、すぐに営業スマイルで「どうぞ楽しんでいってください!」と見送ってくれた。
「すまない。君の嗜好を元にして事前にどこを回るか決めておけば、少しは格好がついたんだが・・・」
「いいえ。こうして2人で決めるだけでも十分楽しいです♪」
他の人たちの通行を邪魔しないように端に寄り、ルシルさんと顔を寄せ合ってパンフレットを眺める。今年は古書店が開催されているようで、私とルシルさんは顔を見合わせて、「ここは確定で♪」微笑み合った。
「――では、今日1日はお付き合いして貰えると言うことで、まずはカッツェ大広場で開かれる古書店へ赴き、その後はルートを決めずにその都度に行きたい場所を決めましょう」
「判った。それでいこう」
パンフレットをコートの内ポケットへしまい込んだルシルさんが、「さ、トリシュ」右手を差し出してくれたから、「はい!」その手を取った。ちゃんと自分が車道側になるような立ち位置なルシルさんに感嘆しつつ、私たちは歩き出した。
「そういえば、オランジェ・ロドデンドロンの解体とパラディンの昇格試験が来週に行われると、シャルから聞いたけど・・・」
「はい。私とアンジェと騎士フィレスが、弓、打撃、剣のパラディンを目指します。槍、拳闘、鎌、斧、騎乗ですが、まず兄が再びシュペーアパラディンになることを決めました」
元フライハイト家の女中長を勤めていましたプリアムス義姉様との結婚、そして子供(私から見て甥っ子で、エメラウスという名だ)が生まれたことで、パラディンの称号の返上と同時にズィルバーン・ローゼから除隊をした兄様。
「パーシヴァルが? プリアムスさんは、それを許したのか?」
「義姉様が提案したみたいで。今は少しでも騎士団のために頑張って、と」
「残りは・・・?」
「他は、ルシルさんの知らない人ばかりですね」
「そうか。応援に行ければいいんだが・・・」
「大丈夫です。そのお気持ちだけで――」
そこまで言いかけたところで、きゅぅ~、と私のお腹が盛大に鳴った。耳まで赤くなるのを自覚できる。お腹を両手で押さえ、恥ずかしさのあまりに俯く。
「朝、何も食べていないのか・・・?」
「えっと・・・はい。恥ずかしながら服装や髪型を決めるのに思った以上に時間が掛かり、軽めに済ませたんです」
今晩、ルシルさんを自宅の夕食に誘うため、下ごしらえをしていた料理の味見だけでの朝食だった。クラリスほどではないけれど、割と食べる私には少々物足りない朝食だった。こんな恥ずかしい思いをするなら早く家を出ずに、もっと何かお腹に入れて置けば良かったと後悔。
「露店もあるから、そこで何か食べよう」
「うぅ、ごめんなさい」
手軽に頂ける露店を巡り、「あ、シュニッツェルがありますよ!」と、ルシルさんの手を引いて露店の前へ。家族、恋人、友人、いろいろなお客さんが数多くの露店の前に並び、割とすぐに買えそうな露店、シュニッツェル屋さんへ並ぶ。
「ルシルさんはいくつ食べます?」
「んー、朝食は済ませているんだが。ここで食べないのもなんかもったいない。ソース味を1つ貰うよ」
「判りました。あ、ここは私が出します。個人的な食事なので」
財布を取り出そうとしていたルシルさんをそう制し、「あ、シュニッツェルサンドを、塩コショウ、チリパウダー、ソースの3つくださいな」指を3本立てる。そして「まいどありー!」店主さんから紙袋に包まれたシュニッツェルサンドを、代金と交換して受け取る。
「どうぞ」
「ありがとう。いただきます。・・・うん、美味い」
「いただきます」
邪魔にならないところに移動して、私も2種類のシュニッツェルサンドを頂いた。2つも食べれば空きっ腹も膨れて、お昼まではもちそう。
軽食も済ませて、古書店が開かれている中央区アヴァロンはキャメロット地区へと向かうために改めて歩き出す。徒歩で向かえば開催時間前にたどり着く時間だ。道中に飲み物を購入(こちらは割り勘ということに)して、毎回芸術家を目指す卵たちが修行目的で集まる街路、通称キュンストラー・シュトラーセ・アーに入る。
「そこの美男美女のお2方。ちょっと絵のモデルになってくれませんか?」
「「モデル?」」
声を掛けてきたのは、画材道具一式を用意している青年。彼の後ろにはイーゼルに掛けられたスケッチブックに向かっているお猿さんが1頭。私がお猿さんを見ていると、「すぐに済みますから。どうでしょう?」改めて尋ねられた。
