魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~
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第7章:神界大戦
第210話「洗脳と抵抗」
前書き
前回、描写していませんがソレラも優輝達のいる場所へ来ています。
「う、ぐ、ぁあ……!」
「すずか……!」
蹲り、何かを抑えるような仕草をしながら呻くすずか。
そんなすずかを、傍にいたアリサが心配する。
「はやてちゃん!皆!」
「ユーリ!」
「とこよ!紫陽!」
「神夜まで……!」
すずかだけじゃなく、他にも同じように苦しんでいるのを、傍にいる者が心配していた。
「ッ……離れて!」
心配し、油断していた。
それ故に、すぐに反応できたのはサーラと鈴だけだった。
「っぐ……!」
「きゃあっ!?」
苦しんでいたはずのすずか達が、振り払うように霊力及び魔力を放出する。
ユーリに至っては、魄翼を使ってサーラを潰そうとしていた。
その攻撃に、サーラ以外は咄嗟の防御の上から吹き飛ばされた。
唯一、サーラはアロンダイトで攻撃を凌いでいた。
「すずか!?何を……」
「………」
「ッ!?(魔眼!?しまっ……!?)」
何とか体勢を立て直し、アリサはすずかに問い質そうとする。
しかし、すずかは無言でそのまま魔眼を発動させた。
「(っ、これ、思考が……まさか、精神干渉!?すずか、トラウマだったはずじゃ……いえ、それよりも、まずい、いや、やめ、ぁ……)」
すずかの魔眼は、夜の一族として魅了……つまり精神干渉も可能だ。
魅了されていた経験から、その力は使わないようにしていたが、それを容赦なくアリサへと使っていた。
「させない!」
対策の霊術が間に合わず、心を掻き乱されそうになる。
その時、アリシアが割込み、魔眼を中断させた。
「……っ、アリサ!」
―――“心身治癒”
すぐに術式を編み、僅かにでも精神を掻き乱されたアリサを治療する。
体だけでなく、心も治癒する霊術なため、アリサはすぐに落ち着いた。
「すずか、なんで……!?」
「『洗脳だ。イリスによって、何人かが一瞬で洗脳された。気をつけろ』」
「『優輝!?洗脳って……!』」
伝心によって、優輝からすずかは洗脳されていると伝えられる。
アリシアがどういうことなのか聞き返そうとするが、優輝の方でも戦闘が再開されたため、結局聞けずに伝心は途切れてしまう。
「っ……アリサ!とにかくすずかを止めるよ!」
「……いえ、アリシアは別の所に手を回して」
とにかくすずかを止めようと、アリサに呼びかけるアリシア。
しかし、アリサはそれを制し、他へ助力へ行くように言う。
「忘れたの?今ここには、神々どころか黒幕もいる。……こっちにはあまり人員は割けないのよ。だから、あたしだけですずかを止めるわ」
「アリサ……!?……っ、確かに……」
すずか一人なら二人で抑え込まなくても、アリサ一人で相手に出来る。
対し、他の神々は複数人でないと相手すら出来ない。
そう考えれば、アリサ一人の方が効率はいい。
「行きなさい」
「……任せたよ!」
完全に納得いかないとはいえ、理解したアリシアはその場を離脱する。
アリサはそれを見届け、改めてすずかと対峙する。
「……全ては……イリス様の、ため……」
「(うわ言のように……まだ洗脳が定着していない……?すずかも、抵抗しているのかしら?……いえ、今はそんな事関係ないわ)」
フレイムアイズを構え、刀身に炎を纏わせる。
すずかもスノーホワイトをトライデントの形にして、冷気を伴いつつ構える。
「邪魔者は……排除する……!」
「ッ……!」
身体能力はすずかの方が上だ。
だが、反射神経と咄嗟の判断ならアリサも負けていない。
一気に間合いを詰められ、振るわれた槍の一撃を、アリサは受け止める。
「目を覚ましなさい……すずか!!」
力負けする所を、槍を逸らすことで凌ぐ。
直後に氷の霊術がアリサの足元から発動するが、アリサは飛び退いて躱す。
同時に炎の霊術をばらまき、反撃する。
