| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

1st bullet 《hello & good-bye》
chapter 01 : conversation
  #01 "Welcome to Roanapur"

 
前書き
始まりが存在しなければ終わりは存在しない。







 

 
Side ???

「………」

その時、俺は甲板に立って海を眺めていた。とっくに見飽きた筈のこの海を。
ロアナプラ()は既に遠く離れており、その影も見えない。
耳に届くのは(ラグーン号)のエンジン音と切り裂かれた海面が掻き立てる波の音。

何時からこうしていたかは覚えちゃいない。
もしかしたら前の人生でもそうしていたのかもしれない。 あまりハッキリとした事はもうよく分からなくなってはいるんだが……

ロアナプラを出て世界中を巡った。
そして世界の何処にいても俺は海を眺める。 そうやって俺は生きてきた。
そうしてりゃ心が落ち着くからか? 我ながら軟弱な話だ。 "彼女"に聞かれればなんと……

「いいからとっとと喋れってんだよ! この糞日本人(ジャップ)が!」

怒声と共に人が甲板に強く打ち付けられる音が此方まで聞こえてくる。
さて、どうやら始まったか。
折角の二人の初対面だ。顔を出すのも野暮というものだろう。
まあ、終わった頃に顔を出すとしようか……




Side レヴィ

「ダッチ、面倒くせえよ。 膝の辺りを撃っちまっていいか。 そうすりゃベラベラ喋り出すぜ」

「ひっ!」

糞ジャップ野郎は甲板に座り込んだまま脅えて後退りする。 けっ、イライラするぜ。 情けねぇ面しやがって…

アタシは銃を突き付けたまま暑苦しいスーツ姿の日本人(ホワイトカラー)野郎の(つら)を睨み付ける。

……鼻血垂らしながらアタシらを見上げてくるその目がムカつくぜ。
ただビビってるだけじゃねえ。 なんで自分がこんな目に合わなきゃいけねえんだ。 自分は何もしちゃいねえのに。
そんな甘ったれた考えが浮かんでんのが丸わかりだぜ。

くそっ! ダッチが止めなきゃ、愛銃(カトラス)の鉛玉ブチこんでやれたのによ……

このままはい、サヨナラってんじゃつまんねえな。
拐って身代金でも要求してやろうか。 そんくらいしてやんなきゃ腹の虫が収まんねえぜ。

「レヴィ。クールに頼むぜ。 仕事はスマートにやんなきゃな」

日本人に話を聞いてたダッチが振り返ってアタシを宥めてくる。
アタシの顔色読みやがったな。
チッ。ガキ扱いすんじゃねえよ。

「そんじゃあ改めて聞くが……」

ダッチはもうアタシには構おうとせず、膝を突いて日本人に語りかけ直す。
うちのボスは見かけほど荒っぽくねえからな。 やっぱこのまま解放してやるつもりなんだろうけど………

「……それじゃ面白くねえよなあ」

アタシはこの優男を逃がさねえ事に決めた。 ダッチは反対するだろうけど、んなもん知った事か。 やりたいようにやらせてもらうぜ。
そうでなきゃ二挺拳銃(トゥーハンド)の名が泣くってもんだ。
誰にも文句は言わせねえ。
ゼロの奴にだってな………





Side ダッチ

「ダッチ、もう話は終わったのか?」

日本人をレヴィに任せた後、ゼロのやつが声を掛けてきた。やれやれ、話が終わったのかもないもんだぜ、全く。

「ああ。
お前が呑気に海を眺めてる間にな。
んな余裕があるんだったらレヴィのやつを押さえるくらいのことはしてくれても良かったんじゃねえか? アイツの相手をするってのが、ラグーン商会(うち)でのお前の大事な仕事の一つだと俺は認識してたんだがな」

片手で肩と首の凝りをほぐしながら愚痴る俺。
我ながら情けない姿だが、最近のレヴィはとみに機嫌が悪い。
あまり大口の仕事も舞い込んで来ねえしな。

「レヴィの相手なんて誰にも務まらんよ。何せロアナプラに悪名轟く二挺拳銃(トゥーハンド)だぜ。
俺達に出来る事はただただ嵐が過ぎ去るのを大人しく待つことだけだろ。
ま、それはともかくとしてだ。
あの日本人だが、もう解放してやったのか?
あんたが戻ってゆくのを見届けてやったのか?」

