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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン15 暗黒の百鬼夜行

 
前書き
お久しぶりです帰ってきました。またペース戻せ……るように頑張ります。

もはや誰も覚えていない前回のあらすじ:鳥居、死亡フラグを立てる。 

 
「『レディース・アーンド・ジェントルメーン……は、残念ながらこの場にはいらっしゃいませんが。ご安心くださいお客様、私の誇るエンタメデュエルは、いかなる場合においても決してその手を抜かないのが流儀。めくるめく夢の世界へと、明るく激しくご案内申し上げましょう!』」

 暗い廊下に、明るい調子の声が響く。声の主は無論、鳥居浄瑠。いつもの調子で始まった彼の得意とするエンタメ節だが、見る者が見ればそこに含まれた微かな違和感にはすぐに気が付いただろう。そしてそれは、彼自身が心の奥底では誰よりもわかっていた。
 いつもよりもほんのわずかに、ギアが高い。口上の修飾語はいつもよりわずかに多く、声の調子もやや上ずっている。それはすなわち、彼自身の感じている緊張の裏返しでもあった。かつての演劇デュエルによる場数、そしてまだ日が浅いとはいえデュエルポリスとして何度か経験してきた、プロ崩れのテロリストとの死闘。それらの積み重ねをもってしてなお、この目の前の男……巴光太郎というデュエリストの発するプレッシャーに、彼の体は敏感に反応しているのだ。

「……」

 巴はただ何も言わず、薄く口の端を歪めて笑うのみ。ただそれだけで背筋の冷たくなるような感覚を覚えつつも、それを振り払うようなオーバーリアクションと共にいつもより声を張り上げる。

「『私がここで呼び出しますは、やはりすべての始まり……そう、ペンデュラム!ライト(ペンデュラム)ゾーン、及びレフトPゾーン。フィールドを睥睨するこの両端に光のアークを掲げしは、そのどちらもが数字を操る凄腕のガンマン。スケール2、魔界劇団-ワイルド・ホープをダブルセッティング!』」

 彼の左右に同時に立ち上る光の柱と、その内部に浮かぶ全く同じガンマンの姿。当然そこに映る光の数字は同じであり、このままではスケールは描かれない。

「『……で、す、が。ここにワイルド・ホープの特殊能力が加わればあら不思議。レフトPゾーンよりライトPゾーンへと空を切り裂き飛んでいく贈り物は、スケールを打ち抜く魔の弾丸。ワイルド・ホープのペンデュラム効果発動!反対側のスケールに魔界劇団がセッティングされているときに限り、このターンの魔界劇団以外の特殊召喚を制限する代わりに相手スケールを9へと上書きする、チェンジスケール・バレット!』」

 宙に浮かんだままのワイルド・ホープが光の柱内部で銃を抜き、カーボーイハットの位置を左手でわずかに上にずらしながら右手で照準を合わせる。1瞬の静寂のちに目にも止まらぬ早業で放たれた弾丸は正確に反対側の光の数字ど真ん中を捉え、その衝撃で数字が2から9へと変化した。

 魔界劇団-ワイルド・ホープ スケール2→9

「『これにて描かれしスケールは2と9、よって私はこのターン、レベル3から8までの魔界劇団を同時に召喚可能となりました。それでは皆様お待ちかね、今宵の主役によるご挨拶です!ペンデュラム召喚、栄光ある座長にして永遠の花形!魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

 三角帽子がトレードマークの、隻眼演者が2人のガンマンの見守る中央で意気揚々と片手で天を指すポーズをとる。その姿はよくRPGで見るような、ボスの左右を同じ姿の側近が固めているような構図にも見えなくはない。
 そこまで考えたところで頭を振り、そんな妄想を追い出した。冗談じゃない、その例でいくと倒れるのは俺の方じゃないか。

「『……ビッグ・スターの効果発動!1ターンに1度デッキから台本1枚を選択し、それをフィールドにセットいたします。オープニング・セレモニーというのも1つの手ではありますが……やはりこの状況、いかに花形といえども1人きりで回す舞台はいささか華が足りないというものでしょう。魔界台本「魔王の降臨」を選択し、そのまま即座に発動!攻撃表示の魔界劇団が1体私のフィールドに存在することで、フィールドに表側で存在するカード1枚を破壊いたします。本日魔王の暴威が最初に吹き荒れるのは、レフトPゾーンのワイルド・ホープ!』」