「(とにかく、すずかを止める!)」
洗脳されて、本望じゃない行動をさせられている。
そんなすずかを、アリサは当然のように見ている事は出来なかった。
「(速い……でも、これぐらい……!)」
全体的に身体能力のスペックが高いすずかは、かなりの速さでアリサと斬り結ぶ。
「っづぅ……!」
槍の穂先で僅かに剣が上に弾かれ、間髪入れずに爪による一撃が迫る。
すぐさま剣を盾にしたが、爪に氷を纏わせ強化していたのか、想像以上の威力だった。
踏ん張り切れずに後退するが、すぐにその場で剣を薙ぎ払う。
「っぶないわね……!」
炎を纏わせた一撃によって、仕掛けられていた霊術……氷血旋風を凌ぐ。
すぐさま今度はアリサが間合いを詰め、攻勢に出る。
「(総合的に見れば、すずかの方が強い。身体能力や戦いの才能とかのポテンシャルは、すずかの方が上だものね。……でも!)」
再び斬り結ぶ。穂先が剣を逸らし、返す刃が穂先を逸らす。
だが、拮抗はすぐに崩れた。
穂先が僅かに剣を弾き、続けざまに振るわれた柄がさらに剣を大きく弾いたのだ。
大きな隙を晒し、そのまま一回転した槍の穂先がアリサに迫る。
「だからって勝てると思わないで!」
「ッ……!?」
その瞬間、アリサの空いた片手に炎が収束する。
その中心には一枚の御札。それを核として、炎の剣が作られる。
そして、その剣が逆に槍を弾き返した。
「さて……久しぶりに勝ち星を貰うわよ。すずか!」
デバイスと霊力の炎による剣。
その二刀を以って、アリサはすずかに挑みかかった。
「はやてちゃん!しっかりしてくださいですぅ!」
「ぅ、ぁぐ……!」
一方で、はやて達も洗脳に苦しんでいた。
“夜天”と言うだけで、“闇”の要素が比較的少ないのか、すずかよりも抵抗出来ている。しかし、だからと言って無効化出来ている訳ではなかった。
「ど、どうすれば……!」
唯一、アインスの融合騎としての後継機でしかないリインは、その“闇”となる部分がないため、洗脳の範囲外に逃れていた。
しかし、はやてとのユニゾンは強制解除され、単体ではほぼ何も出来ない。
「リイン、逃げ……!」
「ぁ……!?」
辛うじて意識を保っていたはやてが、警告を発する。
リインが視線を向けると、そこには魔力弾を撃ち出すヴィータの姿が。
洗脳に抵抗し、その威力は弱いとはいえ不意打ちだ。
回避も防御も間に合わなかった。
「っ……!……?」
「ふむ、間に合ったか」
その時、魔力弾が違う魔力弾によってかき消される。
リインを庇い立つように、三人の人影が並び立つ。
「クロハネの後継機……ええい、リインよ、早く行かんか……!」
「えっ、でも……」
リインは渋る。それははやてが心配だから、だけではない。
助けに入ったディアーチェ達マテリアル三人も、苦しそうにしていたからだ。
「洗脳など片腹痛いわ……!我らを操りたければ、この三倍の力は持ってこぬか……!」
「ッ……!」
どう見ても無理をしている。それがリインにも見て取れた。
“夜天”であるはやて達よりも、闇の書の防衛プログラムや砕けえぬ闇に関わりのある“紫天”の方が“闇”の要素は強い。
また、ディアーチェに至っては自らを“闇統べる王”と言う程だ。
虚勢を張って無理をしなければ、すぐに洗脳されてしまう状態だった。
「王様、無理しちゃダメだよ……?」
「たわけ……彼奴が正気に戻るまで、我が堕ちる訳にはいかぬ……!」
「……との事ですが……返答は如何に?夜天の主……」
今にも洗脳に堕ちそうになるディアーチェに、レヴィが肩を貸す。
その間にシュテルがはやてに問いかける。
「ッ……それは……私もちゃんとせんといかんなぁ……!」
ディアーチェのその在り様に、はやての瞳に再び光が灯る。
「リイン……!もう一度ユニゾンや……!その方が、抵抗できる……!」
「っ、はいです!」
すぐに判断を下し、リインと再びユニゾンするはやて。
ユニゾンし、二人分の“意志”を持つ事で抵抗力を高めるためだ。
「アインス!シグナム!ヴィータ!シャマル!ザフィーラ!……夜天の書の主、八神はやての名において命ずる……正気に戻りぃ!!」