「その日最初のお客さんには、無料で提供しています。もちろん、描かせてもらった絵はお持ち帰りも出来ますし、携帯端末に撮ってデータだけでも持ち帰れます。その際、残る絵はしばらく飾らせてもらいますが、責任を持って処分します」
「きっきーっ!」
人間の6才くらいの大きさなお猿さんがスケッチブックにペンを走らせて、「うきー!」描き終えたのかスケッチブックを反転させて絵を見せてきた。お世辞にも上手とは言えず、幼児が描いたような拙いものだった。
「(でも・・・)ふふ。何か味のある絵ね」
「ああ。・・・トリシュ、ちょっと付き合っていかないか?」
「そうですね。ルシルさんとのデート記念に、お願い出来ますか?」
私が微笑みながら店主さんにそう返すと、「ありがとうございます!」と店主さんは嬉しそうにお礼を言ってきて、私とルシルさん2人一緒か、もしくは別々に描くかどうかと尋ねられたことで、「一緒にお願いします♪」ルシルさんの腕に抱きついて肩に頭を乗せた。
「では、始めます!」
店主がイーゼルに掛けられた大きなスケッチブックに筆を走らせ始め、後ろのお猿さんもスケッチを始めた。その間、私たちは身じろぎせずに、「今さらですけど、このポーズで良かったですか?」と尋ねる。
「もちろん。デートっぽいしな」
ルシルさんの口から、デート、という単語が出るだけでキュン♥となる。私の早鐘を討つ鼓動が、ルシルさんの腕から伝わったら嬉しいな。そんな幸せを感じた数十分ほど経過したところで、「う、腕が・・・」痺れてきてしまった。幸せから一転つらいものになったこの体勢。
「よし、出来ました!」
「うきー!」
店主さんがスケッチブックを反転して描いた絵を見せてくれた。パステルで描かれていて、「すごい・・・」その美しさに目を奪われた。見ているだけで幸せになりそうな温かいタッチで、胸がホッとする。
「ほらヴァーリン。お前もお見せしろ」
「うっきっきー!」
「お猿さんも描いてくれ・・・って! 可愛い!」
「へぇー、カートゥーン調の絵か。巧いしすごいな!」
ヴァーリンという名前のお猿さんもスケッチブックを反転。そこに描かれていたのは、色鉛筆で描かれた、デフォルメされたカラフルな私とルシルさん。ルシルさんが私をお姫様抱っこをしていて、太陽がハートの形になっている。店主さんとはまた別に心が温まる絵だった。
「(これは欲しい!)あの、両方の絵を頂けますか? もちろんお金は支払います」
「いえ、ですが・・・!」
「無料で頂くには惜しい作品ですから。どうか支払わせてください」
「でも・・・」
立てられた看板には絵1枚の値段が書かれている。私が財布を取り出して、2枚分の料金を取り出したことで店主さんは、「判りました。お代頂きます」と折れてくれた。そのやり取りの間に、お猿さんが器用に絵を額縁に入れてくれている。本当に人の子供みたい。
「あの、18時までは居るので、これから回るのであればお邪魔でしょうし、また取りに来てください。それか、近くに郵送業者が居ますので・・・」
店主さんは先ほど、書いた絵は店先に飾ると言っていた。おそらくそれが宣伝になる。だったら、「また取りに戻ってきます」と伝える。少しでも店主さんとお猿さんの絵の巧さを知って貰いたいための提案だ。
「ルシルさんもよろしいですか?」
「ああ。じゃあ俺はデータだけ貰うよ。店主、いいかい?」
「もちろんです! 撮影だけはサービスさせていただきます!」
ルシルさんがお猿さんが掲げてる額に向かって携帯端末を向け、パシャリと撮影。そして「ありがとう店主」ルシルさんが端末をしまい、店主とお猿さんに見送られながら、私たちは改めて古書店の開かれるカッツェ大広場へ向かう。
「わあ!」「おお・・・!」
円形の大広場の中央には噴水があり、複数の大きな4脚テント――タープテント下に書架が置かれている。そんな多数の書架にはズラリと書物が収められていて、読書家としては夢のような場所だ。
「管理世界中にいるコレクター達からの提供だと言うが。今回も素晴らしい古書揃いだな~」
「ですね~」