 光の柱の1本が消滅すると、その中央からひらひらと1枚のカードが落ちてくる。

「『そしてワイルド・ホープが破壊された時、私はデッキから魔界劇団1体のサーチが……』」
「させませんよ。手札より灰流うららの効果を発動、そのサーチはこれを捨てることで無効です」

 落ちてきたカードに手を伸ばすも、室内だというにもかかわらず掴み取る寸前に吹いたつむじ風がそれを巻き上げてひらひらとどこかに飛ばしてしまう。サーチが無効となった彼に、残る手札は2枚。それを、同時にフィールドに置いた。

「『致し方ありませんね。ならばカードを1枚セットして永続魔法、魔界大道具「ニゲ馬車」を発動!空の色が変わるよりもなお速く走るこの馬車は、魔界劇団の団員が乗り込むことで1ターンに1度だけその戦闘破壊を無効とし、さらに団員を選択することで相手ターン終了時までその1体は相手のカード効果の対象とならなくなります』」

 どこからともなく現れた魔界の馬車に、華麗な宙返りを決めて飛び移るビッグ・スター。座席に伸びた手綱を握ると、それを引く2頭の馬が同時に蹄を高らかに上げてそれに答えた。
 そしてそんな馬車の上、素早く乗り込んだビッグ・スターのすぐ隣の座席の上から優雅に一礼したところで、ターンプレイヤーが変わる。一人ぼっちの戦場で佇むビッグ・スターともども目を凝らして見つめる中、おきつねさまがゆっくりと動き出した。

「では私のターン、ドロー。フィールド魔法、闇黒世界-シャドウ・ディストピアを発動します」

 暗い図書館内部をぼんやりと照らす、非常口を知らせる緑の光。それが不意に点滅したかと思うと、すぐにぶっつりと消えた。2人のデュエルディスクの放つかすかな光に目を凝らせば、辛うじて見える闇の中には無数の影法師が揺らめいていた。悪鬼の顔をした闇そのものの切れ端による、天地四方の区別なく響く嘲笑とも怨嗟ともつかない声なき声が空間を埋め尽くす。

「『これは……』」
「いい声で鳴くでしょう?先のターンでは、なかなか明るい悪魔の演劇を見せていただきましたからね。私からもひとつ、そんなまがい物でない本物の闇黒をご覧に入れて差し上げましょう」
「『おや、これはこれは。つまり私の魔界劇団が、私のエンタメデュエルが、まがい物だとおっしゃいますか?』」

 見え透いた挑発だ。そうは思いつつも、彼はその挑発にあえて乗った。きっかけは何であれ、このまま相手を黙らせていてはどんどんこのプレッシャーに委縮して相手のペースに乗せられてしまう。たとえそれがデッドボールであっても会話が繋がってさえいれば、まだそちらの方がマシだと踏んだのだ。

「ええ。裏デュエルコロシアムでの録画は見させていただきましたが、あなたのデュエルはどんな相手にも明るく、楽しく、いわば『魅せ』に特化している。世が世なら、人気の高いプロデュエリストにもなれた逸材でしょう。しかしそれは全て、そのデュエルを観ていただけるお客様の存在ありきの物でしかない。ひとつお聞きしますがあなた、自分のためにデュエルをしたことはございますか?」
「『自分のため、に?』」
「ええ。あなたのデュエルスタイルは要するに対戦相手を、そして観客を楽しませるものであって、あなた自身というものがどうにも薄く見受けられましたのでね。築き上げた全てをかなぐり捨てて、存分に浴びていた歓声が一転して罵声になったとしても、どうしてもただ勝利の二文字を手に入れたい……そんな思いをされたこと、きっとあありませんよね」

 このまま何も答えなければ、ずるずるとテンポを掴まれる。頭ではわかっていても何も答えられずにいる鳥居に対しさらに畳みかけるように、巴の言葉が突き刺さる。

「だからあなたの覚悟はまがい物だと、そう言っているのですよ。私は昔も今も、自分のためにだけこのカードを振るいます。ですがそれは、1度は他人のために戦うプロデュエリストの世界に身を置いたうえで改めて選んだ結論。最初からエンタメなどという目の前に与えられた役柄に何も考えずしがみつき、自分の意思で戦う心構えを知ろうともしなかったあなたとは違うのですよ」
「『……そんなこと』」
「ない、そうおっしゃりたいのですか?では、その覚悟……いえ、あなたが覚悟だと思い込んでいるものがどこまで持つか見せていただきましょう。レッド・リゾネーターを召喚し、その召喚時効果により私は手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚できます。私が選ぶのは、レベル4の牛頭鬼です」