「っ、はや、て……!」
はやてが未だに苦しむ家族に向けて、喝を飛ばす。
アインスやヴォルケンリッターも、その“意志”は弱くない。
故に、たったその一言だけで、洗脳されきっていない今なら正気に戻る。
「させん……!」
だが、そんなに大人数が一か所に固まっていれば、それは恰好の的だ。
神々の一人が、はやて達に攻撃を仕掛けようとする。
「それはこっちのセリフだよ……!」
「邪魔はさせない……!」
その事に気づいていた、クロノとユーノがそれを阻む。
バインドで動きを阻止し、その間にクロノの魔力弾で怯ませる。
直後にユーノが魔力を衝撃波に変え叩きこむ“徹衝”で吹き飛ばす。
ダメージはほとんどない(あったとしても意味がない)にしても、これで時間が稼げた。
「“意志”をしっかり保って、抵抗する……!呑まれたら、あかん……!」
「……ようやくか。まったく、世話を焼かせおって……」
まだ洗脳の影響は残っている。
事実、今もはやて達の“意志”を挫こうと、強烈な頭痛が襲っている。
だが、それでもはやて達は洗脳への抵抗に成功した。
「ありがとなぁ、王様……。王様もきついやろに……」
「ふん、小鴉と違い、我は闇統べる王ぞ。この程度……と言いたい所だが……」
『はやてちゃん!四方に神界の神が……!』
「この状況で、神の相手はきついなぁ……“天使”でも変わらんけど……」
洗脳の影響で苦しむはやて達を囲うように、神と“天使”が立ち塞がる。
先程加勢したクロノとユーノも、相手の神によって引き離されている。
万全でも勝てるかわからない相手に囲まれてしまったのだ。
「せめて、この頭痛が収まれば……」
「洗脳の影響を何とかすればいいんだね?」
「……え……?」
それでも戦おうとするはやて達の中から、別の声が聞こえる。
そちらに声を向けると……
―――“戦技・隠れ身”
「私に任せて!」
そこには、霊術で身を隠していたアリシアがいた。
―――“秘術・神禊”
「っ……少しは楽になったけど……」
「足りない……!?じゃあ、だったら……!」
浄化系の霊術が効かないとわかり、アリシアは別の霊術を用意する。
「椿ととこよさん、紫陽さんが完成させた術式、ここで使う事になるなんてね……!」
―――“秘術・魂魄浄癒”
それは、以前椿が完成させようと組み立てていた術式。
本来なら、神夜の魅了を解除するために使う予定だった術式だが、とこよと紫陽の協力で、より効果の強い術式として完成した。
そんな霊術を、アリシアははやて達に対して発動させる。
「これなら、どう?」
「……ん、頭痛がなくなったわ。ありがとうなぁ、アリシアちゃん」
「抵抗されたら意味がないって弱点があるけどね……さて」
改めて、アリシアは周囲を見渡す。
包囲は相変わらず。妨害を受けなかったのは、辺りに残る魔力の残滓から、クロノやユーノ、他のメンバーが何とかして妨害していたのだろう。
だが、それがなくなった今、アリシア達に攻撃が加えられる。
「ここからが本番だよ!私は他の洗脳された人を浄化してくる。任せてもいい!?」
「大丈夫や!王様もええな!?」
「誰にものを言っている!ええい、ちびひよこも早く行けぃ!」
「ちびっ……!?なんてあだ名なの!?ああもう、任せたよ!」
慌ただしくも迅速に行動する。
はやて達は戦闘態勢に。アリシアは他の救援に。
真っ先にシュテルとレヴィ、ヴィータが魔力弾と砲撃を放ち、“道”を作る。
そこをアリシアが通り、見事に他の場所へと向かわせた。
「……さて、劣勢がさらに劣勢になったけど……王様、なんかいい案ないか?」
「……小鴉こそ、そ奴らの主と言うのなら、案の一つや二つ、出して見せよ」
残ったはやて達は、互いに背中合わせになるように、包囲を警戒する。
不敵な笑みを浮かべ続けるはやてとディアーチェだが、その頬には冷や汗が流れていた。
「ぅ、ぁああああああ!!」
「ふっ……!」
魄翼が振るわれる。それを、サーラがアロンダイトで切り裂く。
一進一退。かつての戦いの時と違い、サーラも自身の体に慣れていた。
それでも互角の域を出ないが……