私たち以外は年上であろうお客さん達が立ち読みをし、どれを購入しているかを決めている。貴重本や面白い本を先に取られてしまわないよう、「ルシルさん! 急ぎましょう!」ダッシュで1番近いテントへ向かう。
「少し寂しいですが、ここは別行動としませんか? その方がお互いに選べると思うので」
「あ、ああ、判った」
私とルシルさんは、好きな本のタイプは似通っているけれど、細分化すれば違ってくる。一緒に回るのを楽しみにしていたけれど、いざ目の前にしたら読書家としての血が騒いでしまった。ポカーンとしているルシルさんを置いて、私はひとり本探し。
「あ、コレ絶版本! それにこっちは初版本!? 天国を見つけたり!」
至る所に収まっている貴重な書物がごろごろ。お目当ての書物を籠の中に丁寧に重ねていき、収まり切らなくなったらもう1つ籠を用意して、魔力で腕力を少しばかり強化することで重くなった籠を軽々と腕に掛ける。
「ん~~~!」
棚の最上段にて見つけた古書に手を伸ばすけれど、残念すこし届かない。近くに脚立がないかを確認。
(むぅ。使われているか・・・)
私の居る棚には他に誰も居らず、急いで脚立を持ってくることも出来そう。でもそれは今だけかも知れず、離れたところで誰か来るかも。そんな不安が過ぎって離れられない。だからジャンプで取ろうと試みていたら、「あ・・・!」後ろから伸びてきた手が狙っていた本を取った。
「(それは私が・・・!)あっ、ルシルさん!?」
私の後ろにはルシルさんが居て、取った本を「コレで良かったか?」と差し出してくれた。私は籠を足元に置いてからそれを両手で受け取り、「ありがとうございます!」胸に抱いてお礼した。
「俺の方は決まったが、トリシュの方はどうだ?」
ルシルさんの足元にはある籠は1つで、収められている書物は10冊程度。私と同じくらいの読書家であるルシルさんにしては少し足らないような。そんな考えが顔に出てしまっていたのか、「買いすぎると、はやて達に怒られそうで」ルシルさんが苦笑い。
「そう・・・ですね」
チクッと胸が痛む。その台詞は、はやてと同棲しているからこそ出てくる言葉。出逢い方が違えば、と運命を呪いそうになる。でもだからと言ってここで腐っている場合じゃない。
「で、では私が預かります! ルシルさんが購入した書物、家に預かりますから、必要でしたら寄ってください! 連絡を貰えば、私が書物を持って待ち合わせ場所に行きます!」
ルシルさんと逢う口実を作ってしまおう。私が必死にそう提案すると、ルシルさんは最初は呆けて、一拍遅れて小さく笑い声を上げて、「そうだな。じゃあお願いしようかな」綺麗な微笑を浮かべた。
「そうとなれば、もう少し選んでこよう!」
「わ、私ももう少し!」
もう1度散開して書物探し。そして「またお腹が・・・」鳴ったことで時刻を確認すれば、「13時過ぎ!?」になっていた。気付けば籠も3つに増えていて、書物もどっさり。裏カバーに張られたシールの値段を総計すれば40万オーバー。一瞬血の気が引いたけれど、「まぁいいか」気にしないことにした。
「トリシュ。そろそろ昼食にしようか。さすがに腹が減った」
「あ、はい。お会計しますから、少し待っていてください!」
ルシルさんはすでに会計を済ませているようで、両手に厚い紙袋を4つと携えていた。私もお会計を済まし、すぐ近くの配送業者の元へ。ルシルさんは、数冊を八神邸の住所に、残り二十数冊をシュテルンベルク邸の住所に指定した。私も一緒に自宅への配送を依頼。自分の書物もシュテルンベルク邸に配送されるからと、配送料はルシルさん持ちということになった。
「本当に良かったんですか? サービス増し増しでかなり配送量が高くなりましたけど・・・」
「さすがに40万オーバーの会計を見た後、君にさらにお金を払わせたくなかった。・・・騎士団の運営が少し厳しいという話はシャルから聞いているよ。大隊が拉致して利用した局員やご家族への報償などで、騎士への給料が何割かカットされていると」
「あ・・・はい」
「だからその書物の支払いも、俺に変更し――」
「それだけはダメです! 額が大き過ぎるし、何より自分自身のための買い物ですから」
そこだけは譲れない。小さく「そうか」と頷くルシルさんの手を取り、「お昼にしましょう!」手を引っ張ってカッツェ大広場より出て、お昼ご飯を頂ける店を探す。
