ある晴れた日に
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596部分:誰も寝てはならぬその十四
誰も寝てはならぬその十四
春華は家に帰るとずっと自分の部屋に閉じこもっていた。そしてそこから出て来ない。
「御飯よ」
「後でいいよ」
母の呼び掛けにもこう返すだけだった。
「今は忙しいから」
「忙しいの?」
「ああ、悪い」
扉越しに話すのだった。ずっと自分の机に座ったままだった。
「今はな」
「じゃあ気が向いたら来なさい」
母はそんな娘の気持ちを察したのか今はこう言うだけだった。
「そうしたらね」
「ああ」
こう応えてそのまま部屋に閉じ篭もったままだった。妹も暫くして声をかけてきた。
「お風呂は?」
「最後でいいよ」
やはりこうした返事だった。
「最後でな」
「そうなんだ」
こうして夜遅くまで部屋にいたままだった。だがやがて軽く食事を採ってシャワーを浴びて寝ようと思った。そうしてリビングに行くとだった。
音楽がかかっていた。クラシックの曲だ。それが何かというと。
「何だよ、この曲」
「ああ、これね」
見るとリビングのソファーに姉の春美がいた。顔は彼女がそのまま成長した様な感じである。だが雰囲気は穏やかであり髪もストレートにしている。職業はOLだ。その姉がくつろいだ格好でその場に座ってその曲をビールと一緒に聴いているのであった。
「クラシックよ」
「クラシックかよ」
「あんたクラシックも嫌いじゃなかったわよね」
「聴ければ何でもいいさ」
こう制服姿のまま述べる春華だった。
「いい曲だったらな」
「それよ。ヴェルデイよ」
「ヴェルデイって大行進曲とかのだな」
「そうよ。それよ」
まさにそれだと答えた春美だった。
「ヴェルデイよ。曲はね」
「んっ!?急に派手になったな」
曲を聴いて顔を顰めさせた春華だった。
「いきなりじゃかじゃかした感じになったな」
「さっきまでが『おお、貴女こそ我が恋人』で」
「それで今は何だよ」
「『見よ、恐ろしい炎を』よ」
「タイトル聴いただけでも派手だな」
「そうでしょ。この曲はね」
その曲のことを妹に話すのだった。
「ヴェルデイのオペラ『トロヴァトーレ』の曲でね」
「ああ、トロヴァトーレか」
「敵に捕らわれた母親を助け出すことを決意する曲なのよ」
それだというのだ。話をしている間にも音楽がさらに派手なものになっていく。合唱まで加わりまさに燃え上がる怒りと決意の歌であった。
「その曲なのよ」
「そうなのか」
「凄い曲でしょ」
微笑んで妹に言ってきたのだった。
「この曲って」
「ああ、そうだな」
姉の言葉にはっきりと頷いた彼だった。
「こんな曲もあったのかよ」
「意外だった?」
「クラシックって大人しい曲とか奇麗な曲ばかりって思ってたからな」
「それが違ってたのが意外なのね」
「それもこんな派手な曲なんてな」
彼女にとっては想像の外の話なのだった。
「あったんだな」
「けれど凄い曲でしょ」
このことも話す春美だった。
「この曲って」
「ああ、それはな」
このことは素直に認められる春華だった。そのあまりもの迫力はだ。
特に合唱の部分が圧倒的だった。まさに燃え上がらんばかりだったのである。それはまさにヴェルデイならではの迫力であった。
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