| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

§7 欧州の大魔王、襲来

—————どうしてこうなった。
 対面に座る護堂が助けを求める視線をこちらへ向けてくる、が勘弁願いたい。いや、むしろ助けてほしいのはこっちの方だ。ひとにらみして黙ってもらう。本日何度目かもうわからないが、ためいきを吐いた。隠す気力はとうの昔に尽きている。

「ホント、どうしてこうなった……」




 時間は昼休み前に遡る……
 箸を運悪く落としてしまった黎斗は箸を洗いに教室から水場まで足を運んでいた。教室へ戻るまでの時間はそう、3分あるかないかというところだろう。その間に「何か」が起こった、のだろうきっと。
 教室の扉を開けた瞬間、黎斗の視界に映るのは、助けを求める護堂の視線。周囲を見渡せば、ある方向を見ている男子生徒達。中心に居るのはやはり護堂とエリカ。2人の傍に居るのは霊視能力がすごい美少女巫女。

「……ok なるほど」

 大体状況が予想できてしまった。しかし、この後の展開を予想できなかったのが黎斗の明暗を分けることになる。

「護堂ってばマジ漢だな……」

 そんなことを思っている間に、事態は取り返しにならないところまで進行していたようだ。彼らが行動を起こし始めた。どうやら席を移動するようだ。まったく、ご苦労なことである。触らぬ神に祟りなし、そっと道を譲ろうとして—————

「ホラ、黎斗行くぞ」

「ゑ?」

 気づけば護堂は黎斗の弁当をご丁寧に持っている。

—————コイツ、僕も巻き添えにする気だ!!

 戦慄する黎斗。女性陣を見るが既に2人ともこの場にはいない。護堂に半ば引きづられるように、黎斗は教室を後にした。高木をはじめとする男子生徒諸君が哀れみの眼差しをむけている。気分はドナドナだ。
 こうして今の状況がめでたく完成となってしまった。
 エリカが自分のみ例外的に食事等に参加することを許しているのは、エルを連れているからである、と黎斗は思っている。完全な一般人が妖狐を飼いならすことはまずない。つまり必ず何かある。敵対する気配は現時点ではないようだが要注意。日常の中で正体を暴く。おそらくそんなところだろう。アパートの方を盗聴、といったことをしないのは、相手の実力がわからない以上盗聴が危険と判断したのか、はてさて盗聴がもたらすメリットと露見した際のデメリットで天秤にかけたときに比重がデメリットのほうに傾いたのか。黎斗にはわからないが多分どちらかだろう。時々、彼女から探るような視線を向けられることだし。護堂とのいちゃつきを邪魔しないからというのも理由に含まれている気もするけれど。
 普段はこのおかげでぼっちを回避できていたのだが、今回は恨まざるをえない。誰が好き好んで痴話喧嘩に参加せにゃならんのか。リア充爆発しろ。口には出さずに呪いを呟きながら、弁当をつっつく。
 あまり得意ではないと言っていたが、恵那お手製のお弁当は自分で作る何倍もおいしかった。

「……で、いいよな? 黎斗」

 護堂の呼びかけに、意識を再びこちらへ戻す。

「え? ごめん聞いてなかった」

「だから今日エリカを家に連れて行かなきゃならないんだけど万理谷と一緒に来てくれないか? 俺だけじゃこいつを抑え切れそうにないし」

 これ以上痴話喧嘩に巻き込むのは勘弁してくれ。あやうく口から出てしまいそうになったこの言葉をあわてて飲み込む。流石に酷か。もうちょいオブラートに包んでいってあげよう。

「……今日はちょっと宿題がたまっててヤバいからうれしいけどまた今度に」

 途端にこの世の終わりのような表情をする護堂。ちっとも悪くないはずなのに罪悪感が沸いてくる。

「ん、時間が出来たらお邪魔してもいい?」

「おう!」

 エリカに向けて勝ち誇る護堂の顔に心の中で思わず付け足した。必ず行くとはいってないんだけどな、と。エリカもそれをわかっているのか不敵な笑みは健在だ。そっと護堂に合掌しておくことにしよう。