「ルシルさんは何かリクエストとかあります?」
「思った以上に空腹になってしまったからな」
「ですね。私も空いちゃいました」
ルシルさんの開いたパンフレットを顔を寄せ合って見る。食べ物の露店も数多く出店されていて、プロ級から修行に来ているアマチュアの料理人が、キッチンカーで赴いて腕を振るっている。
「ではコッヘン大広場へ行きましょう。あそこは料理の名前のとおりの料理店が並ぶ激戦区です。連なるコッヘン・シュトラーセには、外部から来た料理人の露店があります」
「むぅ、どこも美味しそうな料理を出しているな~」
「迷いますね~」
パンフレットに載っている露店の紹介欄を眺めつつ、どうせなら普段はここで食べられない外部からの露店を、という結論に達し、美味しいお肉が頂けるお店を目指した。
店に着いてみれば、すでにお昼時を過ぎていたことでお客さんも疎らで、すんなりと注文順が回ってきた。
「俺は、シュヴァイネブラーテン、付け合わせはクヌーデル。あとはカートッフェルズッペを」
ルシルさんは豚肉をローストした肉料理と、ジャガイモを団子状に丸めたクヌーデル、そしてジャガイモのスープ。
「それじゃあ私は、リンダールーラーデンとクヌーデル。ケーゼシュペッツレに、あとグラーシュを」
薄切り牛肉にベーコンと玉ねぎを乗せて巻き、煮込んだ肉料理と、細長く伸ばしたパスタにチーズをかけて焼いた麺料理、それに柔らかお肉と野菜のスープ。
まずはガッツリ食べずに、胃に空きを開けておく。足りなければまた別のお店で、ということはここに来るまでの道中で決めておいたこと。
「お待たせしましたー!」
店員さん達が料理を運んできてくれた。お礼を言い、「いただきます!」と早速いただく。一口目が共にお肉で、ナイフで切り分けた一切れを口に入れる。
「美味しい!」「美味い!」
さすが自治領内でも指折りのお店、すごく美味しい。美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、パンフレットを広げて次の行き先を決める中、ふと、「ルシルさん。あーん」してみたくなり、フォークに刺したお肉一切れを差し出した。
「とても美味しいですよ? 一口どうぞ♪」
「え? あ、いや、皿を少しこちらに寄越してもらえば、自分のフォークで――」
「あーん♪」
フォークを突き出したままで居ると、ルシルさんは観念して「あーん」食べてくれた。ちょっと無理やりな間接キスに、少しのごめんなさいと、多分の嬉しさ。ルシルさんからのあーんは期待できないから食事を続けようとしたら、「ほら、トリシュ」と、お肉を刺したフォークを私の前に差し出してくれた。
「え、あ、え?」
「どうした? ほら、あーん」
まさかのお返しに顔が熱くなる。ドキドキしながら「あーん」口を開けて、お肉を食べようとしたけれど、ルシルさんはサッとフォークを引いた。だから私の閉じた口の中にお肉は入らなかった。
「もう、ルシルさん!」
「あははは! てっきりトリシュがしてくると思っていたんだが、こちらから仕掛けさせてもらったよ。じゃあ改めて、あーん」
少し警戒しつつ、差し出されたお肉を「あーん」パクッと頂く。ルシルさんが頼んだ料理もとっても美味しく、「ん~~~♪」頬が緩んでしまう。それから談笑しながらの食事を終えた私とルシルさんは「ごちそうさまでした」お店を出て、次の目的地である演劇舞台のあるシュピール大広場へバスで向かう。
「また私の行きたいところで良かったんですか? ルシルさんの行きたい場所にも行ってみたいです」
「トリシュと2人で同じ時間を過ごすのに意味があると思うし、何よりすでに古書店という目的も済んでいるから。トリシュの行きたいところに付き合うよ」
「ルシルさん・・・」
ほらまた、キュン♥ときた。えへへ、とご機嫌になった私と、窓から外を眺めるルシルさんは、目的のシュピール大広場へとやって来た。ここはCのような形をした広場で、段々畑のような観客席があり、中央に円形の舞台。自治領の各地にある学院や企業の演劇部もたびたび使用している。
「今週の演目は、管理世界屈指の劇団メビウスリングの演じる一大恋愛劇、恋人達の旅路。私、1度でいいので生で観たかったんです」