 レッド・リゾネーター 攻1200 炎→闇
 牛頭鬼 攻1700

 燃える体のリゾネーターが人魂のように闇に灯り、その明かりに誘われるかのように巨大な木槌を手にした筋骨隆々の牛の魔人が後に続く。

「そしてシャドウ・ディストピアが存在することにより、場に存在するあらゆるモンスターの属性は闇へと書き換えられます。なにせあなたの劇団員さんに、この効果は意味を成しませんからね。そして牛頭鬼は1ターンに1度、私のデッキからアンデット族モンスター1体を墓地へと送ります。墓場で今しばらくお待ちなさい、九尾の狐よ」

 九尾の狐。糸巻から聞いていた、巴のデッキにおける鍵にして彼を代表するカードの名に身構える。しかしその前に、巴のフィールドの2体が動いた。

「レベル4の牛頭鬼に、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング。異邦と化した故郷(ふるさと)に、悪しき聖霊の夜を引く音がこだまする。シンクロ召喚、オルターガイスト・ドラッグウィリオン」

 ☆4+☆2=☆6
 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200

 仮面を張り付けたかのような薄笑いを浮かべる、無数の手と尾を持つ異形の生物。その攻撃力はビッグ・スター相手にはわずかに届かない……だが、そんなことはもはや問題ではない。

「では、九尾の狐の効果を発動。私のモンスター2体をリリースすることで墓地より現世のフィールドへと黄泉帰ります。そしてシャドウ・ディストピアの効果により1ターンに1度、1体だけリリースのコストは相手に代わりに払っていただきましょう。私のドラッグウィリオンとあなたのビッグ・スター、この2体の命を糧に九尾の狐を蘇生召喚」

 ビッグ・スターとドラッグウィリオンが突如色濃くなった自身の足元の影に呑み込まれ、ずぶずぶとその姿が深く暗い闇の中へと消えていく。同時にニゲ馬車を引く2頭の馬の瞳からも生気が消えてゆき、がっくりとうなだれてしまう。それと入れ替わるように闇からゆらりと立ち上ったのは、暗く黒い闇にはあまりにも似つかわしくない白面金毛の妖獣だった。

 九尾の狐 攻2200 炎→闇

「そしてドラッグウィリオンは1ターンに1度、リリースされた場合に自身を蘇生できる」

 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200

「さて、どこまで耐えきれますかね?バトル、まずはドラッグウィリオンで攻撃」
「『ならばその攻撃宣言時に永続トラップ、ペンデュラム・スイッチを発動!これは1ターンに1体ずつペンデュラムカード1枚をフィールド、またはPゾーンから異なる位置へと移動させる不可思議なスイッチ。ライトPゾーンより来たれ、ワイルド・ホープ!』」

 迫りくる異形の魔法使いの攻撃に割り込むように、光の柱を破って飛び出したガンマンがぽっかりと座席の空いたニゲ馬車へと乱暴に着地する。手綱を引くものが現れて再びその目に光の宿った魔界の馬たちが威嚇すると、狙いに迷ったドラッグウィリオンが1瞬その動きを止める。

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200

「それで防いだおつもりですか?構いませんよ、ドラッグウィリオン。そのまま攻撃しなさい」
「『ですがニゲ馬車によって付与される体制により、魔界劇団は1ターンに1度ずつ戦闘によっては破壊されません!』」

 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200→魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200

「承知の上ですとも。では、九尾の狐で連続攻撃。そして墓地より黄泉帰った九尾の狐は、守備モンスターに対する貫通能力を持ちます」

 まるでそれぞれが意思を持つ槍であるかのように、妖獣の硬質化した伸長自在な9本の尾が迫る。ワイルド・ホープもニゲ馬車の手綱を操りどうにか回避にかかるものの、この場所は広いステージではなく狭い廊下である。辛うじて上から振り下ろされた3本を回避したところで勢い余って壁に激突し、頑丈なニゲ馬車には傷ひとつついていないものの、派手な破砕音と共にあっさりと大穴の空いた壁の向こう……かつて閲覧室だったのであろう大部屋へと戦場は移った。
 普段ならばいくら取り壊しも近い建物とはいえ、器物損壊に顔を青くするであろう状況。しかし鳥居は今、それどころではなかった。気づかぬうちに伸びていた4本目の尾がワイルド・ホープの体を深々と貫き、それと同時に彼自身の腹部にも槍で貫かれるような激痛が襲っていたのだ。