「っ、近づけない……!」
「助太刀は無用です!貴女達は周囲の妨害を阻止してください!」
アミタとキリエが、そんなサーラを手助けしようとする。
しかし、当の本人であるサーラがそれを断った。
千日手……否、ややサーラが不利であるはずの戦闘であるというのに、サーラは自分一人で十分だと言い切ったのだ。
「で、でも……」
「邪魔が入らない……それが何よりも助かる“手助け”です!」
「……行きますよ、キリエ……!」
渋るキリエに、アミタが催促する。
「お姉ちゃん!?」
「あの人なら大丈夫です!誰よりも、ユーリを大切にしている人ですから……!」
何も根拠にならない、納得のいく言葉ではないのかもしれない。
しかし、それだけ彼女の“想い”は強いのだと、アミタの瞳がそう言っていた。
それを見て、キリエも溜め息を吐いて納得する。
「わかったわ。……じゃあ、せいぜい邪魔をさせないようにしないとね……!」
サーラとユーリを隔離するように結界が張られ、その周りに二人が陣取る。
“近づけさせない”。そんな確固たる“意志”を以って、二人は戦闘に入った。
「ふぅ……!これで、二人きりですね。ユーリ」
結界内では、魄翼を弾き切ったサーラが一度間合いを取ってユーリに語り掛けていた。
「奇しくも1000年前と同じですね。海の上で戦った以前と違い、1000年前同様本当に一対一です。……今度も、貴女の“闇”を打ち砕いてみせましょう」
「サー、ラ……私、は……」
「目を覚ましてください、ユーリ!貴女は、私達はこんな事をするためにここまで来た訳ではないでしょう!?」
僅かながらにでも見せる正気。好機と見てサーラは説得の言葉を掛けるが……
「私達、は……神界に……邪神イリスを……」
「ッ……!」
刹那、一対の魄翼と砲撃魔法がサーラを襲う。
砲撃魔法は身を捻り躱し、魄翼をそのまま二連撃を放つ事で相殺した。
「邪神イリス様の、心赴くままに……」
「くっ……言葉だけでは無理ですか……!」
相手は神すら洗脳する神だ。さらに、ユーリははやて達よりも洗脳の効果が強い。
言葉だけでは洗脳を解除できるはずがなかった。
「ならば……力尽くで止めます……!」
再び振るわれる魄翼を弾き、サーラは一気にユーリへと肉薄した。
振るわれたアロンダイトは障壁に阻まれるが、続けざまに放った蹴りが障壁を砕く。
直後、追撃可能にも関わらずにサーラはその場から飛び退く。
この時、ユーリはバインドを仕掛けており、サーラはそれを回避したのだ。
「ッッ……!」
狙い撃つかのように砲撃魔法の嵐が放たれる。
元より砕け得ぬ闇によって無限の魔力を持つユーリ。
簡単には凌げない威力の砲撃魔法を連射する事など造作もない。
対し、サーラも負けじと砲撃魔法を躱し、逸らす。
逃げ場を塞ぐように弾幕とバインドが展開され、サーラはその中を駆ける。
片や無力化のために接近しようとし、片やそれを防ごうと弾幕を張る。
小手先の技術など霞んでしまう程の激しい攻防を繰り広げる。
「(やはりそう簡単には近づけませんか。正攻法は難しい……となれば、彼の戦法を参考にさせてもらいましょう)」
正面からぶつかり合えば埒が明かず、消耗するだけだと察したサーラ。
そこで、優輝の戦い方を参考にして、動きを変える事にする。
「(最低限の攻撃のみ弾き、突貫。とにかく、前へ!)」
砲撃魔法を逸らし、それを滑るようにそのまま肉薄。
魔力弾は魔力を纏った手で払い除けるように弾き、バインドは魔力弾で破壊しておく。
魄翼はむしろ足場にし、加速。最後に転移魔法を併用して肉薄に成功する。
転移と同時にアロンダイトを振るい、障壁を破壊。
追撃で昏倒させようとして……
「……まぁ、そう簡単にいきませんか」
「甘い、です」
「そうでしょうか?結構いい線行ったと思いますよ?」
追撃の攻撃は、ユーリが手に纏った魔力によって防がれた。
武器を持たないユーリは、普段は魄翼が武器となっている。
だが、それでも肉薄されると武器として成り立たなくなる。
そのため、ユーリは不定形な魔力をそのまま武器として扱った。