「へぇ。どれどれ。複数組の恋人たちの群像劇か」
「書籍化はもちろん、ドラマや映画にもなった演目で、その原題がこの劇なんです」
そんな大好きな劇を、ルシルさんと一緒に観られるなんて幸せすぎる。隣に座るルシルさんと手を重ね、私は舞台上で繰り広げられる恋愛劇に、「ぐすっ、ぇぐ・・・」感情移入してしまって思わず涙。1人の男性を巡って争う3人の少女。境遇などが今の私、イリス、はやて、そしてルシルさんみたいで、私に似た、最後に彼と出会う少女の敗北が演じられた。
「はぅ~」
ハンカチがもう涙でぐしょぐしょに。するとルシルさんが、「ほら」自分のハンカチを差し出してくれたから、「あ゛り゛がとう゛~!」お礼を言って受け取り、涙を拭いつつポケットティッシュで鼻をかむ。
結局、舞台の2時間半の後半はずっと泣きっぱなしだった私は、ルシルさんに肩を抱かれながらシュピール大広場を出る。ちなみに他の女性のお客さんも目を赤く晴らしている。それほどまでに胸に来る恋愛劇だった。
「すみ゛ません゛、ルシルさん」
「気にしないでくれ」
「ちょっとお手洗いでお化粧を直してきますね」
「ああ。じゃあそこのベンチで待ってるよ」
ルシルさんを待たせ、お手洗いの鏡で化粧直し。ついでに用を足して、ルシルさんの元へと戻る。ベンチに足を組んで座って、パンフレットを眺めているルシルさんの格好良さにまた、きゅん♥となった。
「お待たせしました」
「全然待っていないよ。ところでトリシュ。次の行き先なんだが、ヒュムネ教会に行ってみないか?」
「ヒュムネ教会・・・、あっ、はい! 行きましょう!」
ルシルさんの提案にパンフレットの内容を脳裏に浮かべて、ヒュムネ教会での催し内容を思い出す。ルシルさんの手を取って、ヒュムネ教会へと向かう。
「あ、間に合ったようですね」
「ああ。ザンクト・ヒルデ魔法学院生徒による賛美歌斉唱。チャリティーだから寄付も出来るから、期間中に寄って行こうと思っていたんだ」
シスターの弾くパイプオルガンの伴奏に合わせて、祭壇前に並んで聖王教の賛美歌を歌う生徒たちを、長椅子に座って眺める。
「さすがにフォルセティやヴィヴィオ達は居ませんね」
「各地の教会で行われているからな~」
斉唱が終わり、私とルシルさん、他のお客さんは、教会を出る際に募金箱に財布から取り出したお金を入れてから出る。
「回れるのもあと1ヵ所くらいか。どこに行こうか」
「えっと、じゃあ・・・。今日の思い出として、1つ買って頂きたい物が・・・」
「そうか、判った。行こう」
ショッピングの際に服や小物などを決めて貰おうかと企んではいたけれど、今日はある物だけをプレゼントしてほしい。物をねだるというのにルシルさんは快諾してくれて、「店はどこ?」パンフレットを開いた。
「はい。えっと・・・この宝玉工房というお店です。そこを最後にするので、マクティーラに乗って行きましょう」
「ん? 夕食は・・・?」
「実は夕食は、私の家で食べようかと。その、ルシルさんに食べてもらうために下ごしらえは済んでいるんです」
「そうなのか!? わざわざありがとう、トリシュ。そういうことなら急いでマクティーラの停めてある駐車場へ向かおう」
ルシルさんに手を引かれ、私たちはまずはバスに乗って駐車場付近へ移動。そして“マクティーラ”で、宝玉工房へと向かう。宝玉工房は、高価な宝石だけでなく、宝石などを使わずとも普通だけど美しい石を加工して、アクセサリーを作る職人さんのいる店だ。
「「「「いらっしゃいませー!」」」」
扉を開けるとベルが鳴って、店番の女性店員さん達に迎えられた。店員さん達は他のお客さんに応対しているため、私たちは店内を自由に回ってお目当ての物を探す。
「あ、ルシルさん! コレ、コレにします!」
指輪のコーナーにて発見した、蒼い石がはめ込まれた指輪を手に取って、「いいですか?」とルシルさんに見せる。
「1000クレジット? 安くないか・・・? もう少し高いものでもいいぞ」
「いいえ。これでいいんです。蒼琳鉱と呼ばれる石で、サファイアやアクアマリンなどの青い宝石に比べて採取しやすいため安価で、お守りとしての意味合いの強いものなんです」
