ユア・ブラッド・マイン 〜空と結晶と緋色の鎖〜
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第1話『終わり始まり』
前書き
お久しぶり
朝練に精を出す運動部の声をBGMにしながら、草場玲人は誰もいない教室で物思いに耽る。
頭の中に未だに残響を残すのは、一学期の最終日に朝早くから行われた進路相談での事だ。
『それじゃあ、製鉄師になるつもりはないってことでいいんだね?』
高校2年と言えば比較的専門的な講義が始まる時期だ。 これはその前の最終意思確認というやつだろう。
しかし玲人はYesでもNoでもない言葉を返した。 進路相談のたびに行ってるコレがこんな時間に臨時で呼び出される原因となっているのはわかっている。
「……製鉄師ねぇ……」
誰にいうわけでもなく呟く。
すると、意外にもその声に返事をする者がいた。
「まーた進路相談? 終業式の日に朝から大変だねぇ」
視線を入り口の方に向けると、そこにはヘラヘラとした笑みを浮かべながら薄いカバンを振り回すクラスメイトの姿があった。
おはよー、と手をヒラヒラさせる彼は、玲人の机に腰を下ろす。
「おはよう輝橋」
「おっは。 んで進路はまだ保留? 適当に加工技師目指してますとか言っとけばいいじゃん」
「まぁ、そうだけど……」
逃れるように視線を窓の外へと移す。
運動部員たちは既に着替えを終え、各々教室へと向かっていた。
こちらを見上げ手を振ってくる見知った顔に手を振り返すと、鈍色に輝く無骨な腕輪が目に入る。
「(製鉄師になれば……もしかしたら……)」
登校してきた生徒で教室はにわかにざわめき出し、玲人の思案はその中に溶けていく。
自らの進路に悩む男子高校生。
それはどこでも見られるようなありふれた光景だった。
「---ふふっ」
そしてそれを眺める黒い影。
ソレは無邪気な少女のような声で、あるいは厳格な老人のような声で。
虚空に向かって語りかける。
「少し強引だが仕方ない……草場玲人。 君にはヒーローになってもらうよ」
ここ、聖晶学園は部活動が盛んな学園だ。
終業式もホームルームも終えた今、部活動団体に所属している生徒たちは各々の活動に励んでいる。
そんな中、玲人はとある教室で一人手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。
教室の外には家庭科準備室と書かれたプレートの下に下げられた『写真部』の文字。
ここは聖晶学園写真部の部室だった。 当然、写真部も例に漏れず活動時間の真っ最中である。
ではなぜ暇なのか。 理由は単純。
……部員が来ないのである。
ホームルームが終わると同時に提出物家に忘れたから一回帰るわーと走り出したバカが一人。
先に兼部先の部活に顔を出しに行ったのが一人。
最後の一人はホームルームが長引いているのかまだ顔を見ていない。
一人だけでは出来ることも限られてくる。 故に玲人は貴重な夏休み最初の時間を無為に過ごしていた。
「……帰ろうかな」
ホームルームが終わってから約10分が経過した。 一向に部員たちが姿を見せない。
もうホワイトボードに最低限の連絡事項だけ書いて帰ってしまおうと思い、マジックを手に取ったその時。
コン、コン、と。 控えめにノックをする音が響く。
「お疲れさまです、先輩」
続けて扉を開けて入ってくる可憐な声。
「お疲れ立奈。 今日はもう解散でいいか?」
「よくないですよ、私来たばっかじゃないですか……」
仮にも部長の、余りにも意欲のない発言に思わずと言った様子で溜息をつく。
「えっと……輝橋先輩と立石先輩は?」
「立石は陸上部の方行ってから来るってさ。 バカは忘れ物」
「そうですか……」
「……」
「……えっと……」
「無理に会話を繋げようとしなくていい」
「……はい」
それでも、何か話題はないかと立奈はキョロキョロと部室を見回し、その度に白銀の髪が揺れる。
そう、白銀。
彼女には……立奈 唯には所謂“普通”の少女と少し違う点があった。
例えば髪色。 年頃の少女らしい肩にかかる程度の髪は、脱色しているわけでも無いのにほとんど白に近い色をしている。
或いは瞳。 一見日本人らしい黒い瞳だが、よく見ると少し灰白色が混じっている。