剣や鞭のように鋭く、それでいて斧のように重い威力を誇る。
そんな魔力を手に纏わせ、鞭のようにサーラの一撃にぶつけて相殺していた。
「さぁ、サーラも共に行きましょう、イリス様の下へ」
「お断り、です!」
鍔迫り合う剣と魔力が弾かれ合い、衝撃波が迸る。
返す刃は障壁によって逸らされ、囲うように魔力弾と魄翼の追撃が迫る。
サーラはそれを身を捻り、魔法陣を足場に跳ぶ事で回避する。
しかし、間合いは離れ、仕切り直しとなってしまった。
「(……時間は掛けられませんが、やはり無力化しない事にはどうしようもないですね)」
武器を構え直し、サーラはユーリを見据える。
劣勢に劣勢を重ねた状況なのは理解している。
その上で、サーラはユーリを今無力化する事に全力を注ぐと覚悟を決めた。
「っづぁっ!?」
振るわれた刀と、囲うように放たれた霊術。
それを、鈴は辛うじて凌ぐ事に成功する。
「予備動作なしに二人を操るだなんてね……出来てもおかしくない、そう分かっていたとしても信じがたいわ、これは……!」
対峙するのは、洗脳を受けたとこよと紫陽。
幽世の住人である二人は、“闇”側の住人だ。
であれば、“闇”を支配するイリスにとって、洗脳するなど造作もなかった。
「(他は他で精一杯。唯一手が空いていたアリシアすら、妨害を受けているのね)」
はやて達と別れた後、アリシアは他の神によって足止めを食らっていた。
厳密に言うなら、蹂躙の如き攻撃に耐え凌いでいる状態だった。
これでは、鈴は誰の助力も得られない。
「私だけで二人を相手って……厳しいわね……」
神界の法則があるからこそ、鈴は“厳しい”で済んでいる。
“負けない”と言う“意志”を抱く事で、敗北だけはしないからだ。
……尤も、勝つ事も出来ないのだが。
「ッ……!」
とこよに肉薄される。振るわれる刀を何とか受け止めるが、横から霊術を食らう。
直撃は避けたが体勢が崩れ、そこへとこよの斬り返しが迫る。
上体を逸らしてその攻撃を躱すも、追撃はそのままでは躱せない。
逸らした上体を戻すと同時に、その一撃を刀で受ける。
しかし、体勢を直しきれていないため、横へと吹き飛ばされる。
「くっ、“扇技・護法障壁”!!」
「甘い」
―――“瓢纏槍-真髄-”
その瞬間、霊力を練っていた紫陽から霊術が放たれる。
溜めがあった分、その霊術の威力は凄まじく、容易く障壁が破られる。
刀の刃を霊術に向ける事で、霊術の風の槍は三つとも直撃せずに済む。
しかし、ダメージは重く、大きく吹き飛ばされてしまった。
「ッ――――」
受け身を取り、顔を上げた時にはもう遅かった。
吹き飛んだ鈴を追うように、とこよが肉薄。
既に攻撃が繰り出されており、刀が鈴の首を捉えていた。
鈴が知覚した時には、既に鈴の首に刃が当たっていた。
「っ!?」
「吹き飛びなぁ!」
―――“瓢纏槍”
しかし、それ以上刃が進む事はなく、鈴の首も飛ばなかった。
鈴の後ろから、飛び出すようにもう一人のとこよが飛び出し、槍で刀を防いだのだ。
それだけじゃなく、もう一人の紫陽が、目の前のとこよを霊術で吹き飛ばした。
「くっ……!」
「大丈夫、鈴さん!?」
「とこよ……?どうして……」
なぜ、とこよと紫陽が二人ずついるのか。
鈴は二人が洗脳される様をすぐ横で見ていたのだ。
故に、操られている二人が本物のはず。
しかし、後から現れた二人は鈴の味方をし、洗脳された二人に敵意を向けている。
「……そう、式神ね」
「正解。あの一瞬、何とかあたし達の“陽の側面”を型紙に移したのさ。咄嗟すぎて、肝心の型紙を破られまいと遠くに投げてしまったけどね」
答えは単純。二人が別の“器”を用意しており、意識をそちらに移しておいたのだ。
幽世の住人とはいえ、二人は陰陽に通ずるもの。
自身を光と闇に分ける事も出来、そのおかげで洗脳の影響下から逃れていた。
「生憎、力の大半はあっち持ちだ。三対二でようやく相手出来る……ってとこさね」
「今は鈴さんと同じぐらいの強さになってるよ」
「そう。……まぁ、一人じゃないならいいわ」
二人が参戦した事で、操られている方も警戒していた。