そして石言葉は、永久の親愛。ルシルさんから贈られるもので、現状でたぶん1番のものだ。中指に入るかどうかをまず確認して、合わなかったら調整してもらうのだけれど、「うん、ぴったり」だったこともあり、そのままルシルさんに買っていただくことに。
「それとですね・・・。私からルシルさんへ贈りたいものもあるんです。えっと、佼紫玉という石を使ったアクセサリーで、指輪、イヤリング、ピアス、ネックレス、ブレスレットなどなどありますが・・・」
「え? あーじゃあ・・・イヤリングで」
「イヤリングですね。なら、あちらのコーナーです、行きましょう」
いろんな形のイヤリングをルシルさんは耳に付けて、私の感想でまた別のを選んでいった。そうして「よし。これにしよう!」ルシルさんは、六面体に研磨された佼紫玉のイヤリングを選んだ。
「佼紫玉の石言葉は、揺るがぬ勝利、です。リアンシェルト、そしてガーデンベルグとの闘いを控えているルシルさんに、贈っておきたかったんです」
「っ! ありがとう、トリシュ。大事にするよ」
「はい♪ 私も、この指輪を大事にします♪」
買い物を終えた私たちは、ルシルさんの“マクティーラ”でまずは絵描きさんのところで絵を取りに行き、そしてシュテルンベルク邸へと向かう。
「ただいまー!」
「お邪魔します!」
「お兄様と義姉様は今日は出掛けていて、使用人も今日は休みを出したので居ません。私とルシルさんだけですよ?」
2人きりになるように事前に仕組んでいた我が家にルシルさんを招き入れた。私と2人きりという事実にルシルさんは「そうか。じゃあ夕食の仕上げは、俺と2人でやるんだよな?」焦る仕草もなく、キッチンのある方へと歩き出した。
「(判ってはいても、少しショックです・・・)あとは温めるだけなので、ルシルさんはダイニングで待っていただいても・・・」
「ん? 一緒にやった方が早く済むだろ? それにその方が楽しい」
ルシルさんとの共同作業と言う甘美な言葉に「ぜひ手伝ってください!」何度も頷いた。洗面台でうがい手洗いを入念に行い、キッチンへと入る。クラムチャウダーや野菜スティック、そして主食の「ピザを焼きます」と、後は焼くだけなピザ2枚をオーブンに入れる。
「結構本格的なピザだったな。一から作ったのか?」
「もちろん! イリスの影響で料理に目覚めてからというもの、かなりのレパートリーを増やしたんですよ♪」
ピザは5分ほどで焼け、ダイニングテーブルに皿を並べて「いただきます」をする。ルシルさんが料理を口に運ぶのをチラチラと見る。パクッと口に含んで味わったルシルさんは「うん、美味い!」パァッと表情を輝かせてくれた。
「本当ですか・・・?」
「ああ、本当だよ! ピザもクラムチャウダーも、店で出されてもおかしくないレベルだよ!」
本当に美味しそうに食べてくれるルシルさんに心底ホッとした。私も遅れて自作の料理を口に運んで、「うん、我ながら悪くない」うんうん頷く。自分の料理に舌鼓を打ちながらルシルさんと談笑して、「ごちそうさま」手を合わせた。そして片付けも2人で済ませて、食後のお茶で一服。
「ふぅ。・・・ルシルさん」
「ん~?」
「今日のデート、私に何か言うためにしてくれたんですよね・・・?」
先日、私たちはルシルさんから“セインテストの秘密”を教えられた。歴代セインテストは、初代のクローンであり、“エグリゴリ”の全滅はセインテストの終わりを示す、と。つまりはルシルさんに残された時間は、多く見積もっても3年も無いということを・・・。
(私やイリス、はやてからの告白の返事をするための、最後のデート・・・じゃないかと考えていた)
「・・・ああ」
ルシルさんの表情が一気に曇った。だから「判りました! ルシルさんへの愛の告白を撤回します!」先手を打つ。振られるんじゃなくて、なかったことにする。決意はしていたのに涙が溢れてくる。でも零れないように必死に頑張るけど、次第に涙は頬を伝い、嗚咽が漏れ出してしまう。
「~~~~っ! ごめん、ありがとう、トリシュ。こんな俺のために、ありがとう・・・」
私の側にまで来て、頭を撫でてくるルシルさん。あぁ、やっぱり好きだなぁ。
こうして私の初恋は、終わりを告げた。
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