そして体型。 別段おかしいという訳ではないが、高校一年生と言われると小柄な気もする。
これらの特徴を併せ持つ存在。
即ち、立奈唯は“魔女”と呼ばれる体質の少女なのだ。
とは言っても外見に多少の差異が見られるだけで、実際は普通の女の子となんら変わりはない。
話題探しを諦めた立奈は、隅の本棚に適当に積まれたアルバムの一冊を手に取った。
慣れた手つきで薄いアルバムのページをめくり、たまに手を止めては収められた写真をじぃっと見つめる。
「よく飽きないな」
そんな彼女の様子に嬉しいような、こそばゆいような感覚を覚えながら茶化すように言う。
写真部には部員の撮った写真を大雑把に代ごとに分けてアルバムに残す風習があった。
彼女が手に取ったのは玲人たちの代……というか殆ど玲人の撮った写真が収められたアルバムだ。
「当然です。 私は先輩の写真のファンですから」
「そいつは嬉しいな。 あー、そういえば立奈の気に入りそうな写真がこの辺のアルバムに……」
話題を逸らすようにアルバムを開く。
その時、ひらりと一枚の写真がこぼれ落ちた。
「先輩、何か落ちましたよ」
「ん? あぁ、これは……」
そこに写っていたのは夜明け頃の平原。
登りつつある太陽が美しいグラデーションを空に投影し、その光を受けて
輝く巨大な水晶の中で、龍が眠っていた。
「この写真……合成、じゃない……?」
「あぁ、俺の爺さんが実際に撮った写真らしい。 こんなところにあったのか」
写真を拾い上げ、部室備品ではなく私物のアルバムにしまう。
「こんな写真どうやって……」
「多分、このカメラを使ったんだろう」
そう言って玲人が取り出したのは1つの二眼レフカメラ。
ぱっと見た感じではただのカメラだが、魔女たる立奈は直感的に理解した。
これは“魔鉄器”だ。
「《リアクトカメラ》。 撮影者の歪む世界を写真に投影することができるカメラだ」
「歪む世界を?」
歪む世界……玲人を含め、この学園の生徒の約半数には見えているのだろう。
過剰想起、或いはオーバード・イメージ・コンスティテューションを略してOIと呼ばれる特異体質者に現れる十人十色の症状。
自分だけの世界が見える、とでも言えば聞こえはいいのだろうか。
例えば自分が、或いは他者が、透明に見えたり異形に見えたり。 とにかく、文字通り世界が“歪んで”見えるのだ。
「凄いじゃないですか。 先輩にも使えるんですか?」
「いや……それは……」
答えに詰まっていると、廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。
「おっ邪魔しまーっす!」
「すいません、遅くなりました」
「立石……と天野。 何で天野?」
「え? 輝橋に呼ばれたんだけど……」
元気な声とともに入ってきたのは1組の男女。
眼鏡をかけた大人しそうな少年、立石勇気は遅れていた写真部員の一人だ。
対して、キョトンと首をかしげる快活そうなポニーテールの少女は部員ではない。
彼女は立石の兼部先でもある陸上部に所属していたはずだ。
「あっ、こっちの子は初めましてだよねー」
「ひうっ!?」
「私、天野飛鳥。 貴女は?」
「た、立奈唯です」
「よろしく唯ちゃん〜。 飛鳥でいいよ〜」
「ちょっ、飛鳥さっ、離して……」
出会い頭にもみくちゃにされ、目を白黒させる。
立奈には災難だろうが、玲人たちにとっては日常的な光景なので別に気にかけることはない。
「陸上部はいいのか?」
「今日は軽いミーティングだけで終わったので。 ところで輝橋君は?」
「さぁ? 今ごろ職員室で絞られてるんじゃないか?」
「余りにも非情が過ぎる……」
新しい声。 目を向けてみれば部室の入り口にやや疲労した表情の輝橋が立っていた。
「お疲れさん」
「ギバちゃん先生ってば俺だけ宿題の提出始業式じゃなくて登校日に早めてくるんだぜ? 酷くない?」
「廊下で騒ぐな。 迷惑になる」
「辛辣ぅ……」
トボトボとした足取りで部室に入った輝橋は、そのまま突っ伏すように腰を下ろす。
「それで、話って何?」
というのは未だに立奈をわしゃわしゃしている天野の言葉。 そろそろ解放してやってもいいんじゃないだろうか。
「合宿の話ー。 全員集まるの今日が最後だし」