 九尾の狐 攻2200→魔界劇団-ワイルド・ホープ 守1200(破壊)
 鳥居 LP4000→3000

「『ぐはっ……!?こ、これは……!』」
「素晴らしいでしょう?彼女から話は伝わっているとは思いますが、これが我々の独自開発した最新式「BV」ですよ」

 最新式「BV」。その言葉に彼の、裏デュエルコロシアム後に糸巻から聞いた記憶が呼び起こされる。これまでとはわけが違う痛みをデュエリストにもたらす、デュエルポリスの開発した対「BV」妨害電波の通用しない新たなブレイクビジョン・システム。
 そして派手な破砕による瓦礫の向こうからゆっくりと彼を追いやってきた巴が、ニゲ馬車から転げ落ちて床に膝をつく鳥居を冷淡な目で見降ろしたままに語り掛けた。

「その様子ですと、随分と気に入って頂けたようですね。前回行った彼女との試験使用の際は途中でシステムがダウンするという失態を冒してしまいましたが……今回は、あの時のような無様はさらしませんよ」
「……なるほど、こりゃ糸巻さんの言った通りっすね。こんなもん、間違っても世に出せる、わけがない……!」

 エンタメモードの口調を忘れ、素の鳥居浄瑠として吐き捨てる。実体化したニゲ馬車によりかかるようにして腹を押さえながらもどうにか立ち上がり、再び誰もいなくなった座席へと転がり込んだ。荒く2、3度呼吸し、どうにか息を整える。
 再び起き上がった時にはすでに、彼はエンタメデュエリストへと戻っていた。

「『破壊されたワイルド・ホープの効果により、デッキより呼び出されるは世界に誇る我らが歌姫、魔界劇団-メロー・マドンナにございます。それではこの場をお借りしまして、今宵の演目内容の発表をば致しましょう。今回舞台となりますのは、見ての通りの廃図書館。草木も眠る丑三つ時、闇に紛れしは妖怪変化。それに立ち向かうは皆様おなじみ、魔界劇団の面々にてございます。魔界劇団の悪霊退治、見事恐るべき物の怪に打ち勝ちましたならば、どうぞその時は拍手ご喝采!』」
「そう、それですよ。一見あなたのそのそぶりは、どんな時でもスタイルを崩さない誇りと矜持の成せるもののようにも見える。実際、あなた自身もそう信じているのでしょう。ですが、それは断じて違いますよ?あなたは単に、それ以外のやり方を知らないだけに過ぎない。知らないからこそ変化を恐れ、これまで自分が拠り所にしてきたものにしがみついて目を固く閉じ、身を縮こませてただ震えることしかできない。それでは、私には到底届きませんね」

 鳥居はそれに、何も言い返せない。彼の理性は、巴の言動をこちらを動揺させ心に隙を作るための詭弁だと叫んでいた。事実巴光太郎という男が他人の心をえぐることを極めて得意とする危険人物だという話は、糸巻からも何度か聞いている。
 しかし頭ではわかっていても、その言葉には一抹の真実も含まれている……そう感じることこそが罠だとは百も承知だが、それでもその罠から彼の思考は逃れられない。自分のためだけにデュエルをする、そんなことは彼の人生において1度も考えたことすらなかった。彼のデュエルはまだ子役だった幼少のころから巴の指摘通り観客と共にあり、1人でも多くの人間を楽しませることこそがデュエルを行う一番の喜びでありモチベーションだった。そこに疑問の余地はなく、事実それでこれまではうまくやってきていたのだ。だからそれを欠点とする巴の言葉に、彼は言い返せるだけの根拠を持ってはいない。

「おっと、今はまだ私のターンでしたね。1度この辺にして、最後の処理に移りましょうか。カードを伏せてエンドフェイズ、シャドウ・ディストピアの最後の効果が強制的に発動。ターンプレイヤー、つまり私のフィールドにこのターンリリースされたモンスターの数に等しいシャドウトークンを特殊召喚します」

 シャドウトークン 守1000
 シャドウトークン 守1000

「『俺の……いえ、私の、ターン!』」

 エンタメモードに入った際の、一人称の取り違え。こんなことは、このスタイルを身に付けて以来ただの1度もなかったミスだ。それがまた、彼の心の動揺を嫌でも物語る。

「『それではいよいよこちらのターン、今回この悪霊退治へと志願した勇敢なる戦士たちに、まずは戦いの歌を送りましょう。ライトPゾーンにスケール0、メロー・マドンナをセッティングし、その効果を発動!私のライフ1000を支払い、その妙なる歌声はデッキから更なる団員を私の手札へと誘います。この効果により手札に加えたスケール9、まばゆく煌めく期待の原石。魔界劇団-ティンクル・リトルスターをレフトPゾーンにセッティング!』」