「マスター、これ不足してる食材のリストです」

 帰宅するなりちょこちょこと足元にやってきたエルはどうやって書いたのやら、メモ帳に不足食材のリストを持ってきた。……字が上手い。下手したら自分より上手かもしれない。

「……字、書けたんだ?」

「幽界に居る間ひたすら練習してましたから。私はただの狐とは一味違うのですよ? あ、私も行きますので認識阻害お願いしますね」

 得意げなエルの頭を撫でて買い物袋に持ち帰る。恵那にメールを打って出発。ちなみにエルは魔力が殺菌の役割を果たすのだろうか、何故かノミがつかずばい菌を持ってこないので衛生面では食材売り場に連れて行っても問題ない。バレなければ。当然バレたら大目玉だ。もっとも認識阻害を仕掛けるからまず発覚することはないのだが。

「買うべきは……主に炭水化物と魚、調味料ね」

 恵那がどうやってかよくわからないが、野生動物の肉やら山菜をとってきてくれるおかげで、肉や野菜の調達を気にせずに済むようになった。難点は肉が鹿やら熊となり豚肉や牛肉が食べられないことだがまあそれは贅沢というものだろう。どこから狩ってきたのかわからないが狼1匹を丸まる持ってこられたときには流石に困ったけれど。ニホンオオカミは絶滅していたハズだからあれは外来種だったのだろうか?

「ついでに資金調達もしてしまいましょう。はい、コレいらないであろう無駄な紙」

 そういって差し出された紙はチラシ、授業で使われた数学のプリントetcetc・・・
 念のため目を通してからマモンの権能を発動させ、大量のダイアモンドの板に変換する。これだけ売れば10万はいくだろう。よくもまぁ、これだけ集めた物だ。換金してからスーパー、ついでに薬局もよって洗剤買おうかと頭の中で道順を組み立てる。もう慣れたから迷いはしない。きっと。




「あとは洗剤買って終わりかな」

 買い物袋に結局入りきらず、ビニール袋をもらってしまった。2円の値引きをしてもらえなかったのは少し残念だがしょうがない。人の気配がないことを確認して、自らの影に袋をしまう。無駄なものをしまい込んでいたせいか、許容量オーバーになってしまったようで買い物袋はしまえたもののビニール袋はしまえなかった。術というのは便利といえば便利だが、時々妙に融通が利かない。袋の1つ2つでたいして変わるとは思えないのに。まぁ現実空間にしろ、影の中にしろ、整理整頓していないといざという時に困る、ということか。
 そんな家への帰り道。街路樹がいきなり、ざわめいた。カイムの力で、街路樹と会話を取ろうと試みる。どうにも嫌な予感がする。こういうときの勘はえてしてあたるものだ。

「どうしたの?」

ざわ、ざわ……

「え? 誰それ?」

ざわ……ざわ……

「場所は、わかる?」

ざわざわ……

「そっか、ありがと。こっちで探してみるよ」

 街路樹との会話を終えると、アパートへの帰路を急ぐ。洗剤はまたの機会だ。買い物を全部部屋において、黒いコートをとってこなければならない。

「マスター、いったい何が?」

「なんかヤバいカンピオーネが来日したんだと。木々の恐怖がここまで伝染してきてる。一体全体そやつは何をしでかしたんだろうねぇ。いったん帰って、外出準備」

 今は左目が利かないが我が侭をいってはいられない。敵はおそらく関東、十中八九東京にいる。木々がここまで恐怖に震える、ということは広範囲破壊を幾度も繰り返しているのだろう。ぺんぺん草すら残らないぐらいに蹂躙しなければここまで木々はざわめかない。