「あぁ、そういえばもう来週か」
それは数週間前に輝橋によって提案されたものだった。
なんでも知り合いが貸ログハウスの経営を始めたらしく、オープン記念に遊びに来ないかと招待されたらしい。
友達も誘っていいと言われた輝橋は、夏休み明けの作品展示会用の写真を撮る為という名目で合宿を提案してきたのだ。
「楽しみだよねー」
一人写真部じゃないのも混ざっているが。
立石の“パートナー”である天野は割と例外的に写真部の活動に参加している。 今回の合宿もそうだ。
「そうそう、立奈ちゃんも参加できるで確定でいいんだよね」
「あ、はい。 大丈夫です」
「唯ちゃんと一緒か〜〜〜」
もはや抵抗する素振りすら見せない。 肉食獣に捕獲された草食動物がする表情、と言われても納得できる。
流石に見かねたのか、立石が間に割って入る。
「そういえば、立奈さんは如月先輩とも初対面になるんじゃないですか?」
「そ……うですね。 メッセージのやり取りはありますけど直接は初めてです」
「マイエンジェル外に出たがらないから……」
如月先輩、或いはマイエンジェルと呼ばれるのは輝橋の“パートナー”だ。
昨年度に卒業した聖晶学園のOGで、天野と同様パートナーが所属している写真部には稀に顔を出していたため2年生組とは面識があった。
「特別必要な物は特に無いよな? 燕さんは何か言ってたか?」
「しくだい持ってこいって言われた。 悲しい」
「いや自業自得でしょ」
「まぁ一通り必要なものは俺と向こうで用意するし……着替えとかその辺?」
「普通に二泊する分ね、オッケー」
「撮影道具も忘れるなよ」
「わかってますよ」
集合場所と時間、食事、目的地の確認など、雑談を交えながら予定を詰めていく。
気がつくと、4限終了のチャイムが鳴る時間になっていた。
「げっ、もうこんな時間か。 そろそろマイエンジェル起こさないと……」
「んじゃそろそろお開き?」
「そうするか」
言い終わるのが早かったのか立ち上がるのが早かったのか、輝橋はさっさと荷物を持って部室を出てしまう。
「じゃ、次会うのは当日ってことで!」
「ん、おつかれ」
「飛鳥、僕らもそろそろ帰ろうか」
「はーい。 唯ちゃん、また連絡するねー」
「お、お疲れ様でした……」
あっという間に人が減り、残っているのは玲人と立奈の二人になった。
自分も帰るかと思い荷物をまとめていると、徐に立奈が口を開く。
「あのカメラは持って行くんですか?」
「あのカメラって……リアクトカメラのことか」
「そうです」
真剣な立奈の眼差しに思わず姿勢を正してしまう。
「さっき何か言いかけてましたよね?」
「……俺にこのカメラは使えない。 向いてないんだよ、俺の“世界”は」
一度鞄にしまったアルバムを再び取り出し、別の写真を立奈に見せる。
写し出されているのは見慣れた聖晶学園の校舎と見慣れない黒いもや。
これが玲人の歪む世界の写真だ。
「こんなもん写真にしたって意味ないだろ?」
「そ、そんなことありません!」
自嘲気味に笑う玲人だが、立奈は即座に否定する。
「影だって写真を構成する大事な要素の1つです。 先輩の歪む世界だって絶対に素敵な写真になります!」
「……根拠は」
「勘です」
「保証は」
「ありません」
「自信は」
「あります」
当の俺には無いんだがなと思わず笑う。
「そこまで言うならこいつも持って行こう」
「本当ですか!?」
「あぁ。 まともな写真が撮れるとは限らないけどな」
「大丈夫ですって」
そう言って立奈も笑顔を浮かべる。 不思議と大丈夫なような気がしてきた。
「さて、そろそろ部室閉めるぞ」
「はい!」
鍵は返しておくからと立奈を先に帰らせ、部室で再び写真を見る。
「影、か。 アイツには普通の影に見えてるんだろうな……」
誰に言うわけでもなく呟く。
その呟きを聞くのはただ一人。
面白いことになりそうだ
後書き
ご無沙汰しております。 のざらしです。
以前連載しておりました当作品をリメイクして連載再開致しました。
不定期更新になるとは思いますが、暖かい目で見守っていただけたら幸いです。
ご指摘・ご感想などなどお気軽にお寄せください。
では、また
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