 鳥居 LP3000→2000

 さらにライフを削りこそしたものの、再び張られたそのスケールは0と9。これは、彼に用意できる中ではほぼ最高の数値幅である。そして間髪入れず、そのスケールが生かされる時が来た。

「『それではいよいよご登場いただきましょう、こちらが本日の戦士たちです!まずは再びのご登板、魔界劇団-ビッグ・スター……そしてもう1人は怪力無双の剛腕の持ち主、その自慢の筋肉は果たして闇を住みかとする悪霊に通用するのか!?魔界劇団-デビル・ヒールです!』」

 ニゲ馬車の座席、中央に座る鳥居の左右に、それぞれ上空から2体の演者が飛び込みを決める。細身のビッグ・スターはなんてことなくスタイリッシュに着地したものの、巨漢のデビル・ヒールの落下はそれだけでニゲ馬車が軋み馬たちもその衝撃に数歩よろけるほどだった。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000

「『そしてデビル・ヒールの効果を発動、ヒールプレッシャー!このモンスターが場に出た際、相手モンスター1体の攻撃力をこのターンの間だけ魔界劇団1体につき1000ダウンさせます。オルターガイスト・ドラッグウィリオン、その恐ろしき異形の魔女にはしばし弱体化願いましょう』」

 オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200→200

「『さて。まずはこのターンもペンデュラム・スイッチの効果により、メロー・マドンナを特殊召喚です』」

 光の柱からスカートの端を押さえつつ飛び降りた黒衣の歌姫もまた、その下で待ち構えていたニゲ馬車の座席へとすっぽり収まるように着地する。しかし当然それだけ座席スペースは狭くなり、ただでさえ巨漢のデビル・ヒールはやや居心地悪そうに身を縮めた。

 魔界劇団-メロー・マドンナ 攻1700→1800

「『ビッグ・スターの効果発動、このターンに選択する演目は魔界台本「火竜の住処」。そして即座にこの火竜の住処を、デビル・ヒールを対象として発動!』」

 それは台本というよりも、飛び出す絵本のように仕掛け満載の立体的な地図だった。ビッグ・スターから投げ渡されたそれに目を通したデビル・ヒールがその太い腕で勢いよく指を鳴らすと、瞬く間に演目に相応しい衣装がその全身を覆っていく。小さな顔と巨大な口だけは外に出ているものの、それ以外の下半身と両腕を丸々包むサイズの赤い棘や鱗をあしらい尻尾と翼までついた衣装に、帽子代わりにその頭から伸びる竜の首……早い話が、演目名が語る通りの火竜の着ぐるみであった。

「『そして私が魔界台本を発動したことにより、またしてもメロー・マドンナの効果が発動いたします。彼女のモンスターゾーンで奏でる歌はデッキの仲間を呼び出し、レベル4以下の魔界劇団1体をこのターンの間だけ登板させる力を秘めているのです。魅力あふれる魔法のアイドル、魔界劇団-プリティ・ヒロイン!』」

 魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500

 とんがり帽子の魔女っ子もまたニゲ馬車に飛び乗ろうとして、その寸前ですでに定員いっぱいな状況に気がついて空中制止を掛ける。そのまま呆れ顔で仕方ないなあといわんばかりに手にしたステッキにまたがって、ニゲ馬車上空の斜め後ろからついていくことに決めたらしい。

「『さあ、いよいよクライマックスです!このターンはデビル・ヒールにニゲ馬車の耐性を付与し、さらにティンクル・リトルスターのペンデュラム効果を発動!デビル・ヒール以外のモンスターはこのターン攻撃できなくなる代わり、選ばれたデビル・ヒールはこのターンで3度までモンスターへの攻撃が可能となります。竜の力を得たことで一時的に悪霊を焼き尽くすことが可能となったデビル・ヒール、いざ悪霊退治へと出発いたしましょう!』」

 2重3重の強化を受け、これ以上ないぐらいのやる気に満ちたデビル・ヒールが今は竜の着ぐるみに包まれたその剛腕をぶんぶんと振り回す。抜け目なく手綱を操るビッグ・スターの号令に従い、ニゲ馬車が再び走り始めた。