肩を竦めながらそう(うそぶ)くゼロの言葉は全く俺の心を癒しちゃくれなかった。
本当にラグーン商会(うち)の従業員どもときたら……

「いや、レヴィにそうするように伝えた。まあ聞きてえ事は聞いたからな。 もうあの日本人(ぼっちゃん)に用はねえよ。
あいつが日本の旭日重工から運んできたのはディスクが一枚のみ。で、ボルネオ支社長に渡すまでは厳重に保管しておく事。 バラライカからの情報ときっちり符号したぜ。 後はこの"ブツ"を渡しゃあ今度の仕事は終了。
なべて世は事もなし、さ」

俺達ラグーン商会は運び屋。 頼まれた品物を決められた場所に決められた期限までに届けんのが仕事だ。 たまにゃあ今回みてえに運ぶ品物自体を態々(わざわざ)ぶん盗ることもあるが、それはまあお得意さん相手のちょっとしたサービスだ。 なんせバラライカは……

「で、大丈夫なのか?」

「ん?」

大丈夫か、だと。
眉をひそめながらゼロのやつに聞き返す。
仕事はもう半ば以上終えたも同然。後はロアナプラに戻ってバラライカまで届けりゃそれで終わりだろうが。
心配する事が何かあるってのか?

「フィリピン海軍ならまだ距離はあるぜ。 ロアナプラに戻るのには充分…」

怪訝そうに話す俺の言葉を遮り、ゼロが思わぬところから心配の種を放り込んで来た。

「いや、レヴィのやつさ。 アイツとあの日本人二人きりにしたんだろ? そっちの心配だよ」

レヴィ? そっちの心配?

不審気な俺の顔色を読み取ったか、ゼロが甲板を此方に向かって歩きながら言葉を繋いでくる。

「アイツは自由なところが魅力だが、その分周りを振り回すからな。
ちょっと様子を見てきていいか? レヴィが素直にあの日本人を解放したのかどうかをな」

俺の隣を通り過ぎてレヴィのいる方へと向かっていくゼロ。
その背中を見ながら俺は唇を動かさずに口中だけでこう呟いた。

「ゼロ…… 不吉な予言をする人間ってのは決して感謝されねえんだぜ。 その予言が正しければ正しいほどな」



















Side ロック

「そっか……そんな事を話してたんだ、あの時」

そう呟いて部屋の窓を見遣る。確か港の方角は此方のほうの筈だ。
俺がロックから岡島緑郎へと。ただの平凡な一日本のサラリーマンから海賊見習いへと変わってしまった"あの日"を過ごした海はこの視線の先にあるわけだ。

「思えば遠くへ来たもんだ、か」

首は窓側へと傾けたまま、手にした缶ビールを揺らしながらそう口に出してみる。
陳腐な台詞ではあるけれど現在の俺の心境、というか境遇には見事に当てはまる言葉だ。

何しろ今正に俺が床に座り込んで呑気に直近の過去に想いを馳せているここ。
少し前まで俺が住んでた日本のアパートよりもかなり広い間取りをもつこの部屋が存在するのは日本からは遥か彼方(と言って良いだろう。主に心情的な意味で)に位置する東南アジアはタイ王国。
その南方にある港町ロアナプラの一角にあるビルのワンフロア丸ごと、だ。

そしてこの部屋の主こそ俺を海賊見習いへと、ラグーン商会の一員へと引き込んだ人物。
浅黒い肌に真っ白な短い髪。
俺より頭一つ高い長身の身体は細く引き締められた筋肉が詰まってる。
口を開けば人をからかう言葉ばかりだけれど、時に気遣いの言葉も投げ掛けてくれる。
聞けば街でも結構な有名人でもあるらしい彼の名は、

「ロック?どうかしたのか。窓から面白い景色でも見えるのか」

「いや、昔の事を思い返していたんだよ」

君と初めて会った時の事をさ、ゼロ。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