「ロクな事態じゃないことは明白だけれど、常識的な範囲で事が済みますように」

「マスター、多分願うだけ無駄です。動物的勘ですけど」

 神に祈るなり我が家のキツネ様に即否定された。エルの勘は馬鹿にできない。元野生動物だからか命がかかわる状況でのエルの勘はよくあたる。戦いになりかねない事態なので今度もきっとあたるのだろう。憂鬱だ。

「そんなため息ばっかつくと幸せ逃げちゃいますよ? イヤなら放置しとけばどうです? もっともその場合護堂様に全被害が行きますけど。多分」

「そーれーを防ぐんだって。とりあえず敵情視察といくよ」

 帰るなり買った物を部屋に山積みにして黒いコートを羽織る。パッと見不審者に見えないこともないが認識阻害をかけるので問題はない。敵の場所がわからないから「みんな」の恐怖を辿っていくことにしよう。




「ぜぇ……ぜぇ……」

「マスター、日が暮れちゃいましたよ……」

 恐怖の元を辿ろうと探索を開始して早3時間。時刻は8時を回ったところだ。近くまで迫れているのはわかるのだが絞り込めない。相手の力があまりにも強すぎてこの周囲全てから気配を感じてしまう。カンピオーネが滞在しているのだから魔術的防御を備えている建物かと推測したものの周りの建物全てに結界が張られていてはお手上げだ。流石にそこまで甘くはなかったか。唇をかみ締める。無駄に歩いて凄い疲れる。

「ミスったな…… こんなことになるならもうちょいスサノオから探査系の術教わっとくんだった」

 もうちょい歩いて収穫がなければ退却しよう。明日の授業に差し障る。なにより、いくら認識阻害をかけているとはいえ、夜にここをふらふらと出歩いていれば「同類」だと知られてしまいかねない。そこまで考えて空気の違いに気づく。

「……エル」

「囲もうとしてますね。気配が皆無であることを考えると死者かと。数は……ごめんなさい、わかりません」

「ん、十分だよ。ありがと」

 流石に認識阻害程度ではカンピオーネを騙す事は出来なかったらしい。包囲しようとしている敵のもっとも甘い部分へ歩き出す。ロンギヌスは、顕現させない。出そうものなら次にあったときに今回のことに関してしらをきることが出来ない。今回はあくまで「正体不明の存在を撃退した」と相手に認識してもらわなければ困るのだ。正体が発覚すれば今までの苦労がおじゃんになってしまう。よって権能は使わない。

「この程度で僕を止めるなんてムリだよ。さよなら」

 そっと呟き、死人の群れをすり抜ける。かなりの手練れのようだが、敵ではない。包囲に失敗した死人たちは、こちらへ向かってくるがなんら脅威となりえない。このまま逃げさせてもらおう。

「ふむ、尻尾を巻いて逃げるかね? 少年。」

「……チッ」

 屋根の上、100m程のところに人が居る。彼がおそらく噂のカンピオーネだろう。やはりバレたか。舌打ちを思わずしてしまう。大丈夫だ、フードを被っている以上相手はこちらの顔まではわからない。

「魔力を感じない癖に認識阻害をこうも巧妙に仕掛ける。我が”死せる従僕”を赤子同然にあしらう。貴様も我が同胞だろう。気配を断つ能力は珍しいな。ずいぶん若いことといい将来が楽しみだ。あぁ、先に無断で君の所領に入った非礼をわびよう」

 余裕を感じさせるその口振り。護堂と勘違いしているのだろうか。だとしたらまずいか。すばらしく偉そうなその口ぶりに、お前より長生きだと言い返してやりたいが言ってやろうか。今生きているカンピオーネで自身が最年長なのは確認済みだ。

(まぁでも年齢なんて飾りだしなぁ……)

 内心複雑に思いつつ、指摘するのは諦めた。所詮は魔王(カンピオーネ)、何を言っても無駄だろう。


「私を探りに来たのだろう? はるばるご苦労。君は私の名を知っているだろうが私は知らぬ。名乗ってもらえるとありがたいのだが」

 こちらの心情など露知らず、対面する後輩(・・)はこちらの素性を問うてくる。人に名前を聞くときは自分からだろう、と言ってやりたいが、ここで機嫌を損ねるとこの後の交渉が上手くいかなくなりそうなのでグッと我慢の一言だ。