「『我々魔界劇団は、私のエンタメは、断じてまがい物などではありません!バトル、火竜デビル・ヒールでドラッグウィリオンに攻撃!』」

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000→オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻200(破壊)
 巴 LP4000→1200

 猛スピードで直進するニゲ馬車から飛び降りることで、その勢いも加わった高所からのドロップキックが弱体化された異形の魔女の体を軽々と吹き飛ばす。

「ぐっ……!!」
「『この瞬間、火竜の住処の効果を発動!発動ターンに対象にとったモンスターがバトルで相手モンスターを破壊した時、相手プレイヤーは自身のエクストラデッキから3枚のカードを選んで除外しなくてはなりません。そして戦闘ダメージの発生したこの瞬間にプリティ・ヒロインの効果発動、メルヘンチック・ラブコール!キュートな彼女の恋の魔法により、相手モンスター1体の攻撃力は今発生したダメージの数値だけダウンいたします。これにより、九尾の狐の攻撃力は0に!」』

 上空から放たれた星型弾が九尾の狐の周囲を取り囲み、その力を確実に弱めていく。

 九尾の狐 攻2200→0

「『さて、もうおわかりですね?デビル・ヒールが続けて攻撃いたしますのは、九尾の狐!』」

 2800もの大ダメージにより苦痛に顔を歪め脂汗を流しつつもエクストラデッキから3枚のカードを取り出す巴には目もくれず、蹴りの反動も利用して着ぐるみの翼をバサバサと振りながら空中で一回転して着地した火竜デビル・ヒールが次に狙いを定めたのは九尾の狐だった。力強く地面を蹴り、竜の頭で人間……もとい悪魔魚雷となっての強烈な頭突きを叩きこみにかかる。
 とはいえ実のところ、この攻撃ですべてが終わるなどという甘い期待はしていなかった。この程度でデュエルを終わらせられるほど一筋縄で済む相手なら、あのアラサー上司がボロクソ言いながらもその実力に関してだけは嫌々ながらに一目置くはずがないのだ。
 そして案の定と言うべきか、その頭突きが命中する寸前に巴の場に伏せられていたカードが表を向いた。

 巴 LP1200→600

「トラップ発動、魂の一撃。戦闘を行う攻撃宣言時、私のライフが4000以下であるときにそれを半分支払うことで発動いたします。4000と現在の自分のライフ差、つまり3400ポイントだけ、九尾の狐を強化しましょう。これで返り討ち……と言いたいところですが、まずたった今受けた2800もの弱体化を打ち消す必要があるためにその攻撃力は600減っての2800止まりですね。ですが、それであっても私のライフを残すには十分な数値です」

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000→九尾の狐 攻0→2800(破壊)
 巴 LP600→400

「ぐはっ……!ですが九尾の狐が破壊されたことにより、狐トークン2体を場に特殊召喚です。無論、守備表示でね」

 狐トークン 守500 炎→闇
 狐トークン 守500 炎→闇

「『やはり受けきられましたか……ですが火竜デビル・ヒールには、後1度の攻撃権が残っております。そしてデビル・ヒールが戦闘で相手モンスターを破壊したことで、今度は火竜の住処に加え彼自身の効果を発動。墓地に存在する魔界台本、魔王の降臨を私のフィールドに再セットいたします。それではお待ちかね最後の攻撃、ここはレベルも攻撃力も高い方を優先して狙うべきでしょう。最後のターゲットはずばり、シャドウトークンです!』」

 そして、強烈な飛び込み頭突きを見舞った状態から空中で姿勢制御したデビル・ヒールが、最後にその後ろから迫っていたシャドウトークンへと体を捻りつつのローリング・ソバットを叩きこむ。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000→シャドウトークン 守1000(破壊)

 この攻撃は、残念なことにダメージを与えるものではない。しかし火竜の住処はいまだ有効であり、この戦闘破壊も合わせて合計9枚ものエクストラデッキ破壊に成功した計算になる。
 それは、デッキの種類によってはそれだけで詰みかねないほどの一撃。しかし元々エクストラデッキへの依存度がさほど高いわけでもない【シャドウ・ディストピア】にとって、果たしてこの9枚という数はどれほどの痛手となりえただろうか?