その間に構え直し、改めて対峙する。
「さっさと片付けるよ。ここで躓いてられないさね」
「ええ!」
「分かってるよ!」
飛び出してくる敵のとこよに対し、鈴が前に出る。
一歩遅れる形でとこよが追従し、矢で牽制する。
とこよは刀を持っていない。刀は洗脳された方が持っていたからだ。
そのため、とこよは中衛を担当する事になった。
「おおっと、あたしの相手はあたしに決まっているだろう?」
「っ……!」
一方で、紫陽は敵の紫陽を引き離す事に成功していた。
どちらも得意なのは術による後方支援だ。
そのため、前衛と引き離すのは定石だった。
「洗脳した程度で……あたし達を舐めるなよ!」
例え力の差で負けていようと、それは敗北と同義ではない。
力を削がれたはずなのに、三人は反撃するかの如く二人に食らいついた。
「う……ぐ………」
洗脳を受けた者、それに抵抗する者。
それらの様子を、神夜は少し離れた位置から見ていた。
彼もまた、洗脳によって苦しんでいる。
「く、そ……!」
他と違うのは、洗脳の力がはやて達よりもさらに弱い事。
そして、彼を助ける者が今周りにいない事だった。
「ぁ……ぐ……」
助ける者がいないのは、神夜の周りにいた者が、全員神の相手に手一杯だからだ。
助けようと動いた者を、他の神によって妨害されていた。
「(抵抗する“意志”があればって……そんなの、出来ないじゃないか……!)」
神夜が洗脳の効果を受ける訳は、魅了の力が影響している。
魅了は元々イリスが与えた力なため、一部とはいえ神夜はとっくにイリスの支配下だ。
そのため、洗脳の影響を一部とはいえ受けてしまったのだ。
「(俺は、何のために、なんで、ここに……)」
頭に響く鈍痛。洗脳の効果が頭痛となって神夜を襲う。
その中で、ふと神夜はなぜここにいるのか見つめ直してしまう。
「(……そうだ。神界が……なんで、神界の神が……?目的は……優輝を狙って?優輝がいたから……?優輝のせい……?)」
思考が偏っていく。
かつてあった優輝に対する敵意が、再び燻る。
優輝がいたから、優輝のせいだと、響く痛みの中、そう考える。
「(優輝が……優輝が……優輝が……!)」
―――「……だったら、その鬱憤はお前に力を押し付けた元凶にぶつけてやれ」
「ッ―――!」
洗脳で自我を失いそうになった時、ふと帝の言葉を思い出す。
「(そうだ。俺は、俺に魅了の力を押し付けた神を……ああ、そうだ……!)」
きっかけにしては弱い。
だが、そうだとしても。
神夜の“正義”に炎を付けるには十分だった。
「……ふざけるな……!」
神夜は元々善人の気質だ。ただ、思い込みが強いだけで、悪人ではない。
「……ふざけるなっ……!」
だが、それは裏を返せばその“想い”が人一倍強いと言う事だ。
「……これ以上、俺を……俺達を弄ぶな……!!」
故に、一度敵意を抱けば……
「俺の……!俺の道を……正義を……好き勝手すんじゃねぇええええ!!」
……その“想い”は、常人を遥かに凌ぐ強さとなる。
「―――正義を執行する。覚悟しろ、外道……!」
後書き
心身治癒…文字通り心身共に治癒する霊術。ゲームでは、回復以外に敵視が最も高ければ衰退(被ダメ増)の状態異常も解除する。なお、ゲームと違ってそんな厄介な条件はない。
秘術・魂魄浄癒…元々は椿が魅了を解くために組み立てていた術式。今回の洗脳にも効果があるが、対象が安静にしていないと使えない。ちなみに、幽世の大門などで忙しかったため未完成だったが、とこよと紫陽の協力で一気に完成した。
ディアーチェがはやてよりも影響があったのに耐えられていたのは、偏にそのプライドのおかげです。本人に言わせれば「我は誰にも操られん!」みたいな感じです。
何気に神夜覚醒。まだ奴は二段階の変身を残している……!(嘘)
まぁ、腐っても体に宿る力はかの大英雄と円卓最強の剣士です。
鳴りを潜めていたその力が、再び猛威を振るう時が来ただけです。
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