「……水羽黎斗。僕は貴方を見なかった。貴方は僕を見なかった。僕はここを去る。それで手打ちにしよう」

「貴様は何を言っている? ……まぁ良い、もし私から逃げ切れたら今夜のことは忘れてやろう。せいぜい私を楽しませろ」

 フードをとり、相手を見つめる。交渉が上手く行き過ぎて、黎斗としては少し怖い。

「その言葉、二言はないね? 明日までに見つけられなかったら今回の件は忘れてもらうよ」

「私を誰だと思っている? そしてその条件でかまわんよ。それよりも本当に私から逃れられると思っているのかね?」

 余裕の表情を崩さない相手。隙は全くないので戦うのは苦労しそうだが逃げるだけならなんとでもなる。

「楽勝だね。」

 死人の投擲した槍が黎斗を貫こうとして———すり抜けた。

「ほう」

 相手の気配が、余裕から警戒へと変わる。

「これは、お返しだよ」

 声と同時に飛来する短剣が寸分違わず従僕達を貫いていく。様子見程度の意味合いだ。だが、これをそれなり(・・・・)扱いできるものが、果たして何人いることか。

「ぬうっ!」

 ヴォバンは自身に向けられた数本を雷撃で残らず撃ち落とす。迎撃に間に合わずなんとか逸らした一本が、彼の襟元を少し裂いた。

「あら、外したか」

「くっ……!?」

 余裕そうな態度にヴォバンは歯噛みするが、できたのはそれだけだった。目の前でふらふらしている相手は、とてつもなく強い。本能がそれを感じている。何気なく放ったのであろう短剣の数々は、彼にとっても看過できないものだった。それを、あれほど容易く。油断無く黎斗を見つめるヴォバンだが、彼との邂逅はあっけなく時間切れ(タイムリミット)を迎える。

「じゃあね。せいぜい頑張って探してちょうだいな?」

 黎斗の体が、闇と同化していく。同時に撒き散らされる邪気が、コンクリートに刺さった槍を灰に帰していく。黎斗の言葉を最後に、完全に消失してしまう。

「……!?」

 流浪の守護はその瞬間、解除されていた。アーリマン、夜の権能は悪の最高神としての能力。闇と同化し、周囲に邪気を撒き散らし、生命の命を奪い去る。長く浴びればまつろわぬ神ですら命を奪えてしまうその凶悪な力は流浪の守護で抑え切れなかったのだ。完全に闇と同化した瞬間、流浪の守護は効力を失った。
 1000年を超えるであろう時を生き、膨大に溜め込まれた呪力が噴き出した。劣化していた流浪の守護の上からアーリマンの権能を使ったのが原因か、流浪の守護に穴が開いたのだ。彼の気配が露出したのは、日本で初めての事。容易に観測できてしまう、突如出現した、神にも匹敵する謎の莫大な力。一瞬だけとはいえ、未だかつてない事態に、正史編纂委員会をはじめとする各種組織は大混乱をすることになるのだがそれは余談である。





「……逃げられたか。いや、助かったというべきか」

 相手の気配を見失ったヴォバンは、知らず知らずのうちにでてていた汗をぬぐう。おそらくあの少年はもう捉えることは出来ないだろう。気配を遮断する術を持つ存在を”死せる従僕”で見つけ出すのは至難の業だ。なにより、消え去る直前に感じた魔力。あの強大な力の持ち主に無策で挑むのはいくら自分でも厳しいだろう。

「ふん、まぁいい。次に会うときはその命、貰い受けるとしようか」

 誰もいない空間に、死の宣告が読み上げられる。次の決闘に心を躍らせ、東欧の魔王は姿を消した。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