ある晴れた日に
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64部分:穏やかな夜にはその十三
穏やかな夜にはその十三
「終戦直後は出回っていたらしいけれど」
「おとそ出せって騒いでな」
話は正月のことだったらしい。
「それで婆ちゃんが無理して手に入れたそれを一升瓶一本全部飲んでな」
「それで倒れたの」
「本当にあと一歩で失明か死んだらしい」
終戦直後は何気に結構あった話である。禁酒時代のアメリカでももぐり酒場の怪しい酒で多くの死者や失明した者が出ている。
「運がいいな」
「死んだらあんたここにいなかったのね」
「ああ、そうさ」
「よかったじゃない、助かって」
「婆ちゃんは今でも愚痴ってるけれどな。馬鹿なことばかりする爺さんだってな」
確かにこれは言われても仕方のないことであった。
「まあ今でもピンピンしてるけれどな」
「死にかけたのに、なので」
「そうさ。で、その爺ちゃんが言うんだよ」
またギターを手に持って語る。
「酒はどんどん飲めってな」
「凄いお爺さんだね」
桐生の言葉は半分感嘆であとの半分は呆れだった。
「死にかけたのにそれって」
「死んでもいいから飲めっても言われたぜ」
本物だった。
「酒はな」
「あんたのお爺ちゃん急性アルコール中毒で死ぬわよ」
容赦のない静華の突っ込みだった。
「そのうち」
「それ昔から言われてたらしいな」
妙に冷めた正道の返事だった。
「何せ飲む時は平気で一升瓶一本以上だからな」
「それって絶対やばいよ」
凛もそれを言う。
「いつもそれだけ飲んでると。殆ど毎日とか?」
「一週間のうち六日だな」
やはりそうだった。どうやら彼の祖父は相当な酒豪であるらしい。
「家にはいつも一升瓶が転がってるぜ」
「よくそれで今まで生きてるわね」
奈々瀬は素直にそのことを驚いていた。
「殆ど毎日それだけ飲んで」
「不思議にこれが肝臓も壊さないし糖尿にもならねえんだよ」
言う正道もそこが不思議なようだった。
「これがな」
「そういう爺ちゃんこそ俺の店に来るべきだな」
「スタープラチナもね」
また佐々と明日夢が出て来た。
「盛大にもてなすからよ」
「大魔神に来て欲しいわね」
「ああ、まあ話だけはしとくさ」
言いながらまたギターを奏でだした。
「それでいいな」
「絶対にな」
「頼んだわよ」
「さて、と。今度はどの曲がいいかな」
丁度ここで曲が終わった。
「おい、何かリクエストあるか?」
「リクエスト?」
「ないなら俺の曲弾くけれどな」
こう皆に言うのだった。
「どうするんだ?どっちでもいいけれどよ」
「そうね。それじゃあ」
それを聞いて恵美が言ってきた。
「あんたロックとかだけかしら。音楽は」
「何だっていけるぜ」
正道は彼女の問いにこう返した。
「バラードでもブルースでもな。ジャズ系でもな」
「何でもいけるのね」
「音楽は何でもいけるんだよ」
恵美に言葉を返す。
「結構色々な」
「そう。それじゃあ」
「それで何にするんだ?」
「丁度皆食べるのもいい具合だしね」
見れば食べるのもかなり進んでいた。
「やっぱり明るい曲かな」
「明るい曲か」
「カレー食べながらゴスペルとかジャズもあれだしね」
「えっ、いいじゃねえかよそれ」
ここでまた野本が出て来た。
「カレーにジャズってよ。最高じゃねえか」
「あんた、音楽のセンスも悪いんだね」
恵美は表情は顰めさせただけだったが声には呆れたといった感じのものを含ませていた。それが微妙に呆れているという彼女の心境を浮かび上がらせていた。
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