「『デビル・ヒール自身の効果により、火竜の住処を再セット。さて、これにて火竜デビル・ヒールによる悪霊退治の大暴れはひとまず幕を下ろします。えっ、まだ悪霊は残っているって?その通り、ですがご安心ください。火竜の大暴れもいいものですが、やはり私どもの公演はこれがなければ終われません。追撃のアンコール上演、魔界台本「魔王の降臨」!これにより今回破壊の対象といたしますのは、残る3体の怨霊及びこの暗黒の世界そのものです!』」

 ビッグ・スター1人だった1ターン目とは違い、今の鳥居のフィールドには合計4体もの攻撃表示の魔界劇団が存在する。すなわち破壊できるカードもまた、4枚。吹き荒れる魔王の暴威によって残る3体のトークンが、そして闇に閉ざされた空間までもがねじれちぎれて消えてゆき、巴のフィールドもまた完膚なきまでに壊滅していまや1枚のカードも残っていない。ほんの少し明るくなった閲覧室の片隅で、消えていた非常灯に再び緑の光が点き始めた。

「『これが我々の、魔界劇団の力です!ですがここで、ひとつ残念なニュースがございます。確かに目に見える範囲では全ての悪霊の駆逐に成功いたしましたが、残念ながらまだその奥にはいまだ姿を見せない真の親玉がいるようですね。ならばこの魔界劇団一座、勝ち名乗りを上げ祝杯を挙げるのはやはり相手の大将首を落とすその時までお預けといたしましょう。さあ、第二ラウンドに備え再び戦いの準備です。メロー・マドンナによって呼ばれたプリティ・ヒロインは、このターンが終わると同時に私の手札へと戻ります』」

 これでニゲ馬車に残るは着ぐるみのままなデビル・ヒールと先ほど着替えた魔王ルックのビッグ・スター、そして必然的に御者役となったメロー・マドンナと鳥居自身を残すのみとなった。すでに巴には手札もなく、盤面もまた圧倒的有利。何よりリリース戦法の要となるディストピアを破壊できたことの戦術的な意味は、計り知れないほどに大きい。
 しかし、である。それでもなお、彼の気分は晴れなかった。理由は彼自身にも分からない。これが我々の、魔界劇団の力……そう高らかに言い切るその声は、むしろ彼自身に言い聞かせるような響きを帯びていなかっただろうか。巴はそれすらも見透かしているかのように薄い笑みを浮かべつつ、逆転された現状をさほど気にする様子もなく次なるカードに手をかける。

「なるほど。では、私のターン」

 圧倒的不利を微塵も感じさせない、気楽な調子でのドロー。そしてそのカードが、ゆっくりと表を向いた。

「ではスタンバイフェイズ、私は今引いたこのカード……RUM(ランクアップマジック)七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)をあなたに公開します。何かございましたか?」
「『なっ……そ、そのカードは!?』」

 巴のエクストラデッキに眠る、残り5枚のカード。そのモンスターの種類によってはこれほどまでの状況も1枚で逆転することも可能となる、問答無用のパワーカード。それを、引いてしまった。この状況で、引き抜いてみせたのだ。

「その様子ですと、何もないようですね。ではメインフェイズ1、その開始時に発動条件を満たした七皇の剣を発動。デュエル中に1度だけエクストラデッキから特定のナンバーズを特殊召喚し、そのカオスナンバーズを重ねてエクシーズ召喚を行います。こんなこともあろうかと、残しておいてよかったですよ……No.(ナンバーズ)107、銀河眼の時空龍(ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)。そして同じくCNo.(カオスナンバーズ)107、超銀河眼の時空龍(ネオギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン)!」

 ニゲ馬車の前に、暗く赤みがかった体色のどこか機械じみた印象の龍が立ちはだかる。そしてその龍が虚空に吼えるとその体が変形し、不気味な黒い四角錐へと変化する。まるで繭か蛹のようなその中でいかなる変態が行われたのか、再び四角錐が展開されるとその体色は黄金へと変化を遂げ、長い首の数は3つに増えその体そのものもさらに二回りほどの巨大化をしていた。

 CNo.107 超銀河眼の光子龍 攻4500

「本来ならばこのカードもディストピアの管理下でその効果を存分に発動したいところなのですが、そんなくだらない話は無用でしたね。ペンデュラム・スイッチを使ったところで逃がせるのは1体のみ、全てのモンスターが攻撃表示である以上この攻撃を回避することは絶対に不可能」
「『く……』」
「あいにく私は、末期の句を詠ませる暇を差し上げるつもりはありませんよ。では、さようなら。超銀河眼の時空龍、魔界劇団-ビッグ・スターに攻撃」

 3つ首の龍がそれぞれの口から光の奔流を放ち、それらが空中で混じりあって相乗作用でさらにその威力を跳ね上げる。すべてを消し去る光の中にビッグ・スターが、デビル・ヒールが、メロー・マドンナが、そしてニゲ馬車が消えていく。

 CNo.107 超銀河眼の光子龍 攻4500→魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
 鳥居 LP2000→0

「ぐ……うわあああぁーっ!」

 体中が苦痛を訴え、たまりかねて自然と口から出た悲鳴。光の奔流が収まっても辛うじてまだ、彼の意識は残っていた。いや、むしろ気を失うことすらできなかった、という方が正しいかもしれない。全身の細胞が焼け、苦痛を感じているのか感じていないのかすらもよく分からない。何もわからず崩れ落ちた彼の耳に、いくつもの足音が聞こえたような気がした。しかし、それが幻聴なのか現実なのかも判別がつかない。ただただ、何もわからなかった。





 悲鳴を聞きつけた糸巻たちが階下に降りてきて真っ先に感じたものは、人間の肉が焼ける嫌な臭いだった。そして派手に大穴の空いた壁と、そこから見える巴の後ろ姿。その視線の先に無造作に転がる、焼け焦げた塊の正体に気が付いたとき彼女は息を呑んだ。

「鳥居っ!」
「うわぁ……おっと八卦ちゃん、見ない方がいいよ」

 彼女の背後で遅ればせながら目の前の光景を一瞥した清明が、咄嗟に最後に降りてきた少女の後ろに回り込んでその目を手で覆い隠す。的確な対処だが、今の彼女にはそれに礼を述べる余裕などない。

「テメエ、やってくれたな……!」
「ええ、やってやりました。おかげで、なかなかいいデータが採れました。物理的な痛みよりもエネルギーの塊、それこそドラゴンのブレス攻撃のようなものの方が見ての通り苦痛の効率がいいことなどは、なかなか面白い発見でしたよ」
「ふざけやがって!」

 かつての二つ名同様な夜叉の気迫を放ちながら1歩詰め寄る糸巻に、くすくすと上品に笑いながら1歩下がる巴。

「おや、よろしいんですか?そちらの彼、早く病院にでも運んで差し上げないと後遺症がますますひどくなりますよ?」
「なに?待て、どういう意味だ?」
「どういうも何も、言葉通りの意味ですよ。彼はまだ生きています、どこまで復帰できるかは別としてね。わざわざダメージだけで即死しないように出力を落としておいたのですから、むしろ感謝していただきたいですね」

 その言葉に、視線は巴から離さないままに焼け焦げた鳥居の体に近寄る。近くに寄ればそれだけ嫌な臭いも強くなりはしたが、それでも弱々しくその体は動いていることも見て取れた。まだ、呼吸が続いているのだ。そしてその時気が付いたのだが、巴は今なんとも絶妙な位置に立っている。もし彼女がこの場で戦闘を強行すれば、ほぼ確実に鳥居はその余波に巻き込まれるだろう。
 わざわざ虫の息で生かすことにより人質としての価値を発生させ、自分はその間に悠々と撤退する……いかにもこの男らしい、抜け目なく嫌らしい手だと歯噛みする。するが、彼女にはその意図が分かっていても止められない。鳥居がかなり危険な状態にあることはまぎれもない事実であり、彼女はそんな彼の上司なのだから。

「3対1……まあやってやれないことはないでしょうが、あまりリスクは好みませんからね。では、御機嫌よう」

 それだけ言い残し、闇の中に消えていく。

「ちっ!八卦ちゃん、救急車だ!」
「は、はい!」

 慌てて携帯を取り出した少女が、清明によって巧みに視線を遮られたまま通報を開始する。どうにか巴を追いかけられないかとも思ったが、そんな考えが通用するほど甘い相手ではない。思考を遮るように近くに待機させていたらしい車のエンジン音が響くと、すぐにそれも遠くに消えていった。徒歩でここまで来た彼女たちに、もはや追跡は不可能だろう。

「死ぬんじゃねえぞ、馬鹿野郎……」

 その言葉に、当の本人から答えが返ることはなかった。 
 

 
後書き
割とひどい終わり方ですが、精霊のカード編はこれでおしまいです。
また近いうちに裏デュエルコロシアム編の時と同じく短いエピローグを書いて、その次からは新章突入……予定。 
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